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第42話

 「どうぞ、魔王様」


 着替えついでに持ってきたお茶と菓子をテーブルに俺の目前に並べながらミストが言った。


 「ああ、ありがとう」


 自分の目前に置かれたものを見つめながらミストに礼を言う。お礼の言葉に続けて、これは何処から持ってきたものなのだろうとか、何故メイド服を着ているのだろうかとか、聞きたいことは山ほどあったが、せっせと給仕する姿を見てしまうと邪魔しないほうがいいのではないかと思い黙っていることにする。ミストが給仕をするなど珍しいことでもあるし、成り行きを見守るべきか。


 ロミストフも同様に穏やかな笑顔を浮かべながら見つめていた。きっと自分の娘がお茶を入れてくれることがうれしいのだろう。


 円卓の上に置かれているカップを手に取り、中の赤色の液体を口に含む。若干の甘味と香ばしさがあるが、飲みなれた安心できる味だった。色合い的にも紅茶に近い飲み物の。


 「お口に会いましたか?それなりに高級な葉っぱを使っていますので、いつも飲んでいるものよりも美味しいと思いますが……」


 お茶会の準備を終えたミストが、少し不安そうな口調で言った。


 「ああ、うん、美味いな。この世界に来てから、飲んだお茶の中では一番おいしいと思う」


 感想を口にする。本心からの言葉だったが月並みな単語しか発することが出来なかったので、上手く伝わったか不安だったが、そんな言葉で十分だったようで、ミストはにこりと微笑んだ。


 「そうですか。これだけ高級な葉を使用してまずいと言われたら、あの変態庭師以下の腕前となってしまいますので」


 「ああ、それを気にしているのか」


 意外だという感情を隠さずに言う。だいたい、トゥーラがお茶と称して出してくるものは代替が実験中の植物を煎じてお湯に溶かしたものである。そんなものと比較するのはいいものかと疑問に思ったが、口には出さない。


 再びお茶を口に含む。その間にミストが頼んでもないのにお茶の説明を始め出した。魔王城周辺の山でしか採れない茶葉のようで、魔王が健在であった頃では御用達となっていたそうだ。適当な土地で収穫することが出来るものに比べて、葉に含まれている魔力が多く、僅かではあるが魔力増強の効能があるらしい。それを通常の茶葉より長い時間をかけて熟成発酵させて作っているとのこと。


 「実家に戻ったときはいつも飲んでいたものでしたが、こんな場所に用意されているとは思いませんでした」


 「そうか、それは重畳だったな。しかし、その言い方だと、ここは実家ではないとと聞こえるが」


 「ええ、そうですよ。実家というか、お父様の本拠地はここよりももっと北の方にあります」


 「そうなのか。てっきりここがお前の実家なのかと思ったのだが」


 「あはは、違いますよ。こんなにみすぼらしい場所が実家な訳がないでしょう。ここは、前線を後方から支えるための物資の備蓄拠点です。この場所の存在は知っていましたが、わたしも来たのは初めてです」


 金持ちだったのかと心の中で思った。自分と似たような金銭感覚を持っているので、自分と同じ庶民だと思っていたが、そうではないと知って衝撃を受ける。ミストが実家に対して支援を要請すれば、貧乏な冒険者生活を送らなくて済んだのではないか。そして今からでもぜいたくな生活が出来ないか。そんな邪な思いを抱きながらロミストフの方をちらりと見る。


 言葉を発する前に、違和感があることに気が付く。俺やミストの前に置かれているカップがないのだ。いや正確に言うとカップどころか何も置かれていないというのが正しい。


 今度はミストの方を見る。ロミストフに対する遠慮という気持ちが無いのか、気持ちよくお茶を飲み、菓子を手に取っている。


 「ミスト、私も欲しいのだが?」


 俺が視線を向けたことで、今まで黙っていたロミストフがミストに向けて言葉を発した。怒ってはいないらしく、穏やかな口調のままである。


 それに対してミストが睨みつけながら舌打ちをし、盆の上に載った布をロミストフの眼前に投げつけた。


 「これは、何かな?」


 不思議そうな表情を浮かべてロミストフが言った。


 「雑巾ですけど」


 「それは見ればわかるのだが」


 ロミストフはそれを手に取ってテーブルを拭く。本来の正しい用途である。


 「わたしが求めていたのは、君たちが飲んでいる物なのだがね」


 「絞れば水は出ますよ。お父様にはちょうどいいでしょう」


 何がちょうどいいのかはわからないが、ミストは本気で言っているようだ。自分で淹れろというのであればわからなくもないと思うが、雑巾を絞って水を飲めと言うのはさすがに理解できない。さすがにどんなに温厚な人でも怒るだろうなと思ったが、ロミストフの表情はいささかも変わらなかった。


 「ふむ。愛娘が給仕してくれたものだから飲み干したいところだが、さすがにサツキ君が見ている前では、布にしゃぶりつく姿は見せたくないな」


 気にするところはそこなのだろうか。なぜこの人は娘に対してこうも甘いのだろう。


 ミストはロミストフの言葉が気に入らなかったらしく、再び舌打ちした。しかし、ロミストフは娘の態度を意に介さず言葉を続ける。


 「昔を思い出すな。幼いころはよく泥や汚水をパンだのスープだの言って持ってきてくれたな。食べることができないからと言って断ると、すぐに泣きそうな顔になるんだ。それがまた、可愛くて……」


 ロミストフが遠い目をしながら言った。


 「わかりましたよ。だから黙ってください」


 ミストが大きな声でため息をつきながら立ち上がった。用意はしていたらしく、新しいカップを取り出し、それをロミストフの席へ持っていく。


 過去の話をした途端にミストが折れたところを見ると、思い出したくない過去があるらしい。素直で大人しくて可憐な時期があったのだろうか。何とかその姿を想像しようとして、お茶を入れるミストをちらりと見る。だめだな、今のミストの表情からはロミストフに対する全力殺意しか感じ取ることが出来ない。


 「ミストの幼い頃か」


 興味が湧いたのでロミストフの言葉に乗ってみる。知人の昔話には大概の場合に面白いエピソードがあったりするものだ。それがミストの話であれば、聞いてみたいという欲求は抑えられそうもない。


 ロミストフが口を開く前にミストがこちらを睨む。その話をしたらお前を殺すという明確な意思が感じられた。


 触れてはいけないと話題だと理解し、別の質問を咄嗟に呟く。


 「そういえば、何故ミストを誘拐したのですか?親子であるならば、もっと穏便にことを済ませることが出来たと思いますが?」

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