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エピローグ 2

 「サツキさんはやっぱり特別な人なんだなって思います」


 商店街の外れに差し掛かった時ぐらいに、隣を歩いているフィリカが唐突にそんなことを言った。


 「急に、どうして?おだてても何も出せるものはないが」


 なにかあったのだろうかと思い、フィリカの表情を覗き込む。ここまでの道中では他愛無い話が途切れることなく続き、微笑みを浮かべていたと思っていたのだが、今は妙に硬い表情を浮かべている。


 「ミストさんが誘拐されても、全く慌てず、すぐに救出に向かって誘拐犯をやっつけて戻ってくる。それを誇ることなく、容易な仕事だって言い切れるのは凡人のわたしからしてみれば、すごいとしか言えないです」


 フィリカは羨望の念を言葉に滲ませるように言った。


 子供のように素直な感想だと思った。その感想に対してどのように答えるべきかと少し悩む。フィリカの言っていることがすべて全面的に正しければ素直に喜べるのだが、残念ながら現実は大きく違う。


 フィリカに今回の事のあらましを説明する際に言えないことがいくつもあった。自分たちの正体、誘拐犯の正体、どうやって俺が戦ったか、何回死んだか、ミストと父親の関係等々。振り返ってみるとほとんどのことを話すことが出来ないという事態になった。そのことについて帰る途中にミストと相談し、告げることのできる事実は全て告げて、会田空白部分については適当な嘘をついて誤魔化すということになったのだ。


 その際に、ミストから俺は嘘を吐くと顔に出やすい性質だから、何もしゃべらないでほしいと懇願された。嘘を吐くのが苦手だというのは自覚があったので、ほとんどをミストに任せることにしたのだが――。


 「魔法犯罪組織『七陽の教団』の根城を一つ潰すなんてすごいです!数多くいる魔法犯罪組織の中でも最大級の規模を誇る地下組織なんですよ。そんな危険な相手に喧嘩を売って、無事に帰ってくるなんて!」


 ミストに任せた結果がこれだ。急に興奮しだしたフィリカが、早口で身に覚えのない俺の活躍をまくしたてる。「七陽の教団」という本当に存在するのかどうかもわからない組織などを俺は知らないし、戦っていない。


 俺がミストを助けに行って、多くの敵を打ち倒し、敵の親玉と決闘して、ミストを取り戻した。ミストは伝えられる内容を簡潔にまとめあげ、それだけでは行間が空きすぎているので話として面白くないと思ったらしく、ミストは自分の記憶から、どこかで聞いた覚えのある悪党集団の名前を利用して、俺の武勇伝を勝手にでっちあげた。


 即興の作り話ではあったが、事実を元にしたフィクションであることと、妙に臨場感のある話術であったことから、フィリカは素直にそれを信じてしまった。その結果がこの惨状である。


 「そんなにすごい組織なのか?」


 自分の知らない活躍をしゃべり続けるフィリカの言葉を遮るために質問する。ついでに本当に存在する組織なのかも確認しておきたいと思った。


 「もちろんです!わたしの故郷では勢力が強すぎて、王立魔導院の騎士隊でもうかつに手を出すことが出来ぐらいの存在でした。自分たちが魔法の深淵に至るためにどんなに卑劣で悪辣なことでも手を出す危険思想を持っているため、黒魔術や禁術の類を習得している魔術師がたくさんいて……」


 「わかった。とにかく危険な連中だったのね。あいつらは」


 そんな組織と戦った記憶なんて俺にはないが、フィリカが危険だというのだからそうなのだろう。もう深く考えるのはやめて、話を合わせられるように、知らない記憶をねつ造できるように努力しよう。


 「『七曜の教団』に命を狙わることになったサツキさんの周りに弱い私がいても足手まといにしかならない……。だから、わたしがサツキさん達の旅についていくことが出来ないのは十分理解しています。けど……」


 さきほどまでとは打って変わりしゅんとした声でフィリカが言った。


 「ごめんな」


 フィリカの言葉に答える。先ほどの表情の意味が少しわかった気がした。離別の原因が自分の未熟さにあると思い込んでいるらしかった。


 フィリカとはこの後、しばらく期間を離れて行動することになっている。理由は俺たちが次の段階――。そう、魔王城の攻略を行うことになったからである。魔王城の存在する場所は当然のことながら魔族領である。そんな場所に人間であるフィリカを連れて行くことはできない。そのため、フィリカは一人でこの街に残ることになった。


 そのもっともらしい理由にミストがでっちあげた話が妙に役に立っているのが何とも言えないと思う。


 なにか言うべきかと思ったが、中途半端に慰めたところで事実が変わるわけではない。むしろこのことを糧にして成長してほしいと思う。


 「根性別れというわけでもない。数か月もすれば、けじめをつけてまた冒険者として戻ってくるさ」


 「本当ですか?」


 「約束するよ。必ずこの街には戻ってくる。まだまだ冒険者としてやり残したこともあるし、世話になった人たちにも恩返しをしたいからな」


 前回の戦いで一番協力してくれた黒い鎧を思い浮かべる。


 「わかりました。待っています」


 フィリカがようやく笑顔を浮かべてくれた。気持ちの整理が出来たようだ。ソ連につられてこちらも微笑みを浮かべる。


 「それにただ待つだけではありません。帰ってくるまでの間に、魔法の勉強をして、体を鍛えて、強くなるためいっぱい努力します。」


 「おう、期待しているぞ」


 フィリカには俺よりも魔法の才能や知識がある。ちゃんとした師が彼女を導いてくれればきっと大成するはずだ。


 「……あの、それで、ですね。わたしがきちんと努力して、一人前になったら……」


 急にフィリカがうつむいてもじもじとしながら言った。


 「一人前になったら、何かあるのか?」


 「はい、……体も大きくなって、サツキさんが、わたしのことを大人だとおもってくれるようになったら。その、わたしと……」


 フィリカが顔を上げた。頬にわずかに赤みがさしており、瞳がうるんでいる。その表情に少し心がはねたような気がした。いったいどうしたのかと考える。


 「よし、わかった」


 少し悩んだ後、フィリカの言葉に答えた。その言葉にフィリカが驚いたような表情を浮かべた。


 「というよりも、すでに俺たちは仲間だろう?能力とか、年齢だとかそういったものとは関係なしに仲間だ。だから改めて言う必要は……、どうかしたのか?」


 フィリカの不安に答えたつもりだったが、フィリカは何とも言えない表情をしていた。それから絞り出すような声でお礼の言葉を言われた。


 何か別の意味があったのだろうか。聞き返したかったが、場の空気が少しおかしくなっているような気がして聞くことが出来なかった。


 「……しかし、あいつがそれを引き受けてくれるのは意外だったよな」


 露骨に話題を変えるが、フィリカもそれに乗ってくれた。


 「そうですか?面倒見のいい女性だと思いましたが」


 「それはそうだけど、あまり弟子は取らなそうな印象があったから」


 面倒見がいい限度言うとは裏腹に、なんとなく人を寄せ付けない雰囲気が彼女にはあった。常に一人で多くの植物に囲まれている姿が絵になっていた。もっとも客のまったくいない閑古鳥しか鳴いていない店の雰囲気の所為かもしれないが。


 フィリカが何かを答えようとしたが、それよりも早く別の声が聞こえた。


 「そうですね~。確かに珍しいかもです~。正式に弟子として魔術を教えるのは4人目かしら~?」


 俺とフィリカがそちらの方を見る。噂をすればなんとやらと言うべきか。


 「こんにちは。トゥーラさん」


 「はい~。こんにちは~」


 「珍しいな。店の外にいるなんて」


 「そうですか~?確かにいつもはお店の中にいるけど~。軒先ぐらいには顔を出しますよ~」


 そう言われていつの間にか目的地であるトゥーラの店に到着していたことに気が付く。話に夢中で自分たちの居場所にまったく気が付かなかった。


 トゥーラが悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。


 「ごめんなさいね~。さっきまでの話をちょっと聞いちゃったわ~。フィリカちゃんは私が責任を持って面倒を見るわ~。早く一人前にしないと、ミストちゃんにサツキ様を取られちゃうから~」


 俺はトゥーラの言葉の意味がよく分からなったが。フィリカは理解したらしく、声にならない絶叫を上げて、フィリカの顔は真っ赤になっていた。

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