第2話 異世界といえば冒険
冒険者組合は寄合馬車の停留所がある官庁街から、二つほど大通りを挟んだ先にあった。ミストからは最底辺の仕事と聞いていたためてっきりスラム街のようなところにあるのではないのかと思っていたが、この街を拠点としている商会の建屋が居並ぶや商業区画の中央にあり、石造りの整った外見をしていることから、荒くれ物の巣窟といった印象は感じられない。
やくざな風体の人間がたむろしていたらどうしようかと不安に思っていたがそんなことはなさそうなのでホッとしながら、冒険者組合の中には入った。
建物の中は以外にも人気がなく、3つほどある受付カウンターにそれぞれの受付嬢が暇そうに待機していた。それ以外には商品がならんだ売店カウンターと、たくさんの羊皮紙が張り付けられている掲示板がロビーの中央にあるだけである。
「いらっしゃいませ。冒険者組合へようこそ。お仕事のご依頼ですか?」
受付嬢の一人がこちらに気が付いて営業スマイルを向けながら話しかけてきた。
依頼ということは一般人が組合に仕事を頼むことがあるのだろうか。ミストから聞いていた話だと魔物の討伐が主な仕事ということだが、一般人も仕事の依頼をすることができるらしい。
受付に向かって歩き出すと、香ばしいにおいが鼻についた。よくよく見てみとると受付広間の横に食堂が併設されているようである。そこでは武器や防具を所有した数人の男たちが食事をとっており、ちゃんと冒険者が存在しているということを確認できる。
ガラが悪そうじゃなければ後で冒険者について聞いてみるのもいいかもしれないな。馬車に乗って移動していたため、朝から食事もとっていない。金銭に余裕があれば異世界の飯も食ってみたいし。
そんな楽しみが一つできて、浮ついた気持ちになりかけたが、浮かれた表情であいさつするかわりものだと思われるのは嫌だったので息を吐いて気を引き締めなおす。が、息を吐くと同時に洋服が後ろから引っ張られ、のど仏に襟が食い込む。
「ご飯食べましょうよ。ご飯」
「苦しいから引っ張るのはやめろ。……気持ちはわかるが、先に冒険者になってからな。飯食っている間に本日の受付終了とかになったら嫌だし、こういったお役所仕事は終了時間がきまっていってでてぇ!!」
首にまとわりついたのはミストの細い腕らしい。最初はかわいらしくつまんでいるだけだったが、否定したとたん、万力でも使っているかのような力に思わず悲鳴を上げた。
魔法だけかと思っていたが筋力もあるのか。
そんな、つまらない漫才を見せつけたせいか、受付のお姉さんたちも困惑した視線になっている。ああ、絶対に変人だと思われているな……。
ミストもその視線に感づいたのか、情けない悲鳴を上げる俺の存在を恥ずかしいとでも思ったのかはわからないが、握っている手を緩めてくれた。
「げほっ。……とりあえず登録が先だ。そもそもあの食堂は社員食堂みたいなもので冒険者が使用するものだろう。だからまずは冒険者として登録しよう。それに冒険者なればそこの食堂よりもうまくて安い店を紹介してくれるかもしれないだろ。冒険者がよく利用する宿の食堂とか。目先の空腹にとらわれることなく一歩先を予想して行動しようぜ」
「そう言われたらそうかもしれませんね。なにも考えてないと思ったらそう言うわけでもないのですか?でも、なんだかむかついたから後で埋めときますね」
納得しつつも不穏な言葉をミストは言った。埋めるってなんだよ。
言葉の意味を考えないようにしつつ、先ほど声をかけてくれた受付嬢のテーブルに着く。受付嬢は自分よりも少し年上で美人というよりも愛嬌のある人のよさそうな顔をした女性で、白人のように金髪碧眼の堀の深い顔立ちだった。年齢は同年代か少し上ぐらいだろうか、落ち着いた女性の雰囲気である。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者になりたいのですが。ここで登録はできるのでしょうか?」
「はい、可能です。後ろにいるお連れ様と合わせて冒険者になりたいということでよろしいでしょうか?」
後ろを振り返ってミストをちらりと見る。ミストは食堂をじっと見つめており、ことらに興味はないと言わんばかりの態度である。
まぁ、いいや。こいつが連れてきたんだから二人分登録しておこう。
「二人でお願いします」
「はい、承りました。では冒険者登録のため、登録用紙に名前と年齢、それと出身場所を記載していただきます。また冒険者証の発行も合わせて行いますので、冒険者証の発行料として王国銅貨8枚も必要となります。登録用紙には基本的に本人によって直筆で書いていただく必要がありますが、組合職員による代筆も可能です。代筆量は銅貨4枚になりますが如何いたしましょうか?」
「わかりました。代筆は文字が書けるので不要です」
受付嬢から用紙を二枚受け取り、一枚をミストに渡す。話は聞いていたらしく、黙って受け取ってくれた。
しかしこの世界に来てから、魔王以外の情報が一切ないから名前も年齢も出身も書きようがないのだが。すこし悩んだ末、元の世界の情報を用紙に記入することにした。記入する内容は名前と年齢、それに出身場所ぐらいなので、適当にさっと記載する。同じタイミングでミストの記入も終わったようで、二人分の登録料とともにカウンターに提出した。
「サツキ様とミスト様ですね。承りました。お二人とも王国出身ではないようなので、この国の冒険者のシステムと概要について説明を行います。少し時間がかかりますがお時間は大丈夫でしょうか」
「サツキさん。長くなるようであれば話を聞いといてください。私は食堂に行ってきますので」
と言って返事を聞く間もなくミストは食堂へ向かってさっさと歩いていてしまった。そんなに腹が減っていたのか。意外と食い意地が張っているのかもしれない。
まあいいか。あいつがいないほうが静かに話を聞ける。
「コホン。まず、この国での冒険者という職業についてですが、政庁や民間から受けた依頼を委託する個人事業主の総称となっています。そのため、冒険者が任務中に負った損害等はすべて冒険者の自己負担となり、任務中に死亡してしまったとしても、組合からの保証は一切ありません。すべてが自己責任となりますのでご理解の上受託していただけるようにお願いします」
話には聞いていた通りだ。自己責任という言葉が心にチクチクとささるが、気にしないようする。ここは異世界なのだから、過去のトラウマなんて気にしたらダメだな。
心の中をごまかすそうと渡された契約用紙を見る。用紙の片隅にも同様の文言が契約事項として書いてあった。
「続いて冒険者の仕事内容についてですが、魔物の討伐や商隊の護衛、街道の整備事業などが主な仕事になります。この仕事に共通していることは、魔物の生息域での仕事となるため、魔物との接触が必ずあり、魔物から一般人の安全を確保することが冒険者の仕事になります。時期によっては討伐以外にも軽作業や土木作業依頼があることもありますので、後ろにある依頼掲示板を見て何を受けるか判断していただければと思います。依頼の受注はこの受付カウンターで行いますので、受ける前に必ず申請するようにしてください。申請の無く、依頼を受けたとしても、成功報酬の支払いはできませんのでお気を付けください」
「複数の依頼を受けることはできないのか?土木作業をしつつ、魔物討伐をすれば両方の報酬がもらえそうな気がするけど」
「可能です。しかし、魔物の討伐については報酬とは別に討伐奨励金が出ていますので、土木作業に時間を費やすよりも、魔物の討伐を行ったほうが多くの報酬を得ることが出来ると思います。実際に依頼完了後に魔物の討伐を行う冒険者の方々は数多くいます」
なるほど、そうやって冒険者はお金を稼ぐわけか。
しかし、冒険者への報酬の支払いが行政からとは……。ゲームの世界だとモンスターを倒して経験値と報酬を得ることが出来るけど、冷静になって考えてみるとモンスターが貨幣なんか持っているわけがないから当然と言えば当然だが。
「報酬については完了確認後、組合の受付カウンターで支払いを行います。討伐報酬と成功報酬をまとめた金額をパーティーの代表者にお渡しいたしますので、パーティー内の規則に従って分配をお願いします。依頼の完了確認については依頼内容によって数日を要する場合があるので、依頼を受注する際にきちんと確認していただくようにお願いします。」
「確認方法って具体的には?」
「たとえば商隊の護衛などは、依頼者が無事に目的地に到達できたかなどを依頼者本人に確認する必要がございます。その確認に日数がかかる場合があります。また、採取・採掘等の収集依頼は冒険者の持ってきた収集品を鑑定する必要がある場合がありますので、確認のための日数が必要となります」
組合名義で完了通知を依頼主に提出するのだから、報告内容に落度があってはならない。通信技術が確立された現代ならば、数秒で完了確認が取れるのだろうが、魔法があるとはいえこの世界では難しいらしい。
「続いて、職業についてご説明いたします。サツキ様・ミスト様ともに今現在、何か職業についていらっしゃったりしませんか?」
職業。ゲームで言うところの戦士とか魔法使いとかそう意味だろうか。であればミストは魔法使いでいいとして、俺には何もないだろう。
「ええと、職業っていうのは?」
「職業というのは、冒険者の役割という意味で冒険者同士が何を役割として得意にしているかを知らせるための自己申告制度です。その職業に就くから、職業専門の技能が身につくわけではなく、職業に合わせて技能を学んでいくことになります。そのため、人によっては戦士を名乗りながら魔法を極めたり、魔法使いなのに格闘術が使えたりする人がいます。冒険者が徒党を組むにあたって、徒党に必要な最低限の人材だけで組むことが基本なので、なるべく自身の選んだ職業を極めることをお勧めします。申告する職業と実態があまりにもかけ離れていますと、トラブルのもとになりますのでお気を付けください」
なんかイメージと違うな。普通はこういった職業に就いたら経験値を積んでレベルが上がると、自然と身体能力が上昇したり、上位のスキルが使用できるようになるのものだが、勉強・練習して習得しなければならないというのは元の世界とかわらないようだ。
ファンタジー世界なのになんだかな。ゲームの世界では魔法使いになったら最初から基礎魔法が使えるとか低位の回復魔法が使えるとかあるものなのに。
「ちなみに職業の種類はどういったものが?特に能力のない駆け出し冒険者にお勧めの職業なんかはありますか?」
「前衛職であれば、ファイター、シーフ、グラップラー。後衛職であればハンター、スカウト、メイジ、ヒーラーが基本職になります。基本職の中でも持っている技能、得意とする技能で呼称が変わったりします。初心者であれば基本職だけを名乗ることをお勧めしますし、他の冒険者の方も初心者だと判断してくれます。冒険者になりたての人であれば戦士職で登録し、他の職になるための技能を身に着けるのが一番よろしいかと思います。」
魔法等の技能がなければ肉体を張るしかないってわけか。今までデスクワークばかりしてきたのだから、体力には全然自信がないけれど、それしか選択肢はなさそうである。
「わかりました。戦士で登録をお願いします」
「はい。承知いたしました。お連れ様、ミスト様の登録はウィザードと職業欄に記載されておりますので、そのように致しますが……、一応、上位魔法は使えるということで間違いはないですよね」
あいつ、ちゃっかり自分だけは職業欄に記載していやがったのか。しかも基本職にはない呼称である。ウィザードがどんな職業なのかわからないが立派な名称に感じる。
「あ、はい。どのぐらいの魔法かわからないけど、爆発魔法と何もないところから石を呼び出すような魔法を使っていました。……両方とも人を殺すのに十分な威力でした」
魔法呼称が分からなかったので見たままを伝える。両方とも自分体で受け止めた魔法であるので、威力は十分に体感していたのでそれは保証できる。
「はい。わかりました。であれば上級職であるウィザードで登録を行いますね」
ん?上級職?いきなり上級職か。
そりゃ、この世界に来たばかりの俺と比べると、当然あいつのほうが強いし、知識もあるのだろうけど、なんで魔王よりも従者のほうが偉い立場になるのだろう。というかあいつはなんで基本職にしなかったんだ?そんなに俺と同じ立場はいやなのか。
ともかく、これで冒険者としての登録は終わったのだし、後は冒険者として活躍しつつ自分を高めていけばいいのだ。プレッシャーになる上司もいないし、ノルマもないその日暮らしの生活。明日の生死も決まっていない生活だが希望がある。
「こちらが冒険者証です」
そう言って手渡された金属製のプレートには自分の名前とドラッジオ冒険者組合の名前、そして戦士と職業が書かれている。それをかざしながら感慨深く眺めて自分の首にかけた。
「それでは、改めて冒険者組合へようこそ。新しい冒険者であるサツキ様、ミスト様のご活躍をお祈りしています。そして、冒険者組合、ひいては市の発展に貢献していただけるようよろしくお願いいたします」