第29話 強くなるために
魔物相手に戦い続けるだけでは、強くなるにも限界があるのではないか。自分の戦い方を見つめ直してみると、魔法による小細工を弄した戦法だとか、捨て身の特効であることを前提とした戦法だとか、そんなものばかりで力と力、技と技をぶつけあうような正しい戦闘が出来ていないような気がする。
どんな手を使ってでも勝つということは、それも実力のうちであると言えるかもしれないが、小細工を必要としない強さも重要である。
そんな思いを解消するには、修練を積んで技術を習得するしかない。幸いなことにこの街には教えてくれそうな知り合いが一人いた。
「宮廷魔術師殿に魔法を習ったほうがよろしいのでは?」
先日訪ねたときと変わらない姿で鎮座している鎧はそう断言した。動く鎧であるリベイクは、表情を読み取ることが出来ないため、突き放したような言い方に聞こえる。
教えてくれないのかと落胆した表情を浮かべると、それに気づいたリベイクは首を左右に振った。
「いえ、お教えることが出来ないという意味ではありません。強くなるために技術の基礎を学ぶということは重要だと私も思います。しかし強くなりたいだけであれば、魔法を習得したほうが手早く、確実に戦闘能力を向上させることが出来ます」
「そうなのか?」
この世界には短時間で強くなるような特訓方法があるのではないかと考えがあった。そうでなければ上位の冒険者のような人間離れした強さを10代、20代と言った若さで習得できるはずがない。
「確かに短期で強くなることのできる人間はおります。いわゆる才能のある者ですな。凡人が1の速度で進むことが出来る過程を、10や100の速度で進むことが出来れば可能だと思います」
才能が必要だと言われてしまえば何も言い返すことが出来なかった。少なくとも自分に常人を超える才能があるような気はしなかった。
「それ以外の手段があるとするならば、実戦を積むことでしょう。戦いに身を投じ、死線を越えることで、直感やセンスは鍛えられます。精神的にも強くなれる」
「うん、それは身を以て学んでいる」
死線など討伐に行くたびに越えている。越えきれないことも多々あるのだが。
「実戦は十分に積んでいると思う。だから、それ以外の技術的な部分で強くなりたい」
俺の言葉にリベイクは兜の顎部分に手を当てて考え込むようなそぶりを見せた。
「魔法の習得が近道だと思うのですが……。何か理由があるのですかな?」
リベイクが質問する。
どう答えるべきなのだろうかと少し悩む。
ミストに魔法を習いたくないのは、武器創造の魔法を教えてもらった時に失敗したことがトラウマになったからだった。いきなり大量の情報が脳みそにぶち込まれる感覚は二度と味わいたくない。ミストが直してくれなければ廃人になっていたかもしれない。……そういえばどうやって直してくれたのだろうか。杖を振りかぶっていたような気がするため、魔法を使ったのだろうがよく覚えていない。
「俺が強くなるために努力していることは、ミストには知られたくない。知らないところで強くなってあいつを見返してやりたい」
魔法の習得方法が嫌だからとは言えず、それっぽいことを適当に言う。努力を知られたくないと言えば、悪い印象は持たれないはずだ。
「ほう」
リベイクが驚いたような声を上げた。
「男の、矜持に関わる問題でしたかな?気が付けず申し訳ない」
鎧に表情を変えることが出来る機能があれば、絶対に笑みを浮かべているだろうなと思った。
そんなに変なことを言ったつもりはなかったのだが。
「そのような事情があるのであれば何でも協力いたしましょう。剣術でも槍術でも体術でも、私が知っていることを余すことなくお教えいたします」
「ありがとう。よろしくお願いする」
リベイクが立ち上がると同時に、金属がこすれるような音が部屋の中に響いた。ほとんど動くことがないため、関節部が固着しているのかも知れない。そんな状態で満足に教えることが出来るのだろうか。特訓の合間に磨いてあげるべきかもしれない。
リベイクは体をきしませながら部屋の隅にある棚にたどり着くと、一振りの剣を取り出す。鞘の色はリベイクの鎧と同色で、柄の部分には王号のような輝きを放つ細工が施されていた。こちらに見せつけるようにして鞘から剣を引き抜く。
「私と違って、いくら年月が過ぎてもポンコツにならないのが魔法の付与された武器の良いところですな」
汚れ一つない刀身を見つめながらリベイクは言った。
リベイクのもとに近づいて、剣をじっくりと眺める。確かに剣から放たれる光沢は不思議な力のようなものを感じることが出来るが、これが魔法によるものなのだろう。
「この剣にはどんな魔法が?」
リベイクに質問をした。魔法の武器と言うぐらいだから斬撃で炎を出したり、凍らせたりすることが出来るのだろうか。それとも呪いの類が付与されていて、相手の状態を変化させたり損傷が治らないようになるなどの効果が付与されたりしているのだろうか。何にせよ初めて見る魔法の武器に期待は高まってしまう。
「たいしたものではありませんよ」
期待に満ちた言葉に対して、リベイクは申し訳なさそうに答えた。
「刀身が折れないように強化と、相手の攻撃を弾くために反射特性が付与されているだけです。特別に珍しいものではない」
「珍しくないのか」
「ええ、昔であればサツキ様のご期待に沿った武器を用意できたのですが、引退してからはこの一振りしか所持していません」
「そうなのか。一振りを選んだ理由があるのか?」
剣を受け取りながらリベイクに質問する。重厚な見た目に反して軽く、取り回しが容易なように感じた。強化されているため、鋼や鉄ではなく軽く柔軟な金属が使用されているのかもしれない。これだけ軽いと剣をぶつけたときに弾かれる心配があるが、反射の能力で武器が軽いというデメリットを補うっているらしい。
「深い理由はありません。私の姿に一番合う武器を選んだというだけです」
そう言ってリベイクは再び鞘を見せた。確かに漆黒の鎧とこの剣はよくあっていると思う。しかし、アンデットのような存在なのにおしゃれに気を使う必要はあるのだろうか。
剣を適当に振ってみる。軽いため、素人でも簡単に振りぬくことが出来る。
「使いやすくていいけど……、振るたびに魔力が減っているような気がするのだが」
「使用するたびに魔力が使用されるのは、魔法が付与されている武器の宿命ですな。こればかりは我慢していただくしかありません」
「そういうものなのか」
電化製品と同じだと思った。どんなに優れた製品だとしても動力となるエネルギーが無ければ動かすことが出来ない。魔法の世界であってもずっと使い続けられるような便利なものはないということだろう。
しかし、魔力を使用すると言っても微弱なため、たいした問題はなさそうである。この剣であれば一昼夜の間振り続けても、魔力切れになることはなさそうだ。
「振ることに問題はなさそうですな。まずはこれで素振りをしていただき、剣の扱い方を教えたいと思います」
「よろしく頼む。……その前に、やはり一振りしかないのは不便だな」
何かを教わるたびに、剣を渡すのでは効率が悪い。幸いなことに先ほどの素振りで、剣の構造はおおよそ理解できたため、武器創造で同じものを作る。
「あれ?」
創りだした剣は寸分たがわず同じものであった。失敗などしていないはずである。しかし、出来上がった剣は3秒も持たずに光の粒子となって消えてしまった。
「ほう。わずかな時間で完全に再現できるとは見事なものです」
リベイクが感心した声で言った。
「失敗じゃないのか?何度創りだしてもすぐに消えてしまう」
「いえ、成功しているから消えてしまうのです。サツキ様の魔力が不足しているため、創造できても維持が出来ていない様子。成功しているからこそ消えてしまうのです」
一度の魔法で使用できる魔力量が少ないため発生している現象だとリベイクは言った。魔法の修練を積むことで、消えることない剣を作ることが出来るようになるらしい。
「剣の特訓がある程度完了したら、魔力の使い方もお教えいたしましょう」
魔力の使い方を教えることが出来るという言葉に驚く。鎧姿と言動からリベイクは戦士や騎士といった前衛職だと勝手に思っていた。
「戦士なのに魔法も使えるというのはすごいな」
この街で出会った冒険者の顔を思い出しながら言った。自分がこの数か月で出会った冒険者の中で、前衛をやりながら魔法が使える人材に出会ったことはない。最上位の冒険者であれば手習い程度に使えるものはいるだろうが、実戦で使用できるほどの技量を持った者はいない。
「いえいえ、たいしたことはありません。若かったころに魔法使いと言う職に憧れて、少しだけ齧ったことのあるという程度で、第4位程度の魔法しか使えません。宮廷魔術師に比べれば赤子同然の技量でお見せするのも恥ずかしい代物ですよ」
苦笑交じりにリベイクは言った。
リベイクは謙遜しているが、剣と魔法を扱うことが出来るというのは十分にすごいことである。そして、自分が目指すべき目標はまさにリベイクのような存在であった。
良い人を師に持ったかもしれない。
「それでは、さっそく始めましょうか。まずは、素振りから」




