第4話 労働の対価
「初めての討伐の成功を祝して……。乾杯」
「かんぱーい」
なみなみとビールが注ぎ込まれたビア樽のような金属製のジョッキをがしゃんとぶつけて、乾杯のあいさつを済まし、そのまま口に注ぎ込む。日本のようにキンキンに冷えていれば最高だったが、雑味の強いこの世界のビールではのど越しを楽しむというよりも麦本来の味を楽しむべきなのだろう。一口で麦の香りが口いっぱいに広がることもこれはこれで悪くはない。
組合で一角牛の討伐報酬を手にした俺たちは、報酬を受け取ったその足で組合内の酒場へと移動し、初めての討伐の成功を祝して祝勝会となったのだ。
「しかし、冒険者って意外と実入りが良いんだな。銀貨二枚っていうのがどのぐらいの価値なんか今一つわからなかったけど、銀貨一枚が靴職人の3日分の給料になるんだってな。俺の給料は日給でだいたい約1万円ぐらいだから、そこから考えれば銀貨一枚約3万円ぐらいか。一日働いただけでこれなら、給料が三倍になった気分だよ」
その過程で五回ぐらい死んでいるが、それは気にしないでおこう。仕事の業態が机仕事から肉体労働に変わりはしたが、自分の性質的には体を動かす仕事があっているのかもしれない。
「一角牛が割と報酬多めに設定されているというのもありますが……。まぁ、二人だけで冒険者家業をやるならぎりぎり黒字になるところでしょうか」
そう言いながら皿の上に盛られた肉をフォークで刺して口運ぶ。
「普通であればパーティーは4~5人が基本です。報酬は頭割りで分配されますし、パーティによっては報酬の一部を装備や消耗品、鍛練費用なんかに回したりしますから、手取りという意味では額面よりもはるかに少ないですよ。必死に働いて銅貨数枚程度の儲けしかないなんてものは当たり前に聞く話ですし」
「それってまずしいのか?」
ミストにならって大皿にフォークを突っ込む。フォークにささった肉を見ながら、魔物の肉なのだろうかと一瞬躊躇したが、体に害はないだろうと思って口に入れた。ソースは濃厚だが肉そのものは淡泊な味わいであった。
「ええ、一般的……というか特別な力のない冒険者などは、日当は銅貨数枚程度で宿ではなく馬小屋などで寝泊まりするような連中もいます」
「馬小屋って玄関先にあったようなあれか?きたないし、馬と一緒に寝るのはごめんこうむりたいなぁ」
馬と一緒にどうやって寝るというのだろう。馬と並んで藁の上にでも寝るのだろうか。そそう言えば何かのゲームでセーブをするためだけに泊まる場合は無料で泊まれる馬小屋を利用していたような気がするな。そんなことが現実であるということに異世界の辛さを実感する。
「そんな生活しなきゃならない職業なのに、冒険者ってなり手がいるのか」
「いますね。基本的に冒険者は誰でもなれる職業ですから、農家の二男、三男。食い詰めた浪人、犯罪者、孤児……。まぁ世の中にはいくらでもいますよ。経歴がろくでもない連中が多いので、そのあたりの詮索はしないことが暗黙のルールになっています」
「ああ……、なるほど。そんな感じか」
「はい。だからこそ我々のように身寄りのない人間でも裸一貫でやれる職業なのですけど」
誰でもなれるからこそ、この世界の最底辺の職業だというわけだ。
そう言えば、冒険者になるときに文字が読み書きできるかと聞かれたが、冒険者になろうとするやつは基本的に最低限の教育も受けていないような人間なので最初に聞かれたのだろう。あと、仕事中に死んでしまっても自己責任やら、仕事で得た素材なんかは組合にしか売却することが出来ないとか納得しづらい労働者側が圧倒的に不利な条項になっていたのも、こちらの後先の無さを見越して設定しているというわけだ。
一言で括ってしまえば夢がない。心の中でため息をつきながらビールを口に含む。
「ああ、そうだ聞いておきたいことがあったな」
「なんでしょうか、あ、ビールのお代わりお願いします。あと羊の腸詰とウナギの素焼きもお願いします」
近くにいたウェイトレスのお姉さんを捕まえて、追加注文を行う。料理のメニューを見ても名称になじみがないせいでなかなかピンとくるものがない。ミストに任せておけばいいか。
「こっちも、ビールお代わり。……ああ、遠慮なしに注文とか頼んでいるんだけど、支払いは大丈夫だよな?野宿をしたくないがために死ぬ思いというか、死にながらも頑張って稼いだんだ。銅貨10枚分は残して頼んでくれているんだよね」
「大丈夫ですよ、だいじょーぶ。銀貨2枚を銅貨に換算すると140枚になります。昼間にこの店にあるメニューをあるだけ頼んでも、金貨3枚分ぐらいの価格にしかならなかったんですから、二人で常識的に頼めば、銅貨70枚程度で済みますよ
そういって、ミストはテーブルの隅に置かれている伝票を俺の前に突き出した。今まで注文した料理の下に王国銅貨45枚と書かれており、ミストの言った価格以下になっていた。
「ちなみに、貨幣の換算ってどうなっているんだ?銅貨70枚で銀貨1枚になるのはわかったけど」
「王国貨幣なら、金貨1枚が新金貨1.4枚、銀貨30枚、銅貨210枚ですね」
「地方貨幣は?」
「地方金貨と新金貨が同額で取引されています。銅貨については王国も地方も同じですね」
「うーん。ややこしいな。というか金貨だけ3種類もあるのはなぜだ?」
「金含有量の問題ですよ。王国金貨と地方金貨では含有量に差があったため、取引をする際に金貨をどちらかに換金する必要があったため手間でした。そのため、王国は地王金貨と同等の新金貨を発行したのです」
「なるほど。しかし貨幣改鋳じゃなくて追加を行ったから種類が多いのか。懐中して貨幣の信用を落とすよりは有効だと思うが」
「わたしからすれば、面倒くさいので全部変えてほしかったですが……。お姉さーん。ふかしイモをください。」
そういえば、注文のほとんどをミストが行っているが元の世界と似たような食材を使用した料理が多い。中には正体不明の肉を使用したの料理や、虫を使ったゲテモノ系の料理もあるが、大体の料理はメニューを見て想像できる。人間が存在している以上地球と似たような環境なのかもしれない。
しかし、目の前にいる娘は昼間にあれだけ食べて、また普通に夕食が食えるのだろうか?どんな胃袋をしてるのか気になる。それとも魔族という種族は全てそういうものなのだろうか。
「というわけで、魔王様の不安も払拭されたわけですし、今は楽しみましょう。コロロ鳥のから揚げが私の中では一番のオススメですよ」
「ああ、さっき食べたよ。労働した後の油ってうまいよな。ビールにもよく合うし」
「わかってくれますか。さすがは、魔王様。人間の料理って最高なんですよ。すべての点で魔族に劣っている種族なのに、これだけは魔族と大きな差をつけてられている技術だと感じます。そもそも、魔族の料理というのは食材の工作みたいなもので……」
酒癖が悪いのだろうか。急に饒舌になり、食事へのこだわりを語っているミストが若干怖い。
ミストの意外な一面を知りつつこれからのことを不安に思いながら、ビールを一口飲んだ。