第15話 錬金術師のカバン
「それでは、さっそく討伐にいきましょうか」
ミストが大きく伸びをしながら、出発の言葉を言った。今日の天気も快晴である。透き通るような青い空が広がり、どこまでも続く街道と緑色の平原が続く風景は心を穏やかにしてくれる。
昨日の夕食後にこれからの方針について話し合った結果、3人分の宿代と食費を稼がなければならないため、今後は討伐する魔物の数を増やさなければならないこと、フィリカは今までの人生を錬金術の研究に費やしており、魔物討伐等の戦闘経験がないというため教育する必要があること、フィリカには錬金術の素材として使用する稀少植物や鉱物の知識があるため、採取や採掘の仕事が可能であることなどを確認した。
受注できる仕事の種類が増えたのは喜ばしいことだが、戦闘のできない人間を森林や鉱山に連れて行くことはできない。当面の間はフィリカを後方からの支援攻撃と魔物の解体の手伝いができるように鍛えるという方針になった。
「準備はできているのか?」
くたびれた革のカバンを背負い、袖まくりあげてやる気十分なことをアピールするフィリカに聞く。
「もちろんです。冒険者になろうと思った時から、いつでも戦う事が出来るように、魔法具の準備はしています。……お金がないので、大した魔法具は作れませんでしたが、並のモンスターを討伐するのに十分な威力はあるものばかりですよ」
フィリカが自信ありげに言いながらカバンを揺らす。見た目からはそんなに危険なものが入っているように見えないが。
「魔法具ってどんなものだ?昨晩に作ることが出来ると言っていた爆弾?」
「はい。硝石などの鉱物を、サラマンドラという火の中に住む蜥蜴に似た生き物の繭で包むことで作成できます。持ち運ぶときは爆発しないように特殊な油紙で空気が入らないようにしています。使用する際は油紙を外して、衝撃が加えると爆発する仕組みになっているものです。今まで作成した分が5つほどカバンの中にあります」
作品の出来に自信があるようで自慢げに言う。どの程度の威力かはわからないが、フィリカの言葉を額面どおりに信じて、無差別に投げつければ最低でもモンスターを五体は狩ることが出来るのだろう。
他にも、解毒薬や傷薬と言った標準的な冒険者の道具から、発煙筒と照明弾といった遭難したときに備えて準備したのかと聞きたくなるようなものや、火薬を使用した着火剤、凍結剤、王水のような溶解剤、高純度のアルコールなどの使用目的が分からない危険物ばかりが入っている。
それを薄い革でできたカバンに入れているということもあり、街中などで何かの拍子に爆発してしまったら、危険物とともに周囲に甚大な被害を与えないだろうかと不安になる。
「あと、稀少品として我が家に伝わる錬金霊液を少しばかり持ち出しています。重傷を負ってもこれがあれば、あっという間に治っちゃいます」
そう言って深紅の液体が入った小瓶を取り出す。貴重なものという割には危険物と危険物の隙間に入っており、貴重品というわりには雑に扱われている。そして治療できれば誤爆してもいいものではないと思うのだけれど。
しかし、危険物の取扱いよりも大事なことがある。
「フィリカさん。爆弾を一つ作るのに、製作費用はいくらかかるのでしょうか?製作費が討伐報酬を上回ってしまえば、赤字になってしまうので使用することはできませんよ」
大事なことは魔法具を使用するたびに発生するコストの問題である。
どうやら俺と同じことをミストも考えていたようだった。常に金欠状態の俺たちでは、金食い虫の消耗品であれば自由に使うことが出来ないのだ。魔物の討伐を安全に行うために多少の出費をすることは仕方がないと思うが、収支のバランスは考えなければならない。
「そうだな。赤字になるのはまずい。そして討伐費と同等であったとしても不足だぞ。討伐でかかった費用を報酬額から除いた金額を俺たち三人で頭割するからな。最低でも一人あたりが一日食っていけるだけの稼ぎは出さなければならない」
「あ、うーん。そうですね。量産できれば原価は安くなると思いますが、今回のように少数だけ製作すると、一つ当たり銅貨30枚ぐらい掛ります。サラマンドラの繭と硝石はそこまで高額な材料ではないですが、稀少品ではありますのでやはり費用は掛かってしまいます」
その言葉に俺とミストは渋い顔をして、お互いの顔を見合わせた。俺たちの1日で稼ぐ討伐報酬のアベレージは銀貨1枚と少し程度。銅貨70枚で銀貨1枚だから、俺たちの一日の稼ぎは銅貨に換算すると100枚程度である。仮に討伐の中で爆弾を1つ使用したとすると、30枚の銅貨が失われることになるので3割近い報酬が目減りしてしまうことになる。
爆弾を使用することで、もう少し討伐数は稼ぐことはできると思うので、減だけしかないということはないだろうが、爆弾で消費する資金と増えた討伐報酬で差し引き無しが良いところだろう。
しかし、それでは装備の更新費や消耗品費といった冒険者に必要な費用をまかなうことが出来なくなる。
「食費が不足してしまうことは避けたいので、爆弾の使用は却下です。」
食事に対する考えは絶対にぶれることないミストが否定した。心の中でさすがだなと呟く。
フィリカが仲間に加入したことで、他人に自分のあさましい姿、食い意地の張った言動は控えるかと期待したが、そんなことはいっさい無さそうだ。
フィリカと出会って変化したことと言えば、フィリカがいる時だと呼び方が魔王様ではなくサツキさんになった。魔族であること、特に俺が魔王であることは人間のフィリカに隠さなければならないらしい。
それにしても、二人きりの時だけ呼び名が変わると聞けば、高校生ぐらいの時に憧れたシチュエーションだなと若い時を思い出す。あれだけ渇望したのになぜだかあまりうれしくはない。名前から称号呼びになるのは色気を感じないせいだろうか、それとも相手がミストだからだろうか。おそらく両方だろう。
そんなバカなことを考えていると、ミストの言葉に対してフィリカが反論した。
「じゃあ、コストを下げるように努力します。素材の質を下げて、材料をなるべく一括購入すれば、銅貨10枚程度には納まると思います。威力は随分と下がっちゃいますけど」
「そのぐらいならなんとかなるか。その辺の話は収支のバランスを見て判断しようぜ」
「はい。精いっぱい頑張りますので、どうかよろしくおねがいします」
やる気十分というところを見せるフィリカ。道具を作ることも使用することもできないとなると、自分の存在意義がなくなってしまいパーティーを追い出されるのかもと不安になるのだろう。
追い出すことはしないと言うことが出来れば良いのだが、俺も冒険者としては未熟であり、気軽に言える立場ではない。
情けない自分に心の中でため息をつく。
しかし、14歳の子供が爆弾を自分のカバンに詰め込む姿はなかなか複雑である。異世界なのだから自分の今までの常識を捨てなければならないことは理解しているつもりだが、少女が嬉々としてやることではないと思ってしまう。
フィリカの装備を確認した俺たちは、狩場へと向けて街道を歩きだした。
不安は残るが何にせよ無事に帰ってくることができることを祈っておこう。