第21話 砂金を求めて
「ああ、腰が痛い」
砂金堀のために川に入ってからどのぐらいの時間が経過しただろうか。作業を開始したころは一番高いところにあった太陽が、西側へ移動していることから、2、3時間は経過しているだろうか。この世界にも時刻という概念はあるのだが、日本とは違い1日を32区分して表示するため、時間の単位を数える時にややこしくなる。
時計のような時刻を気軽に表示してくれる機械があれば、わかりやすいのだが、この世界では機械式の時計は流通されておらず、日時計による時刻の確認が標準らしい。
貴族や大商人であれば、機械式時計を所有している場合もあるそうだが、高級品のため俺たちのような貧乏人では拝むこともできないだろう。
腰の痛みを和らげるため、伸びをして2,3回こぶしで腰を叩く。滞っていた血流が流れる楽になったような気がした。痛みがぶり返す前に作業を再開する。
作業自体は単調なもので、大きな岩の周辺にある川底の砂をスコップで拾い上げ、揺り板と呼ばれる板の上に砂を撒く。揺り板を水に浮かせながら慎重に揺らして、砂礫や砂鉄を振るい落としていく。
金の比重が重いとはいえ、微小な粒であることには変わらないため、慎重に行わないと砂礫とともにせっかくの金が流れてしまう。
こういった細かい作業は昔から苦手だ。そのため選別する時間が長くかかってしまい。腰に負担をかけてしまっている。
「今回も駄目か」
調べても全く光るものがないため、諦めて揺り板の上の砂礫を川の中に落とす。すでにこの作業を何回繰り返しているのかわからない。
本当に砂金はあるのだろうかと、手を止めて周囲を見渡すと、200人を超える冒険者が自分と同じように川底を漁っており、自分と同様に何も収穫の無い者から、手に持った麻袋に膨らみがある者、歓声を上げて収穫があったことを誇示する者などがいる。
しかし全体を見渡しても収入のあるものは少数派のようである。作業にあたる者が素人ばかりであるため当たり前と言えば当たり前であるが。
「サツキさん、サツキさん。見つけましたよ!」
嬉々とした声を上げながらフィリカが水をかき分けながら近づいてきた。指先に光るものがあるところを見ると、彼女も少数派に属するらしい。
「そんなに大きくないですけど、一かけら見つけました」
ぼこぼことした小さな粒であったが、光り輝く鉱石はまぎれもなく金である。
「すごいじゃないか。俺なんかまだ何も見つけていないのに。さすがは錬金術が使えるだけはあるな」
「あはは、錬金術は関係ないと思いますけど……」
取った砂金を自分の皮袋に入れながら、フィリカが苦笑した。
「いやいや、フィリカは調合などの細かい作業を日常的に行っているからな。錬金術の調合で手先を鍛えているから、こういった作業も得意なんだろう」
「そんなに、褒めても何も出ませんよ」
「やる気になってくれれば十分だよ。俺がオケラだったとしても、その分フィリカが稼いでくれれば全体の収益としてはプラスになるからね」
フィリカは困ったような、怒ったような表情をうかべた。頼られたことはうれしいが、サツキさんも頑張りなさいという気持ちにでもなったのだろう。
「ごめん、ごめん。努力はするよ。俺も何も見つけられなかったと言われるのは嫌だからな。時間切れまでには支払った参加費を取り戻して見せる」
「その意気です。お互い頑張りましょう」
グッとこぶしをかわいらしく握って、フィリカが言った。討伐の時よりも生き生きとしているなと思う。
「そっちに行ったぞ!」
突然、川のそばにある林の中から大きな声が周囲に響いた。そちらのほうに視線をやると、木々の隙間から大型の魔物と冒険者が数人、戦っているのが見えた。
戦っている冒険者は俺たちと同じく砂金堀に参加している者達であった。いかに屈強な冒険者とはいえ、川の中で作業を行っている最中に魔物襲われたらひとたまりもない。そのため、作業しているものを警護するために冒険者の一部が周囲の警戒を行っているのだ。
先ほどの大声を出した大柄な男が魔物に頭蓋に斧を叩きこむ。周囲から歓声が巻き起こった。
魔物を仕留めたようだ。大柄な男が再び大きな声で、討伐に成功し安全になったことを宣言した。
俺も迅速な対応に感嘆の声を上げた。警護に参加している冒険者は。組合に所属する冒険者でも上位の実力者ばかりであり、平原よりも強力な魔物を苦ともしていない。自分が目指すべき存在は彼らよりもさらに上であるが、今は彼らを見習って、あの程度のことが出来るようになりたいと思う。
「すごいですね。あんなに大きな魔物を一瞬で倒してしまうなんて」
フィリカも俺と同じような感想を抱いたらしい。
「しかし、私たちは何もしなくてもいいのでしょうか?」
街を出てから半日以上、彼らに警護してもらっていること気に病んだのか、フィリカが疑問を口にした。
一応、街を出発する前にベテランの冒険者が交代で警護を担当することがルールとして決定されている。だからといって、警護の仕事をずっと任せておくというのは、心苦しくないわけではない。
「いいよ。気にしなくても、新人たちはこういうことで儲けてもらわないと」
唐突に後ろから声をかけられる。後ろを振り返ると、顔見知りの冒険者が腕組みをしながら立っていた。
「人の会話を盗み聞くのはよくないぞ。アウレリオ」
あいさつ代わりの軽口をぶつける。疑問に回答しただけだとアウレリオは返した。
先ほどまではアウレリオも警護を行っていた。ベテラン冒険者が警護を担当するといっても、正式な仕事ではなくボランティアであるため、ずっと行っていうというわけではない。定期的に交代し、休憩や砂金堀を行っている。
アウレリオも警護の時間外のようで、その腕には武器ではなく、スコップと板が握られていた。
「お疲れ様です。アウレリオさん。それと、警護をしていただき、ありがとうございます」
フィリカが頭を下げながら言った。素直に感謝の言葉が出る素直な性分は彼女の美徳であった。アウレリオは笑顔を浮かべて答える。
「さっきも言ったけど、気にしなくていいぞ。俺たちベテランは高難易度の討伐や委託を受注することによって収益を得ることが出来る。砂金に頼る必要がない程度には。もちろん砂金が要らないというわけではないが……。しかし、新人はそういうわけにもいかない。技量がないため高難易度の仕事は行えないし、俺たちにとって安価だと思う道具も、彼らにとっては高価な物品だ。下手すればいくら仕事をしても儲けることが出来ずに、自転車操業になる場合だってある。そんな状態から抜け出すことが出来なければ、冒険者をやめてしまうだろう。冒険者の数が減ってしまうことにつながりかねない。減ってしまえば、俺たちベテランの負担が増える。非常に困るわけだ」
だから俺たちベテランが面倒を見れることは見なければならないと苦笑しながら言った。しかしアウレリオの言葉には不快な感情はなかった。軽口は彼の性分なのだ。
「持ちつ持たれつの関係といっても世話になっていることには変わりはないさ。そこは素直に感謝するよ」
「そうですよ。ありがとうございます」
フィリカと俺がそろって例の言葉を述べると、アウレリオは照れ臭くなったのか感情をごまかすように鼻の頭を掻いた。見た目に反して屈強な男がかわいらしい仕草をしたことがおかしくて、おもわず吹き出す。それにつられてフィリカも笑った。
「笑うなよ」話題を変えようとして、アウレリオが続ける。「そんなことよりも、もう一人の可愛い子はどこに行った?砂金堀している中にはいないようだが……。飯でも探しに山でも行ったのか?」
「知らない。ここに着いた途端に、やることがあるからと言ってどこかに消えてしまった」
「一人で?」
アウレリオの疑問に頷いて答えた。驚くのも無理はない。たった一人で山に入るなどベテランの冒険者であっても自殺行為に近いからだ。
「大丈夫だと思いますよ。時折、私たちの荷物置き場に何かを置きに来ている姿は見ますので……。あ、ちょうど戻ってきたようです」
「……無事みたいだな。山に入って無傷なんていったい何者だ?」
「俺にもわからん」
「一人で山の中に行けるほど強い魔法使いか……、そんな奴はこの国でも数えることができる程度にしかいないはずだが……」
食事量が多いことでドラッジオ市の冒険者界隈で有名になりつつあるミストだが、少しずつ規格外の実力を持っていることも浸透しつつある。目立たないように金を稼ぐという目的のために冒険者になったはずなのに、このままでよいのかと思う。
「まぁ、それは後でミストちゃんに確認すればいいとして、どうせ砂金なんか掘っても出てこないし、夕飯を豪勢にするために川魚でも釣りに行かないか?」
「釣り?ああ、背中のそれって釣り竿だったか。武器にして軽そうだし何を背負っているのやらと思ったよ」
「せっかく川に来たんだ。ここでしかできることをやらないともったいないだろう」
そう言ってアウレリオは背負っていた釣竿の袋をほどいた。釣竿が3本ほど束ねられている。
魅力的な提案ではあった。腰を痛めて見つからない砂金を探すよりは、釣り糸を垂れてのんびりするのは悪くないと思った。しかし、フィリカがサボるなという視線を無言で投げかけている。
「釣りをやろうぜ。もう少し下流に行けば、砂金堀で終われた魚が流れてくるから数が――」
アウレリオの言葉が途中で止まる。頭をはたく小気味いい音が周囲に響いた。
頭を押さえながらアウレリオが後ろを振り返ると。憤怒の形相をした女性が立っている。右腕にかけた揺り板を持っており、それで頭をはたいたようだ。
彼女はアウレリオの仲間で、名前はパトラという。本職はレンジャーだが多少の魔法の知識があるようで、回復薬もこなしていると聞いたことがあった。
そこそこ美人ではあるが、黒髪を後ろで縛ったポニーテールのような髪型と、釣り目気味の目じりのため怒ると独特の怖さがある。
「何しやがる!」
「莫迦を殴って何が悪い!何が釣りだ!この場所に来るにもお金が掛るのだから、費用ぐらいは回収しなさい。サボるな!」
あまりの剣幕にアウレリオが怯んで一歩下がる。逃がすまいとパトラが、アウレリオの耳をつかんだ。
「うちの莫迦が迷惑かけてごめんね。そちらの仕事は邪魔させないように見張っておくから。……さっさと歩きなさい。最低でも金貨一枚分ぐらいは見つけないと許さないんだから」
パトラは俺たちに頭を下げると、アウレリオの耳をつかんだまま自分たちの持ち場に帰っていった。アウレリオの悲鳴を上げながら連れて行かれていく。
「相変わらず、にぎやか二人ですね。あんな馬鹿騒ぎをして恥ずかしくないのかしら」
先ほどまで荷物置き場にいたはずのミストが、いつのまにか隣に来ていた。
「今までどこに?」
ミストに訊ねた。
「山の中でちょっとした所用がありまして。そちらはもう、終わりましたので砂金堀に参加します。安心してください。金属を見つけるのは得意です。参加が遅れた分ぐらい取り戻して見せます」
3人になった俺たちは日が沈むまでの間、黙々と砂金堀に取り組んだ。自信満々に言うだけあって、ミストの探知魔法の効果は抜群であった。泥中の金属全てを探知するため、どれが金でどれが鉄なのかわからないという欠点があったものの、位置を探ることが出来るというのはやはり便利である。
日が暮れる頃には十数グラム程度の砂金を回収することが出来たのだった。