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第12話 魔王の騎士 後編

 「サツキ殿、失礼ですが質問に答える前に、貴君は何者か教えていただきたい。貴君は偉大なお方とよく似た波長を感じる。その理由は?」


 「俺は、魔王として近衛隊のミストに召喚された者です」


 今までの経緯を要約してリベイクに伝える。状況もわからないまま魔王という役職を背負わされたこと、それが自称という程度の存在でしかないこと、魔王としてふさわしくなるため冒険者として修練を積んでいること、魔王城に向かわなければならないこと、魔王軍の近衛隊には頭のおかしいやつしかいないこと。


 ミストの存在は知っていたようで、大変でしたねと同情された。


 「なるほど。状況はわかりました。近衛隊の案件というわけですか。合点がいきました。道理で魔王様と貴君の存在を勘違いしてしまったわけですな。一人で穴倉にこもっていると感覚が鈍ってしまうようだ。いや、お恥ずかしい」


 リベイクは苦笑しながら言った。それから立ち上がって深々と一礼をする。金属がぶつかる音が響いた。


 「貴君が、今代の魔王であるということ認められないが、後継者候補であることは理解いたしました。ならば、わたしは貴君に対して、私のできる限りの協力をいたしましょう」


 そう言ってリベイクは兜を外す。動く鎧の名のとおり中身はないらしく、鎧の中には漆黒の空洞が広がっているだけである。


 「サツキ様、そちらへお座りください。それと、私ごときに敬語などはやめていただきますようお願いいたします。目下のものとして扱っていただきたい」


 そちらと言われたが、そこには土の床しかない。何を指しているのだろうと思い一瞬考え込むが、床に置いたリベイクの兜に座れと言っているのだということに気が付いた。


 兜の頭頂部は曲面になっているため、座れそうではあるが座ってもいいものなのかと再び悩む、死んでいるとはいえ人の頭である。正直座りたくはない。


 しかし、せっかく出してくれた好意を無碍にするわけにもいかず、座らないと会話が始まりそうにないので、仕方なく兜を椅子にすることにした。


 妙に尻にフィットして、微妙な気持ちになる。


 「私の頭に人を乗せるのは魔王様に次いでサツキ様が二番目です」


 尻の下からリベイクの声が聞こえた。鎧が本体のようだが音声は兜から出るらしい。尻の下から声が聞こえるのは不気味でしかない。座ってしまった以上どくわけにもいかないので、我慢するしかないが。


 「さて、サツキ様に何か差し上げようと思うのですが、強いものでも大丈夫ですかな」


 いったい何の話だと思ったが、リベイクが取り出したものを見て驚いた。


 リベイクの右腕には琥珀色の液体の入った瓶があり、その中身はこの世界では高級品であるウィスキーのような蒸留酒だったからである。酒瓶は飾り棚から取り出したようで棚の中には他にも大小色とりどりの酒瓶が入っている。


 「ここは墓場でして、たまに死者への供物が置かれているときがありましてな。そこから拝借しているというわけです。死者に使えないものを置いておいても意味がありませんからな。有効活用というわけです」


 「それって、盗品……。まぁいいか」


 高級酒を前に無粋なことは言えない。酒の魔力には逆らえないのだ。


 リベイクは手慣れた手つきでコルクを素手で抜くと、右手の酒を二つの水晶碗に注いだ。


 リベイクも飲もうとしていることに驚く。彼はアンデットあるため食事を必要としない。それ以前に中身がないのに、どうやって飲むというのか。体に入れると鎧の隙間からあふれ出さないだろうか。


 そう言った心配をしたが、それは杞憂だった。手に持った水晶碗に入った酒が少しずつ減っていく。どこかに入れているわけでもないのに、蒸発するのかのように液体が消えてしまっているのだ。


 「驚きましたかな。私には口はありませんが、食べようと思えば食べられるし、飲もうと思えば飲めるのです。先代が私のようなアンデッドでも食事が楽しめるようにと配慮してくれたのです。……サツキ殿も、どうぞお飲みください。ウィンカー地方の麦が原料ですので少し苦みがありますが、飲みやすいですよ」


 水晶碗を掲げて一気に喉の奥へと流し込む。強いと言っただけあった強烈な刺激が口の中に広がる。思わずむせそうになったが、何とかこらえる。


 「サツキ様は、強いのですかな。慣れていらっしゃるようで」


 「そうでもないよ。これを2、3杯もやればきっとすぐに眠くなる。もといた世界ではストレスで眠れないときは強い酒を飲んで無理やり寝ていたぐらいだし」


 そう言うとリベイクは笑った。ならば、眠くならない程度に味わってくださいと、空になった水晶碗に酒を注いだ。


 酒を飲みながら、今までの自分のこと、強くなる必要があること、ミストに対する愚痴などをリベイクに伝える。飲んで話をしてみるとリベイクは意外と聞き上手で、まさか自分の日本にいたころの話まで話してしまうとは思わなかった。


 「宮廷魔導師どのが身辺にいるのであれば、サツキ様の身は安全でしょう。あれの性格は極悪ですが、能力だけは超一流でしたから、その点については安心してサツキ様をませられます」


 「しかし、冒険者をやるにあたってミストは……。ああ、そうだ。今日、リベイクのもとを訪ねたのは、仲間になってほしかったからだ。優秀な戦士であったと聞いていたから、できればと思うのだけれど、どうだろうか?」


 酒に酔いつつも本来の目的はそれだったと思い出す。


 「申し訳ありませんが、私はすでに引退した身です。私を頼っていただけるのは大変名誉でありますし、光栄なのですが」


 申し訳なそうにリベイクは言った。まぁ急に来て仲間になれというのは難しいかな。静かに余生を送っていたみたいだし、いきなり現役復帰をしろというのも酷かもしれない」


 「私は亡霊のように現世にとどまっているだけの存在です。魔王様から付与された魔力で魂をこの鎧にとどめているもので、その魔力の付与も魔王様の死とともに薄れており、現在はだいぶ弱っております。これでは満足な動きはできませんので、サツキ様の役に立つどころか荷重にしかなりません」


 そういってリベイクは鎧の中を指さした。そこには赤色で魔方陣が刻み込まれており、光ったり消えたりを繰り返している。寿命が近いため点滅しているのだろうか。3分で戦う宇宙人のようなタイマーみたいだな。


 しかし、この人はほんとにいい人だ。


 性格最悪なミストと、言動がアレなトゥーラみたいなやつしか魔王軍にいないと思っていたが、リベイクのように騎士というか、紳士のような人がいるとは思わなかった。


 人というか、死人だけではあるが。


 「残念だな。何とか復活することはできないのかな。魔力の再度付与する方法とかあれば行いたいのだけど」


 魔王が魔力を付与したということは、やり方さえわかれば俺やミストでもできるかもしれないと思った。


 俺の疑問に対して、リベイクは言いにくそうに回答した。


 「……申し上げにくいのですが。今のサツキ様ですと、魔力が不足しておりまして付与できる程の力がありません。サツキ様が成長したころには、私の寿命が尽きているかと思われますので下手な希望は持たないほうが良いでしょう」


 俺では実力不足なのか。うーん。せっかくこんないい人材を見つけたのだから、なんとかして、仲間に引き込みたいのだが。


 「私もなるべく寿命を延ばせるように努力いたします。サツキ様の成長が間に合えば、喜んで協力いたしますので、お許しください」


 「あっ、いや、あんまり気にしないでくれ。……無理だったら気にせず成仏してくれればいいから。人間の冒険者にも募集はしているから、自力で何とかするように努力するよ」


 「人間の冒険者ですか?」


 「この街にいる間だけの仲間を募集している。そういえば今日の夕方までを期限としているからそろそろいかないとまずいな。


 「なるほど、承知いたしました。ならば急いだほうがよい。ミスト殿を待たせると後が大変ですぞ。保険としてこれを渡しときますので、機嫌が悪ければお使いください」


 階段の上を見上げると、いつのまにか空が暗闇に染まっていた。


 確かに遅刻はまずい。募集をかけた人間がミストだけとで会った場合、どんなトラブルを起こすことになるか。


 不安な気持ちになりつつ、ご馳走になった酒の礼をリベイクに言って、組合に向かって出発した。

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