第39話 吊るされた男
どうしてこうなっているのか、頭を抱えて立ち尽くす。
自分が目を離した数分間で5階層の会議室がこんな状況になっているのか理解できなかったからだ。
自分の記憶を探り、この部屋を出たときのことを思い出す。鎧による拘束を解除すれば、追撃されると思ったから、解除を行わず直立不動の状態で放置した。それは間違いない記憶であった。兜の部分だけは消失しているものの、鎧本体の部分は消えることなく、ロミストフの体を包んでいる。
「しかし、あんなにみすぼらしい姿形をしていたかな?」
自分の記憶の中にある姿と若干の違いがあるため、疑問を呟く。
鎧は所々が不自然に変形し、へこみが出来てぼろぼろの状態であった。脱出しようとして中からなぐりつけたのかと思ったが、へこみは全て外部から内部に向かっており、ロミストフがやったものではないことがわかる。
そのことも気になるが、それ以上に気になることがあった。なぜ、ロミストフが空中に浮かんでいるのだろう。
浮かんでいるといっても、魔法で浮かんでいるとか、羽が生えて飛んでいるとかではない。物理的に、天井からロープで吊るされている。幸いなことにロープをかけている位置は腰の位置にあたる場所であり、ぐったりとしているが生きてはいると思う。
声をかけるべきだろうかと思うが、なんとなく声をかけることを躊躇っているうちに俺の存在に気が付いたロミストフの方が先に声を発した。
「おお、サツキ君。非常に申し訳ないが、ここから降ろしてくれないか。いや、先ほどまで敵対していた君に頼むのも恥ずかしい話だがね」
照れくさそうに笑いながらロミストフが言った。言葉には元気はないが、生きているようでほっとする。
「いいですけど、降ろした戦闘再開というのは無しですよ」
降ろした瞬間に攻撃されたらたまったものじゃない。先ほどの戦闘で自分のできる手段は全て見せてしまった。再戦となればこちらに勝機はない。
「ははは、もちろんだとも。それよりも早く頼む。あの娘が戻ってこないうちに」
「あの娘?」
おそらくはミストのことだろうと思う。俺が再生魔法でうねうねと気色悪く生えてくる右腕と格闘しているときに、ミストは一人で下の様子を見てくると言って出て行ってしまった。一人にすることに心配はあったが、自分よりもはるかに強いあいつのことを心配するのも変な話だと思い、特に何も言わずに見送った。
いや、どちらかといえば再生中の自分から離れてほしかった。かゆみに苦しみもがいて転げまわる姿を見せたくなかったからだ。情けない姿を見せて嗤われるのは嫌だし、何よりも格好悪い。
そんなことがあってミストに数分遅れてこの場所へと来たのだが、なぜかこの場にいたのはロミストフだけである。
「ミストは何処ですか?俺よりも先に来たと思いましたが」
「さてね。私を吊るした後、何かを探しに出かけたようだが……」
何をやっているのだろうなと疑問に思ったが、今はミストのことよりもロミストフを降ろしてあげるべきだろうと判断する。手始めに邪魔な鎧を取り外そうとして、武器創造の魔法を解除しようとする。
「あれ?おかしいな」
確かに魔法は解除をしたはずだった。しかし、なぜか鎧が消えていない。自分の魔法で創り出した武器は破壊されるか、俺からの魔力供給が途絶えれば自然消滅するはずである。解除と同時に魔力供給は切断されるので、本来では存在することはできないのに、この場に残り続けるということは、誰かが自分とは別に魔力を供給しているということになる。その誰かとは、おそらくミスト以外に考えられないが。
「鎧はあの娘の魔力で固定しているから、君の力では消すことはできないだろうね。それよりも早くこの場所から降ろしてくれ。床に降りてから、鎧の解除方法は考えることにしよう」
「承知しました」
消せないものは仕方ないと諦める。まずは出来ることから行うべきだと判断し、ロープを切断するべく剣を取り出す。それに宙づりになっているの人と会話するのは、どうにも落ち着かない。
しかし、ミストがロミストフに対して何をやりたいのかはよく分からないな。まぁ、あいつが思いついたことは、たいてい碌な事じゃないのだが。
ロミストフの体を支えているロープに手で触れる。先ほど自分を縛り上げたロープと同じもののようだ。そうであれば普通の刃物で切断できる。
ロープに手を掛けようとした時に会議室の扉が開き、大きな声が響いた。
「魔王様、ストップです!!」




