ー王と暗殺者ー
黄金に耀く金髪に、容姿端麗なその姿。アイドルやスターのような外見をもちながら、聡明な頭脳と、類稀なる剣の才能も持ち合わせたこの男に、この国の何人の女性が彼に恋をして、ウチのマスターを恨み、羨み、妬ましく思っているだろうか。
俺の目の前に現れた男、ロキウス=レオニードはこの国の国王であり、マスターの恋人だ。そしてこの俺をアサシンから外し、彼女の護衛兼奴隷として派遣した張本人である。
ロキウス王は、二つの花束を、アリシア様とディムルット爺さんに供えた。
「……アリシア皇后様は、本当に残念だった。できる事ならば、今この国に亡命してきている難民のためにも、国を上げての国葬にて御見送りせねばならない御婦人だ。この方には、我がレオニードは計り知れない恩がある。アリシア様、エリシア皇女を匿う以上、密葬とさせていただく無礼をどうかお許しください。せめて、貴方の眠りが安らかでありますように……」
それは当然だ。アルデバランに、エリシア皇女はここに居ますよー! と、思いっきりアピールすることになる。そんな事をすれば、アルデバランの事だ。何をしでかすかわかったもんじゃない。
「いやー、参ったよー。アルデバラン王から『皇女がそちらの国に亡命したはずだ。隠し立てすると碌なことは起きないぞ』だなんて脅迫されてな……。ま。碌な事しないから隠してるんですがね! 理解しろよ、低脳の禿げ親父が! ほんと、いい年こいて若い女性にブヒブヒ豚みたいに欲情しやがって。ああいう王には絶対なりたく無いもんだ」
「……案外、年老いてから奴の萎えない性欲を羨むかもしれませんよ? 特に貴方は」
「ハハハ、レイ。それは流石にセイラに呆れられてしまうさ。『一体何人子供を生ませる気なの!?』ってな」
ロキウス王の冗談に、俺は力無く乾いた笑いを浮かべた。
こんなロキウス王ではあるが、国民からの信頼は厚い。クーデターにより崩壊しかけた経済をすぐさま立て直し、福祉事業やインフラ整備。法改正など、新体制を樹立し、安定させるために寝る間も惜しんで誰よりも働いていた事を、国民達は理解しているのだ。何より、王子時代から国民との距離が近かった事が、功を奏している。どこか辺境の地域が攻められれば、ロキウス王自らが軍を率いてそれを撃退し、復興にも尽力して来た事がなによりもでかい。国民の中で、ロキウス王を英雄としてあがめる人々も多い。
「そうだ、セイラから聞いた。鬼夜叉丸とかいうS級犯罪者の戦闘狂と派手に斬り合ったらしいな。良く生きて戻って来てくれた」
ロキウス王が、俺の肩をぽんと叩き、俺を労う。
「……正直、アレが最初から本気で俺を殺しにかかってたら、今頃俺も棺に納まっていたでしょうね」
「そうだな。あんなものをを相手に出来るのは、アサシンの中でも幹部クラスの人間だろう。ゼクスもお前を心配していたぞ」
俺を心配した人間の名前があまりにも意外な人物だったので、俺は驚きの声をあげる。
「隊長が? 珍しいですね」
ゼクス=アルビオン。アサシンの総隊長にして、この国の最強の剣士であり、最強の暗殺者。そして俺の師でもあり、その剣術は史上最強の男と謳われるほどだ。『レオニード帝国にゼクスあり』。そんな言葉がこの大陸中に広がっているくらいだから、知名度で言ったらロキウス王以上だっただろう。
「ゼクスから君にご褒美を送ると言付かっている。内容を聞いたら泣いて喜ぶかもしれないと笑っていたぞ」
いやいや待て待て、仮にもこの国の王様だぞ。伝言じゃなくて普通に連絡して来いよ隊長。ロキウス王を使いっ走りみたいに扱うなんてどういう神経してるんだ、あの人は……。そして、ほいほいとそれを引き受けちゃうのかよ。
まぁそれはそれでいいとして……。
「──なるほど? で、その俺が泣いて喜ぶような褒美ってなんです?」
「ふふっ。ゼクスらしいぞ? 鬼夜叉丸の、今現存しているすべての映像データだ。以前からゼクスは、鬼夜叉丸のデータを収集し続けていたらしい。こんな資料、大陸全土を探したって、ウチにしかない代物だぞ」
「……マジか。それだけマークしておいて放置してる事に驚きですよ」
「放置してた訳では無いだろうさ。現在それを元に、魔法科学技術開発局の方で戦闘シュミレーションシステムに置き換え、鬼夜叉丸のコピーグラフィックを作成中だ。1ヶ月もすれば、戦闘シュミレーションシステムで、実践差ながらの訓練が出来るようになるはずだ。それまでの間、映像を見てイメージトレーニングでもしてろとの事だよ」
「なるほど。まぁ、上位アサシンに玩具と笑われたシステムですが、便利なことには変わりありませんからね」
実際、あいつは身震いがするほど強かった。今、生きている実感も正直ないくらいだ。
スピード、パワー、技術、魔力。全てが常軌を逸していた。幾つもの戦場を荒らしてまわっただけの事はある。戦車などの近代兵器が実装されはじめている戦場を、刀一本で渡り歩くその戦闘力は、文句のつけようがないバケモノだ。
そんな相手とまた会い見える事になると思うと、情報が足りなさ過ぎる。しかし、アサシンを外されている俺には、そんなデータは集められない。こんな状況だからこそ、コレはまさに俺にとっての命綱となるだろう。
「そうそう、こんなことも言ってたな。『鬼夜叉丸程度、きっちり斬り捨ててくれないと、アサシンには戻せないなぁ』だとさ」
「ひどい話ですね。ゼクス隊長ぐらいですよ、あいつを確実に斬り捨てられそうな人間は……」
「確かに、今のレイに鬼夜叉丸を斬れだなんて、無茶振りも良い所だな。だがゼクスは、君がゼクスに代わるアサシンの総隊長になれる人材だと信じている。無論、私も同じ意見だ」
「なら最初から、アサシンから俺を外したりしないでくださいよ」
「それは私だって苦渋の選択だったさ。だが、セイラの護衛を任せられるのは、君以外に居ない。他の連中じゃ、セイラに手を出そうとしたり、金で雇われて命を狙おうとしたりするかもしれないじゃないか。これからも彼女を頼む。そして、エリシア皇女のことも守ってあげてくれ。どうやら話によると、君と彼女はこの短期間で随分と親しい仲になったそうじゃないか? 彼女の救出任務の役得という奴だな。世の中の男が知ったら羨ましがるぞ? アルデバランとか鬼夜叉丸とか」
余計な情報源であるマスターの顔が浮かび、俺はため息が出る。なんでこうも余計でいい加減な情報を、よりによってロキウス王に伝えるのだろうか、あの人は……。
「なってません。マスターの勝手な妄想を本気にしないでください」
「そうなのか? なんだ、お前から恋バナが聞けるのはずっと先の話なのか。何だか残念だなぁ。……さて、そろそろ帰らないと会議に間に合わないな。それじゃあ私はコレで失礼するよ」
ロキウス王は、左腕につけられた重たそうなギンギラギンの腕時計を確認しながら告げた。
「はい、お疲れ様です。ロキウス王」
ロキウス王は墓に一礼し、そのまま出口へと向かう。
だが、思い出したように立ち止まり、そして振り返った。
「……なぁレイ。一言いいか?」
「はい、なんでしょうか」
そしてすぐに、凛々しかった美青年の顔が、まるで悪巧みでもするような、なんとも王という立場にふさわしくないであろう『ワル顔』へと早変わりする。そして綺麗に整えられた髪を、彼はぐしゃぐしゃっと手串を入れて、適当に乱した。
そして俺の心の中に、彼に対する『残念感』が染み渡り、真っ黒に染め上げていく……そして思うのだ。やっぱり、やりやがったと……。
「……全く、何が『ロキウス王』だよ。冗談きついぜ? 人が居ないときくらい、普通に話せよ。お前だって無理してるんだろ? 相棒」
『奴』は本性を現した。こうなっては仕方ない。何せこれは、王の命令なのだ。だから仕方なく俺も、外面のスイッチをオフにする。
「……誰が見てるか判らないだろ? マスターにバレただけでも、俺はお仕置き部屋に連れて行かれるんだぜ? お前も判ってて言ってるだろ? まったく、いつまで経っても悪ガキ王子の癖は直らないんだな、ロキ」
俺は、王に向けて使うであろう言葉とは、遠くかけ離れた言葉遣いで、目の前の王であるはずの男へと告げる。
「ああもちろん。俺はただ、セイラに痛めつけられ、泣いて許しを請うお前が見たいのさ」
「泣く訳無いだろ。馬鹿なのか? ああ、そういや馬鹿殿だった」
互いに軽口を叩き合い、歩み寄り、そして拳を上下に一回ずつ、そして正面で軽くぶつけ合う。
「……コレも何ヶ月ぶりだ? 半年? 最後に会ったのいつだった?」
「マスターの誕生祝い以来だから、……うん。それくらいだな」
「たまには城に顔出せよ、レイ」
「はぁ? 毎日スケジュールガチガチに組んで、結局、耐え切れなくなって逃げ出すような王にか? 空いた時間でセイラさんと逢ってるんだから、その時間を横取りしてみろ。後で何されるかわかったもんじゃねーよ」
「そりゃそーだよな! ダチと下らない遊びするより、俺も愛する彼女とセック」
「よせ、聞きたくない」
俺は反射的にロキウスの口を手で塞いでいた。
「……フン、相変わらずウブな奴だな」
「いやお前さ、自分の姉貴と親友の夜の営みの話聞かされるとかどんな拷問よ。最悪ゲロ吐くよ?」
それは、もう16年ほど前の事だった。
俺は、ある事件がきっかけで、マスターの祖母の屋敷へ引き取られた。そこでセイラさんと出会い、その後、ロキと出会った。
そしてある日、ロキは俺に親友の契りを交わそうと言い出した。ある騎士達の友情を描いた英雄譚を元に、俺たちは親友の誓いを立てた。
『俺達の間に、身分の差など存在しない。互いを尊重し、互いを守り、互いを信頼する。この友情は不変であり不滅である』
その誓いは今でも続いていた。俺たちの事は、マスターやばーさん。そしてゼクス隊長が知るのみだ。俺にとって、心の底から親友と呼べる存在は、ロキ一人なのだ。
「って、そろろそ行かないと」
「おう、おつかれさん」
最後にグータッチを交し、お互いに踵を返す。
「またな、レイ。鬼夜叉丸なんざに斬られたら、容赦しないぞ?」
「お前こそ、いい加減元老院のボケ爺をとっとと追い出せよな。ついでにお前の彼女に、俺の報酬を増し増しにするよう言っておいてくれ」
「「じゃーな、相棒」」
次、会うのは、いつになるだろうか……。やっぱり、たまには城にも顔を出すべきなのかもしれないな。
―自宅―
家に帰ると、ゼクス隊長の使い魔であろうフクロウが、眠たそうに魔法水晶を足にくくりつけ、玄関の門にとまっていた。それを近所の子供や通行人が、ものめずらしそうにじろじろと眺めたり、べたべたと撫でたりしていた。そして俺が帰宅したのを確認すると、フクロウは俺の肩へと逃げるように飛び移ってきた。
「まだ日は高いのにお前を飛ばしたのか。あの人の人使いの荒さは、人間だけじゃないんだな。ご苦労様、なんだったら夜まで家の中で休んでいいぞ。生肉くらい用意できる」
フクロウを肩に乗せたまま俺は家の中に入った。冷蔵庫をあけ、豚の生肉を差し出すと、フクロウはそれをくわえ、旨そうに食い始めるのだった。
俺はフクロウの魔法水晶を取り外し、自室の解析装置に入れ、中のデータを映像水晶に保存する作業を開始する。そしてそのデータの数にため息が出る。
「多過ぎだろ。あの鬼は戦場に居ないと退屈で死ぬとでもいうのか?」
数分後、何とかデータを移し終わり、俺はデータログに目を通していく……。
「うわぁ……」
そこに記録されて居た日付に、俺は愕然とした。
「3日前の深夜って……。しかも記録者、ゼクス=アルビオンって、ふざけんなよ」
呆れながら再生してみると、案の定。それは俺と鬼夜叉丸の戦闘が記録されたデータだった。
映像の角度からして、北の塔のてっぺんから、見下ろすように俺を撮影したことになる。
「……隊長。そりゃねーだろうよ」
がっくりと、全身の力が抜けて、どっと疲れが襲ってきた。
『贈り物は気に入ったかい? レイ』
その声の主はフクロウ……の首輪につけられた通信機から発せられたものだった。
「居たんですね、あの場に」
『んー、まぁこれでもかわいい弟子が心配でね。お前が失敗してしまうようなら、エリシア皇女のついでにお前も救出してやろうかと思ったんだけど。噂どうり、良い仲間に恵まれたね』
この男は、映像を録画したであろう『北の見張り塔のてっぺん』に隠れ、ずっとデータを収集し続けていたのだ。俺が死ぬ思いをしながら戦っている最中に、この人は文字通りの高みの見物をしていやがったのだ。今更ながら思う。この男をいつかぶっ殺してやりたいと。
「隊長、アレを作戦成功と言えると思いますか?」
『……結果はどうあれ、お前たちが自力でエリシア皇女を救出したのは、大きな成果だといえるよ。こちらとしても良いデータが取れた。奴の全力は引き出せては居なかったようだけど、今までのデータの中で一番いいデータだったよ。何よりレイの速さは、限りなく神速の限界に近いものだからね。コレを元に、ちょっと修正すれば、戦闘シュミレーションシステムを組むには十分なデータだ。まぁアリシア皇后は気の毒だったけどね。俺も撤収作業はじめた瞬間だったから、反応遅れちゃってね。ま、俺のせいにするほど、君も子供じゃないだろう?』
「……隊長のせいだなんて言わないけれど、隊長があの場に居たなら、隊長が殺してくれても良かったと思うんですけど?」
『あのねー、それじゃあ君の成長も無いでしょうが。それに俺は任務外のお仕事はしない主義なんでね。だってそうだろう? ちゃんとミッションとして受けないと、報酬なんて無いんだよ? 割に合わないだろうに』
そして、大よそ想像通りの返答が帰ってきた。そう、この人は報酬無しには『殺し』はしない。それは代々彼の家が暗殺業を営んできたからだろう。ボランティアで殺しはしないというのが、彼のモットーだ。
「とにかく、データありがとうございました。有効に使わせていただきます」
『ああ。今度城に来るといい。良い酒が入ったんだ。たまには一緒に飲もうじゃないか』
「下戸なの知ってますよね?」
『ああ。知ってるさ。君の本性が現れ痴態を晒し、あとで後悔して泣いている所が見たいのさ』
やれやれ、ロキといいこの人といい……。
「あんたら、本当に最低だわ」




