第5話 底辺冒険者と自由市場
冒険者の肩書がついてから二日目の昼、俺たちは市内の北西部にある自由市場にいた。
宿賃と飲み代で昨日に得た報酬の半分程度は使い切ってしまったため、ろくな装備を整えることはできないと判断した俺たちは、少ない予算でも装備を整えるということを目的に冒険者用の商店街ではなく、二流品や中古品などを取り扱うフリーマーケットのような場所にいる。ひょっとしたら何か掘り出し物があるではないだろうかという淡い期待をしつつ、一応確認だけはしておこうと足を運んだというわけだ。
「いやーにぎやかだな、青果市場とかに比べるとガタイの良すぎる男率が異様に高くて雰囲気は荒っぽいけど、冒険者が多く在籍している町らしく立派だね」
「そうですね。脳みそまで筋肉でできた馬鹿を相手にがらくたを売っているだけの阿漕な事情ですけどね」
うーん、なんでこの娘は堂々と店の人の前でそう言うことが言えるのだろう。あとで言って聞かせよう。俺の言うことは多分聞かないと思うけど繰り返し教えることが大事だ。
ミストの更生はひとまず置いておく。しかし、ミストの暴言はなんとなく理解できる。あたりをざっと見わたしただけでも、要らなくなったものを処分しに来ましたといった感じの商品が多い。刃こぼれしすぎて鋸のような刀身にになった剣やべったりと血がしみ込んだ皮鎧などの商品中心に取り扱っている店や、破損した道具から使えそうな個所を解体して販売している店などがほとんどでまっとうな商売には見えない。特に大丈夫なのかと思ったのが、製造してから数年以上が経過した廃棄処分を通り越した魔法薬であること理由に激安で販売している怪しい老婆の店があった。魔法薬に消費期限概念があるのかわからないが、使用してはいけないのではと思う。しかし、客はちゃんといるようで、老婆と親しげに会話しながら黒ずんだ約瓶を袋いっぱいに買い込んでいる男がいた。
「文字どおり闇市だな」
素直な感想を呟く。学生時代に旅行で東南アジアのナイトマーケットを見たことがあったが、それとは比較にならないぐらい混沌としている。
そんな中でもまともな武具を売っている店はいくつかあるようで、なるべく清潔感のある店をのぞいてみる。フルプレートや槍など同一規格のものが複数置かれており、一見すればまともに見えた。が、よく見るとその鎧には全てにおいて同一の紋章が刻まれている。
おそらく部隊章か何かだろう。であればその商品が正規品ではなく横流し品か盗品になる。
日本でも合戦跡などでは農民が兵士の死体から武具をはぎ取って売っていたということがあったらしいから、この世界でも常識的な職業なのかもしれないが、印象はあまりよくないため、手に取ってみたもののそれを装備する気にはならない。
「自分で修理できたり改造できたりすれば、使えそうなものもいくつかあるんだけど、今の俺たちに使えそうなものはやっぱりないな」
市場の東側半分を回ったところで、おとなしく後ろをついてくるミストにそうつぶやいた。
「ふぁ、ふぉんなふぉんひゃいふぇすか、んぐ」
素っ頓狂な声に驚き後ろを振り向くと、いつのまに買ったのだろうか、焼いた肉串を口に咥えて笑顔になっているミストがそこにいた。
いったいどこでと思ったが、雑貨を反柄倍するエリアの近くに飲食用の屋台が並んだ一角があったことを思い出す。そこにはミストが食べている肉串以外にも、パンやスープなどを販売している屋台も出ており、様々な食べ物の香りが胃袋を刺激する。
自由市場の素人が安く物を販売するという理念に合わせて、街の食堂で買うよりもずっと安く販売しているので、そちらの屋台にも一定の人だかりができていた。
「……なあ、無駄遣いするなとは言わないけどさ。金がないと言っているのだから考えなしに浪費するのはやめてくれないか。それに買うときは俺の分も買っといてよ」
「仕方ないですよ。魔王様がそう言ったところに連れてきたのが悪いのです。後者については次回から善処します」
ミストの勝手な振る舞いは今に始まったことではない。自分が上司としての威厳がないからためなのだろうかと心の中でため息をついた。
気を取り直して雑貨を販売している西側市場も見て回ることにした。ふらふらと人をよけながら歩いていると、革製のバックを販売している店を見つけた。
モンスターを討伐するのにあたって、得られる報酬は討伐報酬とモンスターを解体して得られる素材報酬の二つがある。素材報酬はモンスターの毛皮や骨と言った肉体の一部やマナが集中して生まれた魔法生物であれば魔力の塊である生物核や体液などである。
全てのモンスターが何かの素材になるわけではないが、討伐難易度が高く個体数の少ないモンスターから採取できる素材は、それだけで家が建てられるほどの高価格で取引されているらしい。
残念なことにこの近郊に出現するモンスターで素材になるのは、平原に存在する電気羊という生物だけであった。毛皮が火を起こすときの着火剤の材料になり、一般家庭でも広く使われている資源なのだそうだ。しかし、一定の需要が常に存在する品ではあるが、行政が公的な販売価格を決めているということもあり、素材としての価格はかなり安価であるため、それだけを討伐していても儲けはほとんど得られない。討伐報酬と合わせればそれなりに黒字にはなるので冒険者たちに不満は無いようだが。
昨日討伐を行った一角牛の生息数は少ないらしく、報酬はよいがそれだけを狙うと稼ぎの効率としては悪いようなので、これからは電気羊の討伐がメインになるだろう。
素材の採取が大きなウェイトを占めるため、素材を運搬するのは詰め込むための道具が必要であり、露店で売られている革製で大きめなカバンは購入しなければならない備品だと言える。
「カバンぐらいか?今すぐ必要なのは」
「そうですね。武器は魔法で出せますし、魔法の経験さえ積めば防具の召喚魔法を使えるようになりますから、少ない資金で使えない防具を買うよりも、討伐を行って経験を積むほうがいいと思います。それに魔王様はあと、9992回死んでも大丈夫ですし」
「おい、ふざけんな。そう言うゴリ押しを前提とした計画を立てるのやめろ。死ぬのって、お前の思っている以上にしんどいからな」
「なら、早く魔王という肩書にふさわしいぐらい強くなって、死なないように努力してください」
あいかわらず辛辣な言葉を吐くミストに心がおられそうになるが、彼女なりの愛情表現だと思って生きることにしよう。
とりあえず素材集め用のカバンだけ購入して、今日の仕事へ向かうべく市場を後にするのだっ