幕間 花屋にて
第17話と第18話の間の話になります。
最近、会話が中心の話を書いていないため、練習用に作成しました。
本編の進行が遅くなってしまい申し訳ありません。
先ほどから商店街の往来をぶらぶらと歩いていた。特に行く当てがないため、適当に過ごしているだけなのだが、さすがに何回も往復していると疲れてくるし、何よりも変わり映えしない風景に飽きがくる。
宿に戻れたらいいのだが、そういうわけにもいかない事情があった。心身の疲労でフィリカが熱を出して寝込んでしまっている。
ならば、看病でもしていればいいと思うのだが、いかんせん生活力の乏しい独身の男だった俺に的確な看病などできるはずなく、早々に看病の邪魔ですとミストに追い出されてしまった。
看病する人間など一人いればいいのだ。幸いなことにミストの看病は以外にも的確であった。
魔法で氷を精製して氷枕を作成し、やかんを火にくべて部屋全体を加湿する。風邪を治すには環境を整えることが重要であるとの持論を唱えて、てきぱきと準備をしていた。そのあとは、水差しを枕元に置き、何時でも水分補給が出来るようにした。
ミストの的確な看病のおかげで、当初は熱とストレスでうなされていたフィリカであったが、今ではだいぶ落ち着いた状況になった。
しかし、落ち着いたと言ってもそのまま安静にしているだけでは、数日の間は面倒を見なければならないだろう。それでは討伐に行くことが出来ず、宿を追い出されかねない。
俺たちが安心して討伐に行けるように、一人で留守番させても大丈夫だと思えるぐらいには元気になってもらう必要がある。
そのためには滋養のある食べ物や薬でも購入するべきだという思いに至り、商店街まで出てきたのだが、この世界の病気の知識が無いため、どういうものを購入すればいいのかと悩んでしまい、結局悩み続けたまま現在に至るというわけだ。
「家庭の医学でも勉強すればよかったかな……。死んだばあさんがそういうの詳しかったから聞いておけばよかった」
遠い過去の出来事を思い出しながら苦笑交じりに独り言をつぶやいた。あの時ああしておけばよかった思うことが最近は多い気がする。
「老け込んだみたいで嫌だな。まだそんな歳でもないというのに」
過去を思い出すことをやめ、直近の出来事を思い出してみる。ふと、この商店街で知り合った人物のことを思い出した。
「解熱作用のある植物とか薬になりそうなものを育てている可能性もあるやつがいたな……」
出会ったその日に殺されたため、行くことに躊躇う気持ちはあったが、ここでぶらぶらしていてもどうしようもないのだ。
薬草が無かったとしても、薬の知識ぐらいは教えてもらえるだろうと期待し、来た道を引き返した。
あいかわらずトゥーラの店に人はいない。本人いわく花屋という仕事はこの町で人間に混じって生活しても怪しまれないためにやっているため、売上の多寡なんてものは気にしていないとのことであったが、だからといってもまったく客がいないのであれば店をやる意味はあるのだろうかと思ってしまう。
「月に一回程度はお客さんが来てくれますから、道楽の仕事としてはそれで十分です~」笑顔を浮かべながらトゥーラはそう言った。
笑顔で植物に水を与える仕草は、ミストが言う凶悪で性悪な最低の魔女という姿には見えず、外見のままに穏やかな淑女とした印象だった。美人な外見なのだから相応の行動をすればそれだけで絵にはなる。
ミストは口が悪いから、性格の合わないやつを貶しているだけなのかもしれない。
「そんなことよりも~。この子なんてどう思います~。新作ですよ~」
そういいながらトゥーラが店の奥から、大きな鉢植えを抱えながら出てきた。全長は俺の身長程度で、頭頂部に人の顔ほどの大きさがある花をつけている。多数の花が円形に集まって一つの花を形成しているようで、形状はヒマワリに類似している。ヒマワリと違うのは、花弁の色は白で、花弁のない部分が硝子状になっており、透明に近い色をしていることだった。
「なにこれ?植物?」
「うふふ、ちゃんと生きていますよ~。確かに無機質に見えるから造花みたいだと感想を抱くのは理解できますけど~。その点は今後も改良を続けていくわ~。でも、見てほしいのはそこじゃないのよ~。この花はね~。太陽の光を吸収して、暗闇に持っていくと光るのよ~。魔王様がね~店内が暗いっていうから、明るくしようと作ってみたの~」
「……ああ、そう言われるとその似非ヒマワリは、ほんのりと光っているような気がするな」
ルームライトの代わりになる植物を作ったようだ。しかし、そんなものを作るよりかは、改築して窓の一つをつけた方が、安価で解決すると思うのだが。大概のことは植物の品種改良で解決しようとする、職人気質があるのかもしれない。
「あんまり日に当ててないからね~。日に当てた子なら、まぶしいぐらいに輝くわ~」
そういって裏庭に続く扉から、新しい似非ヒマワリを持ち出す。裏庭は魔法で異次元空間とつながっており、違法植物の栽培場となっていることを思い出す。あそこで一度植物に食べられているため、出来ることならもう二度と行きたくはない。
「へぇ、そうなのか。でも光る植物があれば便利だよな」
じっと植物を観察する。確かに、先ほどの似非個体に比べれば灯りはだいぶ強い。これならば、夜中に読書などの作業が出来るぐらいには明るくなりそうである。
「この世界は電気が無いから明りの確保って難しんだよな。安宿だと明りは油を原料としたランプしかないからな。ミストのおかげで光源を魔法で発生させているから、不足を感じることはないけれど、一般の家庭だと大変だと思う。光る植物なんてあったら意外と売れるのかも……って、なんか変な臭いがしないか?」
焦げるような臭いがいつのまにか周囲に広がっている。あたりを見渡すとすぐにその原因はすぐにわかった。壁の一部が焦げておりそこから黒煙が、立ち上っていたのである。先ほどは気が付かなかったが、この植物から出る光はLEDのように直進する性質を持っているようだ。それが壁や床にあたったところから光が拡散し、室内を程よい明るさにしてくれていたのだが、拡散する前の光は相当強烈な威力だったようで、直接当たっていた箇所は、直視できないほど輝いていた。
「ちょっと、まぶしいかしら~」
「いや、ちょっとどころじゃないだろ、強烈すぎるよ」
「あらあら~。これは、困るわ~」
困っていると言いながらも、いつもと同じ調子でトゥーラは言った。
花弁いっぱいに光り輝くそれは、照明というよりも灯光器のそれに近い光方になっていた。見方によっては極太のレーザーに見えるかもしれない。そういえば子供のころ虫眼鏡で光を集めて紙を焦がすという実験をしたことがあったような……
これ、やばくないか。
「あらあら~」
「やっぱり!壁が焼けてる!」
木板の壁からぶすぶすと黒煙が立ち上っていた。あわてて手近なところにある園芸用の如雨露をつかむと水を壁に向かって振り掛ける。まだ火が発生しているわけないので、この程度の処置で十分だろう。問題なのは光源である、あれを止めない限り、いつかはかならず燃えてしまう。
「トゥーラ、その花をなんとかしろ。燃えちまうぞ!」
「う~ん。もったいない気もするけど~。そうするわ~。作るの大変だったのに~」
残念そうな表情を浮かべながらトゥーラがヒマワリの茎を握りつぶす。すると元気に発光していたヒマワリが急激にしぼみ始め、花弁がぼとりと枯れ落ちた。
「ごめんなさいね~。次はもう少しうまくいくようにするから~」
「……ああ、ほどほどにな。しかし、魔法で新しい植物なんて気軽に作れるものなのか?魔法だって万能ではないだろうに」
無残にも根元がつぶされてしまったヒマワリを見ていると武器召喚の魔法を思い出す。使い勝手はともかく自分の思うままに魔法が使えないということは不便なものであった。
「う~ん。そうねぇ~。気軽にほいほいと作れるようなものじゃないけど~、今は時間だけはたくさんあるからね~。創りたいものを自由に創るわ~」
「ほぅ。そうなのか。じゃあ、傷が治る実をつける植物とか、育つと中に住むことが出来る木とか、そういったファンタジーなものも作れるのかね?」
「……前者は可能で~、後者は創りたくないです~」
「無理なものもあるのか?トゥーラなら何でも創れそうな気がするが」
「時間さえあれば可能ですよ~。ツリーハウスの場合は~、家ができるほど大きな樹木の作成をして~、その種子を採取して改量を続けなければならないからね~。それに中に空洞のある植物は構造的に気に入らないので~、却下です~」
好みの問題なら開発してほしいなと思う。あれば野宿が楽になるのに。しかし無理強いはできない。魔族の扱う魔法というものは気分で効果が大きく変わるものだということをミストに以前に習ったからだ。トゥーラの植物改良もそういう類のものではないだろうか。
「それなら仕方ないか……。まぁ特別必要というわけでもないのだからか構わないのだけど、それよりも治療なんかに使える植物が創れるというのは?」
「それならば~、すぐにでも作れますよ」
そういいながら新しい種を瓶の中から取り出す。見てくれは普通の種だが独特の赤黒さをもった種である。
「魔王様は~。マンドラゴラって知っています~?」
「名前ぐらいは。多種多様な薬の原材料になるが、引っこ抜くときに悲鳴を聞くと周囲の人間が絶命する……だったかな?」
元の世界にも似たような植物はあったし、それをもとにしたおとぎ話はよく聞いている。それにファンタジー世界の植物としては定番でもあるので、さすがに知識としてはあった。
この世界のマンドラゴラが元いた場所のものと同一の性質を持っているのだろうかと一瞬疑問に思ったが、トゥーラが首を縦に振って肯定の意思表示をしてくれた。
「おおむね正解です~。正解者には成長したマンドラゴラを一つ上げましょう~」
自分の目の前に真赤な大根のような植物が置かれる。根が複雑に繁茂しており人間の体躯のような形をしている。そしてもちろん顔のようなものがあり、不気味であった。現物の姿を見てみると自分が思っていたよりも、気持ち悪い、というかこんなものをもらっても何一つうれしくないなと実感する。
「実際に見てみると不気味だよな。手足が生えているぐらいであればかわいいものだけ顔があるとどうもねぇ……。しかし、これをもらって俺は何に使用すればいい?」
「煎じて飲めば万病に効く薬に~、煮ればおいしい夕飯になるわ~。ホクホクして深みある味だから、シチューの具材にピッタリです~」
トゥーラが笑顔を浮かべて使用方法を語る。前者はともかく後者はどうなのだろう。万病に効く薬を食材にするのはもったいなくないか。それに、こんな不気味な顔をしたものを夕食で食べたくない。
「そうなのか。でも食材とするよりも薬として使用するよ。万病に効くということは風邪にも効くのかな?」
「風邪?そうね~、効くと思うけど~」
トゥーラが不思議そうな表情を浮かべて言った。
「どなたが風邪をひいたのかしら~?サツキ様ではなさそうだけど~」
「同じ冒険者の仲間だよ」
フィリカの顔を思い浮かべながら答える。手に持っているこれが役に立つのであれば、さっさとこいつを持ち帰ってフィリカを楽にしてやりたい。
「そうでしたか~。ちなみに、そのお仲間さんは~、どんな子かしら~。男性?それとも女性?」
「女の子だよ。年齢は……。幾つだったかな……、そういえば訊いていなかったような。まぁ、14歳、15歳ぐらいだったと思う」
「美人さんなのかしら~?」
目を輝かせながらトゥーラが質問する。その質問に対して少し考え込む。変わったところはあるものの、素直で真面目なよい子ではある。幼さの残る顔立ちは美人とは言い難いがかわいいというには十分すぎるものがある。
首を縦に振って肯定するとトゥーラは笑みを浮かべた。
「そうなのね~。その子にちょっと興味が湧いてきたわ~」
どういう理由で興味が出たのか聞こうかと思ったが、ろくでもない方向に話が長くなりそうな気がしたので、薬をもらったお礼だけを述べて、会話を打ち切る。
店の外に出ると西の空は赤く染まりかけていることに気付く。会話が弾み、思っていた以上の時間を過ごしてしまったようだ。今頃から宿に戻ればちょうど良い時間になりそうである。
「無料で効果のありそうなものをもらったけど……」
右手に握られている植物を改めてじっくりと見る。相変わらず不気味な、いや時間が経過したせいか、さきほどよりもぐったりとしてさらに不気味な表情をしている。あまり見たくないものなので、袋の中に投げ込む。
「持って帰ってもいいのかな。これ」
不気味すぎてミストやフィリカが泣いたりしないだろうかと思いながら宿に向けて歩き出した。




