第11話 魔王の騎士 前編
トゥーラの店を出たのは、日が西に傾いて空がうっすらと茜色に染まる頃になってことだった。殺人植物に頭を押しつぶされたからも、お互いを知るためにととりとめない雑談をしていたため、こんな時間になってしまった。
非常に疲れたが有意義な情報も得ることができた。ミストが教えてくれなかった先代魔王のことや魔界の状態など自分では調べることのできなかった情報を知ることが出来たのは非常に大きい。さらに不幸な事故にあってしまったお詫びとして、戦争に参加せず、どこの軍閥にも参加していないが実力のある魔族がこの街に滞在しているということを教えてもらえたのだ。
その魔族は魔王軍の所属であったが近衛ではないため、協力してくれる可能性があるかもしれないとトゥーラが言っていたことを頭の中で反芻し、嫌いに胸を膨らませながら道を歩いた。
その魔族はもともと人間だった。人間の中でも頂点に位置するほどの武力を誇り、礼節を重んじ、女子供や障害のある者、はては奴隷に対しても優しく博愛主義者であった。そのような人物であれば支配者層から疎んじられ、危険視されるものだが、魔王という身近な脅威が存在していたため、王侯貴族を含めたすべての人々から英雄として支持されていた傑物であった。
英雄は人々の希望を背負い、魔王軍へ戦いを挑んだ。
しかしどれだけ強くても種族の限界値を超えるわけではないし、たった一人で万を超える軍団と戦えるわけではない。度重なる戦闘で腕をもがれ、腹を突かれ、臓腑をまき散らす。それでも歩けるうちは、進めるうちはと、決して諦めず、英雄であろうとした。
その姿に先代魔王は感銘を受けた。そして自分の配下にならないかと英雄を口説いた。
何度かの交渉を重ねて納得できる条件を引き出せたのか、英雄は魔王の配下となった。ただし、人間としてではなく彼が生前愛用していた鎧に魂を定着させたアンデットとしてだが。
配下になってからしばらくの間は、魔界と人界の境界を守護する国境警備隊の隊長等の仕事をしていたが、先代魔王がなくなり魔界が内戦状態となると職を辞し、自分の生まれ故郷であるこの街に戻ったとのことである。
トゥーラが言うには、自身の墓があるため、その真下を掘り地下空洞を作って静かに眠っているらしい。
「実力もトップクラスだったらしいけど、指揮官としても優秀だったとトゥーラが言っていたから、将来を考えると仲間になってほしいなぁ……」
この街の丘陵に墓地はあるのでそこに向けて歩く。
共同墓地に隣接している場所のため、夕方よりも遅い時間のほうが人目につかず墓の下にもぐっていけることから、なるべく遅い時間に着くようにしたいのでゆっくりとあることを心がける。
しかし、夜の闇がせまってくるこの時間帯にそこを訪れるのは少しばかり勇気がいることである。いや、決して、幽霊とか怪物が怖いわけではない。アンデットが存在する世界であれば、墓地に行ってみるとふらふらとゾンビが歩いているということが起こり得るのではないかと勘繰ってしまう。
そんなに物騒ではないだろうと思うが、本日は一度死んでいるため臆病になっている。不意打ちで死亡回数を増やさないようにしなければならないため、用心するに越したことはない。
いつでも竹やりを召喚できる用意をしながら、墓地にたどり着く。
そこは、日本の墓地のように大きな墓石が生存としている場所ではなく、木杭や小さな岩が目印として転々としておいてあるだけのなんだか寂しい光景が広がっていた。庶民の墓場なため簡素なものなのかもしれないがなんだかノスタルジックな気持ちになる。
目的の人物の墓はどこにあるのかと周囲を見渡してみる。動く影は一つもなく、アンデットはいないようなので、ほっと安堵の息をつく。
ふらふらと墓地を探していると、石壁のような立派な石碑が墓地の隅にあることに気が付く。墓の下に住んでいるというのでスコップか何かで掘る必要があるのかと悩んだが、石碑の前に立つと音もなく石碑の一部が消失し、人一人がくぐり塗ることが出来そうな扉が出現する。魔法というのは本当に便利だと改めて思う。
いきなり開けるのもおかしいかと思い、扉を叩いてノックする。どうぞという低い声が扉の奥から聞こえ、少しだけ扉が開いた。部屋の主が承認しないと開かない仕組みになっているようだ。扉を押すと錆びた蝶番がきしんだ音を立てた。
扉を押すと地下へと延びる階段があり、会談の先には10m四方の大きさの小部屋があった。蝋燭や証明といった灯具はどこにもないのに、昼間のように室内は明るい。天井や壁がぼんやりと発光していることが原因だろう。
その中には、家具と呼べるものはほとんどなく、飾り棚が一つと墓標用の木杭が何本か……、あとは甲冑一式が真ん中に鎮座しているだけである。
これが部屋の主なのだろう。漆黒のしっかりとしたフルプレートで背中には真っ赤な外套が着いている。金持ちの家のロビーにインテリアとして飾っておけるような立派な造りである。
「速水皐月と申します」
鎧に対して魔王とは名乗らなかった。鎧が先代の信奉者であったのならば不快にさせるだけだろうと判断したためである。
「……ふむ、やはり、魔王様……、似ている部分もあるか。しかし、違う」
鎧が呟いた。品定めをするかのようにじっくりと俺を見つめているような気がした。瞳がないため実際の視点がどこにあるかが分からない。
「失礼。挨拶が遅れましたな。元魔王領国境警備隊隊長の名無しの鎧です。生前はリベイク・コモドールと名乗っておりました。アンデッドではありますが、種族名はありません。動く鎧とでも思っていただければ幸いです」
見た目に反して普通の口調であり、好意的な物言いであった。礼儀を重んじると言っていたトゥーラの言葉は本物だったようだ。
「本日はどのようなご用件ですかな」
「ええと、この街に住むトゥーラの紹介でここに来ました。サツキというものです。……。魔王軍の将校であったあなたの話を聞きたいと思いまして、ここに来ました」
「トゥーラ?……ああ、庭師のことですか。あの魔女もこの街におるのか……。まぁ、関係のないことだ」
それまで丁寧な口調であったリベイクだが、トゥーラの名前を出した途端不機嫌な口調になった。やはり仲が悪いのだろうか。