エピローグ 1
「いざ出ていくと思うとさびしさを感じるな。安宿ではあったけど、この部屋自体は割と気に入っていたし」
ガランとした部屋を見渡しながらぽつりとつぶやく。部屋にあるものは備え付けの寝台と小さな文机に小ぶりの照明ランプが置いてあるだけ。この部屋に初めて入った時のことを思い出し、その時と何一つ変わらない姿であることを確認する。
この世界に来てからほとんどの期間をこの場所で過ごしていたのだ。どんなにみすぼらしい場所であっても、数か月間という期間を暮せば、その場所に愛着は必ず湧くものだと実感する。
「この場所の風景は変わらないけど、自分自身は大きく変わったと言えるかな。精神的なものはあまり変化していないと思うが、体は鍛えられたよな」
自分の二の腕を見ながら呟く。体についてはこの数か月で自分は大きく変わった。肌は日に焼けて黒くなり、ヒョロヒョロだった全身には筋肉が付いている。体形が変わるほど成長したと言うほどでもないが、自分で実感できる程度には実感できる。
その成長した腕で、旅に必要な道具を詰め込んだ背嚢を持ち上げる。中には最低限必要なものしか詰め込んでいないということもあるが、それでも十数キロの重量はあるだろう。 それを片腕で簡単に持ち上げることができた。さすがに羽のように軽いとは言わないがしばらくの間持ち上げて苦になるような気はしない。
片腕にもったままでは移動に不便ではあるので、背嚢を背負いあげる。出発の準備が完了したことを確認し、忘れ物などが無いかもう一度部屋の中を見渡して確認を行う。特に問題は無い。先日まで置いてあった自分の私物はすべて姿を消している。
この町で買い集めた冒険者道具などの雑貨品や予備の武器、防具といった装備品は必要なものだけを僅かに残して町にあるバザーで売り払った。バザーを利用するのは最初にこの街に来た時以来だった。品質が悪いものしか置いていないイメージがあったため、積極的に利用したいと思わず、ほとんど町の商店を利用していた。
それなのに道具の処分にバザーを選んだのは、そちらの方が高く売れる可能性があったからだ。町にも不用品の買い取り販売を行う店は存在するが、有象無象のごみだと判断された瞬間に捨て値で買われてしまう。バザーで売却すれば、こちらが不要となったものを必要とする人間に直接渡すことが出来るため、商店に売るよりもいい金額になる可能性があった。
「それでも大した金額にはならなかったけど。そういえば、予備の道具を売った連中は新人だったな。……上手くやれているといいけど」
幼さの残る新人冒険者の顔を思い出しながら呟いた。
自分よりも何歳も若いのに過酷な環境に挑もうとしているということに、この街に来たときの自分を重ねてしまい同情してしまった。
偽善と思いつつも最初に彼らが提示した金額よりも、さらにいくらか割引して譲り渡した。それで彼らが立派な冒険者になってくれればと思っての行動だった。
それについての後悔はないが、ミストに報告したときに他人を同情できる程に余裕がないのにそういった行為はするなと怒られた。魔王になるために本格的に行動していくのだから、不用意な甘さは命取りになるとのことだった。
確認が完了し、部屋の外で待とうかと思い扉を開けようとしたときに、コンコンと扉をたたく音が部屋に響く。それから聞きなれた少女の声が続いた。
「サツキさん。こちらの準備は終わりましたよ」
扉の先から聞こえた声はすっかりと元気になったフィリカのものだった。ミストが誘拐された時には泣き声ばかりで、どうなるかと思ったが、ミストに再会できたことですっかりと元に戻ったようだった。
「……それにしても、さびしくなりますね」
部屋に入ってがらんとした空間を見渡しながら、フィリカは言った。
「サツキさん達がこの町を出ていくなんて」




