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第38話 最上階にて

 外から見た塔の高さからするとこの6階層目か次の7階層目で最上階になるはずだ。外から見た塔の姿の詳細な姿図は覚えていないが、この塔の壁面には6枚の窓が縦に並んで配置されていたことは覚えている。


 「ミストが捕らえられている場所が分かりやすければいいのだけどなぁ」


 自分の希望を口に出す。2階や3階層のように小部屋がたくさんあると探すだけでも一苦労だ。止血したといっても、動くたびに右腕から零れ落ちる赤い滴を見るとあまり時間はなさそうだ。


 6階層は下層とは違う雰囲気であった。造りは下層と同じはずなのに、妙に歩きやすく感じる。どうしてこんなにも違和感があるのだろうと疑問に思い、何か罠でもあるのかなと疑い立ち止まる。


 違和感の原因はすぐに分かった。異様にこの階層だけ明るいのだ。


 その明かりは何処から来ているのだろうと思い、首を動かして天井の様子を見る。亀裂のような隙間がいくつか存在し、その隙間から太陽光が差し込んでいる。天井の状態が悪ようだ。


 「ああ、そういえば……」


 ここに来たときにミストが魔法で塔の天井を破壊して、自分の居場所を教えてくれたことを思い出す。おそらく天井の損傷はそれによるものだろう。


 「ということは、ミストはここにいるのか?」


 ようやく目的地に到着することが出来たのかという安堵感胸に広がる。


 この階層の何処にいるかはわからないが、屋根が吹き飛び天井が開いている部屋にミストは居るはずだから、日光の明かりをたよりにしてすればいい。明かりの強い方向を目指して探索を再開する。


 ミストが魔法で花火を打ち上げたときには馬鹿なことをしてくれたと恨んだものだが、探索が容易になるという意味では役に立った。言いたいことは山ほどあるが。この件で叱ることはやめておこう。


 たどりついた先は階層の西端に位置する小さな個室であった。この階層は塔の中で仕事をする兵士たちの寝泊りをする場所らしく、仮眠室として使用されている小部屋がいくつもある。出入口が一つしかなく、寝具等の設備が置いてあるこの場所は監禁するにはちょうどいい場所なのかもしれない。


 屋根が崩落した影響で扉の立てつけが悪くなっていたが、渾身の力を込めて扉を無理やり開ける。


 「眩しいな」


 光が目に刺さり、視界が白く染まる。暗がりにいたというわけでもないのだが、直接日光を見るのはしばらくぶりであるため、目が慣れるまで少しだけ時間を必要とした。何度か瞬きをして、改めて屋根を見る。天井だけではなく壁の一部も崩落しており、その隙間から茜色に染まった空が見えた。


 いつのまにか、夕方になっていたらしい。地上よりもずっと高い位置にいるため、周囲の地形を眺望することが出来る。


 西に傾いた太陽が遠くに位置する山々を赤く染め上げ、要塞に隣接する湖面を金色に染め上げている。開発されきっている現代日本ではなかなか見ることのできない光景だった。こんな状況でもなければ、ずっと眺めていたいほどの美しい光景だと思った。その景色に溶け込むようにしてたたずむ見慣れた人影も含めて。


 「ミスト」


 人影がこちらに向き直る。よく見慣れた顔だと思ったが、驚きを浮かべた表情はあまり見たことのないものであった。


 「意外ですね。魔王様の実力では下の階にいるアレを突破できるとは思いませんでした。てっきり……。え!?あの、……魔王様?」


 彼女の言葉を遮り、驚き戸惑う彼女に構わず、しなやかな体を抱きしめる。なんでこんな行為を行ったのか、理由は自分でもよくわからなかった。無事な彼女を見た途端に、なんだか、胸からこみあげてく感情があって、無性に泣きたくなった。


 達成感と疲労感、それと景色の美しさによる郷愁とか、感動だとか、理由はいろいろとあるのだろうが、なんとなく抱きしめたいと思った。


 「ミスト」


 再び彼女の名前を呼ぶ。


 「はい」


 ミストが俺の言葉に答えて返事をする。なんとなく名前を呼んだだけだったのでこの後に言葉は続く言葉はなかった。無言でしばらくの間、抱きしめる態勢を維持した。


 しばらくの沈黙ののち、ミストが何かに気が付いたらしく口を開いた。


 「抱きつくのは構いませんが」


 「そうかしたのか?」


 「腕を直さなくていいのですか?このまま抱き疲れると、私の服に魔王様の血が付着してしまうので……、というよりもすでにべったりと付いてしまっているのですが」


 ミストの言葉で自分が重傷を負っていることを思い出す。あわてて離れるがすでに手遅れで、ミストの衣服は朱に染まっており、怒りの混じった不自然な笑みを浮かべている。


 「再会した瞬間にセクハラを仕掛けたうえ、私の一張羅を台無しにするとは、さすがは魔王様です。着替えを持って来ていないのだから、汚さないでほしいです」


 「いや、まぁ、その、なんだ。許してくれ。何と言えばよいか。なんだかほっとして、つい出来心で……」


 しどろもどろに言い訳する。懐から布を取出し、衣類に付いた血が広がらないよう拭こうとするが、唐突に体の力が抜けその場にへたり込む。


 「魔王様?」


 「……謝罪は後でいくらでもするから、治療してくれ。意識が、もう、飛びそうだ……」


 耐えがたい悪寒と気持ち悪さで座ることすら困難になり、その場に倒れ込む。それでもわずかに残った体力で、首だけを動かしミストに向けた。


 そんな様子の俺を見てミストはため息を吐いた。


 「魔王様は大馬鹿です。そんなお願いなんかしなくても治療しますよ。もともとは私の不始末の所為が原因ですから」


 「不始末?」


 ミストが俺の疑問に対してキョトンとした表情を浮かべた。


 「あれ?おかしいですね。下にいたあの人から聞いていませんか?」


 ミストが言っているのはロミストフのことだろう。ロミストフとの会話を思い出してみるが、魔界の情勢や軍閥について、後は部下になれと勧誘を受けたぐらいしか思いつかない。そういえばミストについては特に何も話をしていなかったような気がする。


 苦い表情を浮かべながら、ミストはため息をついた。


 「事情については、後で説明します。先に治療から始めますね」


 「ああ、早いところ頼む」


 ミストが魔法で杖を取出し、治療魔法を詠唱する。以前に見たものよりも高位の魔法らしい。ミストはほとんどの魔法を無詠唱で唱えることが出来る。詠唱が必要になるのは難易度の高い魔法だけのため、詠唱していること事態が高位魔法を使用していることになる。


 短い詠唱が終わると杖先から優しい青色の光が出現し、俺の右腕を包み込む。


 「右腕がここにあれば、中位の回復魔法で十分でしたが、無くなった腕を復活させるとなると再生魔法が必要になるので、それを使用しました」


 「回復と再生は違うのか」


 「違いますよ。回復魔法は細胞を活性化させて、自己治癒能力を高めて損傷を修復させます。言ってしまえば、もともと体に備わっている機能を強化するだけですね。しかし、その機能では身体の欠損まで補うことはできません。まぁ、欠損した部位があれば、修復することは可能ですが。」


 「無いものは作り出す必要があるのか」


 「はい。そのとおりです」


 ならば、下の階に落ちている腕を拾ってくれば良かったなと思うが、無くても問題ないようなので気にしないことにする。ちらりと横目で自分の腕を見る。再生は迅速に行われているようで、腕の傷口がもこもこと動いていた。自分の腕ではあるがグロテスクな動きに思わず目を背ける。


 「珍しいな。素直に治療してくれるのは」


 「当然です。さすがに私を助けに来てくれた人を邪険にはしません。……申し訳ありません、挨拶がまだでした。助けてくれてありがとうございます」


 ミストが頭を下げて礼を述べた。珍しいとこともあるものだと思う。


 ミストもそれを自覚しているようで、気恥ずかしいのか頬がわずかに赤く染まっていた。かわいらしいところもあるものだな。


 「それよりも、下にいた変態似非紳士はどうしましたか?」


 ミストが唐突に質問をする。気恥ずかしい空気を誤魔化すための言葉だとは思ったが、先ほどまで剣を交えていた敵が、ひどい言われ方をされたことが気になった。


 「変態似非紳士?ロミストフ氏のことか?ずいぶんな言い草だな」


 ミストの口が悪いことは知っている。身近にいる冒険者ですら、ろくでもないあだ名で呼んだりすることもあるので、自分を誘拐した人物であれば相応の呼び名になるのは当然かもしれない。


 「正直なところ、魔王様の実力ではアレを倒すことはできないと思っていました。てっきり説得されて、二人そろって仲良くあほ面を並べながら上がってくるものだと」


 「降伏なんてしたらミストが許さないだろう。自称であっても俺は魔王様で俺の上司なのだから、上司が勝手に降伏するなんてなんて恰好の悪い。」


 「なるほど、男の矜持というものですか。しかし今のボロボロの状態ではとても格好いいとは言えませんね」


 苦笑しながらミストが言った。確かに情けない見た目ではあるか。


 「いいだよ。見た目なんて。命を懸けて女の子を助けに行くのは男のロマンだ。たとえその過程が泥臭くて血にまみれていたとしても、結果的に助けることができれば十分に格好いいと俺は思う」


 まぁ、その女の子がお姫様だったり、自分の惚れた相手だったりすればさらに最高なのだがという言葉を続けようと思ったが野暮だと思ったので、残りの文言は胸の中にしまう。


 ミストから軽口でも言われるかと思ったが、反応はない。どうしたのかと思ってそちらを見ると、そっぽを向いていた。笑いでもこらえているのだろう。まぁいいか、無事でよかった。無事に再会できて本当に良かった。


 ふと、自分の右腕に違和感があるのを感じた。いや、違和感自体は魔法を掛けてもらった時からあるのだが。


 「なあ、ミスト。さっきから右腕が異様に痒いのだが」


 「ああ、始まりましたか」


 ミストが頷く。


 「再生魔法の副作用の一つに強烈なかゆみと言うものがあります。再生中は神経が過敏になるため、かゆみが発生するらしいです。これから辛くなりますよ。十数分間ぐらいは悶え続けます」


 「は!?そんな話は聞い……。うげっ!!」


 ミストが魔法でロープを取出し俺の体を縛る。


 「痒みに負けて、ひっかくと再生が停止するか、おかしな形状に再生してしまうので、かきむしらないように拘束させてもらいました」


 「あっ!っが!!」


 「いい表情です!」


 満面の笑みを浮かべてミストは言った。


 「この情けない姿を見せてもらうことで、先ほどのセクハラの件については許してあげます。衣服の血については、魔王様の我慢大会が面白かったら許してあげます」


 増幅する強烈なかゆみに耐えながら、もう二度と再生魔法なんか使用するものかと心に誓うのであった。

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