第26話 討伐の依頼
自分たちに依頼の指名があったことをミストに報告すると、ミストは依頼書を一読し、すぐに受けましょうと回答した。内容が森に生息する魔物の討伐であったことと、報酬が破格であったためだ。指定の魔物を討伐し、装飾品の材料となる爪を持ち帰ることで、一体分の素材につき金貨一枚を得ることが出来る。
一応、アウレリオから聞いた話もしたのだが、不気味なだけで悪い噂がないのであれば断る理由にはならないでしょうと言われてしまった。
俺たちは予定を変更し、いつもの平原ではなく、森へと足を踏み込むことになった。
森の中は薄暗く、足元に注意しないと隆起している木の根に足を取られて転びそうになってしまう。
先日の砂金堀ではベテランのレンジャーが先導してくれたため、容易に踏破することが出来たが、今回は自力で歩ける場所を探さなければならない。進行速度は平地で歩くときに比べて半分以下に落ちている。
こんな状態で目的の魔物を見つけることはできるのだろうかと不安が心によぎった。
だからといって足を止めるわけにもいかない。ミストの転移魔法を使用して、わざわざ遠方の森まで来たのである。諦めて手ぶらで帰ることになれば、ミストが消費する燃料代で大赤字になってしまう。
魔法で創った鉈で枝や雑草を払いながら進むと、少しだけ開けた場所にでることが出来た。自然に発生した場所ではなく人工的に創られた場所のようで、切株が4つほど空間に点在している。おそらく過去に森で仕事を行った冒険者が、拠点として作った場所なのだろう。
「ちょうどいい場所ですね。サツキさん、このあたりを狩場にしたらどうでしょうか」
自分の後方からミストの声が聞こえた。足を止めて振り返り、首を縦に振った。森に入ってからずっと斧や鉈を振り回し続けてきたため、両腕は限界を迎えていた。
背負っていた荷物をおろして切株に腰を下ろした。俺にとってはちょうど良い高さであるが、フィリカにとっては少しばかり大きかったらしく、空中に浮いたが上下左右にぶらぶらと揺れている。
大きく息を吐いてからミストに尋ねる。
「ハインドビハインドだっけ。今回討伐する魔物の名前」
「はい。影法師の魔物とも呼ばれています。自分のテリトリーに侵入した人間の背中に姿を隠して纏わりつく習性をもつことからその名前が付きました。人間が後ろにつかれると、どちらの方向を振り向いたとしても、その動きに合わせて移動するため、必ず背後に居続けます」
「その魔物は背後にいるだけなんですか?」
フィリカがミストに聞いた。後ろにいるだけであれば、鬱陶しいことは間違いないが、害のある魔物ではなさそうである。
しかし、害のない魔物であれば討伐の依頼など発生しない。
「ハインドビハインドは人間を好んで捕食します。彼らが人間の背後につくのは、獲物が衰弱して一撃で仕留められるようになるまで待つためです」
「人間を食べちゃう魔物ですか……」
フィリカが怯えた表情を見せた。今まで討伐をしてきた魔物は、人間を主食とはしていないものばかりであった。そのためこちらから攻撃を仕掛けない限りは襲われることがなかったのだが、今回は180度違う状況になっている。自衛する戦闘力すらないフィリカが怯えるのは、無理もないことであった。
「大丈夫です。わたしとフィリカさんにはすでに魔物除けの魔法をかけてありますから」
フィリカを安心させるため、微笑みながらミストは言った。
「俺は?」
自分な名前が入っていないことに疑問をぶつける。
「かけていませんよ。サツキさんまで魔法をかけたら、ハインドビハインドが襲ってこなくなるじゃないですか」
標的をおびき出すのに囮になれということらしい。ミストやフィリカを危険にさらすわけにはいかないので、納得するが心にもやもやとしたものが残った。
「それで、俺はどうしてればいい?」
「そうですね。この広場の中央にでも立っていてください。私たちは姿を消して、サツキさんの後ろを見張ります。ハインドビハインドが後ろについたら攻撃を仕掛けますので振り向かずに前だけ見ていてください」
「それだけでいいのか?」
魔法で攻撃してくれると聞いて驚く。いつものように自力で何とかしなければならないと思ったからだ。
「ハインドビハインドは取りついた人間から攻撃されると、反撃をしてくる習性があります。一撃で仕留める自信があるのであれば、サツキさんに一人におまかせしますが」
「いや、ミストに任せるよ」
口には出さないが初めての魔物に対してうまく立ち回れる自信はなかった。
冒険者になって数か月が経過したが自分が強くなったような気がしないのだ。フィリカや組合に所属する冒険者からは平原の魔物を一人で倒すことのできるいっぱしの冒険者だと思われているが、それが出来るようになったのは生き返ることが出来るという能力を前提に、対抗手段を試行錯誤が可能であったからだ。
ハインドビハインドに対しても死んで対抗手段を見つける戦術を採用すれば、いつかは必ず倒すことが出来るだろうが、死ぬことのできる回数は多く残っているとはいえ、無駄死にはなるべく避けたい。
「この場所に立っていればいいのか。それとも動いていたほうが標的をおびき寄せることが出来るのか?」
「動かれると狙いが定めにくくなるので、なるべく動かないほうがありがたいです。切株に座っていてください」
不穏な言葉をミストは言った。
魔法の射線上に俺と魔物が重複する状況になるため、俺が巻き添えになる可能性のある魔法が使うことができない。魔法の効果範囲を絞ることは集中力が必要なので、動かないでほしいということだった。
誤射とかしないでくれよなと心の中で呟く。ミストに魔法で攻撃してもらう以上の方法が思いつかないため、少しでも成功するように祈るしかない。
「じゃあ、姿を消します。囮役を頑張ってください」
「魔物が現れたらすぐ攻撃できるように、しっかりと見張ります。サツキさんの背中はわたしとミストさんで守りますから安心してください」
ミストが杖をさっと振ると、二人の姿が消えた。気配も完璧に遮断されており、そこにいるのかもわからない。
背中を守ってくれるという言葉を信用し、切株の上に腰を下ろした。
どのぐらいの時間が経過しただろうか。座っているだけの作業であるため、最初のうちは楽であった。しばらくするうちに同じ態勢でいることと、柔らかさのかけらもの無い切株の固さが体や尻に痛みを与え始めた。
動くことが出来ないというのは我慢できるが、後どのぐらいの間を我慢すればいいのかわからないというのは精神的な負担になっている。
せめてどのぐらいの時間こうしているかわかれば、気を紛らわすことが出来るのだが。時間の確認が容易であった前世を思い出し、不便しかない今の生活を心の中で嘆いた。
痛みを少しでも和らげるために体制を変えたいと思いミストに声をかける。振り向いて言うことが出来ないため、少しだけ大きな声で名前を呼んだが反応はなかった。何かあったのだろうかと不安がよぎった。もう少しだけ大きな口調で名前を呼ぶ。
今度は返事が返ってきた。しかし、言葉ではなく魔法での返事であったが。
自分の右耳の下を光線のようなものが通り抜ける。少し自分の肌を掠めたようで、じんわりとした痛みと熱を感じた。指先で触れるとぬるりとした感触が指先に広がった。出血しているようだ。
魔法が放たれたということは標的が出現したということになる。魔物の気配など全く感じなかったと思いながら、後ろを振り返った。
どこにはサルによく似た生物の死骸があった。体躯は俺よりも一回りぐらい小さく、黒い体毛で全身が覆われている。仰向けで倒れている死骸の顔を覗き込むと、額に水晶のような透明度を持った大きな目があった。
「すみません。少しだけ狙いがずれてしまいました」
姿を現しながらミストが謝罪した。こちらが声をかけて邪魔をしたのだから気にするなと返事をした。
「額にある瞳は少し先の未来を見通す力があると言われています。これのおかげで取りついた人間の動きを先読みし、姿が見つからないように行動することが出来るのです」
「未来を見通す?随分すごいことが出来る魔物だな」
「1秒先のことも見ることができないような使い勝手の悪い能力ないですけどね」
ミストがナイフをハインドビハインドの額に当て瞳をえぐり取る。見た目どおりに硬度があるようで、瞳というよりも水晶の塊と言ったほうがしっくりとくる。
なぜミストがこんなことをしたのかというと、これを依頼主から指定された討伐の証拠だからだった。
「まだ時間もありますし、もう2,3体ぐらいは討伐したいですね」
目的のものを取り外して不要になった魔物の死体を浄化しながらミストが提案した。その言葉にはおおむね同意であったが、一つだけ懸念事項がある。
「魔法の殺傷力高くない?ミストが放ったレーザービーム、全然減衰せずに突き抜けていったけど」
ビームが飛んで行った方向を指さしながらミストに言う。車線上にあった木や岩にはこぶし大の大きさの穴が開いている。どこまで貫通しているのかは見当もつかない。
「確実に仕留められるように高出力化していますから」
「過剰すぎるだろ。俺までまとめて殺すつもりかよ」
ぶすぶすと黒煙が立ち上っている魔物の傷口を見ながら呟いた。命中していたら自分も同様になっていたかと思うと体が震えた。
「ビームで貫通されて死ぬって少年漫画的でかっこいいと思いますが」
ビームは男のロマンである。詠唱を唱えて炎だの氷だの出す魔法も嫌いではないが、杖からビームを撃ち出して応酬する戦闘のほうが好みではあった。
「それには同意だけど、俺を巻き込みかねない魔法はやめてくれ」
好みではあるが、それで死にたいわけではない。ビームに貫かれて死ぬことを了承するときは、強敵を羽交い絞めにして手動きを封じ、自分が犠牲にならなければ倒すことが出来ないという状況ぐらいだろう
ミストが渋い表情を浮かべた。殺傷力のある魔法で威力範囲が絞れる魔法は多くないと不満を言った。しかし、手段を持っていないわけではないないため少しの間考え込むと、何かを思いついたようで、微笑んだ。
「わかりました。次はもう少し上手くやってみます。サツキさんに魔法が当たらないようにすれば問題ないですよね」
「そうだけど、どうやって?」
「切株の上に簡易な移動魔法を展開しておきます。攻撃の直前に自動で発動しますので、着弾前に効果範囲から絶対安全な場所に逃れることが出来ます」
杖で切株を軽く戦くと、一瞬だけ切株が青く光った。魔法が成功したようだ。しかし、そんな魔法があるのであれば、最初からやってほしいものである。
次の標的を待ち受ける準備が整ったので、ミストは再び姿を消してして、元の場所に戻った。そういえばフィリカの姿が見えないがどこにいるのだろうと思ったが、ミストが元の場所に向かって話しかけ始めたため、変わらずそこで待機していることが判明した。魔法をかけた術者であれば見ることが出来るのだろう。
切株に腰を下ろす。ふと、疑問が頭の中に浮かんだ。移動魔法と言っていたが、一体どこに移動するのだろうか。そう思うと途端に不安になる。ミストが笑顔を見せるときは大概ろくでもないことを思いついた時なのだから。
その疑問はすぐに解明した。5分と経たないうちに次のハインドビハインドが現れたからだ。
確かにミストに言ったとおり、ミストの攻撃と同時に魔法が絶対に命中しないところに移動することはできた。
ただし、移動方法は切株ごと上空に射出されるという方法だったが。




