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第1話 異世界

 整地されていない石畳の道をガタガタと音を立てて馬車がゆったりとした速度で進んでいる。


 生まれて初めて馬車というものに乗ったが、思っている以上に窮屈な乗り物だということが分かった。何せ座席は薄い板張りのベンチであり、姿勢を変えるたびにギシギシと鳴り、薄い尻肉がずっと木板に密着しているだけあって痛い。当然背もたれなどないのだから腰にも負担が来る。


 見てくれだけなら異世界感があって悪くはないのだが、移動手段としては最悪である。どれだけ乗用車というものが素晴らしいか理解できた。


 しかし、目的地への到着が近づくにつれて馬車の乗り心地の不満よりも、寄合馬車の幌の切れ目から見える石造りの街並みや石畳の街道という現代日本では見ることが出来ない風景から、本当に異世界に来てしまったのだなという期待感のほうが高まっていくのを感じた。


 正直なところ自分を召還した少女。――ミストが自分をたちの悪いドッキリでも仕掛けているのではといった気持ちが心の奥底にはあった。


 人間界に向けて出発する直前に変装のためにとミストに変身魔法をかけられたときにも、自分の頭についていた角がもとからそこになかったように消えてしまったことで、魔法というファンタジー要素をまざまざと見せつけられた。そして、目の前に広がる中世ヨーロッパのようなファンタジー風景をこの目で見ることで心の底から自分の状況が現実であること理解することができた。


 初めて見る世界の景色に観光に来た気分で胸を躍らせる。幌馬車の窓から見える風景はずっと見ても飽きない光景であり、風景を見ながら過ごしているとあっという間に幌馬車の終着駅である魔界と隣接する人間の都市に到着した。


 座りながら大きく伸びをする。ずっと座り続けていたため体の関節から悲鳴のような音が鳴ったがそれが心地よく感じる。


 「一度殺されたっていうのが信じられないよな……」


 ミストによって殺されたときの痛みは今でもすぐに思い出すことが出来る。死んでしまったのは確かなはずなのに、二の足で大地をしっかりと踏みしめて立っているのだ。


 ミストが言っていたように殺されても復活できるのが俺の能力というのを改めて実感する。


 死んだといってもほとんど実感はない。復活するまでに経過した時間はほぼ存在せず、自分が吹き飛んだと認識した瞬間には、五体満足で拷問器具から少し離れた場所に立っていた。ミストの説明では、復活の仕方は自分で制御することはできないが、復活してすぐに死んでしまうという繰り返しが発生しないように、必ず生存できる立ち位置で復活するそうだ。


 死ぬということはあまり良い気分ではないが、これで強敵に出会ってすぐに殺されて、延々に殺され続けるといった不本意な結果が発生しないことは、歓迎するべきかもしれない。もっともそんな能力にするよりも死なないような強力な力を与えてくれればいいのに。


 文句の一つでも言ってやろうかと隣のミストを見るが、寝ているらしく、すーすーと外観に似合った寝息を立てていた。



 ……だまっていればかわいいのにと心の中で思ったが、口には出さないようにする。下手のことを言うとまた殺されそうな気がする……。というか昨日のことが若干トラウマになっているな。


 「はぁ。」


 こんな不安に脅かされないといけないのかと思うとろくでもないこれからに自然とため息を吐いた。





 「さっそくですが、我々の当面の行動方針について説明いたします」


 寄合馬車から降りた後にミストが両腕を精一杯伸ばしながら言った。よく考えてみるとなぜ急に人間の町に行くことになったのかも聞いていない。そもそもここはどこなんだろうとあたりを見渡してみる。レンガ造りやコンクリートでできたような2、3階建ての建物が居並ぶ少し近代的な場所で、官公庁の庁舎らしき建物の前にドラッジオ市第一庁舎と書かれた標識が目に入った。


 「ここは、魔界から一番近いところにある大規模な交易都市です。人口はおおよそ15万人ほど、産業は炭鉱業が中心で、出稼ぎに来ている農夫も多いため、実際の人口は20万人ほどいると言われています」


 「魔界に近いのに大規模な都市?危険じゃないのか。近くにあるだけで魔族に襲われる可能性がありそうだが」


 「侵攻の初動では間違いなく標的になるから、危険という意味ではそうかもしれませんね。まぁ、周りを見渡してください」


 そう言ってミストは自分の周囲を指さしながら360度回る。その動きに従って、ぐるりと一周あたりを見渡したが、散歩中のおばさんや子供たち、着崩れた鎧姿で立っている市役所の衛兵がいるぐらいで、平凡な日常がそこに広がっていた。


 「緊張感の無さがわかっていただけましたでしょうか。これは前魔王様がこの都市と不可侵条約を結ばれたことから、ここ数十年魔界からの侵攻がないため平和ボケしているのです」


 「へえ、不可侵条約か。前魔王は数百年平和を維持してきた穏健派だったよな。まぁ、戦争しない方針のせいで自分は殺されちゃったけど、人間とは良好な関係を築けていたのか」


 「そうですね。魔界が穏健派であること理解しているこの街の連中は、人間界の中でも特に我々に対して警戒感がありません。そのため我々のような魔人が潜伏するのに都合がよいのです」


 平和で友好な関係であるのになぜ潜伏する必要があるのだ。俺たちのことを気にしないような住民なら堂々と居座ればいい。


 「なんで、そんなことする必要が?魔界で魔王が復活したことを宣言して、前魔王派閥というか旧臣というか、こちらの味方になってくれそうなやつに集合をかけてじゃダメだったのか?」


 わざわざ人間の街に隠れるよりも、そのほうが手っ取り早い気かすると思いつつ、ミストに提案をしてみる。しかし、その言葉に対してミストは阿呆でも見るような冷たい目で大きくため息で返答を返した。


 「確かに、反乱に加担していない貴族はいましたので、仲間を集めて申請魔王軍を組織することは考え方としてはあるかと思われます。しかし、その前提条件として魔王様が完全な状態で復活する必要がるかと思われます。今の魔王様はその辺にいる人間と大差がない雑魚ですから、声をかけても誰も配下になんてなりませんよ。むしろ呼びかけによって、反乱軍に居場所が知られてしまい身を危険にさらすだけです」


 「強くないと部下にもなってくれないのか……。当たり前と言えばそうなのだろうけど、人間並みの強さで召還したのはお前だよな。もっとまともな条件で召還して、前任の魔王の1/10でも能力を付与してくれたら少なくとも異世界チート野郎とか呼ばれるぐらいにはなったのでは?」


 「ちっ」


 あ、舌打ちしたぞ。この野郎。


 「こほん。召還の経緯は間違っていません。これから魔王様がつよくなればよいのです。こぶしを鍛え、魔法を学び、研鑽を重ねて強くなればいいのですから。そしてそのことがこの街に来たもうひとつの理由でもあります」


 「この街にどんな関係が?学校とか修行の場所でもあるのか?」


 街の出入り口から現在地に至るまで馬車での移動しかしていないため、すべてを見ているわけではないが、特にそんな殺伐とした雰囲気はない。


 「この街は先ほど説明したとおり魔界の非常に近いのです。魔界に近いことでこの付近は魔力の影響を大変うけやすく、近郊の生態系などに強く影響が表れております。その代表的なものが魔法生物の出現や動物の狂暴化ですね。これは生物や無機物が何らかの要因で過剰な魔力を取り込むことによって発生する現象で、増えすぎた魔力が物体の構成を変化させ、魔物と呼ばれる存在に変異いたします」


 「ああ、やっぱりそういう存在がいるのか。うーん、ファンタジー世界のお決まりと言えばそうなんだろうけど」


 剣や魔法が存在する以上は切っても切り離せない存在である怪物たち。


 自分自身が魔王というファンタジー世界の頂点であるわけなのだから、人間を襲う怪物がいるのは当たり前なのかもしれない。むしろ魔の王である自分が、そう言った存在を使役しているのが定番だと思うのだが、魔物を部下にはできないのだろうか。


 「魔物は自然発生するものであるため、だれにも制御はできません。人間だけでなく我々魔人にとっても駆除すべき対象です。なぜならば、魔物の性質として存在を安定させるために絶えず成長を行おうとするからです。その成長方法は同化による魔力容量の増加……、ありていに言ってしまえば捕食ですね。無差別に人間だろうと魔人だろうと容赦なく襲います」


 「物騒な生き物だな、魔物って。……まぁ、そんなもんだよな」


 人間を食べる危険な生き物で害獣と呼べる存在というイメージは、漫画やゲームで散々見てきているのだから、特別な感情はない。けれども、魔界側からも忌避されている存在だとは思わなかった。元の世界でも野生動物が増えすぎて街に降りて人里に被害を与えた動物が、害獣扱いされて駆除されているが、それに近い感覚なのだろうか。


 「魔物が害獣ってことは誰かが駆除しているのか?」


 「はい。冒険者と呼ばれる魔物の討伐を生業にしているものたちがいます。冒険者たちが行政や民間からの討伐依頼を請負って、魔物を討伐することで人間たちの生活は維持されているのです」


 「……その言い方だと民間に委託しているみたいに聞こえるけど。国が率先して兵士を動員しての仕事にはならないのか?」


 この世界の国がどういうシステムなのかわからないが、中世ヨーロッパ位の文明であれば荘園制なり封建制なりが確立されているはずである。とすれば、領民を守る存在がいてもおかしくないはずであり、そういった支配者層が軍隊を率いて討伐を行うのが自然ではないだろうか。


 「兵士を動員させると、危険手当、傷病手当、障害手当、死亡手当等々いろいろかかりますし、兵士に払う年金等の問題もありますから、民間の自己責任に任せたほうが安く上がると判断しているのでしょう」


 「えぇ……、そんな理由かよ。まぁ、危険度の高い体を張る仕事だということはわかるけど、人間の扱われ方が少しひどくない?貴族からしてみれば、平民の価値なんてそんなものなのかな」


 手当を払いたくないからという理由はなんとなくわからなくもないが。一労働者の視点から見れば納得できないし、使い捨てというのは派遣社員みたいな扱いでは、夢や希望がない。


 そんな残酷物語を聞かされて、街に来たテンションが若干下がりつつあるが、まだ本題である目的が聞けてないため質問を続ける。


 「で?その話がこの街に来た理由と何か関係があるのか?ひょっとしてその冒険者を傭兵として雇うとかそんな理由か?戦闘のプロフェッショナルだろうけど、荒くれはちょっと嫌かな」


 「いえ、雇いませんよ。傭兵としては使い道がないです。彼らの価値観はお金であって、戦闘ではありませんから、命のリスクが大きい戦争には彼らは絶対に参加しません。仮に受ける者がいたとしても前金だけもらったら逃げ出す可能性が高いです。依頼をするのであれば冒険者ではなく、傭兵団あるいは地方豪族の私兵のほうが戦場では働いてくれます」


 冒険者は傭兵とイコールの存在ではない。どちらも戦いのエキスパートというイメージがあるが、考え方が大きく違っており、金のために戦うか、名誉のために戦うかで向いている方向性が大きく違うらしい。しかし、結局戦いを行うことが根本にあるため、両者間では転職が多かったりするとのことだが。


 「そうではなくて、我々が冒険者になるのです」


 「なんで?嫌だけど」


 俺の返答に対して、ミストが無言で杖を取り出した。そして素振りを一回。


 素振りの風圧に負けた俺は発言を撤回して首を縦に振った。


 しかし、目的は魔界の再統一だと言っていたのに、戦争の役に立たないといっていた冒険者にならなくてはいけないのだろうか。


 「人間界に潜伏しながら、魔王様の修行をするためですよ。強くなるにはひたすら実戦を繰り返し、経験を積むことが一番効率がいいのです。魔物は実戦経験を積むための相手として十分ですし、冒険者ギルドに属していれば討伐報奨金がもらえます。報奨金で生活資金もできますので冒険者になることはまさに一石二鳥なのです」


 ミストの言葉は確かに一理ある。


 確かに、将来的には軍団もそろえなければならないが、まずは自分自身が強くもならなければいけない。好き好んで死にたくないからな。


 それに、活動どころか生活するためには資金も必要である。その二つを同時にとなるとミストの考え方は十分に合理的であった。


 ……それに、せっかくの異世界なのだ。ファンタジーの世界らしことはすべてやっておくというのも面白そうだ。


 ミストの考えに同調するのは少し癪だったが、もう一度素振りを始めるミストの姿を見て、元気よく首を縦に振った。

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