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第19話 特訓

 フィリカの言ったとおり、転移は一瞬で終わった。周囲は晴天と緑が広がる草原ではなく、赤黒い壁と天井に覆われた洞窟に変わっていた。少しばかり薄暗いが、少し離れた先で轟々と流れる溶岩が光源となっているため自分の置かれている状況が理解できる。


 「地獄かな」


 溶岩の熱気を含んだ風が頬を撫でた。一瞬で汗が噴き出す。フィリカをちらりと見るが彼女も俺と同じように熱気にやられているようで、うっすらと額に汗が見えた。


 「溶けちゃいそう……」フィリカが悲痛な気持ちをつぶやいた。


 「こんな場所でいったい何をする?人間の行動できる環境じゃない」


 吹き出してくる汗をぬぐいながらミストに聞く。しかしミストはこの熱気をものともしていないようで、涼しげな表情を浮かべて俺たち二人の様子を眺めていた。


 「この環境をどれだけ我慢できるかを確認しているのです。わたしの周りをよく見てください」


 ミストが右腕を突き出した。よく見るとうっすらと光を帯びた透明の膜がある。おそらくだが、魔力で創ったものだろう。それで熱を防いでいるようだ。


 「お気づきになったと思いますが、魔力を体外に放出し膜状にして全身を覆っています。これを二重に展開することで、空気の層ができるため熱気から身を守ることが出来ます」


 「なるほど、お前が涼しい顔をしている理由は理解した。しかし、それと特訓が何か関係があるのか?」


 俺の疑問にミストが頷いた。


 「これが特訓前の確認です。この場所に滞在できる時間で魔力量と集中力を確認します。本来なら……」


 ちらりと洞窟の端を流れている溶岩を見る。


 「そこでどれだけ座っていられるかで魔法使いの才能を有しているか見極めるものなのですが」


 「無理です」「同じく」俺とフィリカは二人そろって否定する。俺たちが熱々の岩に座れるわけがない。座ったら火傷どころでは済まされないだろう。魔法使いを志す者は肉を焦がして骨を焼くような修行をしなければいけないのだろうか。


 「その程度で悲鳴を上げていたら、次の段階に進めませんよ?次は溶岩の上で走り込みですからね。ある程度の硬度は高くありますが、溶岩ですから走りにくいです。それに全力で走らないと沈みます」


 「マジかよ……」


 「他にもいろいろとありますよ。例えば……」


 その後もミストの特訓談義は続く。この場所以外にも、雪山登山、海底の散歩、逆さ吊り耐久など拷問と間違うような、あり得ない特訓方法の数々を、保有魔力量を増やすために必要なことだとあさりと言った。


 ミストの言葉に俺もフィリカも絶句する。


 それと同時にミストが優秀な魔法使いになった理由がわかった気がした。そんなことをやって五体満足で精神崩壊せずに生き残ることが出来れば、確かに魔力量は増えるだろう。魔力量さえあれば詠唱を習得するだけで、高位魔法を容易に使用することが出来る。


 しかし、それに耐えることのできるやつは、魔法使いの前に人間をやめていると思う。


 それにしても、この場所は耐えられないほど熱い。熱気にやられて視界がかすむ。このままでは熱中症になりそうだ。


 「俺はミストみたいな第魔法使いは目指して無いよ。平原でイメージ修行だけすればいいと思う」


 「わたしは、そもそも魔力を放出する方法が分からないです……」


 過酷な環境に二人そろってやりたくないと根を上げる。情けないと思われようとも拷問みたいな特訓は受けたくない。


 それでもミストは俺たちにテストをやらせようと特訓強制機なる不気味な機械を持ち出してきたが、俺たちが絶対に嫌だと強硬な態度で否定したため、不満の表情を浮かべながらもあきらめてくれた。


 こんな場所には長く居たくないため、再び転移魔法を行い光に中を通過し、元の平原に戻る。先ほどまでの地獄のような環境とは打って変わり、心地よい秋風が火照った体を冷やしてくれる。


 「厳しい環境にいた後だと、平穏なこの場所が天国に感じます……。くしゅん」


 フィリカがかわいらしくくしゃみをした。急激に気温が下がって汗で濡れた体が冷えたようだ。


 「病み上がりの体を冷やすのはよくないですね。服を変えましょうか。そのローブでは運動しにくいですし」


 ミストが着替えを提案する。確かに、ダボダボのローブでは動きにくそうではあるのだが、俺もミストも運動着など持ち合わせていないはずと疑問に思う。


 「魔法で創ります。武器を創る魔法があるのだから、防具を創る魔法も当然あります」


 「ああ、なるほど」


 言われてみれば当然である。武器が創れて防具が創れないわけがない。


 しかし一般的には防具を魔法で出すことは無いようだ。確かに重量物である防具を必要な時だけ自由に出し入れできれば、戦闘時以外の移動は楽になるなどのメリットはある。しかし、魔法を打ち消す手段に対する抵抗がないと、肝心な時に魔法を消されてしまい、身を守る手段がなくなってしまうという状況になりかねない。命を守るには慎重さが必要である。


 「それでは運動着を出します。サツキさんイメージしてください」


 俺の肩に左腕を置きながらミストは言った。


 「俺のイメージから創るのか?なぜ?」


 「わたしがイメージするとやけに重かったり、魔力を吸収したりする素材になるからです。過去の修行の弊害ですね」


 ミストの修行は本当に魔法使いの修行だったのだろうか。養成ギプスみたいなものを使用して体に無理やりな負荷をかける特訓など、ノリが昭和のスポコン漫画のそれである。


 ミストはともかくとして、そんなものフィリカに着させるわけにはいかないだろう。


 適当にまともな運動着をイメージする。しかし、身に着けるものであるため、変なものを想像してしまうと変態と呼ばれかねない。


 フィリカぐらいの少女であれば、体育の時間に着るような地味色のジャージあたりが無難だろう。小豆色で統一したジャージをイメージする。俺が中学校に通っていた時のジャージだ。


 「そういえば、サイズはどうなる?フィリカは小さいから俺のイメージだと大きくなりすぎるのでは?」


 イメージの途中でサイズのことが気になり、振り返ってミストに質問した。


 しかし、ミストは無詠唱で魔法を発動させている最中だったようで、驚いた表情を浮かべた。


 「あ、すまん。余計なこと言ったか?……ひょっとして失敗した?」


 「いえ、成功しました。ちゃんと衣類が出てきています」


 そういって、出された衣類はフィリカの両腕に納まっていた。白い布地の上着に紺色のズボンのようなもの。


 俺はこれが何か知っている。いわゆる体操服とスパッツだ。ミストがフィリカの手に納まっている体操服と俺の顔を交互に見た。


 「うわぁ……。サツキさん、これは、ちょっと」


 ミストが変質者を見るような目つきで俺を見た。お前の性癖を押し付けるなよと言いたげな目つきであった。


 「ちがう!俺はこれをイメージしていない!普通のジャージだ。少なくともスパッツなんかイメージしていない!」


 必死に弁解する。最初は確かにジャージをイメージしていたはずである。なぜこんなものが出てしまったのか皆目見当もつかない。確かにこの手の衣装が嫌いなわけではないが。この場で出すようなものではないことは理解している。


 「余計なこと言ったせいで、言葉につられて深層心理が出てしまったのだと思います」


 「余計なこと?」


 自分の発言を思い出す。体躯の小さいフィリカが着ることできる服が創れるのかと聞いただけである。そこにやましい気持ちはない入り込む余地はない。


 「小さいという単語に反応したのでは?」


 「なるほどね。余計にだめじゃねえか」


 ミストの目が完全に犯罪者を見る目に変わっていた。違う。俺はロリコンじゃない。


 「初めて着る服ですけど動きやすいですよ。用意してくれてありがとうございます。ミストさん。サツキさん」


 フィリカが会話に割って入った。いつのまにか体操服に着替えている。大きさに余裕のあるローブを着ていたため、ローブの中で着替えたようだ。


 心配した大きさについては魔法の力で解決されているようで、丈はちょうど良い大きさだった。体操服の胸の部分には彼女の名前が書き込まれている。


 「肌触りもいいですね。ここにある記号が分からないですけど」フィリカは胸のひらがなを不思議そうに言った。この世界の人間には日本語など読めるわけがないので、記号だと思うのは当然であった。


 俺が答える前にミストが答える。


 「遠い国の言葉であなたの名前が記入されていますよ。趣味でしょうね。サツキさんの」


 「趣味……ですか?変わった趣味だと思いますが、何故ですか?」


 「意味はないよ。そんな事より本来目的である特訓をしようぜ。早くやらないと日が暮れてしまう」


 フィリカがろくでもないことに興味を持ちそうだったため、二人の会話の流れに遮る。ミストだけではなくフィリカからも冷たい目で見られるのは耐えられない。


 何か言いたそうにしたミストだったが、時間の無駄だとは思ったようで、それもそうですねと納得はしてくれた。


 「では、特訓を始めましょうか。フィリカさんは体力を増やすための運動を、サツキさんは創造できる武器を増やすことと、精度を上げるためのイメージトレーニングをしてください」


 ミストの言葉に2人で頷く。それから、お互いに少し離れたところに移動した。お互いの邪魔にならないようにするという配慮した結果であった。離れたといってもお互いの状態は把握できる距離であり、フィリカがランニングをしている姿が見える。


 がんばれよと心の中で呟き、こちらも特訓を開始するべく、岩の上で座禅をして精神集中を行う。


 「魔王様。フィリカさんへの声掛けはどの程度行えばよろしいでしょうか?」


 精神集中を始めた途端に邪魔が入る。


 「溶岩の上を走らせなければ何でもいいと思うが。……鬼軍曹風にでも指導してみたらどうかな」


 「なるほど、鬼軍曹ですか……」


 邪魔された腹いせに適当なことを言ったのだが、ミストはなぜか納得したらしく、やってみますと頷いてフィリカのもとに向かって行った。


 一人になったことで、ようやく静かな時間が手に入った。


 精神を集中し、唯一使用できる魔法である『武器創造』を思う。頭の中でイメージし、魔力を物質に変換して空想を具現化する。言葉にすれば単純なことだが、きちんとしたイメージを持つ必要があり、自分では理解できない構造体は召喚することが出来ない。


 召喚しようとしてできなかったものの代表は銃である。知識として銃の仕組みは理解しているが、銃の部品一つ一つを理解しているわけではない。また弾丸の発射に必要な雷管や薬莢の仕組みはわからない。そんな状態で召喚しても、銃の形をした鈍器が出てくるだけであった。


 失敗だと当時は思った。しかし、仕組みが分からなくても武器と思えば、召喚することが出来るということとは、武器の用途ではないものだとしても。武器だと思い込むことで何でも召喚することが出来るのではないかと考える。


 「たとえばこんなものを……『武器創造』」腕に魔力を集中し、魔法を発動する。イメージしたものは、現代日本にあった道路標識だ。


 光の収束とともに魔法の展開が終わると、俺の目の前に赤い止まれの標識が立っていた。


 成功だ。俺の理論は間違っていなかった。振り回せば武器になると思って魔法を発動したことで、本来なら武器にならないものを召喚することが出来た。


 取り回しに難があるため、普段使いの武器にはなりそうもないが、障害物として地面に設置することはできるだろう。


 ほかにも武器になりそうなものをイメージして、召喚できるか実験を行い続ける。がらくたを清算するという行為だが、妙に熱中してしまい魔力が切れるまで続いた。


 魔力切れの感覚は体力の低下による肉体の疲労とは性質が違い、脱力感と倦怠感が全身を包むようなものである。地面に寝そべりたくはなるが、わずかな気力を振り絞って、ミスト達はどうなっているのかと確認する。


 俺から少し離れた位置に腕組みしてしながら仁王立ちするミストと、ふらふらと走るフィリカがいた。フィリカは限界を迎えているようで、ぱたりと地面に倒れた。無茶をさせているなと思い、魔力切れで鉛のように重くなった体を無理やり動かして駆け寄ろうとする。そのとき、ミストが信じられない言葉を言った。


 「じじいの――――の方がまだ気合が入っている!思考回路がショートしたかボケ!泣いたり笑ったり出来なくしてやる!さっさと立て!」


 「サー!イエス、サー!」


 ミストの罵声に、フィリカが悲痛な返事とともによろよろ立ち上がる。気持ちだけで立っている状態であることは遠目に見てもわかった。案の定、数歩進むとと再び倒れた。


 「この先にで――――が待ってりゃ走れるだろ!コノヤロー!」


 「サー!イエス、サー!」


 「ふざけるな! 大声だせ! ――落としたか!」


 「サー!!イエス、サー!!」


 「何をやってるんだ、お前ら」


 いつも以上にひどい言葉を投げかけて虐待まがいのことをしているミストを止めに入る。


 倒れたフィリカを抱き起す。目がうつろになっている。話しかけても「サー!!イエス、サー!!」としか言わない。いったいなぜこんなことになっているのかとミストを見る。


 「サツキさんが鬼軍曹と言ったじゃないですか。これが鬼軍曹でしょう?」


 いや、言ったけどさ。鬼軍曹風に厳しく指導すればいいという意味で言っただけで、兵士を育成しろと言ったつもりはない。洗脳されたまま特訓を続けると、フィリカの顔から微笑みがなくなり、俺やミストに復讐を行う存在になるかもしれない。


 そうならないようにするために、外套を地面に敷いてフィリカをその上で休ませる。


 「確かに無茶をしたと思います。でも、特訓をあきらめなかったのはフィリカさんの意志ですよ。無茶をしてでも早く役に立てるようになりたいと心の底から思っていうようです」


 「気持ちはわかるけど、無理はしてほしくないなぁ……」


 フィリカの頭をなでる。うわ言のように「サー!!イエス、サー!!」と繰り返している。次回からはちゃんと様子を見ることにしようと思う。


 しかし、フィリカの心が壊れていなければいいのだが。

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