第27話 遭難
どこまで歩いても同じ背景であった。
樹木の枝に助けられたとはいえ、100m以上打ち上げられてから墜落したときの衝撃は相当なものであった。体のいくつかに裂傷と手足の打撲、肋骨も何本か折れているようで呼吸をするたびに激痛が走る。
ミスト達に合流しようと歩き続けたが、足場の悪さもあり墜落地点からほとんど進んでいない。泥まみれになった靴が腐葉土に沈み込むたびに、力を込めて足を引き抜く必要があったため、体の痛みと合わせて歩く速度は非常の遅くなっている。
「あっ!!」
足を引き抜きが不十分な状態で、歩を進めようとしたため、泥に足をとられてしまった。雪崩れ込むようにして転ぶ。
体調が万全であればすぐに起き上がることが出来るが、今の体の状態では起き上がる力と気力が不足している。もともとギリギリの状態で歩いていたため、一度倒れてしまえば再度立ち上がることは難しい。
「ミストーー!フィリカーー!」
仲間の名前を力の限り叫んだ。今の状況では歩いて探すよりも、ここに待機して助けを求めたほうが良いと判断したからだった。
なぜそれを今までしなかったのかというと、この森にすむ魔物を引き寄せてしまうのではないかと思ったからだ。こんな状態で敵に出会ってしまえば抵抗できずに殺されてしまう。
死んでも生き返ること能力があるとはいえ、自ら好んで死ぬような趣味は持ち合わせていない。人間として、自分の命は最大限大切にしたい。
「そう思っても、殺されてばかりだよな」
今までのことを思い出しながら呟く。ミストに殺されたり、魔物に殺されたり、ミストに殺されたり、フィリカに殺されたり、ミストに殺されたり……。
「魔物殺された回数のほうが多い……はず」
なぜか頭に浮かんだのはミストに殺される情景ばかりであった。討伐で死んだ回数のほうが多いのは間違いない。最初に殺されたときにインパクトが強かったせいだろうか。
仲間の名前を叫んでからしばらくの間泥の上で伏せているが、静かな森に変化はない。
何に変化もない状況に強烈な孤独感を覚える。自分を見つけてもらえないのではと不安になる。一度そんな気持ちを抱くと何もかもが恐ろしくなってくる。
そんな不安を和らげるため、仲間が必死に探してくれているのは間違いないと自分に心の中で言い聞かせる。
ミストは凄腕の魔法使いである。強力な攻撃魔法のほかに、回復魔法や補助魔法も高いレベルで習得している。以前にどんな魔法が使えるのかと聞いた際に、周囲の生物を探知する魔法や離れたところにいる人間と交信できる魔法もあると言っていた。
自分が声を出して、近くにいるということを教え続ければ、それらを駆使してすぐに俺を見つけてくれるだろう。
それには、自分のことを必死で探してくれるという前提が必要である。その点は心配していない。数か月間の間しか一緒に暮らしていないが、口こそ悪いが仲間思いであるということは嫌と言うほど理解できているつもりだ。
確かに俺はミストに何度も殺されている。しかし、それは必ず理由があって……、いや、ないときもあったような。ともかく、俺のことを案じてくれる時が多いのは間違いないと言える。この状況を作り出した原因のおおもとは、ミストなのだから。
「それでも助けてもらえたら感謝するべきか。困難ばかりとはいえ第二の人生を歩めるのはミストのおかげなのだし」
そう呟くと歯を食いしばり、体に力を込めて立ち上がった。激痛が全身に走るが、少しだけ休めたおかげで何とか立ち上がることが出来た。
これでもう少しは進める。そう思いながら前を向くと、そこには巨大な猪に近い生物がいた。
目前の生物はじっとはこちらの様子を伺っている。魔物と相対しているのに周囲は静寂に包まれていた。自分の心臓の鼓動が、一番の大きな音のではないかと思った。
緊張をごまかすため、生物を観察する。名前は不明だがそのおどろおどろしい見た目はからしておそらく魔物だろう。
「まいったな」
自分の叫びで魔物を呼び寄せてしまったのかもしれないという後悔と、今の状態では大型の魔物に抵抗することが困難であるという焦りが混じった言葉だった。
魔物の頭がわずかに動いた。それに合わせてこちらも臨戦態勢を取り、魔法で槍を創る。
槍を握りしめたときぼんやりとした考えが頭に浮かんだ。移動中に魔法で杖を創って静かに歩けば、魔物と遭遇する事態にならなかったのではないか。
心の中が悔恨で満たされかけるが、余計な考えを捨てるために頭を振る。今はこの状況を切り抜けることに集中するべきだ。背を見せて力の限り逃げるか、じりじりとけん制しながら後退するか。幸いなことに魔物はこちらのことを警戒しているためか、動く気配はない。
逃げることは可能なのではないか。そんなことを一度でも考え、思考が負の方向を向くと、自然と足が後ろへ下がる。
しかしそれは一歩だけで止めた。
俺が逃げ出すことを相対している魔物が望んでいるような気がしたからだ。
その判断は正解だった。この魔物には逃げる獲物を追撃する習性があったようで、逃げる俺に対して追撃しようと足踏みをしているのが見えた。
逃げられないのであれば、攻撃するしかない。
しかしこちらから突進することは体力的にできない。かといって待ち構えて迎撃することはもっとも好ましくない。迎撃を行うには相手の攻撃を受け止めなければならないからだ。できることは手に持っている槍を投げることぐらいだろう。
魔物が動いた。いつまでたっても逃げない俺にしびれを切らしたようだった。
とっさに槍を投げる。しかし魔物の足は止まらず効果はなかった。必死に次の手を考える。大型の魔物でも足を止められるものは何かないかと必死に記憶を探る。自分の思考から効果のありそうな武器を手繰り寄せる。
「爆弾!!」
思いついた武器の名前を叫んだ。
日本にあったような近代兵器の爆弾は作れないが、フィリカお手製の爆弾であれば、作成の手伝いで構造や材質は理解している。威力についても自分の体で体験していることもあって、それなりの精度で創ることが出来るはずだ。
魔法の発動と同時に右手の中に爆弾が現れる。ずしりとした重量のそれを力の限り魔物に投げつけた。
爆弾は寸分の狂いなく魔物の頭部へと着弾し、閃光と轟音と周囲に広がった。
発生した熱風と爆炎が追いかけるようにして、魔物を周囲の木々ごと吹き飛ばす。爆風によって俺も後方に吹き飛ばされる。
幸いというべきだろうか、上手く吹き飛ばされ爆炎を直接かぶらなかったため、火傷を負うことはなかった。
大きく息を吸い込み、全身に力を入れる。痛みはあるが何とか体を起こすことはできそうだった。
息を吐いて立ち上がる。痛みがひどいため、体を起こしたままにすることが難しい。槍を創りだし、支えにする。
「ちくしょう」
絞り出すような声で言った。痛みでかすむ視界の先に、爆発四散してほしいものがいまだにあり続けたことに愕然としたため自然と出た言葉だった。
魔物は全身に大きく損傷を負いながらも、動くに十分な状態であった。片方の目はつぶれていて光を失っているが、もう片方の目には怒りと復讐心で凶悪な光を放っていた。
魔物が俺に向かって駆け出す。損傷は負っているが動きに陰りはない。このまま俺を殺すことなど造作もないことだろう。
絶望的な状況だといえる。しかし、それでも。
「あきらめて、たまるかっっ!!」
槍を突き出して、迎撃の体制をとる。
死んでも生き返ることが出来るのは間違いない。生き返ってから反撃すれば手負いの魔物など簡単に撃破できるだろう。しかし簡単に死を受け入れてしまえば、成長できなくなる。死を前提とした戦いしかできなくなる。
俺の間合いに魔物が入る。突進の威力を受けることが出来ないため、相打ち覚悟で槍を突き出す。
しかし、俺の槍は魔物を突くことが出来なかった。突き出す方向を間違ったわけではない。ぶつかる寸前に文字どおり消えてしまったのだ。
「魔王様!」
何が起きたのだと混乱したが、自分のことを呼ぶ声がしたのでそちらを向く。視界が霞むため、そこに何がいるのかはっきりとわからなかった。
「大丈夫……ではなさそうですね。ひどい怪我。いますぐ治療します!」
聞きなれた声をぼんやりと聴く。ぎりぎりのタイミングだったが助かったようだった。緊張の糸が切れて、だらしない笑みが口元に浮かぶ。返事をしようと思って口を開いたが、そこで俺の意識は途切れた。