ーエリシアという一人の女性Ⅳー
―セント・テスタロッサ聖堂−
セント・テスタロッサ聖堂。我が国、レオニードの国教、アギトル教の宗派の中でも他民族や他種族への理解のある『テスタ派』という穏健派が運営する教会で、『救いを求める者に対して扉は不要』とし、市民からの支持も中々のものだという。そして何より、ロキウス王が個人的に多額の寄付をしている教会なので、融通が利く。よって、他宗教であり他国の皇后であるアリシア様達を密葬するには、これ以上にない条件が揃っている。
エアリアルウィング全員が喪服に着替え、アリシア様とディムルット爺さんを悼むために、礼拝堂へと集まった。二人はエンゼルメイクを施され、棺の中で安らかに眠っている。
「お母様、とても綺麗ですよ……。まるで花嫁のようです。じいやもとても立派です。騎士団長として働いていた、あの時のよう……。鎧もピカピカに磨かれて、騎士団長に恥じない姿だわ……。私は、これからは一人の女性として生きていきます。私のために命を懸けてくださった皆さんの為にも、強く、正しい女性であろうと思います。どうか安らかにお眠りください……。本当に、本当に、今まで私を、守り育ててくれて、本当にありがとうございました! ずっとずっと、大好きよ、お母様。じいや……」
エリシアはくしゃくしゃになった泣き顔で、二人に別れの言葉を告げ、白い花を一輪ずつ添えた。エリシアの国では、故人への弔辞と一輪の花を手向ける事が慣わしとなっていた。それに従って、俺たちもそのように二人を送ることにしたのだ。
エリシアの次に、マスターが二人の棺の前に出る。
「アリシア様、どんなに苦しかったでしょうか。愛する人にも、病を打ち明けられず、一人で戦う毎日は、誰もが出来ることではありません。どうか天国で安らかに、エリシア様を御見守りください。ディムルット様、大変ご立派でした。あなたの騎士としてのあり方、きっとこれからの未来を担う騎士たちにもきっと伝わることでしょう。わたくしが、エアリアルウィングのマスターである限り、あなたの成された偉業を語り継いで行きます。忠義を尽くし、エリシア皇女を救う為に命を捧げ、その使命を全うした騎士として、必ず後世に伝えさせていただきます。どうか、安らかにお眠りください」
マスターを筆頭に、みんなが順番に言葉を添え、花を手向けていった。
そして、今にも泣き出しそうないっちゃんが、ディムルット爺さんの棺の前に立つ。
「おじいさん。助けてあげられなくてごめんなさい……。私、約束します。ぜったい……ぜったい立派なプリーストになるから! ……どんな怪我をした人でも、治せるプリーストになるから! だから……だから! ……どうか、安らかに……っ!」
いっちゃんはついに、堪え切れず涙をぼろぼろと流しはじめてしまう。俺たちは、ただ黙って静かに見守っていたが、いっちゃんがその場に泣き崩れそうになるのを、エリシアが優しく抱きしめた。
「ありがとう。ありがとうイリーナさん。きっと、じいやも天国で喜んでくれています。じいやを治療してくれたのが、貴女で良かった……。だから、貴女も自分を責めないで? 女性を泣かせてしまっては、騎士の名折れと、じいやは困ってしまうでしょうから……。そういう人なの、あの人は」
抱きしめるエリシアも、涙を流し続けていた。
エリシアといっちゃんは、二人でアリシア様たちに花を添え、席へと戻り、二人で涙を流し続けていた。
そして最後は、俺の番だ。トリが俺と言うのも、なんだか相応しく無いような気もするが、マスターの指示なのだから、仕方ない。
「…………」
いざ二人の前に立つと、言葉が出ない。どちらも、俺が救えなかった命だ……。そもそも俺は、誰かを救う人間ではなかった。奪う側、もしくは奪われる前に奪っている存在でしかなかったんだ。それを今更ながら痛感してしまう。
「……さっきまで何か言葉を考えてた様な気がするのだけど、いざ此処に立つと、出てこないものですね。お二人はきっと、エリシアの事だけが心残りだと思います。……お二人の前でエリシアだなんて呼ぶのも間違ってるかな。でも、ここは彼女の意思を尊重して、エリシアって呼ばせてください。お二人は天国から、エリシアを見守っててやってください。これからが、彼女のスタートだと思うんです。エリシアは、俺たち、エアリアルウィングが守ります。俺も、このギルドの名と命を賭けて、エリシアを守ります」
俺は、ギルドエンブレムが描かれた、蒼い腕章に触れて、二人に誓う。
澄み渡る蒼き天空に、大きく羽ばたくように描かれた二つの純白の翼。希望を翼という形で表したギルドのエンブレムは、このギルドに所属する俺たち全員の誇りだった。
気がつけば、全員が同じように、腕章に触れて、二人へ祈りを捧げていた。
「せめてお二人の眠りが、安らかであらん事を……」
俺は花を添え、自分の席へと戻った。
「最低の言葉ね。でも、あんたらしいよ。最低だけど」
「最低最低うるせーよ。お前は短すぎるんじゃないか?」
隣の席のオリビアがそんな事をささやいてきた。こいつの挨拶は記憶に残ってないくらい短い物だった気もする。ただ、オリビアはオリビアにしか出来ないようなことをした。永遠に溶けないと言われている魔法の氷、『エターナルアイス』を持参し、皆の目の前でそれを氷の薔薇の彫刻へと変化させて見せたのだ。その美しさと、その高度な魔術を前に、それを目にした全ての人間が息を飲んだ。
「値段をつけたらゼロがいくつもつくわよ?」
「だろうな。エターナルアイス自体が宝石並の値段がつけられる代物だからな。墓荒しに遇わない事を痛切に願うよ」
思ってみれば、みんなが個性的だった。
グレンなんか急に両手を合わせ、呪文のような言葉をしばらく唱え続けていた。なんでも、あいつの宗教の鎮魂の祝詞なのだという。
最後に大きなパイプオルガンからレクイエムが流れ、二人の棺は閉じられ、外の墓地へと運び出され、順番に埋葬されていった。
その時だった。
俺の胸ポケットの中で、ギルドから支給されている携帯端末、所謂『ケータイ』が振動する。ちらりと覗き見ると、あの人物から『会議が長引いたけど、俺も顔を出すからお前は残ってろよ』と、ショートメールが送信されていた。そして、俺は短く『了解』とだけ記載してメールを送信した。
天気は曇り空だった。今にも泣き出しそうな空を見上げながら、俺はみんなが帰った後も、仕方がないので彼らの墓の前で彼を待つ。
皆がギルドへと戻り、10分くらい経ったころだろうか。
一台の高級車が墓地に乗り付け、一人の喪服姿の男が、二つの花束を持ち、こちらへ歩いてくる。
「お。言いつけどおりちゃんと待ってたな? 苦手な場所なのに偉いじゃないか。久しぶりだな、レイ」
黄金の髪のその青年は、この国の誰もが知る顔で、そして俺はずっと彼の顔を見て育ってきた。俺と言う人間を深く理解する数少ない人間の一人。この国の、王。
「……わかっているなら、こんな所で待たせないでください。お久しぶりです。ロキウス王」




