―買い物大作戦Ⅰ―
俺は空が白むまで、ずっと隊長のくれたデータを脳裏に焼き付けていた。
各国から収集した鬼夜叉丸のスカウト映像データ。その内容は、どの映像も凄惨の一言に尽きる物ばかりだ。
中でも一番驚いたのは案件は、機械文明が発達した国、リゼンブルグが、鬼夜叉丸の討伐に乗り出した事件だ。リゼンブルグ軍は、鬼夜叉丸相手に戦車を持ち出したが、奴はその分厚い装甲を真っ二つにしてみせた。そして戦車の搭乗員を皆殺しにしたのだ。
その他にも、テログループのアジトに鬼夜叉丸は単独で乗り込み、テログループを壊滅させておいてから、テロ鎮圧に乗り出した特殊部隊を血祭りに上げるなど、やっている事が滅茶苦茶なのだ。
そして共通して言えることが一つ。見事と言わざるを得ない、腹立たしいほどの引き際の良さだ。自分のキャパギリギリまで楽しみ続け、越えそうになるすぐ手前で撤退する。まさにやり逃げ、勝ち逃げの達人だ。俺達がそうであったように、寸手のところで奴は逃げ遂せるのだ。
っていうか戦車ぶった切るとかどういうことだよ……。あの刀、確かにかなりヤバイ切れ味をしていた。そこに奴の本気の居合い斬りが相まっての威力だろうが、文句無しの超名刀だった。正直俺もあの刀は羨ましいと思ってしまった。
「ふぅ、コレで全部か。あー、目ぇ疲れたー……。さて、そんじゃああとは……」
俺は自分の主力装備である炎の精霊剣『イフリート』を左手に握り、風の精霊剣『シルフィード』を右手に握り、ベッドに横になる。
「……これで武器は対等以上だ」
右手の精霊剣シルフィードは、エメラルド色の翼をあしらった柄に、美しい波紋が特徴の曲刀で、その刃も淡い緑色の光を放つ。
こいつに魔力を送り込むと、嵐のような突風や竜巻、真空の刃などを作り出し、非常に使い勝手がいい。
左手の精霊剣イフリートは、黄金の柄に真っ赤な毛皮があしらってある曲刀だ。
どういうわけか、一度剣を抜くと、この赤い毛は炎となり、刀身は火の粉を吐き出しながら真っ赤に染まる。
だが、持ち主は火傷一つ負わないどころか、敵の炎の魔法はもちろん、イフリートが原因で発火した炎すらも、持ち主の魔力へと変換するというとんでもない代物だ。
これらの精霊剣は、それぞれ別々のダンジョンの奥底で見つけた代物なんだが、まるで計った様に刀身が似ていて、この剣が姉妹剣であることはすぐにわかった。属性も相性が良く、精霊剣に封じ込められている精霊の拒否反応的な物も無い事から、俺はこの二振りをセットで愛用している。
ただ、この二振りの剣は、どちらも名刀では生ぬるい、超名刀のアーティファクト、国宝級の代物だ。
そんな剣を二振りも、腰だの背中だのにぶら下げることになると、目立つなんてものじゃない。
俺を狙うアヴェンジャーの4割は、この二振りを狙ってるだなんて噂もあるくらいだ。この二振りなら、鬼夜叉丸の刀ともやり合うことが出来る筈……。
目を閉じて、今日のデータをもとに、奴を忠実に再現する。夢の中で、奴と対峙する為に。
いわゆる睡眠学習という奴だ。まぁ戦闘シュミレーションシステムほどじゃないが、それなりにイメージできるよう、俺たちは訓練されていた。
やがて、暗闇の中にぼんやりと奴の顔が浮かび、それが形を成し、鬼夜叉丸の姿となった。
ニタリと口角を吊り上げた鬼夜叉丸は、腰を低く落とし、居合いの構えを取った。俺も剣を構え、意識を集中する。
刹那、奴の足元が爆ぜ、俺とやつの距離がほぼゼロとなり、死神の鎌のごとき一閃が、奴の鞘から放たれた。
「くっ!!!」
まるで鉄が泣き叫ぶような、ギィィィィンという嫌な音が響き、両腕にはビリビリと振動が伝わってくる。俺はその剣圧に耐え切れず、大きく後方へと吹き飛ばされた。
辛うじて片手で床を突き、姿勢を建て直し、再び剣を構えた瞬間だった。
奴は刀に魔力……いや、魔力などと生易しい表現では足りない、妖気とも言うべき禍々しい力を剣に纏わせ、その剣を音速で振り回した。
剣にまとわり付いていた妖力は、空を滑る刃となり、俺へ向かって一直線に飛んでくる。
「シルフィード! イフリート! 俺に力を!」
両手に魔力を注ぐと風と炎がそれぞれ剣に纏わりつき、奴と同じように空を滑らせ、奴の斬撃を迎え撃つ。
斬撃同士が重なり会い、爆風が砂埃を巻き上げた。
その砂埃を突き抜け、奴は悪夢のような恐ろしく鋭い突きを繰り出してきた。俺はその突きに剣を交じらせ、軌道を無理やり逸らす。
再び、ギィィィィィィンと耳障りな音が辺りに響き渡る。剣に伝わる振動が、全身の骨を痺れさせる。
なんて滅茶苦茶な剣圧だ。まるでグレンの馬鹿力を真正面から受け止めているような感触だ。これでも衝撃は殺しているはずなのに!
「神速!」
ギアを上げる。左右の剣を交互に繰り出し、こいつの防御を崩しにかかる。
剣と剣がぶつかり合う度に、行き場を失った衝撃、魔力、その全てが火花に変わる。
もし常人が、俺たちの斬り合いを目にしたとき、俺たちを中心に、地上に小さな花火が咲いたように見えているかもしれない。
それほどまでの速度で、俺たちは斬り合い、殺し合っている。
更に加速してゆく剣戟。そして辿りつく、無音の世界。俺たちの動きが止まらない限り、音は俺たちに追いつかない。
「うらぁ!」
最後の渾身の双撃を、鬼夜叉丸は刀と鞘で切り結び、俺たちの動きが静止した。
刹那、響いていたであろう音が俺たちに追いつく。ノイズにしか聞こえないその衝撃音は、俺たちの切結んで来た数と等しく辺りに鳴り響く。
渾身の攻撃が効かなかった以上、俺は距離をとるしかない。──否、そんな事をした所で追撃を喰らい、間違いなく死ぬだろう。
今こそ限界を、越えるしかない。
「──神速!!!」
神速の法の相乗使用がもたらす身体への負担は計り知れない。この神速が解けたとき、俺は身動き一つ取れなくなるだろう。これでケリをつけられなければ、俺は身動き一つ取れなくなるだろう。
斬りつける。一心不乱に、左右の剣を勢いに任せて、渾身の力を込め、全身全霊のスピードで、ひたすら斬り込む! もっと早く! もっと早く! もっと速く! もっと速く! もっと疾く! もっと疾く! 神速の限界を超えろ!!!
「げほっ!」
結局、一太刀も決定的なダメージを与えられないまま、限界が訪れた。
俺の動きが止まり、肺の中の肺胞が数箇所つぶれ、心臓が悲鳴を上げる。口からは、肺からせり上がった血が吹き出た。
そして、奴の左手が俺の首を鷲掴みにして、そのまま持ち上げる。俺は口から血を吐きながら、無様に酸素を求めもがき続ける。
「ぐっ! あ……がはっ……!」
『違うんッスよ兄さん。そんなんじゃ、ダメダメッス』
そう、コレじゃ駄目なんだ。今の神速のレベルで、いくら神速を重ねても、こいつに致命傷となる傷は与えられない。もしも、こいつに致命傷を与えるなら、それこそ今の速度を振り切るほどの、神速。つまり、『超神速』の領域……。
『アデュー、兄さん』
奴の燃えるような刃が胸に刺さり、心臓を氷のような切っ先が刺し穿つ。
俺の心臓はあっけなく貫かれ、血だまりの中にぐしゃりと打ち捨てられた。
「はっ!!!!」
気がつけば俺は、白い自分の天井を見上げていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
自分の死と同じくして、俺は現実世界に戻った。
払拭しきれない死のイメージ。実際に剣を交えたときに感じたあの恐怖を、俺は再び体感していた。
俺はぐっしょりと汗をかき、剣をがっしりと握り締めていた。余りにも強く握ったせいで、指が剣から離れなかった。
「はぁ……朝か」
ベッドに着いてから4時間が経過していて、時刻は朝8時だった。
「……全然寝た気がしない。いや実際ほとんど寝て無いけどさ」
自業自得とはいえ、こんなに疲れる睡眠もないだろう。
俺はぐっしょりになったシャツを床に脱ぎ捨て、しばらくベッドの上で放心していた。
「あー……シーツ洗わないとな」
そんなどうでもいい台詞を、ぽつりとつぶやいたときだった。
『コンコン、コンコン』
カーテンのむこう、窓を何かが叩く音がする。此処は二階の俺の寝室、誰かがノックできるはずもないんだが、鳥が悪戯でもしているのだろうか?
俺はカーテンを開けてみた。
「あ」
「ん?」
犯人は、鳥などではなくエリシアだった。
彼女の黄金に輝く金髪が、朝日に混じって一層美しく輝いている。
俺の家の隣は、エアリアルウィングだ。そして俺の部屋の間取りは、ちょうどギルド側に窓があり、女子寮として使われている一室の窓から、長いモップの柄などを使えばギリギリ届く距離だ。
もちろん、日当たりはベランダにでも出ない限り最低である。
「おう、おはようエリシア。なんだ、起こしてくれたのか?」
なるほど、エリシアに割り振られた部屋は、俺の部屋の窓とちょうど向かい合う窓があるのか。あの部屋も日当たりが悪く、俺の部屋と窓が対面してしまっているため、オリビアがあの部屋だけは嫌だと拒否していたな。あそこしか開いて居ない筈ではあったが、あんな所に彼女は押し込まれてしまったのか。不憫な奴だな。
そしてその件の窓から、エリシアはモップの柄をつかい、コンコンと俺の部屋の窓を叩いていたのだ。
「き」
「き?」
意味がわからない。エリシアは顔を真っ赤にして、わなわなと震え、なぜか「き」と声を発する。
が、その次の瞬間だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!???」
「うを!? 何!?」
朝の近所に響き渡るような悲鳴を上げられた。
そしてそれが、今現状の俺の格好が原因であると気がつく。
いや、全裸じゃないよ? 上半身だけが裸であって、パンツと短パンくらい履いてるよ?
「……おいおいエリシア? 朝からそんな叫び声上げたら近所迷惑もいい所だぞ?」
次の瞬間、どっこぉぉぉんと派手に玄関の扉が突き破られる音がし、ドタドタと階段を駆け上がる音がした。
『バン!!!』
響く衝撃音。俺の部屋のドアを勢い良く開け、男が飛び込んで来た。
その見慣れた姿が、寝ぼけていたのか、それとも危機回避の本能が働いたのか、とにかく一瞬。何故か、グレンの姿が鬼夜叉丸に見えてしまった。そんな幻覚を見た俺の体は、実に本能的に、本気で迎撃行動を取ってしまう。
「──神速!」
「へ?」
瞬時に神速を発動し、渾身の右ストレートをかわし、先ほどまで握っていた左の剣を逆手に持ち顔面に叩き込む。そして右の剣を真横に振りかざし首を叩き斬る。
だがすぐに我に返って気がつくのだ。振りかざした剣は納刀されたままだった事。そして、今床にゆっくりと崩れ落ちる男は、グレン=オルタナであることに。
「うわぁ!? ごめんグレン! 大丈夫かおい! しっかりしろ!」
「きゃあ!? レイなんてことを! マスター! マスター!!!」
「お……おまえ……。今マジで……ガクッ」
リゼンブルグ
正式にはリゼンブルグ共和国という。魔法を使えない他種族や人間が主に暮らしている国であり、機械文明を多く発展させた。多くのドワーフはリゼンブルグ出身である。
ちなみに、グレンの故郷もこの国の僻地に存在している。だが、グレンの故郷はあまりにも都心から離れ、四方を険しい山に囲まれ、凶暴な魔物も出現する事から、完全に陸の孤島となってしまっていた。そのため、機械文明の恩恵をあまり受けられなかったのだ。
魔力も扱えず、兵器も無く、武器に出来る物資も限られていたそこに暮らす人々は、その厳しい自然環境の中、武術によって己の身を守ってきた。その独自の文化はやがて『闘気錬法』と呼ばれる生命エネルギーを力に変える技を生み出した。グレンはその武術を、師範代を任されるほど極めたのだ。しかし、そのスケベ心が災いし、師範の娘に手を出し、破門されてしまっている。




