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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
リリィ=ノアール
115/119

―最強VS最凶―

長らく間を開けてしまい申し訳ありません。言い訳もございません。

 リリィ=ノアール。レオニードが誇る四賢者の一人にして、最凶の魔術師。特に謀略に長け、その残虐性から、屋敷から出ただけで各国が動揺すると噂されるほどの魔術師が、ゼクス隊長でも無く、カトレアでも無く、ましてや俺でもない、エリシアを。


 いや、シェリルと融合し、変身した彼女の姿を恐れている。つまり、リリィはスキラをずっと恐れていた。二人の間に何があったかは、今の俺には知る由も無い。だが、あの姿を見れば一目瞭然だ。リリィは怒りの余り目が血走り、野良猫が威嚇をするかのように長いロングの黒髪が左右に大きく広がり、足元からはその濃度と不安定さゆえに液状化した闇の魔力が溢れ出し、白い雪原を漆黒に塗り潰して行く。


「レイレイ、エリシア。もちろんわかってると思うけど、アレに触れると死ぬわよ。我が母親ながら、やっぱり滅茶苦茶ね。『冥府の泉』とほぼ同じ物を人工的に作り出すとか、一体何十万人を虐殺したらそんな物を作り出せるのよ」


 リリィは自分の肩を抱き、どこか怯えるように焦点が合わないまま、広がり続ける漆黒の水溜まりの上に巨大な魔法陣を展開する。


「それがどうしたって言うの? だって、あの女は哂ったのよ? あの女に勝つ為に5年を費やし、奪い続けた命を黒く染め上げてきたこの私の偉業を、『馬鹿馬鹿しい』と全否定したのよ? ねぇ、カトレアちゃん。酷いと思わない? ほら見て? あの女がくだらないと一笑に付したネクロマンスを極めると、こんな事も出来ちゃうの。すごいでしょう? さぁ、レイ=ブレイズ。哂いなさい。あの母のように! ほら、どうしたの? ああ、そうよね。お前には、私が何を言ってるかさっぱり判らないわよね? 大丈夫、どんな三流役者でも言えるバイスタンダー、エキストラの台詞よ。一言、『馬鹿馬鹿しい』と口にするだけで良いわ。この、リリィ=ノアールの魔術の深淵を目にした後に!」


 リリィが両手を広げ、口角を耳元まで吊り上げ魔力を開放した。


「リリィ止せ! この大馬鹿クソビッチ! ああもう! 総員退避! レイ、エリシア皇女を抱えて走れ! あの馬鹿、ここで『あんな物』を発動したらアルデバランだって黙っちゃいないだろうに!」


 俺は隊長の指示に従い、エリシアを抱えて神速を発動してその場から距離を取る。


「ちょ、ちょっと! レイ降ろして!」


「口閉じてろ! 舌噛むぞ! マジでアレ使うのかよ! リリィの奴、マジになりやがった! いつもの癇癪かんしゃくとはもうレベルが違う、マジの敵対行為かよクソが!」


「──よっぽど憎いのね。レイレイのママが。そりゃそーだよね。あの女が負けを認めるなんて、滅多な事じゃないわ。けれど認めざるを得なかった。認めてしまったからこそ、あんなに取り乱すほど、憎くて憎くて仕方がない。正直、あの女が負ける所なんて、想像すらできなかった。それが二十年前の出来事だとしてもね。で、死して尚、あんな物まで引っ張り出させるのね。全く、子供一人の為に自ら命を差し出した? 冗談きついわ。あの女にトラウマ植えつけるのよ? レイレイのママって最上位精霊か何かなのかしら。少なくとも、一介の異種族の魔術師がして良い所業じゃないわよ」


 リリィの足元で広がり続ける闇の泉は、やがて小さな湖のようなサイズにまで広がり、彼女の展開した魔法陣の下から、突如として人骨の山が姿を現す。彼女はその山の頂上で、狂ったように高笑いを響かせた。


「活目しなさい! これよりあなた達が目にするは、まさに神話の再現! さぁ、悲鳴で音楽を奏でなさい! その死で舞台を彩りなさい! そして私という神の供物となるがいい! 現臨せよ、『黄泉之箱舟ナグルファル』!!!」


 人骨の山が俺達に向かって倒壊してくる。



 ──否。あれはそもそも山などでは無かった。リリィの足元にそびえ立って居たソレは船首であり、水面から鯨が飛び出すかのように、その全容が今、明かされたのだ。



 巨大にして、人骨によって組み上げられたような不気味な箱舟が、俺達の目の前に突如として現れた。


 実物を目にするのは初めてだ。リリィ=ノアールが世界で恐れられる最大の要因。この大陸がルキフィスによって統一される以前、リリィがひしめき合っていた小国を潰して周り、搾取した命と魔力の集大成。『黄泉之箱船ナグルファル』。冥府を治める女神が死者の爪から作るとされる船を模したその魔術は、大国すらも飲み込むかもしれない。何故なら、その船はまさに冥界の門。着岸したその船が解き放つのは、大地を埋め尽くすほどの、死者の軍勢に他ならない。


「イッツァ・ショー・ターイム♡」


 リリィの開幕宣言により、船首が怪物の口のように大きく開き、闇の空間が展開される。そして、闇はまるで濁流のように、夥しい数のゾンビ達を一気に吐き出した。


 想像を絶するほどの数の暴力。到底太刀打ちなど出来る筈も無い途方も無い戦力差を前に、我が師。この国の最強の剣士が、実に気だるそうに、俺達の前へと進み出た。


 そして彼は左手に一振りの刀を召還した。それは、以前に俺を苦しめた、魔剣ソウルブレイカーと酷似した封印の包帯で厳重に封印されていた。それを彼は腰を深く落し、居あい抜きの構えを取る。


「ったく、ソレを出すならこっちだって抜かざるを得ないじゃないか。なぁ、ソレを出したってことは、本気で殺り合うつもりなんだろ? 俺達レオニードに反旗を翻したって判断していいんだよね、リリィ。あーあーやだやだ、何が悲しくて新年早々旧知の仲を斬らなくちゃならないんだろうね。しかも二人目だぜ? 何が悲しいって、どっかで『待ってました!』なーんて思っちゃう自分が、ほんとに悲しくなっちゃうよ! なぁ! リリィ!!!」



 一閃。──たった一閃だ。その一閃は、蠢くゾンビ達の地鳴りのような喧騒。逃げ惑うレオニード軍の関係者の悲鳴。すべての音を断ち切ったかのように、耳鳴りがするほどの、刹那の静寂をもたらした。


 そして、その場に静止したの後、ドシャッという重々しい音と共に、一斉に崩れ落ちる亡者の群れ。おおよそ一振りの刀が届き得る間合いでは、到底あり得ないであろう範囲と、たった一撃で全てを断ち斬ったその一閃は、間違い無く、ゼクス=アルビオンが最も愛する、『対軍神代宝刀』が起こした業だった。


 目視できる範囲の空間をねじ曲げ、繋ぎ、複製し、幾重にもその斬撃を拡散し、間合いという概念を断ち切った神が打ったとされる、鏡のような刀身。


 封印されし神代の名刀。そのも『刀幻鏡とうげんきょう』。


「何? 一体何が……」


 何が起きたのか理解で着ないエリシアをじろりと睨み、カトレアが口を開く。


「見てわからない? 斬ったのよ。ゾンビ達が突っ込んでくるであろう場所の空間と、自分の刀の間合いを繋いでね。レイレイや私がやってみせるような、剣に魔力を纏わせて斬撃として飛ばす攻撃とは訳が違う。隊長の刀はね、言ってしまえば斬撃の空間転移とコピー。たった一度の斬撃で、対象を視認さえしてしまえば、あらゆる角度から微塵斬りにする事も、今みたいに大群をなぎ払う事も可能っていう、神様の冗談みたいな刀よ。ま、その斬撃自体は、使用者の力量のコピーだから? 雑魚が扱った所で大した脅威にもならないんだけど、あの男が振るうとなると、それこそ空間の断絶に匹敵するわ。まぁ、もちろん。防ぐ手立てなんていくらでもあるのだけどね」


 カトレアの睨む先、リリィの眼前には魔力のバリアが張られ、そのバリアには真横に亀裂が走り、そこからバリア全体にひびが走っていた。


「あらあら、怖い怖い。相変わらず面白いわね、あなたの刀。でもゼクス、それっぽい事くらいなら、私だってできちゃうのよ? こんな風にね」


 リリィが指先を少し動かすと、俺の足元から漆黒の刃が飛び出し、俺は身を逸らす。もちろんその程度で終わる筈の無いリリィ。奴の操る刃は、間髪入れずに鞭のようにしなり、甲高い音を立てて空気をパンと弾きながら俺の首を刎ねようと襲い来る。俺がその斬撃をイフリートで弾き飛ばしたのを皮切りに、リリィは執拗に俺への攻撃をはじめた。


 刃の鞭が繰り出す連打をまともに受けたなら、この身は即座にひき肉にされてしまうだろう。俺は全神経を研ぎ澄まし、集中させ、両手の剣でその尽くを弾き続けた。


「レイ、援護するわ!」


 背後で、エリシアの声が響く。そして俺の正面に作り出されたエリシアの魔法の障壁が、リリィの刃を受け止めた。


 だが、その瞬間。リリィの口角がニヤリと釣りあがったのを、俺は見逃さなかった。そして唐突に、エリシアの背後に氷のように凍て付く殺意を感じ取った。


「超神速!!!」


 世界の全てが静止したような世界の中で俺が目にしたのは、エリシアを背後から襲おうと迫るリリィの刃。


 間に合え! 守れ! 殺させるな!


 俺はエリシアに飛びつき、その体を抱き締め、身を翻す。途端に超神速の発動が解除され、エリシアを切り裂いたであろう刃が俺の背中を引き裂いた。


 背中に筆舌しがたい痛みが走り、俺はエリシアを抱き締めたまま雪原へと倒れ込む。


「れ、レイ? う、嘘。? ねぇ、レイ? レイってば! レイ!!!」


 悲鳴もうめき声も上げるな。噛み殺せ。エリシアが余計パニックを起こす。


 痛みで意識が飛びそうだ。吐き気がする。身じろぎ一つ取れない。雪原を俺の血が赤く染め始めたのがわかる。魔力でガードはしていた。だが、傷は決して浅くは無いようだ。


「レイ!? そんな……! しっかりして、レイ!」


「なにやってるのよ馬鹿! パニクって無いでさっさと障壁でも結界でも展開しなさいよ! 二人纏めて殺されたい訳!? これだから素人は!」


 すぐさまカトレアが俺とエリシアの前に躍り出て、障壁を展開し俺とエリシアを包みこむ。


「あっはっはっはっは! そう、そうよレイ=ブレイズ! お前なら絶対にそうすると思ったわ! 自身に降りかかった刃は防げても、その女に降りかかる刃はその身を呈して守るしかないわよね? よく間に合わせたじゃない。本気で殺すつもりだったのに。あーあ、残念だわぁ。あの夜みたいに絶望し、亡骸を抱きしめながら無様に泣き叫ぶ姿がもう一度見れると思ったのに♡ お前の事はおぞましいほど嫌いだけれど、あの絶望に囚われた泣き顔は、誰よりも最高だわ♡ あはははははは!」


 意識が朦朧とする。凍えるほど寒い。だというのに、斬られた背中が炙られてるように熱い。まずい。次同じ事をされたら、エリシアを守れない。クッソ。体が言う事を聞いてくれない。


「ま、こんな所だよな。──カトレア、そのままレイとエリシアさんを守れ。あの女は俺が相手をする。エリシアさんはレイの治療に専念してくれ。


 大丈夫、君の治癒魔術なら助けられる。そしてレイの傷を塞いだら、ここから三人ともすぐに離れるんだ。はっきり言って、今の君らじゃ本気になったリリィには敵わない。今のアイツは、因縁の二人を前にしてイラついちゃいるが、まだまだ本気を出して無い。ま、俺も多分アイツを殺せ無いし、アイツは俺を殺せ無い。引き分けに持ち込むのがやっとって感じなんだ。今みたいに的を拡散されると、ぶっちゃけ足手まといだ。


 エリシアさん。君の才能は俺も認めるよ。すごい才能だ。だが、まだまだ『見習い』のレベルだ。実戦経験が一般人の領域を全く出ていない。ま、ちょっと調子に乗っちゃった結果が、今のレイって事で反省し、また頑張って欲しい所だ。セイラさんやオリビアって子に、もっと実践での戦い方を教わると良い。もちろん、姉妹であるカトレアからも学んでいいと思うしね」


 ──ああ、ちくしょう。そういうことかよ。


「──わざと……かよ、このクズ師匠」


「元気じゃないかレイ。お前の判断がもう一瞬早かったら、今の防げてたよ。まぁ、エリシアさんを無傷で守れたから、及第点ってところだね。


 で、カトレア。お前は完全に出遅れてたぞ? 君もそろそろ、超神速の領域に到達してくれないと困るからな? スピードだけならレイが上手だけど、他のステータスはレイに遅れを取ったりしないのに、二度もレイに出し抜かれてる。


 今回は、心のどっかで『エリシアを守るのは私の仕事じゃない』だとか『レイレイが死んじゃったら死んじゃったで私の物にしちゃえばいいよね』とか、そういう損得勘定が先行して動きが鈍った部分もあるだろうけど、お前が咄嗟に障壁を展開してれば、防げ無くともレイがこんな重症を負わずに済んだぞ。というわけで、カトレアは減給ね」


「ええー!? ちょっと隊長、あんまりなんですけど!?」


「ええーじゃないだろ。そもそも、お前の部隊がヘマしなければこう言う事にはなって無いんだからね? エリシアさんがお前とどういう関係だろうと、立場的にはエリシアさんは民間の協力者だ。最優先保護対象だよ。部隊のヘマは新任班長だし、ある程度は大目に見るけど、今のはだめだよ」


 むぅぅぅと唸ったカトレアだったが、さらに前に進み出たかと思うと、俺達の前に立ちはだかっていた隊長の前で仁王立ちした。


「じゃー挽回させてよ隊長。そもそも、曰く私の神速じゃ間に合わないと言うのなら、今みたいな手を使われたら守りきれないし、私の損得勘定がもう一度働いたら、この二人を守れないわよね? だったら私が、あのクソババアの頭カチ割ってやるわよ。隊長が二人を守ったほうがよっぽど二人の生存率が高いわ。


 それにあの女が、私を殺す事はまずありえない。あれだけ腐りきってても、これだけ仲が破綻してるって言うのに、あの女はまだ私を娘として溺愛してる。現にこの私は、傷どころかまともに攻撃すらされてないわ!」


「うん、一理ある。が、やっぱダメ。いいからここは俺に任せて引くんだ。カトレア、傷は完全に塞がってても、魔力もう半分以下しか残ってないだろ? それに、俺の楽しみを奪うんじゃないよ」


 再び振るわれる刀幻鏡。その斬撃は、再び一斉に襲いかかろうとするゾンビたちの胴体を尽く両断し、リリィの障壁に再び真一文字の亀裂を走らせる。


「はは。普通、障壁ってのは『展開』が一般的。その硬度と範囲はその術者の技量により左右される物だけどさ。この刀はその障壁の内部へと斬撃を飛ばせるから、防ぎ様がない筈なんだけどね。いやはや恐れ入るよ。障壁を自分を中心とした半径1mへの『放出』。しかも神刀の一撃を防ぐ超硬度。鉄壁の防御ならぬ『鉄球』の防御ってか。すぐに思いつくであろう防御法だけどさ、それを実行できるのはそうそういるモンじゃない。流石だよ、リリィ。死ねば良いのに」


「ふふふ。で、あなたはどうするの? 私に傷ひとつ付けられずに、ゾンビ達と遊び続ける? ゾンビは無尽蔵。どんなに斬り伏せた所で、この箱舟がある限り、壊れたゾンビは犠牲者と共に回収し、即座にリペアリングされ排出され続ける。こんな風にね!」


 リリィの号令と共に、再びゾンビたちが濁流となって隊長に押し寄せる。


「そうそう。全く持って面倒だよね。俺も何度もシュミレートして見て思ったんだ。うわめんどくせっ! ってさ。で、俺思ったんだよ。そっちがオートで攻撃してくるなら、こっちもそうしちゃえってさ」


 隊長は再び刀を一閃。いや、ちがう。彼はぐるりと体を捻り、一回転させていた。


「秘剣・剣之円環つるぎのえんかん


情報メモを再び書き足して行こうと思います。追加された際には何かしらお知らせしたいと思います。

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