第6話 ミストの実力
冒険者になってから2週間という時間が経過した。
俺たちは比較的討伐難易度の魔物を中心に討伐を行っている。一角牛やそれ以上の高難易度の魔物にも挑戦したが、自分が狩られるばかりで死亡回数が50を超えたぐらいでミストから死んでばかりで成長しないし、何よりも儲からないと言われたため、現在の方針に落ち着いた。
しかしながら弱い魔物を倒しても大した報酬が出るわけではない。そのため、収益を上げるには素材として価値のある魔物を討伐しなければならないが、ドラッジオ市周辺で素材が取引される魔物は電気羊だけである。
日本で見たことのある羊よりも一回り大きく、捕食のため人間を襲うこともある魔物だが、電気と名前がついていても電気を飛ばすといった攻撃手段があるわけではなく、体当たりや噛みつきによる攻撃が主体のため、身軽な人間であれば攻撃を受けることなく討伐できる。しかし、名前のとおり電気を羊毛に蓄えているため、素手や金属製の武器などで触れしまえば感電し身動きが取れなくなる。戦う際は絶縁性のある装備で間合いを取りながらたたく必要があるのだ。
そういった意味では竹やりとの相性はよく、絶好の討伐相手と言えた。
一角牛と対面したときのように柄の短い竹やりではなく、5m近い竹やりを召喚し、それを構えて群れに突撃し一突き加えると竹やりを捨てて全力でその場から離脱し、距離を取ったら再度召還して再突撃するという、ひたすら囲まれないように戦うやり方で戦い続けていた。
「これで、13匹目ぇ!!」
心臓付近を狙って竹やりを突出すと、やわらかくて気持ちの悪い肉の感触が両腕に広がる。竹やりが深々と胸に突き刺さった羊は、甲高い鳴き声を上げて地面に倒れた。
「手際がだいぶ良くなりましたね。追いかけるのも逃げ出すのも、槍の扱いも上手になりました。低位の魔物とはいえ安定して倒すことが出来るようになったのは、我々の生活の安定につながりますよ」
そう言いながらミストが先ほど倒した電気羊の死体に近づいていく。羊毛の採取はミストの仕事だと割り振ったため、今まで討伐した分も含めてミストが解体をしてくれている。
最初こそなんで自分が、と文句ばかり言っていたが、夕食のおかずを一品増えることを提言したことで交渉は妥結し、うまいこと役割分担をすることが出来た。
ミストが黒石製のナイフを羊に突き立て、手際よく羊毛の採取を行う。着火剤になるのは毛の部分だけなので採取そのものは楽なのだが、死んでも電気を帯びているため電気を通さない絶縁体の道具で解体しないと感電してしまう。
「はぁ、しんどいなぁ。死んでないからこの戦い方間違いではないのだろうけど……、常に走りっぱなしで体力持たないよ」
全力疾走のインターバルを繰り返しているため、どうしても体力を使ってしまう。学生時代ならばまだ体力があっただろうが、社会人になって走るという行為から離れているため、さらにきつい。
「これだけがんばっても銀貨1枚ぐらいにしかならないんだよな。確かに一角牛に比べると倒しやすい相手なのだけど……」
「じゃあ、牛を相手にすればいいじゃないですか。ちょうどあそこにいますよ」
羊毛を刈り取り終えたミストが平原の一方を指さす。
遠く離れた場所に、見慣れた巨体がこちらのほうに向かっている姿が見える。電気羊を追いかけていつのまにか一角牛の縄張り内に入っていたらしく、派手に動き回っていたせいで一角牛に気づかれたらしい。幸いにしてまだ距離はあるため、縄張りから逃げ出すことは可能に思えた。
「いやー、倒したいとは言ってなんだけど……。体力も限界だし逃げようぜ。まだ結構距離があるから少ない体力でも、走れば逃げることができそうだし」
「いえ、せっかく銀貨二枚が向こうから来てくれているのですよ?倒しましょうよ」
「いや、死ぬって。俺が羊みたいに一突きされて死んでしまうって」
「いいじゃないですか。一回ぐらい。あれ倒せば久しぶりに晩御飯にビールをつけることが出来るのですから倒しましょうよ」
相変わらずひどい理由で死ねというミストだが、当然拒否させてもらおう。まっとうな冒険者らしい仕事ができているのだ。命を無駄に使用して残機は減らすべきではない。
「倒しましょうよ。魔王様だってビール飲みたいって言っていたじゃないですか」
いつの間にか杖を取り出したミストが、その手に持った杖の先端を俺に突き付けながらそう言った。
杖の先端が怪しく光る。わかりやすい脅迫だ。拒否したらきっと爆殺するつもりなのだろう。
「牛に殺されるのも、私に殺されるのも一回ですよ。牛に向かっていかない限り何度でも殺し続けますのであきらめてくださいね」
にっこりとほほ笑むミスト。行動を共にしてからまだ数日しかたっていないが、ミストがやさしく微笑むときは本気で殺しにかかってくるときだけだということは理解している。
「ちっくしょーー!!殺られるぐらいなら、殺ってやる!!」
目の端に涙を浮かべながら、半ばヤケクソ気味にこちらに向かってくる一角牛に突撃を行う。
「俺だって2週間遊んでいたわけじゃない。きっと竹やりよりも強い武器だって召還できる!今日こそはやってやる!」
そう叫びながら自分の唯一使える魔法である『武器創造』を唱える。最初の時のように漠然とした中二病イメージではなく、全金属で刺殺が出来るだけの硬度を誇り扱いやすいもの。柄は3mぐらいで刺すことのできる武器を頭の中に思い浮かべる。
「さすがです、魔王様。竹やりではなくてちゃんとした槍が創造できましたよ。使用した魔力量が大幅に増えてるので、羊の時みたいに使い捨てできないと思いますが、それで戦ってみてください」
「……いや、竹やりではないけどさ。金属槍なんだけどさ。鉄パイプなんですけどぉぉ!パイプの先に尖っているだけなんだけどぉぉ!!」
自分の手に握られている槍を見て絶叫を上げる。竹やりに比べたら幾分かましであるだろうが、なんだってこんな簡易で安価な武器ばかりしか創れないのか。
なぜ普通の武器をイメージして普通の材料で作られた槍が召喚できない!? 召喚できないのか!?召喚させたくないのか!?召喚魔力がないのか!?
それでも進まなければミストにやられてしまう。悲壮な叫びながら牛に突っ込んでいく俺の姿は、はたから見れば滑稽な姿に映っているだろう。後ろのほうでミストが爆笑している声が聞こえる。しかし、魔力以外にも、身体能力だって上がっているし、モンスターの倒し方だって随分とわかってきた。
さすがにただではやられない。一角牛の角を自分のかかる寸前のところでよけ、攻撃に優位な側面を取る。
作戦は前回の戦い方と同じであるということと、身体能力が上昇していることもあり、上手くいきそうだと手ごたえを感じる。時間はかかるだろうが、死なずに行けるかもしれない。
牛の肉体に槍を突き刺しながらそう心中で思った時、びりびりと大気の震えを感じた。
魔法の発動?ミストか?
大魔法を使うと大気中のマナが反応し、発動の前兆として振動を起こすとミストから聞いていたことを思い出す。一角牛も当然その波動を感じたようで戦いの最中であったが同時に、魔法の発信源へと視線を移す。
そこには今にも魔法を唱えようと詠唱している最中のミストがいた。手伝ってくれるのだろうかと淡い期待が胸の中に芽生える。
「魔王様事情が変わりました。一角牛にちまちまと攻撃しているだけでは、決め手に欠けます。時間もかかりそうですし、ある程度ダメージを与えたら逃走しかねません。よって、今回は私目撃に参加します。……意外とうまくいきそうなのが癪ですし」
ミストの全身に後光のような煌めきが浮かび上がり、その光が杖の先端に凝縮するように集まる。
その光が赤色に変色すると、ミストが目を見開きターゲットである一角牛に狙いを定めた。
『陽光よ、収束せよ。我が示す先に照射せよ』
杖の先端に凝縮された光が極太の光線となり、平原の地面を削りながら一直線に駆け抜けた。それは俺と一角牛のほうへと寸分の狂いなく接近し、俺の鼻先をかすめながら、一角牛へと突き刺さる。
……一瞬であった。一瞬の閃光が通り過ぎると、先ほどまで生きていた牛は黒焦げの塊となり、あたり一面に肉が焼ける香ばしいにおいと光線が通過したイオン臭の混じった匂いが立ち込めていた。
光線は目標にぶつかった瞬間には消えているようで、光線が通り過ぎた地面の跡は俺の間の前で止まっており、光線に触れた土がガラス状に変質していることから相当の高熱よ威力があることが想像できる。
「……改めて見ると、すごいな、魔法って……」
人間がここまでの威力を持つ攻撃を繰り出すことが出来るのかと、恐ろしさを改めて実感し、同時に魔法のすばらしさによる感動をしていると、ミストがいつの間にかすぐそばにまで来ていた。
「ふふっ。私ほどの大魔法使いなると第三位魔法といっても、凡人が扱う第五位魔法程度の威力になるんです。魔力を節約するため程度の低い魔法を使用しましたが、この威力に驚いていただけましたか。いいんですよ、もっと称えても」
「ああ、確かにすごいな。これで簡単な魔法なのか……、死ぬかと思ったけどな。俺を避けてピンポイントで命中させることが出来るのも凄いな」
「ああ、それはたまたまですよ。巻き込んでもいいかと思ってました」
ははは、やっぱりな。
褒めた俺が馬鹿だったと思ったが、倒してくれたのは事実だし、小言を言うのはやめておこう。
「しかし、本来あるべきパーティーの姿ってこれだよな。前衛の戦士を後衛の魔法使いがサポートする。今後もこのスタイルで行けると随分討伐数を稼げるのだけど」
「確かにそうですね。魔王様だけだと効率悪いし、私としてはなるべく早く魔王様に強くなってもらいたいから、手は出したくはないですが……。食費が少ないのは不満ですし、必要に応じて手たまには伝ってあげましょう」
たまにはなんだ。ちょっと肩すかしだけど、手伝ってくれると言っただけでもましかもしれない。尖った鉄パイプ、イギリスにこんな武器あったよなと思いつつ。金属武器を召喚することができようにもなったし、今後は効率よく討伐数を伸ばせるかもしれない。
……しかし待てよ。勝ち誇っているミストを見てあることを思い出す。
ミストが手伝ってくれないのは、ミストの魔法は魔力の使用量が多く、回復させるのに食べる食事量が増えて金がかかるからだったはずである。
「なぁ、その魔法ってどのぐらい魔力を消耗する?威力の凄い魔法だったから高位の魔法だったのだろうけど、それを回復するのにどのくらいの食料が必要なんだ?定食大盛りにすれば足りるとかぐらいなのか」
「いやいや、さすがにその程度では足りないですよ」
「ど……どのぐらいだ?銀貨……2枚分とか」
「そうですね。そのぐらいは食べたいですね。赤字にならないようにするためにも今向かってきているのをすべて倒してくださいね」
「ん、向かって?」
ミストが左側を指さす。そこには一角牛の数匹群れた状態でこちらに全速力でかけている最中だった。
いくら強くなっても多勢に勝てるわけがない。3回程度串刺しになった後、ミストに助けをもとめ、それに応えたミストの魔法で、俺ごとすべて吹き飛ばしてもらった。その結果討伐の報酬はすべてミストの腹の中に消えていくことを確約させられた。
俺は、今日1日何のために働いていたんだろう。これからもこんな生活が続くのだろうか、ミストに飯を食わせるためだけに死んで、生き返って、また死んで、を繰り返すのだろうか。これじゃあこの世界に来る目よりもひどい。
そうおもいながら重い足取りで帰路につく俺とは対照的に、ミストは今日の夕飯で何を食べるか呟きながら軽い足取りであった。