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第23話 帰路にて

 行き道に比べて帰り道は随分楽ではあるが、さすがに休憩なしで進み続けると下半身に、疲労と痛みが蓄積される。途中で回復したとはいえ徹夜明けであるため、眠気とも戦わなくてはならない。


 山域から出て街道に着いたときにようやく待ちに待った休憩の号令が砂金堀の一団を取り仕切っていた冒険者の口から発せられた。


 背負っていた背嚢を地面におろして、手ごろな石に腰を下ろした。


 「お疲れさまです。大丈夫ですか?」


 フィリカが心配そうな表情で言った。水の入った水筒を飲んでくださいと俺に手渡す。


 「ありがとう。……きつくないことはないが、後は平坦な道だけしかないから何とか大丈夫だと思う」


 「荷物ぐらい少し持ちましょうか」


 先ほど地面に置いた背嚢を見ながらフィリカが言う。3人で使用する荷物は体躯に合わせて割り振っているため、俺の荷物が一番重いことをフィリカは知っている。体力のない小柄な彼女には相応の荷物しか持たせていない。移動の途中で倒れないようにと、配慮したものだった。


 どうしたものかと少し悩んだが、好意をずっと断り続けるのもよくないだろうと思い、いくつかの食器と調理道具をフィリカの背嚢に移し替える。


 「少し重くなるが、がんばってくれ」


 「任せてください!」


 やる気は十分であった。休憩時間中だというのに背嚢を背負い、十分に歩けることをアピールする。休めるときには休んでおきなさいとフィリカを座らせた。


 しばらく二人で石の上に座る。休憩時間が終わるそう長くないため、無言でいてもいいかと思う。


 しかし、フィリカはそう思わなかったようで、遠慮がちに話しかけてきた。


 「サツキさん。不快な話になってしまうかもしれませんが、聞いていただけますか」


 突然の言葉にフィリカの顔を見る。真面目な瞳がこちらを見ていた。続けてと頷く。


 「わたしは幼いころに父親を亡くしました。父は宮廷魔導師であり優秀なアルケミストでした。どんな父親だったかと聞かれると、ほとんど記憶がないため上手く話すことはできませんが、優しくて温かい手を持った人でした。私が錬金術の勉強をしたことを報告すると、その手で頭を撫でてくれたことをよく覚えています」


 「うらやましいな。俺の親父は頭を叩くばかりで撫でてくれたことなんてほとんどなかった」


 「あはは。厳しいお父さんですね。でも、たたいて叱ることも愛情表現の一種だと思いますよ」


 フィリカは目を閉じた。


 「先ほども言ったように、わたしには父親の記憶がわずかしかありません。記憶として残る前に錬金術の実験で爆発に巻き込まれて事故死してしまいました。そのため、父親という存在がわからないままに、生きてきました」


 「父代わりになる人はいなかったのか?」


 「母が私を女手一つで育ててくれました。母はアルケミストとは無縁の人間でしたが、わたしが父親の跡を継ぎたいという願いを叶えるために、寝る間も惜しんで働き、稼いだお金のほとんどは、わたしを育てることだけに費やしてくれました。そのおかげで、錬金術を行使することのできる知識と技術を身に着けることが出来たと言っても過言ではありません」


 「母親は健在なのか?」


 「いいえ、一年ほど前に亡くなりました。私が学校を卒業し、アルケミストになってからすぐのことでした」


 「ごめん」


 余計なことを聞いてしまったと思いフィリカに謝る。フィリカは首を横に振って気にしないでくださいとさびしそうに笑った。


 「母が亡くなる直前に卒業したことを知らせましたが、ひどく喜んでくれました。おそらくですが、心残りとか後悔の類といった感情はなかったと思います」


 フィリカの表情からは悲痛なものは感じられない。家族を失ったという現実をしっかりと受け止めているようであった。受け止めているのであれば、同情はしても慰めの言葉を述べる必要はない。


 「フィリカは強いな」


 「いいえ、強くなんてありませんよ」


 フィリカが再び目を閉じる。


 「一人で生きていけると思っていましたが、サツキさんに出会って、厳しかったり、優しかったり面倒を見てもらって思ったのです」


 閉じた目を開き、再び俺の顔を見た。顔が少し赤く上気している。


 「お父さんが生きていたら、サツキさんみたいな人だったのかなって」


 フィリカのセリフに今度はこちらが目を閉じた。それから視線を地面に落とす。何気ない日常会話だと思ったのに想像を超えた重い話になってしまった。


 何気なく覗き込んだフィリカの感情は、地下の排水溝のように真っ暗でドロドロとしている。


 どうしてこんな感情を抱いているのかと問い正したい。父親と自分を重ねているようだが、正直なところ事故で爆死以外の共通点を見いだせない。


 しかし、重いと否定するわけにもいかない。期待しているフィリカの感情を無視してしまえば彼女を傷つけてしまいかねない。


 「そうか、優しいと言われるのはうれしいけど、俺はフィリカのお父さんほど立派な存在じゃないよ」


 「いいえ、父と変わらないぐらいだと……」


 「故人イメージを生きている人を重ねてはいけない。それにフィリカに父親だと思われるぐらい年は取っていないつもりだけど」


 言葉を遮ってフィリカに言った。とっさことなのでうまい言い回しが思いつかず、適当な言葉しか出ない。


 「そうですか」落ち込んでしまったらしく、しゅんとした声でフィリカは言った。


 「ごめんな。うまく言えなくて」


 「確かにお父さんとは年齢が離れていますね」フィリカは言った。「お兄さんと思うのが正しいですね」


 「それは正しいのか?いや、まあ、兄貴分と思って頼ってくれるのはうれしいけど。こういう評価を受けるのは初めてだな」


 「わたしも家族以外でそういう気持ちになるのは初めてです」


 「わたしもですね。年頃の少女に自分のことを兄と呼ばせている男を初めて見ました」


 後ろから唐突にミストが声をかけ、会話の中に割り込んできた。急な声に驚きふたりで後方を振り返る。そこにはミストが複雑な微笑を浮かべて立っていた。


 いつからそこに居たのか、どこから話を聞いていたのかは不明だが、絶対に勘違いされているだろう。


 「隙を見せると、すぐに自分の性癖をフィリカさんに刷り込もうとしますね」


 いつもどおりの淡々とした冷静な口調であるが、少しだけ語尾が引きつっていた。


 フィリカもフィリカで兄と思うことはいけないことなのですかとミストに聞くものだから、余計にややこしい話になった。


 ミストがフィリカに説明しようとしたが、ロリコンだのシスコンだのそういった類の言葉が飛び出てきたため、口をふさいで物理的に言葉を遮る。


 結局、街に着くまでの間、自分がそういう趣味嗜好を持っていないこと説明することになってしまった。


 それがこの冒険の中で、一番疲れる作業であった。

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