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第24話 再会

 トゥーラの店は休日の昼間だというのに相変わらず人はいない。人がいないおかげで、のんびりトゥーラ特性のお茶を楽しむことが出来るのはありがたいが、経営は大丈夫なのだろうかと余計な考えが心に浮かぶ。


 トゥーラ曰く、顧客と呼べる常連はちゃんと存在しているが、店頭に買いに来るのではなく、宅配をおこなっているため店頭に人がいないように見えるそうだ。


 「まぁ、俺の気にするところではないか。それよりも、依然飲んだお茶と違うね」


 「あら~お気に召さなかったかしら~。とある植物の根を焙煎して作ったものだけど、苦めの風味が良くて~、悪くないと思ったのだけど~」


 「いや、この味は俺も好きだよ。コーヒーみたいでおいしいと思う」


 「コーヒー?」


 「俺の地元に会った飲み物さ。植物の種を焙煎して挽いた粉を抽出して作る飲み物で、苦みや酸味、特有の香りが強いのが特徴だね」


 トゥーラの出してくれた飲み物は、香りも味もコーヒーほど強くはなく、飲みやすさが優先されている。コーヒーというよりはタンポポコーヒーに近い味である。味の違いはカフェインの有無なのだろうかと思いつつ、再び口に含んだ。


 「あの、そろそろ解放していただけないでしょうか」


 会話に割り込んだのはトゥーラに抱きしめられているミストであった。


 今日の目的はミストをトゥーラのもとに連れて行くことであった。以前から是非会いたいとトゥーラが懇願するので実行したのだが、店内に入った瞬間からミストを羽交い絞めにし、ずっと自分の膝上に乗せている。


 最初は抵抗していたミストだが、力はトゥーラのほうが上であったため、何をしても抜け出すことが出来ず力尽きため、今はぐったりとしている。


 ミストはトゥーラのことを嫌いだと言っていたが、抱きしめられても魔法を使用せず自分の力だけで逃げ出そうとしていたところを見ると、言うほど嫌ってはいないのだろうと判断した。


 「サツキさま~。改めてお礼を言うわ~。こうでもしないとミストちゃんは絶対にわたしのもとに来てくれないもの~」


 トゥーラがさらに強い力でミストを抱きしめる。


 ミストが嫌がっている理由がよく分かった気がした。姉妹のような関係性と言えればいいが、満面の笑顔で頬ずりしているトゥーラを見ると、行き過ぎているような気がする。


 「助けて、助けて」


 死んだ魚の目をしながら悲鳴を上げるミストを先ほどからずっと無視している。ミストの困っている顔は珍しいため、ゆっくり見ておこうと考えたためだ。


 いつも苦労させられていることに対してのささやかな仕返しをしておこう。




 

 ミストがトゥーラから解放されたのは、太陽が南から西に動き始めたぐらいの時間であった。解放されたのはミストにかまい続けることに飽きたというわけだはなく、生花の配達時間になったため、仕方なくであった。


 「さて、どうしようか」


 商店街の真ん中あたりに進んだところでミストに尋ねた。ちょうど昼時である。このあたりであれは飲食店が多く存在しており、食事場所がないということはない。


 むしろ普段食べないようなメニューを提供している店が多くあり、興味をそそられる。


 組合の食堂は冒険者向けの、肉体労働者が好む味付けの濃いメニューが多いため、街で食べる食事はいつもと違う新鮮さがある。


 「どこに行くか決めていたりするのか?」


 ミストに聞いた。食事については彼女のほうが詳しい。ドラッジオ市に来てから3か月が経過したが、飲食に関することは地元の人間よりも詳しくなっている。


 あいかわらずぐったりしているミストだが、俺の言葉に少しだけ生気が戻った瞳をこちら向けた。


 「いえ、店で食べるのではなく、店頭で販売されている軽食を持ち帰りましょう。一人で宿にいるフィリカさんを置いて食べに行くのは忍びないですし」


 フィリカは明日の討伐で使用する道具の作成のために、一人で宿に残っていた。新作の爆弾は精密な造りであるため、静かな場所で集中したいからひとりにしてほしいと懇願された。


 暴発されても困るため、俺とミストは大人しくその言葉に従ったというわけである。


 「早く帰るために手分けした買いに行きましょう。サツキさんは、あの店で肉饅頭と付け合せの茹で野菜を買ってきてください。わたしはあちらで糖蜜菓子を買ってきますから」


 ちょっとした行列が出来ている屋台を指さしながらミストは言った。一つ一つ手作りで作る店が多いため、昼時はどの店でも並ぶのが当たり前であった。


 「確かに手分けしたほうが早いな。了解だ」


 「そちらのほうが早く購入できたら、店際の邪魔にならないところで待っていてください」


 そう言い残してミストはそそくさと人ごみに消えていった。その後ろ姿を横目で追いながら、自分の任務を果たすべく行列に並ぶ。しかし、行列に並んだ瞬間に在庫が出来てしまったらしく、想定よりも早く目的のものが買えてしまった。


 時間が余ったことで、自分の食べたいものでも探そうかと考えたが、ミストと行き違いになるのは避けたかったため、言われたとおりに通りの一角でミストを待つことにした。


 「ちょっと、君」


 人の流れをぼんやりと見ていたが、そばを通りかかった女性に声をかけられた。自分よりも年齢は少し上ぐらいで、装飾の多い高級そうな衣類を着込んでいる。


 「ああ、ごめんね。突然話しかけて」


 「何か御用ですか?」


 女性をしっかりと見てみると、なかなかの美人である。美人に話しかけられることは、喜ばしいことではあるが、何の用があるのかさっぱり見当がつかない。


 「こんな場所に仲間がいるのは珍しいなと思って」


 「仲間?」


 何の事だかさっぱり見当がつかず、言われた言葉をそのまま聞き返した。女性はおかしいなと言う表情を浮かべる。その態度を見て、ひょっとしたらと一つの考えが頭に浮かんだ。


 「出身は同じだと思います」


 これで伝わるかなと思ったが、女性は俺の言いたいことを理解してくれたようで、首を縦に振り頷く。


 「そうだよね。よかったよ。間違ってなくて。一瞬、自分の感覚が鈍くなっちゃったのかなって思った。そんな歳でもないのにね」


 女性は明るく笑った。俺もそれにつられて笑う。何者かはわからないが、敵意のようなものはなさそうである。


 「君は……、ああ、自己紹介がまだだったね。わたしの名前はアデリーヌ。ちょっとした買い物でこの街に来たばかりなんだ。といっても用事は済んだから、もう帰るつもりなのだけど」


 「そうなんですか。俺の名前はサツキです。この街で冒険者をやっています」


 「冒険者?君、随分と変わったことをしているね。人間の真似事だとしても、もう少し面白いことをやればいのに……。ごめんなさい、趣味を否定するつもりはないわ。このご時世だから自由に生きればいいと思うし」


 アデリーヌが頭を下げて謝罪した。魔族が冒険者になるというのはやはり珍しい行為らしい。好き好んでなったわけではないが、冒険者という職業には愛着がわいているため、馬鹿にされるといい気分ではない。表情には出さないが。


 「サツキは一人なの?」


 アデリーヌが聞いた。


 「連れがいます。今は別の場所で買い物をしているから、もうじき来ると思います」


 そう答えたとき自分の後方から小走りに近づく足音が聞こえた。噂をすれば何とやらとはこのことをさすのだろう。


 「お待たせしました。こちらのほうが早く終わるとおもったのですが……」


 近づきながらしゃべっていた言葉を途中で止める。俺と会話をしていた人物がだれか理解したためであった。次の瞬間、二人とも表情が変わる。


 二人は古い知り合いだった。好意的な関係であれば久しぶりの再会となったが、残念ながらそう言った関係とは真逆の、犬猿の仲と呼ばれる類の知り合いだった。


 



 「お久しぶりです。アディ」


 最初に口火を切ったのはミストであった。言葉は変わらず丁寧だが、その言葉には侮蔑や憎悪に近い感情が込められていた。


 「本当に久しぶりね。最後に出会ったのはどこだったかしら」


 敵意と言うものを隠すつもりが無いミストに対して、アデリーヌの言葉は平穏で平坦なものであった。考え込むようなしぐさをしてから、思い出したと手を合わせる。


 「魔王様のお墓だったわね。せっかく誘ってあげたのに、お墓にへばりついて動こうとしなかったのよね。そのうちお墓と同化して石になるものだと思っていたわ」


 「ならなくて残念でした。貴女の未熟な魔法が私に効くとでも?」


 「何のことかしら、わたしには分からないわ」


 ミストがアデリーヌを睨む。それに対してアデリーヌは微笑んだが、目は笑っていなかった。


 「そういえば、魔法抵抗力の高さだけがミストの売りだったわね。その能力だけで近衛に選ばれたことを忘れていたわ」


 「そんなことを忘れるのは年齢のせいだと思います。ロートルは引退して、隠居したほうがよろしいのでは」


 ミストはロートルの部分をわざとらしく強く発音した。


 「ええ、まったくだわ。わたしも貴方のように若いうちから隠居したいわね」


 最初はミストだけが悪意を隠さぬ口調だったが、感情が伝染したのか。次第にアデリーヌもミスト同様になっていた。


 このまま放っておけば喧嘩になるかもしれない。殴り合いで済めばよいが魔法を使用したものになると周囲への悪影響を与えてしまう。


 そうなる前に何とかしなければならないと思う。


 「ゴホン、旧友と会って思い出話に花を咲かせるのは悪くないが、せっかく買った食べ物が覚めちまう。アデリーヌさんも忙しそうだし、今日はここまでにして、日を改めたらどうだ」


 勇気を出して、会話に割り込み提案を行った。二人から邪魔をするなと同時に睨まれる。しかし、水を差されたことで少しだけ冷静になったのか、一歩引いて黙ってくれた。下がる際に足を思い切り踏まれたが我慢する。


 「そうね。わたしもこんなところで油を売っている時間はなかったわ」


 アデリーヌも我に返ったようで、引きつった表情を元の端正な顔立ちに戻した後、さよならと言って去ろうとした。2,3歩進んだ後何かを思い立ったようで、足を止めてこちらを振り返る。


 「サツキ。あなたミストと知り合いのようだけど、どういった関係なのかしら?」


 アデリーヌが俺に尋ねた。


 どう答えればいいかなと悩む。素直に魔王と名乗れば、主と従者であると言えるのだが、アデリーヌとミストの仲を考えると名乗らないほうが賢明ではないかと考える。


 いい知恵はないかとミストを見たが、好きにすればいいと目を逸らされてしまった。ならば適当に答えようか。仲間とか同士と言うべきなのだが、目的を聞かれると答えに詰まるかもしれない。一緒にいておかしくない関係と言えるものは。


 「恋人だ」


 常に一緒にいても不自然ではないだろうと思った関係がそれぐらいしか思いつかなかった。そう言っておけば本来の目的について突っ込まれることはないだろう。


 アデリーヌがキョトンとした表情を浮かべた。それからミストと俺を交互に見る。ミストも虚を突かれたようで、真っ赤な表情を浮かべて狼狽していた。俺の突然の言葉を受けての演技だろうが、上手いものである。


 それを見て真実なのだと勘違いしたアデリーヌの驚愕の絶叫が、商店街広場にこだました。

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