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第41話

 初めてこの会議室に入った時と同じように円卓の椅子に腰をかける。横目で部屋の出入り口から出ていくゴーレムたちをちらりと見た。彼らは施設の補修作業専門のゴーレムで、損傷した箇所に自分の体の一部を補修剤として塗り込みあっという間に直してしまった。


 ゴーレムの原材料は泥ではあるが、用途に応じて変質することが出来るらしく、石材や木材といった標準的な建材であれば、どのような損傷であってもすぐに補修できるとのことだった。


 ゴーレムによって修復された椅子の背もたれに体重をかけて座る。気が軋む音が静かな部屋にひびいた。行儀が悪いかとも一瞬考えたが、今更気にする必要もないかと思い、どっしりと体重をかけた。


 「最初に謝罪しておこう。私たち親子の事情に巻き込んでしまい、申し訳ない」


 ロミストフが頭を下げながら言った。


 「いえ、こちらこそ申し訳ないです。事情を知らなかったとはいえ、何も確認せずに押入ったのは私ですから」



 「うん、確かに君はよく暴れたな。ゴーレムの一個中隊を壊滅まで追い込んだのだからね。ただの雑兵だが、一体作成するには時間がかかる。残念なことに我が軍にはゴーレムを作成できる技師の数が少なくてね。その技師たちも一体作成するのに一日以上の日数をかけるものだから、戦力の回復に掛る時間はおおよそ一月ぐらいかな?」


 「それについては、謝るつもりはありませんが」


 「わかっている。それを責めるつもりはないよ」


 ロミストフは笑いながらうなずいた。伊達や酔狂のために戦ったのではないことはお互いに理解している。俺は仲間を取り戻すために、ロミストフは娘を取られないために、お互いの理由があって本気で戦った結果なのだ。そこから発生した損害について責めるつもりはお互いにない。


 「しかし、油断だったな。防具をあんな使い方で攻めてくるとは思わなかったからね。奇策を用いて戦ってくることは予想していたが、あんな戦いになるとは」


 ロミストフが切れ長の目をさらに細めながら言った。


 「まっとうな者であれば行わない戦い方だった」


 「ええと、申し訳ありません。しかし私は戦士ではありませんので」


 ロミストフの言葉に答える。


 「情けない戦い方でも採用することに抵抗はありません」


 「誇りはないのかな?戦士でなくとも、君は魔王という肩書がある。その肩書きに対する誇りはどうなる?」


 「魔王という肩書で仲間が守れるのであれば、それを大事にしていたかもしれません。しかし、今はそういった些細なことはどうでもいいと思いました。そんな誇りよりも、あなたを倒してミストを取りもどすことがよっぽど重要でした」


 自分の思いを素直に言ったが、もう少し取り繕った言い方をすればよかったかなと後悔する。ロミストフはどうしようもない戦法で卑怯な勝利してしまった俺に対してことに対して怒っているのかもしれない。


 しかしそれはすぐに杞憂だと分かった。ロミストフが口元を押さえながら笑ったのだ。


 「君は極めて実際的な性格をしているようだな。軍人に向いているとわたしは思う。女々しいと思われるかもしれないが、もう一度君を勧誘したくなってきたよ」

 「向いている、向いていないは自分ではわかりませんが」


 言葉に怒気がないことを安堵しつつ、首を横に振って自分の意思を改めてロミストフに示す。


 「申し訳ありませんが、答えは変わりません。」


 「うん。期待はしていなかったけど、変わらないか。まぁ、仕方ない。愛娘のために生きると言ってくれたのだからな。無理強いはしないよ。いや、むしろ逆か。」


 自分の言葉をそこで区切る。それから口元に手をあてて何かを考え込むような仕草をする。


 数秒間の沈黙の後に考えをまとめ終わったようで一人でうんと頷いた。


 「失礼な言い方で申し訳ありませんが、ミストは本当にあなたの娘なのですか?」


 疑問に思っていたことを口にする。ロミストフに対する仕打ちが肉親に対するものではないと思ったからだった。どんな過去があって実の父親を火あぶりにするような関係になったのか非常に興味がある。


 「間違いなく親子だよ。あの娘は妻に似てしまったから、私の特徴は一切継いでいないがね。証明しろと言われると少し難しい。自分で生んだわけではないので、種が私のものだと証明できるものは何もないが、妻はそういったことには誠実だから、間違いなく私の娘だと確信している」


 ロミストフは答えた。そういえば以前にミストから母親の話だけは聞いたことを思いだす。ミストは母親のことは慕っていたはずだ。父親とは扱いが随分と違うな。


 「あと証明できるものがあるとすれば名前だ。ミストという名前は私の名前を抜き出してつけたものだ。私にはあの娘しか子供はいない。私の故郷では跡継ぎに親の名前を子供に与える文化がある。しかしロミストフという男性名を女の子に与えるわけにはいかないから、苦肉の策としてミストとしたのだ」


 「へぇ、そうですか。あいつの名前にそんな由来があるとは思いませんでした」


 現代日本にはない文化ではあるが、ミドルネームとして父親の名前をもらうという文化がある国が存在することは転生前に何かで学んだことを思い出す。日本にも過去には親の名前から漢字を一文字もらうとかあったようだし、馴染はないがおかしな文化ではないと思う。


 「しかし、それでは親子で同じ名前になって混乱しませんか?」


 疑問を口にする。二世とか三世とか呼ばれるのだろうか。


 「いや、もう一つ名前を付けるから、そういった混乱が起きることはほとんどないよ」


 ロミストフの言葉に再び疑問が浮かぶ。ロミストフの言葉が正しければミストはもう一つ名前があるということになる。しかし、ミストと始めて出会った時に名乗った名前は一つだけだった。


 「しかし、あの娘はミストしか名乗らない。私が名付けた名前を気に入っているからだと思う。口では私のことを嫌っているが、本心では私のことを好意的に思って……」


 ロミストフがそこまで行ったときに、何かが自分の横を掠めたような気がした。何だろうかと思った瞬間に、何かがぶつかる音が部屋に響く。音はロミストフ方からだった。


 顔面に何処からか飛んできた木製のお盆がへばりついていたのだ。


 後ろを振り返ると着替えに行くといって出て行ったミストが立っていた。血で汚れた衣類の代わりになぜかメイド服を着てティーセットを手に持っていた。


 「寝言は寝てから言ってください。クソ親父」


 ミストが吐き捨てるようにして言った。相変わらずの暴言と暴力である。それを見ると、親子であると言われても信じられなくもなる。娘が父親に取る態度ではないと改めて思った。

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