第17話 錬金術の威力
カルチョナの討伐数目標に到達したのは空が赤くなる頃だった。途中で食事休憩等を取っていたためずっと走り続けというわけではないが、半日以上の時間を全力で追いかけたり追い掛け回されたりした。
転生する前に比べて体力は比較にならないぐらい増加したが、十数キロの距離を全力疾走は辛くないわけがなく、俺は地面にトドのように転がっている。しばらく休まないと一歩も歩けそうにない。
しかし、その努力は成果として現れている。首を動かし視線を横に逸らすと、カルチョナの死体が小さな山となっている。素材ならない魔物であるため、討伐したことの証明となる耳以外はすべて焼却処分してしまうためである。
いつもであれば、ミストが浄化の魔法を使用して処分していたが、今回はフィリカが自作した着火剤が使われるようで、ミストがフィリカのカバンから細長い筒を取り出していた。
「すごいです、すごいです。サツキさん。第四位魔法の使用ができることもそうですが、たった一人であれだけの魔物を倒してしまうなんて。それに、あんな魔法の使い方は見事だと思います」
フィリカが興奮した口調で言った。褒められると頑張った甲斐があったと思う。
「そうですね。逃げてばかりの戦い方をしていたから思いついた手法とはいえ、手際が良くなれば技みたいに見えますね。何事も極めてみるものです」
「ああ、ありがとうフィリカ。褒められるほどすごくはないと思うが……、ありがとう。ミストは……、馬鹿にしているのか?褒めているのか?」
ミストが褒めていますよと言いながら、俺にタオルを手渡した。
自分状態を気にしている余裕がなかったため、タオルを渡されてから自分の状態がひどいことに気が付いた。体中に血と汗がべったりと付いていた。
渡してくれたタオルでかいた顔を拭う。顔にも返り血が付いていたらしく、所々に赤色の染みが白い布地に広がった。きっと、今の自分はひどい顔になっている。もちろん努力の結果なので、恥ずかしいわけではないが、魔物の体液にまみれているという状態は気持ちの良いものではない。
ああ、早く街に帰りたい。熱い風呂が恋しい。
しかし、まだやることは残っている。
「これで銀貨3枚程度の収入になるよな。ノルマはこれで達成したから、日が暮れる前に爆弾の実践テストを行いたいと思うが」
フィリカの肩にかけている爆弾の入ったカバンを見ながら言った。
「はい、いよいよわたしの出番ですね。頑張ります!!」
フィリカが頷く。しかし、ミストが異論を唱えた。
「しかし、戦闘力の無いフィリカさんを矢面に立たせてよいのですか?威力不足によって、魔物を討ちもらした場合に、フィリカさんが魔物に狙われることになります」
ミストの言うとおりで、確かにその不安はあった。俺の戦い方は一人で戦うためのものであり、誰かをも守りながらの戦い方ではない。俺やミストは自力で何とかできるが、フィリカだけは必ず守らなければならない。
「大丈夫です。威力の計算はしていますし、効果範囲も算出していますので、密集している群体ならば爆殺できます」
「大した自信だけど、意外とあいつら頑丈だぞ」
「絶対に、大丈夫です!」
随分と自信を持っている。自分で作成した魔法具であるため絶対に大丈夫だという信用と、アルケミストの自負が合わさっての自信なのだろうか。
「しかし、なるべく安全は考慮するべきだと思いますが。……そうですね。最初の一発だけ、サツキさんが投擲するというのはどうでしょうか?」
「俺が?……爆弾かぁ」
正直なところ爆弾というアイテムに対しては抵抗感がある。
自分がこの世界に来るきっかけが、自作の爆弾で自爆したのが原因であるのだ。正直なところこの爆弾という物体には嫌な思い入れしかないためだ。
けれども、安全を確保しつつ実験するのはミストの提案どおりに行うことが一番良い案だとは思う。躊躇しながらもフィリカから爆弾を受け取った。外装が生物の皮で出来ているため、ほんのりと温かく、思っていたよりもずいぶんと軽い。
「まぁ、過去のことだし、気にしてもしょうがないか。じゃあ最初の一発だけカルチョナのグループに投げ込むよ。それで一発で討伐が出来たら残りはフィリカに投擲してもらって、失敗したら別の運用方法を考える」
疑われていることに対して不満そうな表情を浮かべたフィリカだったが、パーティーの方針には従うべきだと判断したのか文句を口に出すことはなかった。爆弾の使い方として安全装置の解除方法と起爆方法を教わる。
「油脂をはがして空気に触れさせれば数秒後には爆発が可能になります。もちろん、そのまま持っているだけでは爆発しません。内部にある発火石に衝撃を与えることで内部から燃焼し爆発します。簡単に言えば、投げつけて魔物でも地面でも何かに命中すれば爆発します」
転生前の世界にあった手りゅう弾とは違い単純な機構である。この世界には信管に該当する技術がなく、魔法による代行も出来ていないようだ。
「油紙を剥してから落としたりしないようにしてくださいね」
「了解。投げ込むだけなら、そんなミスはしないさ」
俺はそう言って立ち上がるとミスト達から少し離れた場所まで歩く。それから安全装置である油紙を剥した。距離を取ったのはフィリカやミストが暴発したときに巻き込まれないようにするためである。
それから周囲を見渡す。先ほどの討伐でほとんどのカルチョナを倒してしまったため、周囲にカルチョナらしき影はない。
魔物はいないかなと思ったが、カルチョナの死体に群がる黒い影がいることに気が付く。
「でかい狼犬……。クロコッタだったかな」
ミストに教えてもらった魔物の知識を思い出す。クロコッタは狼よりも大きく、極めて敏捷な魔物で、狼と犬の交尾で生まれたような外見をしている。体毛の色は薄い灰色で、耳まで裂けた口があるが、牙をもたず、鋸のような一本の連続した骨がある。
ミストからは討伐報酬は安い割には危険度が高いため、相手にする必要はないと言っていた。
しかし、爆弾のテストであれば絶好の相手といえた。自分の実力以上の魔物に対して切り札になりえるのかを確認することは今後の討伐にも大きく係わってくる。それにクロコッタは食事に夢中のようでこちらには気が付いていない。
「そりゃ」
絶好の好機だと判断した俺は、掛け声とともにクロコッタに爆弾を投げ込む。今は見る影もないが、小学生の時は少年野球でピッチャーをやっていたため、投げるのには自信がある。そして爆弾は狙い通り真直ぐクロコッタへと飛んで行く。
ものすごい光と轟音が丘陵全体に広がった。爆発の中心から広がった空気の振動は土ぼこりをまきあげながら周囲を包む。
爆音から耳を守るために、両腕を耳に押し当てていたが、これほどの威力であることは想定していなかったため、強烈な爆風をまともに受けてしまい後ろに転倒する。転んだ際に頭を打ち付けたのか、鈍い痛みが後頭部に広がった。
痛みに耐えながら、爆心地とクロコッタがどうなったのか確認する。クロコッタが生き残っていれば、すぐに戦闘準備をしなければならない。
しかしその不安は杞憂だった。爆心地には直径で5mぐらいのクレーターしかなかった。爆心地から少し離れたところに、所々の部位が欠けて丸焦げになったクロコッタの死体が落ちていた。
「……げほっ。すっごいな、これ……」
口に入った砂を吐きながら本物の爆弾の威力に驚愕した。フィリカがあれだけ自信を持っていたことの理由が納得できた。あの娘はこれだけの威力を持った爆弾を作って何をしたいのだろう。
「大丈夫ですか――、サツキさん。わたしの言ったとおりでしたよね。大丈夫だって……。ぷっ、あはは」
「いやー、ふふ、いつのまにか男前になりましたね。ふふふ」
爆音を聞いて駆けつけてくれた二人が、俺を見ながら笑った。理由はなんとなくわかる。爆風で飛んできた土もまともに浴びているためだろう。
やはり、早く風呂に入りたい。
「威力は十分だった。この威力であれば一角牛も余裕で吹き飛ばせる。」
テストとしては大成功だった。ミストもこの威力には驚いたようで、爆心地をまじまじと眺めている。フィリカは自分の言ったとおりでしょうと、自慢げな表情をしていた。
「フィリカは、すごいものを作ることが出来るな。疑って悪かった」
フィリカに謝罪した。フィリカを戦力として見なかったことを反省する。
「いえ、わたしのような小娘であれば、サツキさんの対応も理解できます。でも、これでわたしが役に立つことがわかってもらえたなら、わたしをパーティーの一員として認めていただければ十分です」
フィリカが笑顔でそう言った。フィリカをパーティーに加えることにもう不安はない。ミストも同様の気持ちのようで、目線を合わすと大きく頷いてくれた。
「爆弾が有効な手段であることは理解できたから、今日の仕事はここで終わりにしないか、パーティー結成と本日の収穫でささやかな歓迎会でもやろう」
打ち上げの提案をする。しかし、この手の話で必ず賛成するミストが首を横に振った。
「だめです。いえ、歓迎会に反対という訳ではなく、討伐に関することで、ですが」
「威力は十分だっただろう」
「はい、しかし重要なことはもう一つあります。それは運用をどうするかということを決めなければなりません。サツキさんが戦っている最中に後方から投げつけると爆風でサツキさんを巻き込んでしまいますし、だからと言ってフィリカさんが前衛に出るのは、仕留めそこなった場合に、大変危険です」
確かにミストの言うとおりである。下手なタイミングで投げつけられて爆発に巻き込まれるのはなるべく避けたい。そのため、攻撃してから離脱し、十分な間合いが取れる魔物でないと爆弾を投げてさせることが出来ない。
「爆発で素材も何も吹っ飛んでしまうから、一角牛しか使用できないような気がする」
一角牛であれば足があまり早くないため、俺がおびき寄せて十分な間合いを取って投げてもらうことが出来る。討伐報酬も高めだし、損はないだろう。
「そうですね。私もそう思います。幸いなことに爆音を聞きつけた牛が向かってきていますので、実験しませんか。失敗してもわたしの魔法で討伐しますので」
ミストが沈んでいく太陽の方向を指さした。そこには猛然とこちらに向かってくる一角牛が1頭いる。前にもこんなことがあったような気がする。しかし、その時とは状況が違う。
「珍しいな。お前が魔法を使うなんて」
「いえ、たまには私も魔法をつかわないと腕がなまってしまいますので」
嫉妬だろうなと考える。フィリカの爆弾威力が思ったより高いため、そのぐらいのこと自分でもできると証明したいのだろう。しかし、どんな理由でも手伝ってくれるのはありがたい。
二人よりも15mほど先に立ち、竹やりを召喚する。向かってく敵には障害物が有効であるため、召喚した竹やりを地面に突き刺して簡易的な馬防柵、いや牛防柵を構築する。
「フィリカ、牛がこの柵で止まったら爆弾を投げてくれ。俺が右腕を上げたら投擲の合図だ」
柵から離れながらフィリカに言った。はいと元気な返事が返ってくる。
十分な安全距離を取ってから、今度は竹やりではなく鉄やりを召喚した。それから爆音で耳がやられないように衣服の一部を切って布を耳に詰め込んだ。
そこまでの準備をしている間に一角牛は近くまで来ていた。投擲の合図を出す。
右腕を上げたときに、ふと思った。そう言えばフィリカの身体能力はどれほどのものなのだろうか。フィリカの自作した爆弾は、野球の軟球ぐらいの固さで大きさもその程度であった。体力が平均的にある少女なら何の問題もなく投げ込めるものだが、『運動は苦手です』と言っていたような……。
やばい。絶対にやばい。
後ろを振り返った。
えーいという感じのかわいらしい女の子の投げ方をしているフィリカがそこにいた。
緩やかな放物線を描いて飛んできた爆弾は、目標の一角牛ではなく、俺の足元に落着する。
俺の視界は一瞬で、深紅に染まった。