第35話 実力差
金属同士がぶつかる甲高い音が会議室内に響く。狭い室内であるため、壁や天井で金属音が反響し、元の音以上にうるさく感じる。平時であれば不快に思うような音色ではあるだろうが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
やみくもに剣を繰り出す自分の攻撃とは違い、優れた剣術をロミストフは持っていた。こちらの攻撃を軽く受け流し、懐に飛び込んだ俺に対して必殺の一撃を繰り出す。
それをなんとか剣で防いでいるが、リベイクから借用した剣のおかげだ。この剣の触れた物体を吹き飛ばすという能力のおかげで、力負けせずに戦うことが出来ている。
今のところは戦いの体裁は保てているといえる。しかし、それはこちらが一方的に攻撃を仕掛けることが出来ている状況だから成り立っているもので、ロミストフが攻勢に転じた場合の結果は、火を見るよりも明らかものだ。
「なるほど。復活に頼った戦い方だけでは無いようだ」
感心しながらロミストフは言った。
「技量が全くないわけでもない。特に危機に対する反応は素晴らしいものがある。直感が優れているのだろうね。戦士にとって大事な才能だよ」
ロミストフの言葉に対してあいまいに頷く。直感が優れていると褒められても自分では実感がない。何度も死線を潜り抜け、時折潜りきれずに死んでいるため、自分が死にそうなものに対しては敏感になっているのだろうか。
「そして、その武器だ。なかなか面白い能力のある剣だね。打ち合うたびに弾き飛ばされるような感覚が非常に厄介だ。こういったお互いに剣をぶつけ合う戦いでは非常に有効といえる」
「ええ、これのおかげでなんとか戦闘と呼べるものになっていますね」
視線を落としリベイクから借りた剣を見る。本当にこれが無かったら今頃どうなっていたか。心の中で黒色の鎧を思い浮かべ、感謝する。
剣を振るって乱れた呼吸を整えるために息を粗くは吐いた。それから剣の柄を両手で力いっぱい握りしめ、上段に構える。相変わらずロミストフは自分から攻撃を仕掛けない。先ほどまでと同様にこちらから攻撃を仕掛ける。
「どうしてこちらから攻撃を仕掛けないかわかるかね?」
剣戟を避けながらロミストフが言った。回答しようと思ったが、剣を振るい続けながら言葉をしゃべる余裕がない。こちらが無言でいるとロミストフは続けてしゃべる。
「攻撃し、致命傷を与えることが無意味だからだ。どんな損傷を与えても復活してしまう相手に対して、剣を振るうことしかできない私では倒す手段がない」
苦笑しながらロミストフが言う。確かにそのとおりだと思う。何回でも復活できる俺に対して物理的な攻撃だけは絶対に倒すことはできない。
「しかし、この戦いの目的は君を倒すことではない。肉体的に滅ぼせないのであれば、精神的に滅ぼせばよい」
「それは、どういう……、っ!」
ぞわりとした不気味な雰囲気が部屋全体に広がる。不気味な気持ち悪さに慌てて攻撃する手を止め、ロミストフとの距離をとる。今までに感じたことない、上手く言葉にすることが出来ないものだった。
「君の心を折ればいい。言うなれば拷問だな。死なない程度の責め苦を永遠に与え続ける。私は拷問間ではないが、苦痛を与える行為はできるよ。刺す、伸ばす、固める、占める、裂く、打つ、火責め、水責め……。道具や生業にしている者がいればバリエーションはもっと増えるがね」
ロミストフは笑みを浮かべた。先ほどまでの好意を感じる笑顔ではなく悪意に満ちたものだった。しかし、それも一瞬だけで、元の笑顔に戻る。
「嫌ですね」
「こちらとしても出来れば行いたくはない。しかし、こちらには君に対抗できる手段がこれしかないのだから仕方がない。君が、痛覚遮断や自爆系の魔法を習得していたら本当にお手上げだったのだがね」
「なるほど。そんな魔法もあるのですか。それはミストに習っておかないと」
「早く、習得することをお勧めする。特に自爆の魔法だな。偵察任務中に捕まっても、逃げることのできる手段は早々に修得もらいたい」
ロミストフの言葉を聞いて驚く。降伏についてはすっぱりと断ったので、先ほど提示してもらった降伏条件はすでに消えているのかと思ったのだが、どうやらまだ、有効のようだ。ロミストフが寛大なのか、自分にそんなに価値があるのかはわからないが、おそらく両方だろう。
「しかし、拷問するにしても君を捕らえなくてはならないな」
そう言ってロミストフが剣を構える。
対峙してから構えを取るのは初めてだった。その構えが攻撃のためだとはすぐに分かった。柄を握った側の肘をおり、正面に構えてどんな攻撃にも対応できるように防御の姿勢を取る。
「それでは、今度はこちらから攻めさせてもらうよ!」
ロミストフが攻撃開始を宣告する。
「消えた!?」
一瞬、ロミストフの姿が見えなくなった。数mある距離を踏み込み。一瞬で自分の眼前に迫ったことで消えたように見えたのだ。その速度から繰り出される一撃をギリギリのタイミングで受ける。剣の能力で弾き飛ばしているはずなのに、ロミストフの体は全くぶれることなく1mmも動かない。この細い体のどこに力があるというのか。
そんな疑問を考える暇もなく再び剣戟が向かってくる。それも何とか剣で防ごうとするが。
「っ!!」
吹き飛ばされたのは俺の方だった。数mの距離を文字どおり吹き飛ばされて、壁に背中と頭をぶつける。激しい痛みが背中と、ロミストフの一撃を受けた右腕に広がる。何か所か骨折しているかもしれない。
リベイクの剣が持つ魔法の効果は発動していたのに吹き飛ばされたのは俺だった。痛みで動きが鈍きなった脳みそで理由を考える。
「まだまだ、全力の一撃ではないが、君の持つ力と魔法を受け止めたうえで弾き返すぐらいの行為は余裕で出来る」
痛みで視界がぼやけるが、視線はそらさずにロミストフを見据えながら立ち上がる。やはり何か所か骨折しているようだ。たった一撃でこのざまか。技量が違い過ぎるな。
心の中で悪態をつく。それからどうやってこの場を切り抜けるかを考える。幸いなことにロミストフは自分の出方を待っているようだった。ロミストフが期待しているのはろくな戦闘が出来なくなった俺が、降伏を申し出ることを期待しているのだろう。
どんなに重傷を負っても、トゥーラの毒薬を使えば復活できるということをロミストフは知らないようだ。知っていたら薬を取り上げるか、自分の両腕を破壊して薬を使用できないようにしているはずだ。
回復できるのは一回だけ、反撃できるのは一度きりということになる。いつものように命を犠牲にしたゴリ押し戦法では勝てないというわけだ。
絶望的な状況に頭を抱えたくなる。
状況を打開するために何かないだろうかと部屋を見渡すが、特にこれといって利用できるようなものはない。会議室であるため当然といえば当然だ。利用できるものがない以上は自分の力で何とかするしかないが、ここまで実力に差があると何も思いつかない。せいぜい爆弾でも創り出して、ロミストフもろとも自爆するぐらいか。
「いろいろと思案しているようだが、君の攻撃では私には届かない。地力の違いは理解しただろう。君がいくつ命を消費しても状況を覆すことなどできはしない。素直に降伏することをおすすめする」
「……そうかもしれません」
降伏するのはできるだけ避けたい。なんとか隙を見て逃げ出すべきなのだろうかと、頭の中で考える。勝てないのであれば逃げるべきだ。体勢を立て直し、入念な準備をして、戦略を立てて再び挑むべきである。
しかし、ミストがいつまでも無事とは限らない。短時間で用意をするべきである、召喚できる武器を増やして、防具を整えてぐらいが限界か。いや、防具については動きづらくなるだけだ。着なれていない鎧など着込んでも動きが悪くなるだけだ。
「鎧、鎧か……」
自分で呟いた言葉が頭に引っかかる。それから、自分が創り出せるものを思い浮かべる。
夢中になりすぎて本来の目的を忘れていた。俺の目的はミストを助けることであって、この人に勝つことじゃない。
「ははっ、そうか。そうだな」
唐突に笑いだした俺に対して、ロミストフが驚いた表情を浮かべ、それがすぐに心配そうな表情に変わる。
「どうかしたのかね?この期に及んでも降伏を勧めることがおかしかったのかな?」
「いいえ、けして」
ロミストフの疑問に答える。
「自暴自棄になった感情からくる笑いですよ。つまらないことを思いつきまして」
「つまらないこと?」
「はい、この状況を打開するためにろくでもない方法を思いついたからです」




