第33話 救出-1
転移の魔法は、以前に使用した時と変わらず一瞬で完了した。
しかし、魔法陣による転移はフィリカの魔法の特訓で使った転移魔法とは仕組みが違うようで、不快さを感じるものだった。以前に使用した転移魔法では地続きになった空間を歩いて移動する感覚だったが、今回の魔法陣による移動は、地面が消えて空中に投げ出されるような浮遊感を感じるものだった。例えるなら、高速エレベーターで降下するときの感覚だろうか。
急激な重力移動で視界がくらくらとしたが、我慢して周囲を見渡す。
空は相変わらず晴れあがっている。しかし、宿の窓から見た太陽よりもこちらで見る太陽のほうが大きいような気がする。気温もずっと低いようだ。標高の高いところにいるかもしれない。
視線を地面に移動させる。噴水や花壇が所々に置かれており、観葉植物が植えられている。どうやら庭園のような場所にいるらしい。移動先に不安はあったが、幸いなことにまっとうな場所に転移することが出来たようだ。
庭園の構造物以外には、古いレンガ造の建物がいくつか存在し、庭園と建物を中心として、取り囲むような配置で壁が存在している。
「城の中にいるのだろうか?」
呟いては見たもののその考えはしっくりとこない。城と呼ぶにはあまりにも質素であることと、目立つ建物が城壁沿いに東西南北四方に建てられた搭屋ぐらいしかないことから、城というよりも、要塞のような軍事施設ではないだろうかと思う。
改めて周囲を見る。目立つのは四方にある搭屋だ。この場所からは距離があるためはっきりと構造はわからないが、周囲の構造物と同様にレンガ造のように見えた。
「元の世界では、高層建築物なんて当たり前のようにあったけど、この世界であれだけ大きな建物を見るのは始めてかな」
驚きの感情を混ぜて呟く。
この世界に来てから一番高い建物はドラッジオ市の市庁舎で、20m程度しかなかったが、ここの塔は市庁舎の高さをはるかに超えている。おおよそ3倍ぐらい、60mぐらいはあるだろうか。
これだけ高さのある建物を作る技術があるのかと感心する。鉄筋コンクリートも無にどうやって作っているのだろうか。この世界にも建材としてセメントが存在することは確認しているので、造れないことはないと思うが大事業には違いないだろう。
転移したところから少しだけ移動する。転移した場所は周囲から身を隠すことのできる遮蔽物が無いため、簡単に発見されてしまうと思ったからだ。手近なところにある建物の陰に身を隠す。
そこからミストは何処にいるのだろうかと頭だけ出してあたり見渡すが、すべての建物が同じ外装であるためどこに目的の人物がいるのかさっぱりとわからない。
どの程度の警備がいるかわからないが、この施設に見合った規模の人員がいるとすれば、数百人単位は居るだろう。それらの目を掻い潜ってミストを探すのは非常に難易度が高い。
虱潰しに捜索するのは不可能だろうと判断する。
「警備兵を捕まえて、尋問して……」
分からなければ。知っている者に聞くしかないのだ。捕縛や尋問等の行為は当然やったことはない。上手くできる自信などほとんどないが、やみくもに捜索するよりはミストを発見できる確率は上がると思う。
再び建物の陰から身を乗り出して、警備を行っているものがいないか確認を行う。しかし、庭園には人影どころか動いている者すらまったくおらず、気配すら感じられない」
「意外と人がいないのかな。そうであればありがたいのだけど」
建物の壁を背にして腰を下ろす。何か景色に変化がればすぐに動けるように庭園の中心から視線は逸らさない。
息を押し殺して待機をすると、この場所には自分以外に生きているものがないないのではないかと思うぐらいに静かな空間であることに気が付く。静かと言うよりは人の、生者の息遣いというものが感じられない。
相変わらず風景には変化がないが心境は変化し始めていた。あわてて右手の甲を歯に押し付ける。心の中に浮かんでくる不安をごまかすためだった。どんな些細なことでもしていないと静寂と不安に押しつぶされそうになる。
動くべきなのだろうかと悩んだその時に、唐突に頭の中で聞きなれた女性の声が響いた。