第32話 準備-1
ミストが居なくなってから一晩が過ぎた。
部屋の窓から朝日が差し込み、自分の手元とミストの残した置手紙を照らす。太陽の暖かさが冷たくなった手には心地よい。陽光を感じたことで初めて自分が徹夜をしてしまったということに気が付く。
横目で自分のベッドをちらりと見る。そこには泣き疲れて衰弱してしまったフィリカが静かな寝息を立てて横になっている。
「ふぅ、どうしたものかな」
寝不足による疲労を感じながら、投げ出すように言った。
仲間が誘拐されたという状況だけを考えれば、すぐにでも助けに行くべきなのは間違いない。ミストは大切な仲間であると同時に自分の指針でもある。ミストを失ってしまえば俺はこの世界で何をしたらよいかわからなくなってしまう。
しかし助けに行きたいという感情はあっても、すぐにそれを実行することが出来ない事情がある。
まずは情報の不足だ。誘拐される直前にミストが書いていたものだと言われて手渡された羊皮紙には、転移魔法の魔法陣と『そんなに急ぎでもなくていいので助けに来てください』とやる気のない文字が書かれているだけである。
ミストらしさ溢れる置手紙だと思う。
しかし、誘拐した人物が誰なのかとか、誘拐された場所は何処なのだとか、誘拐犯の目的とか相手の戦力の多寡などを教えてほしかった。相手の情報が無いことには必要な装備の準備や作戦の立案が出来ない。
フィリカの話だと黒いローブの人物があっという間にミストを拘束して連れ去ったという話だから、ミストに近い実力か、それ以上の力を持った存在が敵である可能性がある。
「そうであれば、自分が助けに行っても……」
自分が行ったところで助けることが出来ないかもしれない。
「もう少し、どうしてほしいか書いてくれよ」
手紙に向かって悪態をつく。
詳細なことを書く時間がなかったためこんなやる気のない手紙になったのだろうか。
雑な置手紙を好意的に解釈するのであれば、あいつ一人で帰ってくることが出来るから、こんなやる気のない置手紙を残したのではないのかと疑ってしまう。
「助けに行くのが正解なのか、待っているのが正解なのか……。ここで悩んでいても仕方ない、か」
この場所で唸っていても時間の無駄であると判断して立ち上がり、日記用に購入していた白紙の一枚を取り出して、準備のために出かけてくるから宿で待っているようにと書き込む。夜更けまで起きていたのだからしばらくの間は目を覚ますことはないだろうが、起きてしまった時に心配されないように、自分も置手紙を残しておく。
「なるべく、早めに戻ってくるから」
起こさないように小さな声でフィリカに話しかけ、部屋を出た。