第40話 二人の関係
「まったく、余計なことはしないでください。このクズが身動きのとれない状態にあるのですから、この機会に今回の分と過去の分を含めた制裁を与えてないといけないというのに!」
そう言ってミストは俺とロミストフを睨んだ。悪いことをしているつもりはなかったが、ミストの気迫と怒声に押されて、ロープから手を離す。
ミストはそれを見ると満足そうに頷いて、足早にロミストフに近づいた。それから、手に持った木材をロミストフの真下に適当に放り投げる。ガラガラと音を立てて床に転がったそれらは、いたって普通の木材である。
「間に合わなかったか……」
ロミストフが残念そうな、何かをあきらめたような声で呟いた。
「なにをするつもりだ、ミスト」
木材を見たときには、これでロミストフを殴りつけるのかと思ったが地面に転がしたところを見るとそうでは無いようだ。
「ご覧の通りです、魔王様」
杖を取り出しながらミストは答えた。
「説明になっていない。その木材にはどんな意味があるのか見当もつかない。お前のやろうとしていることも、だ。そもそも過去の清算ってなんだよ?」
俺の疑問に対してミストは答えなかった。いちいち説明をするよりも実演して見せたほうが早いと判断したのだろう。手に持った杖の先端を積み上げた木材の方へと向け、強烈な熱気と光が出現させる。
出現した炎は積み上げた木材全体を包み込む。魔法の威力は乾いた木材を燃え上がらせるのに十分な威力を持っており、一瞬で木材は焚き火と化した。燃えた木材がパチパチと小気味の良い音と黒煙が部屋に広がった。
「ばっ!ミスト、お前は何を!?」
「あっ、ああ、あっ!熱い!!」
俺が叫ぶのと同時に、ロミストフも悲鳴を上げた。ロミストフの真下で炎は燃えている炎は勢いよく立ち上り、鎧の表面部分に炎の外炎部が重なって、鎧を赤色に染め上げる。
「炙ろうかと思いまして」
悶えるロミストフを見ながらミストが落ち着きはらった声で告げた。
「私は無理やり連れてこられた上に、一日中、ベッドと天窓しかない部屋に無理やり押し込められました。退屈のあまり、干物になってしまうのではないかと思いました。その気持ちをこの変態親父にも味わってほしいのです」
「意味が分からん」
頭を抱える。ミストの言っていることが理解できない。
「この人は魔法に対する抵抗力が異常に高くて、魔法が殆ど効きませんので、こういった回りくどい方法による攻撃手段を取らないとダメージを与えられないのです」
ミストが苦い表情を浮かべて説明する。魔法が効かない体質なんてあるのか。ロミストフはミストのような魔法使いにとって天敵になりえる存在だということなのだろうか。時間のある時にそちらは改めて聞いてみよう。
しかし、今、この場で気にするべきことはそれではない。
「いくらなんでもやりすぎだって!お前は拷問でもしたいのか!」
牛の鋳物の中に人を入れて火であぶるという拷問器具があるというのを何かで見た記憶があった。あれは黄銅で造られたものであるため、自分の創り出した鎧と材質は違うが、金属の入れ物に閉じ込められて炙られるという意味では近のかもしれない。記憶にある拷問器具は中にいる人の苦悶する叫び声が、仕掛けを通して牛の鳴き声のようなうなり声に変わるという残酷な特徴を持っているが、自分で作り出した鎧にそんな機能はないため若干良心的なのだろうかと一瞬だけ考える。
しかし、拷問には変わりはない。あわてて厚手の外套を魔法で創造し、火の上にかぶせて消化した。火に勢いはあるものの、魔力の無いただの炎であるため、酸素が無ければ自然と消滅する。
「あー、これからが面白くなるというのに……。まぁ、魔王様がやめろというならやめますけど」
「当たり前だよ、馬鹿野郎」
ミストが不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げる。不服そうな態度を隠そうとしないあたりはミストらしいと思ったが、しぶしぶとでもあきらめてくれるのはありがたい。
ミストは鎧のコントロールを手放し魔法を解除する。それからつるし上げていたロープを消した。わざわざ鎧を消した状態で床に、熱の籠った黒煙が立ち上る焚き火跡に落とすところを見るとたたき落とすこところを見ると、まだまだ怒りは納まっていないようだった。
「加減ってものを考えろよ。拷問なんてやるものじゃない。ましてや……」
ミストに小言を言おうとしたが、途中で言葉を止める。先ほどミストがロミストフに対して言っていた蔑称の中に気になる単語があったような気がした。
「なぁ、さっきロミストフさんのこと何て言った。」
熱で失神したロミストフに容赦のない蹴りを入れるミストに対して質問する。
「変態ですか?」
忙しそうに足を動かしながらミストは言った。
「いや、その後の言葉だ」
ミストが嫌そうな、失敗したなという表情を浮かべた。それからようやく足を止めて、こちらに向き直る。少しの間沈黙して、地面に転がっているロミストフを一瞥した後、俺の質問に対して、少しだけ躊躇った後に口を開いた。
「……変態親父」
「その言葉は罵声で言ったものか、それとも」
前々から二人は親しい関係にあるのではないかと思ってはいたのだが、自分の想像よりも二人の関係は大きいものだった。
心底嫌そうな表情を浮かべて、ため息交じりにミストが言った。
「アレとは、世間一般でいうところの親子とよばれる関係です。認めたくはないですけど、父親なのですよ。あのクズは」




