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コンビニ・ライフ

作者: 佐伯
掲載日:2018/01/10

冬の季節。いつものコンビニ。そこに彼はいた。入り口の端っこでしゃがみこみタバコをくわえ、空を見上げている彼は何処か寂しそうに見える。

『あの……』

声をかけたのは彼が涙を流していたからで、少し汚れたコンビニの制服は彼がここの店員だとわかると同時に彼の心情を表しているみたいに思えた。

彼は私の方を振り向いて驚いたのか尻餅をつく。私は思わず笑ってしまうと彼は恥ずかしそうに顔を隠して制服の袖で涙を拭った。

『すいません』

何故謝るのだろう。彼は耳を赤くして立ち上がって頭を下げると自動ドアをくぐってレジカウンターに入っていく。私は慌てていつもの場所に自転車を止めると彼の後に続いて店内に入った。

広々と落ち着く店内。私はここが好きだった。週三で入っている彫りの深いインド人がいたり、ナナコカードの良さが書かれたポスターが目立たないところに貼っていたり、大きな駐車場だったり。でも一番好きなのは、この時間誰もいない落ち着いた空間がバイトと学校の両立に疲れ果てた私の憩いの場所になっていた。

『さっきはなんで泣いていたんですか?』

なんて気になっても聞ける勇気もなく、私はいつものように大好きなモチモチいちご風味パンとボトルのホットカフェラテをオレンジ色のカゴに入れレジカウンターに持っていく。

ピッ、ピッ、ピッ

何事もなかったように私に笑顔を向けた彼は眠そうな顔でバーコードを打っていく。

『合計、230円になります』

彼の声は少し癖があって、一度聞くと離れなくなるような深い声だった。

私はいつの間にか自分の意思とは真反対の行動をとってしまう。声を発した瞬間彼は私を見て驚いたような表情になった。

『あの、貴方がなんで涙を流しているのかわからないけど、人生いつか幸せになれるはずなので、わたしでよければお力になりたいです』

私は馬鹿かもしれない。俯いて、

『すいません』

ぼそっとそう相手に聞こえるか聞こえないぐらいの声で呟いた。そこには後悔だけが味気なく残った。

初対面で相手は大人で、もしかしたら寒くて自然に涙が出てしまったのかもしれないと思うとそれが正解のように思えてしまって恥ずかしくなる。

『ありがとう』

しかし、わたしのそんな内心を裏切って想定外の言葉に私はとっさに顔を上げた。さっき、入り口で見せた寂しそうな表情。目元には無理やりこすった跡がうっすらと見える。癖なのか彼は鼻元に手を持っていきチラッと見えた制服の裾から彼の細くて白い腕が見えた。そこに無数にできた自傷跡に嫌な過去がチラッと見え隠れする。

その傷跡を見て彼が優しい人なのだと思った。

『ちょっと、疲れが出てしまって……。心配してくれてありがとう』

彼の言葉がわたしに向けられているのが曖昧なほどふわふわと夢の中で浮いているような感覚で、私はそこから彼を見ていた。

『いっ、いえ!』

嬉しさで顔が赤くなる。そんな私に彼は笑って商品の入れたレジ袋を差し出した。持ち手は持ちやすいようにくるくると巻かれている。

『僕、いつもこの時間にいるんです。またいらしてください』

お金を払いお礼を言って外に出るとオレンジ色に染まった朝焼け空が見えた。


『おはようございます』

二人だけの空間。二人の第一声はいつも挨拶から始まる。彼は私を見るなり優しい笑顔で笑った。いつものようにパンと飲み物をカゴに入れ、レジに持っていく。いつものリズム感のあるレジの音。

『ここら辺の人ですか? 』

彼はちらっと見て照れくさそうに口を開いた。

『ちょっと遠いです。自転車で三時間ぐらい』

私も彼をちらっと見た。心拍数はバクバクと聞こえるほどに鳴っているのがわかる。

『そうだったんですか。随分前に一度あなたを見かけたことがあってこの辺の人なのかなぁって思ってたんですけど。ほら、ここに来る人って住宅内に建ってるから常連さんしか来ないんです』

『ここ大きなマンションとかたくさん建ってますからね。私、この時間ってお客さんいなくて落ち着くのでよく来るんです。家から遠いんですけどね』

本音をポロッと吐き出すと『それは、素敵なことですね。』彼はクシャクシャに笑って『合計、200円になります』

そう言って袋を差し出した。お金を出してお礼を言い『また、来ます』そう言った私に『また、いらしてください』

彼の低音な響きが私の鼓膜を響かせた。


彼の休みはいつも一週間の最後、日曜日に限られている。人手不足なためだと彼が教えてくれた。いつもの時間の店内に今日は珍しくもう一人お客さんがカップラーメンの前でしゃがみこんでいるのが見える。

彼がため息をつくのが分かった。

『あの人、1時間ぐらいあの場所から動かないんです』

コソッと私に言うと『カップラーメンよりもお弁当の方が美味しいのに』そう言ってレジに来た私のかごの中を除く。俯いた彼のまつげは長くてチラチラと前髪で隠されてもどかしかった。

『カップラーメン好きだったりして。そうじゃなきゃ一時間もカップラーメンのために頭を使ってるなんて考えられないです』

そう言って悪そうに笑うと

『その考えはなかった』

とはっとなにか閃いて考える素振りを見せた。


雨が降っていた。それでも、あの場所に行こうと傘をさして自転車に乗った。いつもの場所に彼がいた。

入り口で寂しそうにタバコを吸っている。

『どうしたんですか』

声をかけるのに時間も勇気も躊躇いも要らなかった。

『お客さんからクレームが来ちゃって、僕のせいだったんです。だから頭冷やしてきますって外に出てきたんです』

彼は私に初めてグチを漏らした。それが嬉しくて私も彼の隣に座って空を見上げる。彼の存在が隣で大きく呼吸をした。暖かく、安心する静かな空間だった。

『やっぱりダメだな……。病気のせいで普通に生きることさえも億劫だ』

ポロッと吐き出した彼の弱音は消えてしまいそうなほど小さな声だった。

『病気なんですか?』

私が尋ねると彼は頷く。

『うつ病なんです。軽いけど、会社を辞めて今この歳でフリーターなんです』

『竹本さん、そんな思い詰めちゃダメです』

私は彼の名札をちらっと見て初めて彼の名前を呼んだ。

『竹本さん、頑張ってるじゃないですか』

彼は首を振って寂しく笑う。

『僕と言う存在は生きていても死のうとしても迷惑をかけるんだろうなって思うんです』

私は何も言うことができずに彼を見た。彼の制服の袖からのぞいた手首に血が滲んだ絆創膏が一つ。

『どうしたらいいかわからないんです』

そう言った彼の全てが消えてしまいで怖かった。


次の日も私は片道三十分もかかるコンビニに自転車を止めて彼に会いに行った。昨日の面影はなく、彼は笑顔だった。

『おはようございます。今日は遅かったですね。来ないかと思ってしまいました』

そう言う彼に私が来なかったら『悲しいですか?』そう尋ねると『悲しいです』そう言って寂しそうな表情になった。いつものように苺パンと飲み物。それとおまけに絆創膏をレジに 持って言った。レジ打ちの音に彼がいつものように値段を言って私がお金を払う間に商品を袋に詰めていく。

『この絆創膏。分けますか?』そう聞く彼に、『それあげます』私はそう言って深く笑った。

 好きな人が傷つくのは胸が苦しい。でもそれが彼が生きるためのことなら止めることなんできない。そう思った。

彼はそんな私の言葉に驚いた風で、そして察したのか照れたように『知ってたんですか』そう言って笑っていた。

私は彼の心情に一歩近づいた。そう感じて嬉しかった。


初めて抱いた恋というものは、厄介なものだった。彼を見た瞬間痛く重たい感情がのしかかって、彼の一つ一つの表情や仕草をこの目に焼き付けたいと思った。

私は何度もあそこに通いつめる。

ときどき彼は入り口の端にパックが入っていたケースをびっくり返し、そこに座って空を見上げていた。他人の心の中は想像以上に深い場所にあって、覗き混むことさえも難しかった。それでも私はあそこに通いつめた。

痛みに似た恋が体を走った。


私は布団に潜り込んで朝を待っている。窓から差し込んだ光に眩しく目を細めた。電話がかかった。店長からだ。またあの場所に行ける口実ができて嬉しかった。

バイト終わりに私はいつものように彼のいる場所に訪れた。

雨が降った次の日だからだろう所々に水たまりが出来ていてその水たまりに反射した空がとても綺麗だった。コンビニは彼が最初に言っていたとおり見上げるほどのマンションが建つ中にポツンと存在している。驚くことに、コンビニの向かいのマンションから彼が出てくるところが見えて

『竹本さん!』

私はいつの間にか彼の名前を叫んでいた。彼は私に気づいたのか嬉しそうに手を振って小走りになる。道路を渡り少し息を切らしながら『今日、早くないですか?』彼は可笑しそうに笑う。

彼の私服と背負っていた青色のリュックサック。彼の髪は少し跳ねていて『竹本さん、髪はねてる』私は彼の髪に触れて悪戯っぽく笑った。

初めて彼に触れた。それだけでドキドキしていた。ただこれだけなのに、全てが満たされて見えた。否定すればするほど色濃く染まった感情は大きく膨らんで今にでも溢れそうだった。


いつの間にか寒い冬だった季節は春になっていた。桜の花びらが辺り一面に散ってピンク色に染まった。

彼はあの場所であくびをしながらレジにたっているんだろうと思うだけで愛しく感じる。

私は自転車を止めて自動ドアを潜った。

いつもの場所。いつもの店内。落ち着く空間。すべてが同じなのに、そこに彼だけいなかった。変わりに彫りの深いインド人の店員さんがレジに立っていた。

私 はオレンジ色のカゴにパンと飲み物を入れてレジに向かう。少し語尾の上がった彼の声。

『いつもこの時間にいる竹本さん、今日は休みですか?』

恐る恐る聞く私に『彼、今連絡がつかなくて、来てないんだ』そう片言に答えた彼はため息をついた。


次の日もその次の日も彼は来なかった。

今頃彼はどこで何をしているのだろうとずっとそのことばかり考えていた。あのコンビニが私と彼の心をつなげる大事な場所だということを今更知った。

不安が私の心に広がって、それでもあの場所に毎日通いつめた。

そしていつの間にか私は必死に彼を探していることに気がついた。


私は震えた手である場所が記されたメモを持っていた。メモには住所が記されている。彼が出てきたマンション。レンガで囲まれた入口から中に入り、ポツンと作られた滑り台を通り過ぎ、もっと奥に進んでいく。

吐いた息が白くなるぐらい冷えきっていた。自動ドアを潜り、ポストの前を通り、私はそのメモに記されているドアの前で立ち止まった。

チャイムを押すと、ドスンと何かが落ちる音がした。耳をドアに近づけて、必死に彼の音を探した。

足音が近づいて少し間があった後

『三田さん?』

そう小さく私を呼ぶ彼の声が聞こえた。ドアは開く気配がなく、その代わり彼が座り込む音が聞こえた。私も決してここを離れまいとドアにもたれて座り込んだ。

彼の呼吸の音と私の呼吸の音が重なる。ドアを挟んででも彼がちゃんとここにいる。そう思うだけで安心した。寒さなんてこれっぽっちも酷じゃなかった。

『なんで来たんですか』

彼の声は荒かった。

『帰ってください』

彼の表情はここからじゃ分からない。でも、苦しんでいる彼を見て私は離れる気なんて、これっぽっちもなかった。

『居なくなるなんて反則じゃないですか』

ぼそっと呟くと空を見上げた。あの時、彼がそうしていたように。彼は沈黙のあと大きく息を吸ったのが分かった。

『僕が生きてたら迷惑がかかるんです。だから死のうとして、ベランダから飛び降りようとしたんです。でも怖くて今度はロープを買って首を吊ろうと思ったんです。でも苦しくてもがき苦しんだら途中でロープが切れたんです。それで今度はそこの薬局に行って睡眠薬を買ってきて大量に飲んだんです。それでもだめだったから、手首を切ったんです。でも怖くて深く切ることができなくて、死ぬことが難しいことを知ったんです』

『そんなポンポン死んじゃうんだったらみんなやってますよ。苦しいのが当たり前なんです。苦しいから生きてるって感じるんです。苦しいから幸せを感じるんです』

そんなことも知らなかったんですか。私はそう付け足して大きく息を吸った。

『生きてるかぎり迷惑かけるのは当たり前です。ちなみに、死んでも迷惑かかるんです』

彼の心情をこじ開けるのは大変だった。私は決心してありったけの気持ちを彼に向けた。

『貴方が好きなんです。だから、私はここに来たんです。貴方が出てこないなら、私はここでずっと座り込んで死ぬのを邪魔します』

少しの間があって。ガチャっと音がしてドアが開いたのがわかった。

私は振り返ると顔を真っ赤にした彼が立っていた。『竹本さん。また髪はねてる』私がそう言うと『それは、反則ですよ』そう言って彼は、涙で目を真っ赤にしながら恥ずかしそうに笑った。




――どうか、私が好きな人が幸せになれますように。

そう私は何度も何度も空に向けて願っていた。

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