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第34話 交渉 後編

 「降伏……、ですか?」


 突然の申し出であったため、思わず聞き返してしまう。それに対してロミストフは静かに頷く。


 「正直なところ、君を侮っていたのだよ。何度でも復活できる能力しかない者だとね」


 「それは、その認識で正しいと思います。それ以外には何もできないのは事実ですから」


 自分の能力などたいしたものではない。この世界に来たころに比べれば肉体的にも精神的にも成長したと言えるが、魔族どころかドラッジオ市のトップ冒険者以下でしかない実力を考えると、自分よりも強い存在などこの世界には掃いて捨てる程居るのではないかと思う。


 「確かにそのとおりだ。君の実力を考えれば、部下にほしいとはあまり思わない」


 ばっさりとロミストフは言いきる。別に実力を認めてほしいわけでもないし、認められたからといって、なにかあるというわけでもないのだが。


 「ははは、結論を急ぎすぎだ」


 自分の感情が表情に出ていたらしく、それを見たロミストフが苦笑を浮かべながら言った。


 「評価したのは君の能力と性格部分だよ。目的のために実力以上の敵に対して何度も戦いを挑み、工夫を重ねて打ち勝つ。言葉にすると簡単だがなかなかできることではない」


 「不死であれば誰にでもできることだと思います。死んでも生き返れると思えば、捨て鉢になって、勝てるまで何度も繰り返し戦えばいい。まぁ、確かに勝つためには闇雲に戦うだけではなく、工夫は必要になりますが」


 答えている最中に疑問が心の中で湧いた。大したことない自分に対して降伏することを勧めるロミストフの真意がわからなくなったからだ。正直なところ、この塔の中に入るという行為だけで、自分の限界をはるか超えている。塔の中にも多数のゴーレムが配置されていれば、この会議室にたどり着くことができなかっただろう。


 考えられるとすれば金銭的な理由だろうか。施設を壊されたくないとか、ゴーレムの数が不足しているとか。


 「稀少な能力を持つ人材として私は評価している。なにしろ、死んでしまって終わりということが無い。どんな状況であっても復活し、再び活動することが出来る。私はこの特性は威力偵察を行うのに最適なものだと考えている」

 

 威力偵察という言葉の意味を頭の中で思い出す。敵の戦力が不明な場合に敵と交戦して、規模や装備などを把握するための偵察だったはずである。


 「なるほど、確かにそうかもしれませんね」


 ロミストフの考えに同意する。威力偵察の特性上、最低でも一度は交戦する必要があり、相手の戦力を把握するために全力で攻撃を行わなければならない。全力で攻撃をすれば相手も反撃を行うのは必然であり、こちらの戦力が不足していれば、反撃でこちらが全滅してしまう可能性がある。


 全滅してしまっては偵察の意味がないため、必ず生きて帰らなければならない。そう考えると必ず生き残れる自分は最適な人材だと思えた。


 「待遇としては威力偵察中隊をまかせようとを考えている。部隊を率いることに不安はあるだろうが、気にしなくてもよい。中隊のほとんどはゴーレム等の使い捨ての兵隊で構成されているし、軍務に詳しい魔族を何人か補助を付ける。あとは、給与については当面の間は、私の支配領域でしか使用できない軍票での支給になるが十分に生活できる額は用意するつもりだ。どうだろうか?」


 そう言って、ロミストフはグラスを手に取って、酒を一口飲んだ。


 「君の能力を正しく使える者の下にいたほうが、君にとって幸せになると思うが」


 「……ミストは、どうなりますか?」


 質問に回答をする前に自分の仲間のことを訊ねる。


 「アレについても君と同様だよ。私の下についてほしいと思っている」


 「アイツは容易に従わないと思いますが」


 「知っている。簡単に首を縦にふらない子だということは十分に理解しているよ。まぁ、気長に説得するしかないな。……君が降伏してくれれば意外とすんなりといくかもしれないがね」


 ロミストフが面白そうに言った。自分が降伏することでミストが説得しやすくなるという言葉の意味は分からなかったが、名目上とはいえ上司が先に折れれば部下として追随してくれることを期待しているのだろうか。いや、そんな殊勝な人物ではないと思う。


 「さて、どうだろうか」


 「申し訳ありません」


 ロミストフの言葉に首を横に振った。ロミストフが驚いた表情を浮かべる。


 「どうしてかね?良い話だと思うのだが。ミストに遠慮をしているのか?それとも一介の軍閥如きには降伏できないという矜持でもあるのかな?」


 「失礼なことだとは思いますが、その両方です」


 肯定の言葉を口にする。しかし、その先の言葉が上手く説明することが出来ないと思った。降伏できない理由の根幹は自分がミストから魔王であるという大それた役割を与えられているからだった。自分の敵となる存在にそんな秘密を告げもよいものなのか。


 悩んでいる自分に対してロミストフはため息を吐く。


 「確かに君の肩書は本物だ。その肩書きを持つ者が一介の魔族に頭を下げるなど、本来であればあり得ないと思う。しかし、平和な時代であれば十分に効力を発揮したその肩書きも、実力だけがすべての今の時代では何の意味もない」


 「……私が、魔王だということ知っているのですか」


 「当然だよ。復活という能力は、魔王という役職につくものが与えられる能力の一つだ。その能力を所有していた魔王は歴代の中でも極めて僅かだが」


 能力でばれるものだと思わなかった。必死に隠してきたつもりだったが、ここに来る道中で自己紹介をしていたらしい。


 「知られているのであれば隠す必要はないですね。確かに私は魔王という役割を与えられています。そのため、簡単に魔族に頭を下げることはできません」


 きっぱりとロミストフの申し出を断る。怒られるだろうなと思ったが、ロミストフの表情は変わらず穏やかだった。


 「なるほど。しかし、それはミストから言われているだけの話だ。名実ともに魔界のトップに立つ必要も義務も君には無い。魔王になるための障害は非常に大きく、君の実力はそこに至るまでは足りていないし、到達できるとは思わない。正直なところ自分の身の丈にあった生き方を選択するほうが君は幸せになれると思う」


 「それでも……」


 ロミストフの言葉は残念なことにまったくそのとおりだと思う。正直に言ってしまえば上手くやれる自信など全くない。現に今の困難ですら乗り越えられていないのだ。しかし、それでも。


 「それを選択したくない」


 駄々をこねる子供のような口調のようになってしまい、情けない気持ちになる。


 「なぜ?」


 微笑みを崩さずにロミストフが言う。どう返そうか。自分の中の感情が上手く整理するため目をつぶり、瞑想する。


 「君が意固地になっているのはミストが原因かな」


 考えがまとまる前にロミストフが言った。ミストか、確かにそうかもしれない。


 「……そうかもしれません。あいつは態度も悪くわがままで食い意地が張っているけど、今の自分に新しい生き方を教えてくれました。それについては感謝しています。だからこそ、あいつが魔王になれと俺に望んでいるのであれば最後の最後まで付き合ってやりたいと思っています」


 「最後までか。最後まで一緒にいると」


 「アイツが自分を邪険にしない限りは、ずっと一緒にいてやりますよ」


 その言葉にロミストフは満足そうに頷いた。この表情を見るとどうにもこの人が敵だとは思えないような気がする。


 「先ほど、君の進む先には困難しかないと言った。この魔界には私のような弱小勢力で14、それらすべてが束になってようやく戦える程度の勢力が3つある。魔王であることを証明できる能力があるとはいえ、誰も君を認めようとはしないだろう。君がそこに割って入る余地はない」


 言葉を区切り、グラスを再び手に取ると一息で空にして、グラスをテーブルに置く。次を注ぐのかと思ったが、瓶の中身はいつのまにか空になっていた。話が弾み過ぎていたため気が付かなかった。


 「君が言い切るのであればその覚悟を見してもらいたい。最低でもこの場を突破して、上階にいる君の大切な人を取り戻すぐらいのことはやって見せてほしい」


 「わかりました」


 その言葉が合図となり、同時に椅子から立ち上がる。酒を大分飲んだが、酔いで受けなくなるほどではない。


 やはり戦闘になることは避けられないらしい。まぁ、降伏の申し出を断った時点でこうなることは予想できたが。


 しかし、ロミストフの最後の言葉が気になる。まるで俺がミストに惚れているかのような言い方だ。確かにミストのことを大切に思っているのは間違いないが、あくまで仲間としてなのだ。戦闘が終わったらそこは訂正しておこう。

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