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第14話 冒険者になる理由

 ミストの提案のとおり俺たちは冒険者組合の食堂に移動した。


 昨日からこの街に夜通し歩いてきたため、食事をとっていないというフィリカも誘って3人でテーブルを囲むことになった。彼女の年齢を確認すると成人の条件である14歳を僅かに超えた程度であると回答があった。やはり子供かと思ったが、この業界に来る人間に過去を詮索するなど野暮なことである。ただ、冒険者になったというだけあっていろいろと苦労しているようだ。


 ウェイトレスに案内されて、テーブルに腰かけるとフィリカはフードを外した。歩いてきたと言う言葉は偽りではないようで、薄紫色の髪の毛と顔は土ぼこりで汚れていた。


 しかし、汚れていることが気にならないほど彼女の容姿は整っており、ミストと同じく一見では冒険者だとは思わないだろう。


 フィリカをパーティーに加えることで、周囲から浮いてしまわないかと不安になる。


 そんな感情が沸き上がってくると同時にウェイトレスさんが料理を運んできてくれた。ミストが店内に入ったときに注文した料理だ。


 「この街に来てからまともな食事を摂っていませんでしたので……、温かいスープが胃に染みます……」


 しみじみとした感想を述べながらスープを飲むフィリカを見ていると、悲しい気持ちになった。この世界では大人であっても自分から見ればフィリカはまだまだ子供である。植えている姿を見るのは忍びない。


 「好きなだけ食べてくれればいいよ。フィリカの分は俺がおごるから。ウェイトレスさん。鶏肉の香草焼きと黒パンを一人前追加。あと、手早く出せるものがあれば適当にお願い」


 追加で料理を注文する。ミストが私の分もよろしくお願いしますねと目で訴えかけていたが、視線を逸らして拒否する。自分で稼げる人は自分で払いなさい。


 しばらくの間は食事に集中させるべきだと思い、質問をすることを控える。賑やかな食堂のため、静かにしても寂しさは感じない。


 食事がひと段落した後、最初に口火切ったのはミストだった。


 「いいですね。ご飯をおいしそうに食べる人に悪人はいないので、その点は評価します。しかし、貴方をパーティーの一員として認めるには、いくつか質問をしてからです」


 よくわからない判定基準で評価しながらミストが言った。しかし、ミストが他人に興味を持つことなどは珍しいと言える。


 ミストの興味あることは食事だけのはずである。食事の邪魔をするなと威嚇しつつ、注文した食事を取られまいと自分の取り皿にすべて食事を盛るぐらいの、食い意地の張った防衛戦を行い、フィリカに引かれるような展開を想像していたが、予想に反してミストは大人しかった。


 何か理由があるのだろうか。ひょっとしたら、俺ではわからない能力を感じ取っているのかもしれない。ミストと彼女の共通点は……。なんだろうな。どこか似ているような気がした。


 そんなことを考えていると何かが突き刺さる音が食堂に響いた。何の音だろうと思うと同時に額に激痛が走った。


 「いってぇ!何すんだ!いきなり人の頭にフォークなんて突き刺しやがって!」


 「ろくでもないこと考えているようだったので先に突き刺しておこうかなと。……真面目に聞かなければならいことがいくつかありますので。サツキさんは黙っていてください」


 「はぁ、真面目に聞くことがあるね。……俺は仲間にするのに反対はしないから、自由に聞いてくれ」


 いつになく真面目な雰囲気を感じたので黙っていることにしよう。


 「さて、フィリカさん。あなたを仲間にするのにあたって、まず一つ目の質問です」


 「はっ、はい!」


 フィリカがフォークを握りしめたまま、緊張した顔を上げる。14歳の育ちざかりな子が二日間も食べていなかったためかとても食欲が旺盛なようで、空になった皿が何枚もテーブルに積まれている。……この娘もミストほどに食べるってわけじゃないよな。だとしたら食費だけで赤字になってしまうため、彼女の受け入れることが出来なくなってしまうのだが。


 「あなたからは魔力を感じることができないが、身に着けているものから魔法に携わるものだろうと想像できます。魔法が使えない魔法職の総称を錬金術師、アルケミストと呼ばれる輩だと考えていますが、あなたはそれに該当しますか?」


 高圧的な態度でミストは言った。それに対してフィリカは戸惑いながらも頷く。


 「アルケミストという連中は工房にて、錬金術の研究を行うのが一般的だと聞いております。高位の錬金術師は、自らが使用する材料を調達するために冒険者まがいのことをする場合もあるようですが、あなたの年齢からすれば、工房で師事する段階で、外に出る領域には達していないように見受けられます。いったいなぜ冒険者になろうとしているのです?」


 アルケミスト?錬金術師?


 なんだか聞きなれない言葉が出てきたな。錬金術というと金属ではない物質から貴金属を精錬しようとする試みのことだったはずである。中世の似非科学のようなイメージを持っているが、魔法が当たり前に存在するこの世界であれば、立派な学問であっても貸しい話ではない。アルケミストと言った職業もあるのもおかしくはないのだろう。


 「私は強くならなければならない。それが冒険者を志望する理由です」


 「強くならなければいけない……ですか?」


 強さを求める。フィリカの外見からは想像できない言葉が出た。フィリカも予想外の回答だと思ったようでさらに質問を続ける。


 「込み入った事情がおありのようですね。話せる範囲で構いませんので、理由をお願いします」


 「わかりました。私はリットー公国の貴族出身です。貴族と言っても封地貴族や法衣貴族ではなく、宮廷魔導師が爵委をもらっているだけの家柄ですが、母国では由緒ある家柄の生まれでした。私も一族の人間として宮廷魔導師になるものだと思い、自分の趣味と実益を兼ねた魔法具製作について必死に学んできました。しかし、先月、国のとある事情によって宮廷魔導師に対する方針が変わり、宮廷魔導師の採用条件が大きく変わってしまい、最低限の戦闘能力が必要であるとされてしまったのです」


 「ああ、採用条件に満たなかったのか。アルケミストって戦闘には向いてなさそうだし」


 「そんなことはありません!宮廷魔導師として採用されるアルケミストは魔法も修めていることが多いので、戦場に出れば半農の兵士で構成された一個中隊よりも働けます」


 フィリカが反論した。


 「だとしたら、フィリカには魔法の才能がなかったのか?」


 魔法が使えれば採用されるとの口ぶりだったので、疑問を持った言葉を口にした。採用人数に限りでもあったのか、それとも戦争に必要な魔法を習得していないからか。


 「何事も世の中には例外はあるものです」


 フィリカが顔を横に向けながら言った。


 「魔力が全然感じられませんので、きっとそう言うことなのだと思いますよ」


 含みのある物言いをミストはした。魔法職としては上級の存在であるミストからすればフィリカの存在など取るに足りないものである。


 「でも、魔法具の製作は超一流と自負しています。回復薬、解毒薬等の簡単な薬剤や、調合方法の出回っている一般流通品はすべて作れますし、魔石の工作もできます。一番得意なのは爆発役を作ることですので、きっと戦闘の役にも立ちます!どうか。どうか、採用してください!」


 フィリカが俺の腕をつかんで必死にすがってくる。先ほどの話のとおりに頼るべき存在がいない現状であれば藁にもすがる気持ちというのは理解できなくもない。必死にすがりつくさまには同情心を覚える


 「あー、まぁ、落ち着け。別に戦闘能力はそれほど求めているわけではないから、もともと駆け出し冒険者でも採用って考えていたからそこで落とす理由にはしないよ」


 「ほ、本当ですか」


 フィリカは安堵の表情を浮かべた。しかしそうは言っても、戦闘能力のない子供を討伐に連れて行って守れるのかと言われれば自信はない。どうしたものかと横目でミストを見る。「戦闘では役に立たないでしょうが、彼女がいれば薬代の節約にはなりそうです。それに魔石の加工ができるのであれば、自作した魔法具を後方から投擲してもらえば並の魔法使いぐらいは働けると思います」


 「いや、私の作った炸裂弾ならば、第5位魔法と同等の威力が出せますから並み以上です。もちろん爆発などの火属性だけでなく、四元素の魔法具すべて作ることが出来ます。アルケミストは属性一つに特化して研究していることが一般的ですが、私は四元素から魔力を抽出し変換する研究ではなく、魔力を物質に転換する研究を行っていました。この理論が確立すれば、人間が物質を……」


 急にフィリカは熱く語り始めた。アルケミストと呼ばれる職名だけあって研究者気質のようである。このまま黙っておくと、延々と話を続けそうだと思い話の腰を折ることにした。


 「あー、わかった。お前さんがとびっきり優秀だということは理解したよ。ぜひとも採用したいくらいだ。ミストはどうだ?」


 フィリカの言葉を遮ってミストに聞いた。俺に不満はなくても決定権はミストにあるため伺いを立てなくてはならない。


 「もう一つ質問があります。なぜ、私たちのパーティーに入ろうと思ったのか。そもそも由緒ある家の出ならば、こんな駆け出しパーティーではなく、母国で名の通った冒険者のパーティーに加えてもらうという手もあるでしょう。御用冒険者や請負人を頼る方法もあるはずです。私たちの仲間になる理由がいまいちわからないのですが」


 御用冒険者とは、国や貴族と言った権力者から直々に指名を受けて、国家専属の冒険者となった者たちのことである。その数は冒険者全体の1%にもみたない数で、実力もトップクラスであり、冒険者の目指すべき最終点である。


 そして、御用冒険者とは反対の存在が請負人と呼ばれる存在である。


 冒険者の中には、組合に所属せず直接依頼者から仕事を受ける者たちの総称で、表に出すことのできない非合法の依頼、殺人、誘拐、窃盗、放火、侵入といった汚れ仕事をこなす者たちである、金のためだけに仕事をしている請負人は冒険者からは嫌われている場合が多い。


 しかし、どちらも権力者の懐刀としての存在であるため、実力は今の俺たちに比べてはるかに高いところにある。


 「確かにそうだな。強くなりたいのならば、国で修行すればよかったのに」


 俺の言葉に、フィリカはうつむいてしまった。それからしばらく何かを考え込むようなしぐさをして、ため息を吐いてから顔を上げた。


 「……国に残っていると命を狙われるからです」


 うわぁ、なんだか重い話が出てきたぞ。急に話のトーンが変わったため、神妙な顔つきでフィリカの話を聞く。ミストは理由に興味がないようで、今まで食べていなかった自分の料理をもそもそと食べている。


 「我が家では方針の展開によって後継者争いが発生しています。もともと私が当主から後継指名をされていたのですが、宮廷魔導師になれなくなったことで後継者候補が不在になってしまいました。その隙に宮廷魔導師次席である叔父と、教導魔導師である従兄が後継者候補に名乗りを上げました。当主が存命であるため表面上は大きな争いにはなっていませんが水面下では……。そんな状況で私が宮廷魔導師になるため、魔法の勉強を始めれば、叔父たちにとっては邪魔な存在というわけです」


 「……なるほど、だから国外で魔法の勉強を?」


 「はい。表向きはアルケミストとしての遊学ですが。宮廷魔導師になるため、国外でなおかつアルケミストとして働きつつ魔法の習得が出来る仕事を探した結果、冒険者が一番と考えました。しかし一人で冒険者の仕事はできないため、職業不問でパーティー募集をしているのがあなた方であったため、応募したというわけです」


 「了解。理由に特に問題はなさそうだけど、ミストはどう思う?」


 手を止めることなく食事を続けるミストに聞く。


 「うーん、まぁ嘘は言っていないようなので、問題は特にないですね。優秀なアルケミストであることは間違いなさそうですし、雑務全般の役割を押し付けてもよいのであれば反対はしないです」


 しつこく質問した割にはあっさりとミストが言った。予想外ではあるがミストがそう言うのであれば問題はない。


 「それじゃ、これからよろしくお願いするよ」


 「わたしこそ、よろしくお願いします」


 右手をフィリカの前に伸ばして握手の構えをした。この世界でも有効を指し示すサインは同じであるということは聞いている。フィリカもそれに応じ、小さな手差しのべて握手をした。


 そういえばこの世界に来て人間の仲間は初めてである。変わった魔族ばかりとしか知り合いがいない身としては、普通の人間が仲間になってくれるのは少しばかりうれしいものである。

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