エピローグ 4
エピローグ4
書類に届け出を済ませ、乗合馬車の出発時間を確認する。次の馬車が出発する時間までいくらか余裕がありそうだ。
「困ったな。することが何も無い」
この時間を利用して、別れの挨拶なり、買い物なりをすればいいのだが、そういった、旅立ちに必要なすべてを完了してこの場所にいるため、できることが一切ないのだ。
仕方なくロビーでのんびりと待とうかも考えたが、ふと、連れの存在を思い出した。
「そういえば、ミストはまだ飯でも食べているのかな」
食堂へと続く扉を見ながら呟いた。今は昼過ぎであるため、ほとんどの冒険者は出払っており食堂を利用するものは少ないが、そんな状況でも営業は休むことなく行われている。
この場所で待つのも一人で待つのはさびしいなと思い、食堂の扉に向けて足を勧めた。昼飯を食べてから時間はそれほど経過していないため何かを食べたいと思わないが、軽くつまむぐらいならいけるだろう。
「やっぱりここ居たか」
食堂の扉を軋ませながら室内へと入ると、片手で数えられる程度の客しかいないということもあって、すぐに目的の人物を見つけることが出来た。
しかし、客の少なさと比例して仕事量はたいしたことが無いはずなのにコックとウエイトレスは忙しそうに働いている。どうかしたのかと思いながらミストのいるテーブルまで進んだときに原因が頼れる仲間であることが判明した。
「来るのが遅いです!人を待たせるなんて随分とえらくなりましたね。サツキさん」
「ああ、それについては申し訳ないと思うが……。しかし、これはどういうことだ?随分と皿が積みあがっているように見えるが」
「しばらくここで食事をすることが出来ないので、今のうちに食べたておこうと思いまして……。すいませーん。追加の注文をお願いします」
ミストが右手を挙げてウエイトレスを呼んだ。随分な量を食べているはずなのにまだ頼むつもりらしい。メニュー表を指さしていくつかの料理名を呟く。
「あれ?聞いたことのないメニューがあるぞ」
この場所には週に何回かのペースで通っているのに初めて聞いた料理名がいくつかあった。ほとんどのメニューは制覇していたはずだと記憶している。
「はい、いつのまにか増えていました。いつも同じものばかりしか提供できないのは申し訳ないからとこの最近で新商品を開発していたようです」
「へぇ、そうなのか。まぁ、選択肢が増えるのはいいことだな。お前の大食いも役に立っているというわけか」
「そうかもしれませんね。感謝してください」
皮肉のつもりで言ったがあたりさわりのない返事しか返ってこないことに肩透かしのような気分になる。皮肉を気にしていないのか、気付かなかったのか、おそらく前者だろう。無理やり会話をしてミストの邪魔をするつもりはないので、のんびりと待つことにする。
ふと、テーブルの上に見慣れない肉の揚げ物があることに気が付く。ソーセージを油で揚げたような見た目で、揚げたててであることを主張するように湯気が立っている。なんとなく気になり、それを手に取って口の中に放り込んだ。
見た目に反してさっぱりとした味ではあるが、独特の弾力性がある。このままでも十分うまい料理だが、味気が薄いので何かで味付けをしたほうがいいだろうなと思う。
食事を奪った俺に対してミストがじろりと睨む。文句でも言うのかと思ったが、つまみ食い程度なら許容してくれるらしく、なにも言わずに食事を続ける。
「これは何の料理だ?」
割と好きな料理であったので、ミストに質問する。
「蛇の素揚げですけど」
「……何でそんなものが」
「新しい味には限界がありますからね。いろいろと試した結果じゃないでしょうか」
だからといってゲテモノに手を出す必要はないだろうと思う。ミストも手を付けていない料理があるのはそれが理由らしい。テーブルをよくよく見ると蛇以外にも得体の知れない料理がいくつか存在している。
普段なら食べようと思わないが、蛇が存外においしかったために他の料理にも興味が湧いてくる。ならば、新メニューをいくらか分けてもらおう。
しかし、摘まむだけだとさびしいのでウエイトレスにビールを注文する。最初は自分だけのつもりであったが、飛んでくる視線を緩和するために2人分に変更する。
「働かずに昼間から酒を飲むとこれ以上ないと思うぐらいに贅沢な気分になる」
「あれ?そういうことを気にする人でしたっけ?」
「昔の話だよ。ここに来る前は仕事に追われていて、平日の昼間に飲もうと思わなかった。飲むときは眠れないときに飲むか、よほど忘れたいことが時ぐらいしか飲まなかった」
「ネガティブですね。楽しくないお酒って感じです」
ミストの言葉にそのとおりだなと思う。命じられた仕事を必死にやってそれ以外は一切何もない人間だったのだ。何のために生きているのかわからない状態がずっと続いていた。
しかし、今は違う。ミストが良くも悪くも俺を変えてくれた。いろいろとこの数か月間の出来事、出会いを心の中で振り返る。
「ありがとう」
心の中から自然とあふれた言葉を呟く。しかし唐突過ぎる言葉であったため、ミストは右眉を僅かにあげて、ひきつった顔を浮かべた。
「……今の会話の流れで感謝するところがありましたか?それとも、そういう性癖に目覚めました?」
「違う!そんな趣味はない。……昔の自分から変えてくれたことに対する感謝だよ」
「ああ、そうでしたか」
ミストが食事をしている手を止めて、こちらをじっと見つめる。
「サツキさん、・・・・・後悔していますか?元の世界に戻りたいとか、魔物と戦うのが嫌になるとか、血泥に塗れ生活が嫌になったとか」
「・・・・・・無いと言えば嘘になる。何処にでもいる平凡なサラリーマンだった俺には平和な生活のほうが性にあっていた」
それが本音の部分としてあることは間違いない。
「だけど、後悔の気持ち以上にいまの状況を楽しんでいる自分がいるもの事実だ。いろんな人に出会い、いろんなことを経験する。もちろんその中には苦難のようなものがあるけど、ミストやフィリカのように大切な仲間がいてくれれば、それも容易に乗り越えられる。お前が隣に居てくれる限りはきっと後悔はしないよ」
それも本音であった。そういえばこの気持ちをミストに言ったのは初めてのような気がする。ミストがこのことを気にしていたのであれば、もっと早くに言うべきだったのかもしれない。
「そうでしたか。心配して損をしました」
言葉はミストらしい皮肉交じりのものだったが、安堵からか嬉しそうな感情を隠せない発音でミストは答えた。
その姿を見て自然と笑みがこぼれる。ミストにも見た目相応のかわいらしい部分があるのだなと改めて思った。
会話が途切れたタイミングでウエイトレスがお待たせいたしましたと、ビールをなみなみと注いだ杯をテーブルに置く。それを一つミストに手渡す。
「せっかくですし、乾杯しましょう」
ミストが俺の目の前に杯を突き付ける。それに合わせてこちらも杯を手に取った。
「せっかくですから、何か一言をお願します」
「うん?ああ、そうだな」
突然の振りに少し悩む。急に言われても、凝った口上など咄嗟に思い浮かぶわけではない。ありきたりな台詞を口にする。
「冒険者家業の完了と、これからの旅路の安全を祈願して、乾杯」
その言葉に合わせて、俺たちは最初にこの場所に来た時のように、ビールの注がれた杯同士をぶつける。がしゃんとした小気味い音が食堂に響いた。
この作品の呼んでくださった皆様方に厚く御礼申し上げます。
この物語は、ここまで一区切りといたしまして完結いたします。
この後の続きについては活動報告にあとがきとして記載しております。
自作の執筆はすでに行っておりますので、機会があれば自作も読んでください。
よろしくお願いします。