第20話 仕事の誘い
当然のことではあるが、この世界の星空は元の世界とはだいぶ違う。地上の光が少ないせいで目視できる星の数が多いということもあるのだが、それを差し引いてもことらの世界のほうが星の数が多い気がする。
いつかは、この街を離れて旅をする可能性もあるだろうから、天測をして方角が分かる程度の勉強はしなければいけないだろうと思う。
冒険者組合ロビーの窓から、夜空をぼんやりと見上げながらそんなことを考える。
「暇だな」
星から目を離して、組合の玄関扉を見ながらぽつりとつぶやいた。
星を見ることぐらいしか時間を潰す手段がないため、数十分程度の時間しかいないはずなのに、その何倍もの時間を過ごした気がする。テレビやスマートホンがある現代日本とは違い、気軽に暇をつぶす道具がないというのは、案外辛いものだと改めて実感した。
俺がこんな状況になっている理由は、フィリカが作成する魔法具の材料の買い出しに出かけているためだった。商店街には薬の原料等を取り扱っている商店がいくつかあるため、そのあたりをうろついているはずである。
薬ならともかくとして、原材料の良し悪しなどわかるわけもなく、興味がないため俺は同行しなかったが、ミストは興味があったらしくフィリカに付いていった。女子だけで過ごしたい時もあるのだろうと勝手に納得しに送ったのが今朝のことだ。
最初は、たまには一人でいるのもいいかなと思ったが、今は付いていけばよかったとほんのりと後悔する。
「よう、一人でいるなんて珍しいこともあるな」
気さくな笑顔を浮かべて話しかけてきたのは、顔見知りの冒険者だった。日によく焼けた浅黒い肌と短く刈り込まれた金髪を持ち、体をしっかり鍛えていますと服の隙間から見える筋肉が特徴の男である。まさに絵にかいたような冒険者風であった。
名前はアウレリオといい、ドラッジオ市冒険者組合の中で、中堅上位に位置するパーティーのリーダーを務めている男だ。
「いつもの美人さん達はどうした?とうとう愛想を尽かされて見捨てられたか」
仲良し三人組でいないことに気づいたアウレリオが軽口を言った。誰に対しても歯に衣を着せない物言いも彼の特徴である。
すでに冒険者として1か月間以上の日数をこの街で過ごしているため、世間話ができる知り合いは何人か出来た。アウレリオもその一人であり、付き合いの長い一人である。
「そうであれば良かったな。アウレリオのところのほうが高収入だから、できることならそちらに就職したいな」
俺は苦笑いを浮かべながらそう言った。それから二人は買い物をしているだけだとアウレリオに説明する。説明するほど大した内容でもないのだが、暇な時間を潰すために話し相手がほしかった。
アウレリオもそれを察してくれたようで、いつもと同じ場所で代わり映えはしないが、たまには男同士で飲みに行こうと提案してくれた。
「そういえば、お前さんのパーティーは恒例行事に参加するのか?そろそろ募集があると思うから、参加するなら参加費はしっかりと確保しておけよ」
他愛のない雑談の中で、アウレリオが唐突にそんなこと言った。
「恒例行事?」
「砂金堀のことだよ。毎年この時期にやっているだろ?……ああ、そうか、サツキたちは新人だったな」
すっかり忘れていたという表情を浮かべながら、アウレリオは言った。
「おいおい、そんなこと忘れるなよ。俺たちが知り合ったのだって1か月前だぞ。仕事のしすぎで呆けたのか?」
「勘違いするのは仕方ないだろ。毎日討伐で派手に稼いで、毎日食堂で派手に散財する冒険者なんてその日暮らしをしているベテランぐらいしかいない。勘違いするのは当然だ」
「え、これが不通じゃないのか」
「ははは、寝ごとは寝てから言え」
知らなかった。自分たちのやっていることが一般的な冒険者のサイクルだと思っていた。たしかに、そう言われれると、最初の頃は討伐成果を受付のお姉さんに報告するたびに、自力で討伐したのかだとか、死体を拾ってきて報酬の水増しはしていないかと根掘り葉掘り聞かれていたことを思い出す。
自己申告による成果報告であるため、チェックが厳しくなっている程度に考えて疑問を持っていなかったが、新人にあるまじき成果を上げていることで疑われていたのだと今になって気付く。
目立たないように活動できていると思っていたのは俺たちだけだったのか……。少しだけショックだ。
「ええと、話を戻すぞ。恒例行事とは、この時期だけ受託できる砂金堀のことだ。場所は市の北側にあるブレスト山脈の谷川だ。ここの上流には金鉱山がある。そこから流れ出した砂金が谷川の底に溜まるので、俺たち冒険者が掘りに行く」
「金山があるのか」
「国営の金山が山脈の中腹にある。魔王軍の侵攻がなくなってから開発を始めた鉱山だからな。歴史は浅い」
アウレリオが懐からドラッジオ市周辺の地図を取り出して、鉱山と谷川の位置に指をあてた。そこに行くまでには平原と森林を超える必要があるようだ。
「しかし、金山から流出した金ならば、国が所有権を主張しそうなものだが。冒険者とはいえ民間人が、勝手に掘り出してもいいものなのか?」
「勝手ではない。ちゃんと許可は取ってあるから安心しろ」
むっとした表情でアウレリオは言った。
「基本的に山脈内にある金は国のものだが、谷川に限ってはドラッジオ市の冒険者組合が採掘権を持っている。俺は官吏ではないため、そのあたりの詳しい事情は知らんが、組合が採掘権を持っているのは魔物の存在が原因だろうな」
ブレスト山脈の鉱山に限らず、国内の金銀鉱山は例外なく全て国が保有している。産出される金銀は国の貴重な財源の一つであり、税金の不足分を補てんする役割を担っている事業であった。
王国が周辺諸国の中でも有数の豊かさを誇っていられるのは、広大な平地を有している事よりも、こういった資源をあちらこちらで産することが出来るからである。
しかし、豊かであるということはメリットばかりではない。
この世界でも肥沃な土地は希少なものであり、土地を巡った戦争は珍しいものではないのだ。王国は常に他国から虎視眈々と狙われている。今までは魔王軍という人間の国家にとって共通の敵がいたため、人間同士の戦争は発生していないが、このまま平和な期間が続けば、間違いなく大乱が起きるだろう。
また、魔物の存在も問題である。土地が肥沃であればあるほど魔物の数も比例して増えていく。王国は周辺国に比べると魔物が多い。もっとも、そのおかげで冒険者の仕事が陽足することがないのだが。
魔物の影響は鉱山開発にも影響がある。平原に比べて山や森林は発生するマナの量が多く平原の魔物と比べて、体躯が大きく強い。
鉱山周辺には警備のため王国軍の一個中隊が派遣されているが、せいぜい鉱山と生産物を運搬する山道ぐらいしか警備が出来ていない。全域を警備しようとすると大隊規模の戦力を投入しなければならないが、王国内の鉱山はどれも同じような事情であり、すべての鉱山に満足な部隊を派遣してしまうと国防が疎かになるし、金の産出による収入を人件費が上回ってしまいかねない。
一応、国も砂金の採取を試みたことはあるのだが、産出量は鉱山と比べると微々たるものであり、警備兵と調査団を派遣する支出に比べて収益が少なかったため、それ以降の採掘は中止された。
そういった事情があるため、山の奥深くである谷川は手つかずの状態で放置されているのが現状である。
しかし、稀少な金属である金を見捨てるのはもったいないと判断した王国は、冒険者ならば、魔物の脅威を排除しつつ、採掘が出来るのではないかと考えた。国のものにならないとしても、金を眠らすよりも金を流通させたほうが税収の増に繋がると判断したためだった。
その結果、谷川の採掘権はドラッジオ市に格安で売却されることになり、国の意向を受けた市と組合は、手に入れた採掘権を入山権という形で冒険者に販売することにた。
「依頼という形で行ってはいるが、普段の依頼とは違い、逆に冒険者が組合に入山料を払う。確か銀貨一枚ぐらいだったかな」
アウレリオが言った。先ほど言っていた参加費というのはこのことだろう。銀貨一枚は平均的な冒険者の一日の稼ぎであり、大金と呼んでもいい額である。
「報酬はどうなる?」
「採掘した金は全部見つけた奴のものになる」
「全部か?」
「おう、全部だ。過去には両手からあふれるぐらいの砂金を見つけたやつもいる。それがすべてそいつのものになったな。それを元手にこの街で小さな居酒屋をやっているから、話でも聞きにいってみろ。酒が安い以外は誇れるものが何もない店であるが」
「良心的でいい店じゃないか。俺たちみたいな貧乏人にとっては重要なのはそこだけだろう」
違いないなと笑みを浮かべてアウレリオが言った。
砂金堀のことだけではなく、冒険者を引退してまっとうに商売を行っている人間には興味がある。魔王とか冒険者の肩書が無くなった時には自分も自由にやりたいことをやれるようになりたい。
「しかし、そんな大当たりを引ける奴は稀だぞ。砂金堀の仕事を数年間行ったが、儲けたという話を聞いたのはほとんどない。運よく見つけることが出来たとしてもせいぜい、支払った参加費が倍程度になるぐらいだな。」
「そんなものなのか。急に夢の無い話になったな」
「ギャンブルみたいなものだから、そんなものさ。しかし、仕事が終わった後は、砂金を取れなかった奴を慰めるという名目で組合が大宴会を開催してくれる。もちろん費用は組合持ちだ」
「そいつは魅力的だな。参加費が飲み代と考えれば悪くない」
ようやくアウレリオが自分を誘った理由が理解できた。冒険者全体の飲み会があるが参加しないかと誘っているのだ。俺としては参加してもよいと判断したが、ミスト達にも確認はしないといけないだろう。
食堂の扉を開ける音と、聞きなれた声が聞こえた。俺とアウレリオが同時にそちらを向く。用事を終えたミストとフィリカだった。ミスト達は俺の存在に気が付いたようで、俺の隣に座った。
「俺もそろそろ仲間の元に戻るから、ここらで失礼させてもらうよ。さっき話は考えといてくれ」
「ああ、お疲れ」
アウレリオはあいさつを済ませるとテーブルに食事代よりも多めの銅貨を置いた。そして、ミストとフィリカに微笑みながら手を振ってから席を離れていった。いろいろと気を使ってもらっているため、いつかはお礼をしなければならないなと思う。
「どんなお話をしていたのですか?」
自分の対面に座ったフィリカが訪ねた。ミストはウェイトレスに食事の注文をしている。
「近いうちに砂金堀の仕事を一緒にしようと誘われただけだよ。この時期の風物詩で、ほとんどの冒険者が参加するイベントらしい」
「砂金堀ですか?ブレスト山脈の?」
「あれ?知っていたのか?」
フィリカの口から目的地の地名が出たため、驚いて聞き返す。自分よりもこの街に滞在している期間が短いはずなのに、知っていることが意外であったからだ。そういえばフィリカは錬金術師であるため金の事情に詳しいのかも知れないと予想する。
「さっき知ったばかりです。ミストさんと買い物をしている途中で小耳にはさんだので」
「そうなのか、アルケミストなのだから金鉱山について詳しいのかと思ったよ」
「あはは、さすがに金鉱山までは詳しくないですよ。金属の性質を勉強したときに、精製方法ぐらいは覚えましたが、産出地まではさすがに学びません」
フィリカが苦笑いをしながら答えた。鉱山で金を含んだ岩石を採掘することになったらフィリカの知識が役に立ちそうである。今回は谷川での砂金堀であるため、難しい知識は必要ないが。
金の話題になったため、前から気になっていたことをフィリカに尋ねる。
「そういえば、フィリカは金を作ることが出来るのか?」
「できますよ」
予想に反してあっさりとフィリカは言った。
「ただ、コストが掛ります。金貨1枚分の金を作るのに必要な材料費が金貨2、3枚かかります。錬金術師の技量次第ではもう少しコストを下げることが出来ると思いますが、黒字には絶対できないです」
必ず赤字になる技術だとフィリカは言った。金の精製では、研究費用や生活費を稼ぐことが出来なため、大衆向けに販売できる商品や技術の開発が今のアルケミストの仕事だということだ。そのため薬剤師のような、魔法具技師のような本来の目的から遠く離れたものになっているという。
「サツキさんは参加したいと考えていますか?」
注文を完了したミストが唐突に会話に割り込む。
「できることなら」
ミストに返事をする。討伐ではない仕事であるため、反対するつもりなのかもしれない。
「では、行きましょうか」
予想に反してミストの口から出た言葉は肯定であった。