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ーニューイヤー・ニューデイズⅡー


 スキラの墓は、墓地の一番奥に静かに佇んでいた。




「……これが、スキラの墓だよ」


「お墓……? こ、これが……?」


 そこには、スキラの姿を模した銅像が建っている。これが、俺にとってのスキラの墓なのだ。


「そもそも、狼人族には墓を作るって言う文化がないんだ。


 死して肉体は他の生命の糧となり、地へ還る。


 魂は常に子孫と狼と共にあり、その行く末を見守り未来と言う未知を歩む為の明かりとなりて道を照らす。


 だから墓なんて要らないって、ばーさんにも言ったんだけどさ、こんな形に作られたら、大切にしないわけにもいかなくてな」


 スキラの銅像は狼と共に立ち、俺たちに優しく微笑んでくれている。


「……綺麗な女性ヒトだね、スキラさん」


「……実物は、もっと綺麗だったよ。厳しいけれど優しくて、温かくて、賢くて。───俺の自慢の、母さんだった」


 俺は、スキラの銅像に被っている雪を払い除け、道具袋からスキラの好きだった香を焚いた。爽やかなハーブ系の香りが辺りを包み込み、俺にいつも優しく微笑んでくれたスキラの顔を思い出させた。


「墓って言ってもさ、ここにスキラが眠ってるわけじゃないんだ。スキラの遺体は、あの後どうなったのか全く分かっていないんだ。


 そのまま打ち捨てられたのか。焼かれ灰になったのか。隠すように、土に埋められてしまったのか。狼人族のスキラにとっては、死後の肉体がどうなろうと知ったこっちゃ無いかもしれないけれど、あの美しかったスキラが首を刎ねられ、その遺体すらもぞんざいに扱われ、辱められたと思うと、……やっぱ許せないって思っちまうんだ。


 ───悪い、変な話をしちまった」


「レイ……」


 エリシアは俺の首の後ろへとその細い両手を伸ばし、俺を丸ごと抱擁するかのように俺を抱き締めてくれた。俺もまた、すこし体をかがめつつ、優しく彼女を抱き締めた。


「……泣いたって、良いんだよ?」


「……泣かないさ。今はもう、悲しくも寂しくもない。こう見えて、幸せを嚙み締めてるんだぜ? でもそうだな。……もう少し、このままで居させてくれ」


「うん。私も、もう少しこうしていたい……」


 その後も、屋敷へと戻る俺たちの手は指と指を絡め、しっかりと握られていた。今後決して離れ離れにならぬよう、固い絆で結ばれるよう、そんな願いもこめていたのかもしれない。


或いは、再び俺たちを呑み込もうとする災禍への不安が、そうさせたのかも。


 彼女と共に歩むという事がどういう事か、この時の俺にはまだちゃんと理解できて居なかったのだろう。



―リーゼリット邸―


 屋敷へと戻ってくると、屋敷前の広場には王宮専属の近衛竜騎士団が集結していて、ロキとマスターが同じ飛竜の背に乗り、ティアマトがジークとアーチャーを乗せてすぐ隣に待機していた。


「おかえりなさい、お二人とも。ロキウス様とマスターはレオニード城に戻る事になりました。アーチャーさんとジークさん、ティアマトちゃんが護衛隊に参加する事になりました」


 車から降りた俺たちに、いっちゃんが状況の説明をしてくれた。


「レイ、帰ったか。もう少しお前とゆっくり話したかったんだが、状況が状況だしな。今後の事もあるし、セイラと城に戻る事にしたんだ。護衛で彼らにもついてきて貰う事になった。これが落ち着いたら、また城に顔出してくれよ」


「ああ、そうする。気をつけろよ、ロキ。城の中の連中も、全員が味方ってわけじゃ無いからな? ジーク、アーチャー、ティアマト。二人を頼むぞ」


「ああ、任せとけ! 王様の護衛任務なんて、騎士冥利につきるってもんだぜ!」


「大丈夫。どんな敵だろうと、僕の鷹の目からは逃れられないさ。レイ、君が命を賭して守り抜いた新しい命だ。僕らも命を賭けようじゃないか。お二人は、この命に代えても護って見せる」


 大丈夫、この二人なら安心だ。この国で最高の竜騎士と狙撃手が揃ってるんだ。それに、ティアマトだって……。


『きゅぅぅぅん♡』


「あ?」


 ……ティアマトの様子がおかしい。ロキウスの乗っている白銀の鎧を身に纏ったホワイトドラゴンを見て、なんというか、惚けてる。目をトロンと蕩けさせ、じっと目を離さず、尻尾を犬のようにぶんぶんと振り回してる。


「……肝心のティアがこんな調子なんだよなぁ。なぁほんとに頼むぞ? ティアマト。大丈夫かよ」


 俺はまさかと思い、エリシアを見る。


「ティアちゃん! がんばって! かっこいい所をしっかりと見て貰わなきゃ!」


『ギャウン! グルルルルルル!』


 ああ、今度はボフンボフンと火柱を立てながら鼻息を荒くしてやがる。なるほど、エリシアの言っていたティアマトが惚れた雄のドラゴンは、ロキ専属の飛竜だったのか。まぁ人間の目から見ても、確かにかっこいいな、あの竜。


「ごめんね、レイちゃん。帰ったら報酬はたっぷりとお支払いするわね。みんなもごめんね。本当にあなた達には感謝しています。レイちゃん、後をお願いね」


「イエス・マイロード。お気をつけて」


 5頭の護衛の飛竜が飛び立ち、続けてロキ達の乗った竜が飛ぶ。そしてその背後を護るように、ティアマトは、どの竜よりも力強く美しいフォルムで羽ばたいた。


「……ティアマト、張り切りまくってるな」


「そりゃあそうでしょ! 憧れの男の子との編隊飛行よ? 『何人たりとも、彼には近づけさせないんだから!』って張り切ってたわ!」


「そ、そうか。なら安心だな。ティアマトの本気は邪竜を薙ぎ倒すって言うしな」


 たった一度だけ、ジークが命の危機に瀕した際、ブチ切れたティアマトの本気のブレスを見た事がある。その後しばらく喉を痛めてブレスが吐けなくなるという諸刃の剣ではあるが、その凄まじい破壊力を誇るブレスは、その爆心地周辺の地図を書き直させた。


正に龍の逆鱗に触れるべからずとはあの事なのだろう。そんなティアマトとジークが護衛に就いてくれてるんだ。問題ないだろう。


 あっという間に小さくなっていく彼らを見送り、俺は伸びをして、屋敷へと踵を返した。そしてエリシアも、俺に寄り添って歩いてくる。


 俺がエリシアの手を握ってやると、エリシアは指を絡め、そして俺の腕へと抱きついてくる。


「……グレンさん。つっこまないんですか? 茶化さないんですか? あなたがやらないのなら私がっ!」


「やめい。それにな、いっちゃん。レイだけならまだしも、エリシアちゃんのあの幸せそうな顔見てみろよ。……テレビをつければ、あの子にとって辛いニュースが映り込む。ラジオも新聞も、見聞きしたニュースの殆どがエリシアちゃんを傷つけちまう。ああやって、あの馬鹿と並んで歩いてる事が、あの子の幸せなら、優しく見守ってやるのが仲間ってもんだ」


「……なるほど。流石グレンさんですね。ところで、その丹精こめて握っている雪玉に見える氷塊はいったい何ですか?」


「はっはっは。愚問だぜいっちゃん。これはなぁ、仲間と仲良くじゃれあうための秘密アイテムよ! まぁ見てな、おーいれーい。いっぺん死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 振り向いた途端に、およそ時速160kmで顔面に迫る氷塊を視認し、俺は氷塊に向かってナイフを投げつけ相殺する。


「あっぶねーな馬鹿グレン! 今のエリシアに当たってたら大怪我してたぞ! 殺すぞテメェ!!!」


「へっ。やるじゃないか。コントロール重視のスローボールを見事処理できたな。褒めてやるよ駄犬。じゃあ今度は俺が投げたボールを咥えて持ってこいや。ご褒美に骨をやるぜ」


「……エリシア、ちょっと離れててくれ。あと耳を塞げ。……この色ボケ破戒僧が! テメェの遅すぎる球なんて全球逃さずテメェの金○に打ち返してやるわこのチ○カス野郎!!! あ、ごめーん! お前に金○なんて立派なものついてなかったっけ! あるのはチ○カスにまみれた無駄に太いヤマイモみたいな竿だけだったな!!! 風俗のお姉さんたちも大変だよな! テメェみたいな不潔な奴の相手させられるなんて、追加料金いくら出されても割りに合わない仕事だよな! 頭が下がるぜ!!!」


「レイさん! マスターが居ないからってなんて事を口走っているのですか!? ばっちいです! 汚らわしいです! ドン引きです!」


 そしていっちゃんまでもが、俺に向かって雪玉を投げつけて来る。だが俺はグレンの剛速球をかわし、いっちゃんのスローボールをキャッチし、その雪玉を握り締め、グレンへと狙いを定め……。


『ばしゃっ!』


 後頭部に軽い衝撃と、凍て付くほどの冷たさに、俺は目が点になる。


「あはははははは! やったやった! ついにレイに命中させたわ!」


「……エリシア? 何をしているのかな?」


「ふふふ、何って、雪合戦よ? 仲間と楽しく遊んでるだけじゃない?」


 ああそう。そっかそっか。これはただの遊びだよな。うんうん。大切だよな、こういうのも。たまには俺も童心に帰り、くだらない遊びに対して本気を出すなんて事をしたっていいじゃないか。そうと決まればぎゅっぎゅっとね。使いやすいサイズに統一して、グレンに向ける雪玉には石をつめてぎゅっぎゅっぎゅーっとね。ああつめたい。指がかじかんで、手元が狂いそうだぜ。よし、こんなもんかな。


「……テメェら覚悟しやがれ。うぉら!」


 俺は右足を軸にぐるりと360度回転しながら、3方向から俺を取り囲むように雪をぶつけようと投げ続けるグレンたちにそれぞれ雪玉を投げつける。そしてすぐさま深く腰を落とし、魔力を開放する。


「───超神速!!!」


 時が止まったようなその世界で、俺は彼らの背後に回り込む。


まずはグレン。


その襟から背中に雪玉を詰め込み、拳底でしっかりと雪玉を潰してからいっちゃんの背後へ。


いっちゃんの小さな耳を寒さから守る耳当てをはずし、その耳当ての間に雪玉を挟みこみ、雪玉サンドイッチ。


そしてエリシア。


 流石エリシアだ。雪玉を回避しつつ、背中を守らんと襟元を手で押さえ、回避行動をとっている。


だが無駄だ。俺の手元にはすでに雪玉は無い。俺の武器は雪玉にあらず! この凍傷寸前の俺の手を、お前の温もりで癒させて貰おう! 


「くらえ!」


 俺は自分の手を、エリシアの服を少しまくり上げて背中へ突っ込み、その素肌にひたっと押し当ててやったところで、超神速が解除される。


「にぎゃぶっ!?」「みぎゃぶへっ!?」「ひぃぃぃぃぃ!?」


 グレンといっちゃんは不意に襲う突き刺さるような冷たさに凍りつき、顔面から投げつけられた雪玉を喰らい、エリシアは辛うじて避けられたものの、全く予想だにしない俺の反撃に悲鳴を上げた。


「やったなこの早漏野郎!!!」


「最悪です! 超最悪です! 私この耳当て気に入っているんですよ!? べちょべちょじゃないですか! もう許しません!」


「レイ最低! えっち! 変態! 手ぇ抜いてよぉ! 冷たいってばぁ!」


 グレンといっちゃんが雪玉を手にしてこちらへ投げつけようとするがびたっと静止する。そう、彼らは気がついたのだ。


「お、お前正気かよ!? 悪魔かテメェは!!!」


「こ、これ以上最悪な男がこの世界に居るでしょうか。ああ神さま! 悪魔です! レイさんあなたは悪魔ですよ! よりにもよって、エリシアさんを! 恋人を盾にするなんて! この人でなし! ろくでなし! 意気地なし!!!」


「ええ!? レイ最低! ほんとに最低!」


「はーっはっはっは! 何とでも言え! お前こそ俺を裏切って雪玉ぶつけてるくせによく言うぜ! くっくっく、さぁ雪玉を捨てて両手をあげるんだな。そして参りましたと口にするんだなぁ! はーっはっはっはっは!」


 俺が勝利を確信したその時だった。


 俺は忘れていたんだ。


 この場で最も最強の人間の存在を。絶対的な俺の天敵の存在を。


「なぁに? みんなして楽しそうね。私も混ぜてよ。ねぇ? れーい♡」


「お、オリビア!!!」


 オリビアは背筋も凍るような恐ろしい笑顔を見せたかと思った瞬間、文字通り俺の背筋は凍りついていた。一瞬でガチガチに氷で固められてしまい、身動きひとつとれなくなっていたのだ。


「うっぎゃーーーーー!? つめてーーーーー!!! 寧ろ痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 素肌! 素肌に氷張ってるぅぅぅぅぅ!!!」


「今よみんな! 総員! 一斉掃射!!!」


「「「おーーー!!!」」」


「や、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 エリシアの号令と共に、全員が一斉に俺へと雪玉を投げつけ、身動きの取れない俺は成すすべも無くその身に雪玉を受けるのだった。


 平和な時間。何よりもその尊いその時間を俺たちは謳歌していたが、争いの足音はすぐそこまで迫っていた。俺たちが子供のように雪遊びを楽しんでいたその時。ばーさんの目には、新年の番組の予定を全て変更した臨時ニュースの見出しが映っていた。


『アルデバラン軍 オーディア国境付近の難民キャンプを襲撃 死傷者多数』


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