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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
リリィ=ノアール
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―黒百合の魔女Ⅰ―

 エリシアが回復魔法をカトレアに施し数十分が過ぎた辺りで、カトレアは本当にばつが悪そうに、「もういいわ。十分よ」と告げた。そしてむくりと体を起こし、適当に巻いてぼろぼろになった包帯を引きちぎって投げ捨てた。


「か、カトレア本当に大丈夫? 私ライトヒーリングは得意なんだけど、水魔法のヒーリングはあまりしたことがないの。痛みはない?」

「別に平気よ。私のヒーリングよりよっぽど上手いわ。……傷跡も残さないなんてね。何よ、アサシンの衛生班より良い腕してるじゃない。忌々しい」


 なんだそりゃ。褒めてんだか貶してんだかわかりゃしねぇ。


「で、カトレア。お前、アルデバランで何を掴んだんだ?」

「そうね。いくつかあるけど、まずは一つ目。当然の事ながら、エリシア。あんたが生きてる事は完全に把握されてるって事。エアリアルウィングで匿われてる事もね。ただ、国境警備にまでアサシンのメンバーが何班か投入されてるから、相手も迂闊に手を出せていないで居るけれどね。


 二つ目は敵の生物兵器ソドムがそろそろ実践投入される事がわかったわ。アサシンからしてみれば、あの程度の生物兵器を使われた所で、どうって事もないけれど、一般の兵士や市民に対してあんな物を投入されたら、相当な被害がでるでしょうね。


 三つ目。近々二度目の難民キャンプ襲撃が起こるわよ。狙いはもちろん、うちへの嫌がらせもあるけれど、エリシア。あんたにプレッシャーを与えるのが目的ね。あんたのお優しい心に罪悪感を植え付け、炙り出す為よね。わかってるとは思うけど、ほいほいと前線に出て行ったりしないでよね。あんたがどうなろうが知ったこっちゃないけど、仕事が増えるのは面倒だわ。


 他には、ヴァンパイアブラッドの件の証拠がとれたってことと、アルデバランがウチの領土に直接攻撃を仕掛ける事を計画していて、その作戦のごく一部をいくつか入手したってところ。


 あとは『雑務』みたいな物だったわ。こちら側の内通者を作るだとか、有力者に金を握らせたり脅迫したりしてこちら側に抱き込んだり、オーディアで未だに戦っているいくつかのレジスタンスを引き合わせて一つに纏めさせたり、アサシンが潜伏しやすいようにセーフハウスの設置だとかね。あとはそうね、とりあえず、『防衛』と『反撃』の楔はそれなりに設置できたと思うわ」

「なるほど。どっちかっつーとその『雑務』の情報がアルデバランにばれるほうが厄介だったな。漏れたのか漏れていないのか把握するだけでも、今後の動きに大きく左右してくるから、何が何でもゼクス隊長はこの情報を回収する必要があったのか」


 カトレアは、先ほどの戦闘で投げ捨てたローブを拾い、パンパンと埃を叩いてから、再びそれを身に纏った。そして思い出したようにイライラとした口調で再び語り始める。


「ま。もう少し探ってやろうって思ってた所で、メンバーの一人がポカしてくれちゃってさー。まぁ相手側の特殊工作員に尻尾捕まれて、工作員を始末したまでは良かったんだけれど、そこから蜂の巣をつついたように追撃が始まってね? あいつら相手が私とわかるな否や、プリーストやらエクソシスト、パラディン。それプラス、アルデバラン特殊部隊って言うふざけた構成のパーティ投入してくるのよ!? 手持ちのゾンビ兵全部灰に変えられたわよ! 私のイケメンコレクションゾンビまで使って、ギリギリここまで辿りついたってわけよ。……くぅ、イケメンゾンビは貴重だってのに! ああ忌々しいあのプリースト!」


 ああ、確かにその構成はカトレアからしたら堪ったもんじゃないな。こちら側の遠距離攻撃はほぼほぼ無効化される上に、アタッカーはアルデバランの特殊部隊と来たもんだ。重火器はもちろんの事、近接戦闘に長けた連中だって投入しているはず。それでも死なない辺り、流石カトレアだよなぁ。


「ちょっと待って? カトレア。ギルドで会ってからまだ一ヶ月ちょっとよね? その仕事量をたった一ヶ月で終わらせたの?」

「当然でしょ? 私一人ならともかく、一応15人体勢で動いてるのよ? これくらいできないでどうするのよ。それに、それより少し前からユキカゼっていうアサシンが色々と手を回しててくれてたのよ。私はそれを引継ぎ、纏めてきただけよ」

「これくらいって……。はぁ、そうよね。レオニードの『アサシン』だものね。情報をごっそり奪われた挙句、あっさり攻撃の準備までされる。相手の攻撃の起点は持ち出された情報から即座に潰され、守備に徹した所で内側から食い破られる。大陸が一度統一されるわけだわ。そんな事を『雑務』扱いで軽くこなせられたら、された国はたまったものじゃない。恐れ入るわ」


 座っていたエリシアも、広げてあった道具を纏め、スカートについた埃を払いながら立ち上がった。


「さて、レイレイ、エリシア。そろそろこのかび臭い遺跡から出るわよ。どうせ外で隊長がタバコでも吹かしながら部下虐めて待ってるんでしょ。それに、来てるんでしょ? あのサイコリリィも」

「らしいな。出来れば俺は絶対に顔合わせたくないんだけどな。あいつ問答無用で俺の顔見るたびに本気で殺しにかかってくるからマジで迷惑なんだけど。お前からあの過保護な母親に止めるように言ってくれないか?」

「あの女に何言ったって無駄よ? 会話出来ない女だもの。止めさせたければ殺す事ね。レイレイに出来るとは思えないけれど。……でもまぁ、どういう事だか説明して貰わないといけないよね。どうして私の父親がラルフ皇なのか。そしてラルフ皇に何があったのか。そうでしょう? エリシア。まぁ、賢いあんたなら、一体自分の父親に何が起こったかなんて想像ついて居るでしょう? 腐っても私の母親なんだし? きっとそういう事なのよ」

「──でしょうね。ねぇカトレア? その母親を見て思う事はないの?」


 やや呆れたような視線をカトレアに向けたエリシア。そんなエリシアに対し、更に呆れたような目線で返すカトレア。


「なによ、改めろって言いたいの? はっきり言って、私にとってはそれが当たり前なの。誰かに渡すくらいなら、いっそ私が壊してやる。エリシア、私の価値感がわからないと言うのなら、あんたも想像して見なさい? 自分を振った男が、他の女と幸せそうに歩く様を。自分を捨てた男が、その手で自分とは違う女に触れて、その唇で口付けし、耳元で軽々しく愛を囁く様を。最悪、『前の女はこうだったな』と、あんたと今の女の夜の営みを比べられるのよ? どう思う?」


 いや、何言ってるのこの女。人の彼女に何吹き込んでるの?


「……あ、殺したくなるかも。どうしよう、なんか理解しちゃった」

「でしょう? なかなか素質あるじゃない、エリシア」

「やめよう? ねぇやめよう? この話」


 お願いだからありえないであろう俺の未来の姿を勝手に想像し、勝手に殺意を募らせ、姉妹で結託しないで欲しい。こいつら自分達が姉妹だと理解した途端に仲良くなるんだもんなぁ。この二人に結託されたら、俺ひとたまりもないんだけど。ずらーっとゾンビ兵並べるカトレアに、シェリルと融合したエリシア。その二人と敵対してみろ。命……。いや、髪の毛一本残らず消されちまう!


「と、とにかくそろそろ出ようぜ? いい加減。この遺跡の中も冷えるしさ、カトレアも本格的に治療したほうが良いだろ?」

「ここから出る事には概ね賛成だけれど、追加の治療は要らないでしょうね。本当にムカつくし、本当に腹立たしいけれどね! ……マジで良い腕してるわよ、あんた。あんな小さなギルドで仕事するより、医療現場とかアサシンの衛生班で働いたほうがお金になるんじゃないの?」

「え、そ……そんな事ないと思うけど」

「ってか、カトレア。嫌い嫌い言う割には、随分素直にエリシアの事褒めるじゃないか。どういう心境だ?」


 カトレアは先ほどの戦闘で開いた天井から見える穴を見つめながら、バツが悪そうに答える。


「べーつに? ただ単純に私はソイツを認めてるってだけよ。殆ど身代わりアイテムみたいな『お守り』を作り出す魔術師がこの大陸……。もとい、この世界にどれだけ居るか……。正直、戦慄したわよ。レイレイのポケットの中に入ってた残骸を見た時にね。


こんな物を作る人間が存在する。こんな物を作るほどに、レイレイを愛している。……同じ物が作れるかと自分に問いただして見たら、答えはノーだった。


 自分の魔法が黒魔術だってことを抜きにしても、同じ素材、同じ工程、同じ時間、同じ術式を使っても、こうはならないだろうって理解できたわ。……だって、こんな物を作るには、自分の命よりも相手を大切だって思えるくらいの『無償の愛』がなきゃ作れない。……私には無理。差し出した分以上の愛を返してくれない存在なんて愛せない。そんなもの愛じゃないって思っちゃう。でもだからって、私がレイレイを愛して居る事には変わりはないし、負けたとは思わない。諦めもしない。けど、認めざるを得ないわよね。あんたは私の脅威に他ならない。光栄に思いなさい? この『死神嬢』と恐れられる私に敵として認められて生きてるのは、エリシア、あんただけよ。ま、いつか殺してやるけどねー……。さ、出るわよ? 先に行くわね」


 そう言って、カトレアは跳躍し、開いた天井から外へと飛び出していく。俺もエリシアを抱えてカトレアの後を追うとしよう。

「いくぞ、エリシア」

「だめ、3秒待って!」

「は?」

「いいから!」


 言われたとおり、3秒だけ数え待って見ると、エリシアは重力魔法を自分にかけ終わり、俺と視線を一切交さずにどうぞと小さく呟く。


「──そこまでする? 別にお前を抱えて飛ぶくらい余裕なんだけど」

「……だって、レイなら正確な数字を割り出すじゃない。どんなに好きな相手だろうと、体重を知られるのはまだ恥ずかしいわよ」

「……あっそ」


 ま、目測でもある程度わかるんだけどさ。まぁ黙っておこう。とりあえずエリシアをお姫様抱っこで抱えると、俺はカトレアの後を追い、天井から遺跡の外へと飛び出す。俺としては当然の事をしたのだが、外で待っていたカトレアは、エリシアを抱きかかえる俺に対し、殺気がたっぷりと篭められた視線で睨んでくる。回復した事を良い事に、このまま襲われてもたまらないので、エリシアを抱えたまま遺跡の結界の外へと跳躍し、隊長が待つ拠点へと向かう。そしてカトレアも俺に続くように跳躍した。

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