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第10話 花屋の店主 後編

 「うふふ~。こんなに早くお会いできるとは思っていなかったわ~」


 うれしそうにトゥーラが言った。この人もミストと同じで魔王の近衛だったのだろうか。ミストと雰囲気が随分と違うため、同じ職場で働いていた仲間には見えないが。


 「そんなに嬉しがるような存在でもないと思うけど、外見が似ていたりするのかな」


 「いいえ、似てないわ~」自分の言葉をトゥーラは否定する。「容姿は前魔王様のほうが威厳に溢れていて格好良かったわ~。もちろん今のサツキ様もかわいらしくて好きですけどね~」


 立ち話をするのも落ち着かないからと、店の片隅に置かれていた小さな円卓と椅子を指し示す。アンティーク調の家具は色とりどりの花木に囲まれて華やかな雰囲気であった。 トゥーラは椅子に着席すると何もない空間から魔法でティーセットを取出し、お茶のような飲みものをカップに注ぐ。赤みの強い液体だった。


 「自作の薬草を煎じたお茶ですわ~。酸味が少しあるけどさっぱりしていて、きっと飲みやすいはず~」


 「人に勧めるのは初めてなのか」


 「これは新作なので~、誰かに飲んでもらうのは初めてです~。」


 「初対の相手を毒見役に使うなと言いたいけど……。でも、ありがたくいただくよ」


 お茶を飲むのは久しぶりだなと思いながらカップを手に取る。この世界に来てから飲み物と言えばビールがまず思い浮かぶ。それからワインや蒸留酒といった飲み物だ。……このままの生活を続けていると肝臓が壊れてしまうのではないかと心配になった。


 不安な気持ちをごまかすためにひといきでお茶を飲み込んだ。目が覚めるような酸味が口の中で広がり、喉を通り過ぎていく。


 「豪快な飲み方ですね~」


 トゥーラが空になったカップに再びお茶を注ぐ。それからトゥーラも円鷹の反対側の席に着いた。


 「改めまして、事項紹介をさせていただきます。魔王城の庭師を担当しておりましたトゥーラと申します。これからよろしくお願いします」


 先ほどとは違う真面目な口調でトゥーラは言った。


 「ええと、まだ自称魔王の段階だからだから、あんまりよろしくされても……。恥ずかしい話だけど、魔王としての自覚や実力など無いようなものだから」


 「それはわかっていますよ~。魔力が異様に低いことは見ればわかりますし~。何か事情があるということぐらいはわかります~」


 「俺にも詳しいことはわからない。もともと別の世界に生きていた、ただの人間が魔王として転生してきただけの存在、と聞いている。魔王とは呼ばれているが部下のような存在が一人だけだし、魔王らしいことなど何一つやっていないから、……正直なところ本当に俺は魔王なのかと疑問に思っているところだ」


 自分の口から出た言葉は本音である。死んでは生き返るということを繰り返していることから、自分は普通の存在ではないと思うが、それが魔王である証明にはならない。


 一番実感できない理由は自分の存在を雑に扱うミストのせいだが。


 「まぁ、自分はこんな人間、いや魔族か。その程度の存在だよ」


 「あら~、もしかして私がサツキ様の存在を疑っていると思っているのかしら~?」


 「当然だと思う」


 「う~ん。正直に言えば魔王という存在を自称するにはあまりにちっぽけな魔力だから、狂人の戯言だとは思ってしまうわね~」


 ばっさりとトゥーラは言った。仕方のないことだと思いつつも実際に言われると心にぐさりと刺さり、思わず嫌な顔を浮かべてしまう。それをごまかすため鼻の頭を掻くような仕草をする。


 「莫迦にしているわけではありません~」


 ごまかしたつもりだったが、トゥーラは目敏かった。


 「魔族の王という意味では相応しくないですが~、役目は立派に受け継いでいるようですから~。それだけでも敬意を抱くには十分ですよ~」


 「役目というのは、マナ調整だったか?この世界に来たときに役割だと言われていたような気がするが、その役割を実行した記憶はないな。ここ最近は魔物の討伐ばかりしかしていない。ひょっとして討伐をすることがマナ調整ということなのかな?」


 討伐することが浄化につながるのであれば、ミストが俺を冒険者にした理由になると思ったが、トゥーラは首を横に振って、俺の考えを否定する。


 「いいえ~。確かに魔物はマナの暴走による副産物だから~、討伐することは浄化の一部と言えなくはないけど~。サツキ様が行うのはマナの暴走によって世界が欠けてしまわないように調整を行うことだから~」


 「世界か、随意と大きな話だ」


 実感がわかないなと思いつつ、トゥーラの言葉に答える。ミストもだが、事情を詳しく説明してくれないのだ。彼女たちの発言は具体性に欠ける。自分がやらなければならない役目があるのであれば、ああしろ、こうしろと命じてくれればいいのだ。


 「必要な時が来れば~、きっと理解できると思いますよ~。前魔王様が役目を全うしてからお隠れになられたから~、次の浄化が必要になるには、まだまだ時間がありますし~」


 「時間?」


 「しばらくは大丈夫だと思います~。だから、私たち魔族が自由にしていられるのです~」


 トゥーラが言った。それから店内に飾られた花木を見つめる。


 自由という身分は尊いと思う。前の世界にいたときと比べて、生活レベルは低くなっているし、命の危険が伴う肉体労働をしているが、自分で方針を決めて、ノルマに縛られず、好きな時に働けるという自由な現状は人間らしく生きていけていると思うものである。


 「そういえば~、サツキ様を召喚したのはミストちゃんかしら~。それとも宮廷魔術師の誰かかしら~?」


 トゥーラは俺に視線を移して言った。


 「たぶん、サツキ様の状態を見るとミストちゃんだと思うけどね~」


 「正解」


 愛称で呼ぶぐらいなら、仲が良かったのだろうと思い素直に回答する。


 「誰が召喚したとかわかるものなのか」


 「前魔王様を心から慕っていて~、概念の想像できる魔法使いはとても少ないから~。ミストちゃんじゃないかな~。って思ったの~」


 「へぇ、ミストはそんなにすごい魔法使いなのか。」


 トゥーラの口ぶりからすると、魔王軍全体の中でもトップクラスに位置する存在のようである。俺にとってはただの大食い娘でしかないのだが、ミストの過去等を聞いたこともなかったため、少しばかり驚く。


 「トゥーラはミストと仲が良かったのかな」


 「わたしは仲が良かったと思っています~。ミストちゃんがどう思っていたのかは、あの子に直接聞いたほうがいいと思うわ~」


 含みのある物言いだった。トゥーラは好意を持っていてもミストは好意も持っていないということだろうか。確かにあの毒舌娘の性格からすれば、誰かと仲良くしていることなど想像できないが。


 「ミストから慕われていたと言っていたが、先代の魔王はどういう人物だったのかな?いや、魔王が、というよりも魔界全体のことを知りたい。ミストの目的は何か?トゥーラがどうしてこんなところで花屋をやっているのか?」


 聞いてみたいことはいくらでもあることが多すぎて言葉が上手くまとめられない。がトゥーラは理解してくれたようで、深く頷く。


 「ミストちゃんが考えていることはわからないわ~。今の近衛……。私たちは実質的に解散状態で~、お互いの行動には干渉しないことになっているの~。その理由も含めて~、私の知る範囲のことを~、お話しするわね~。」


 「近衛が解散状態?」


 「そうよ~。護るべき存在がいなければ、近衛なんて存在する必要がないわ~。むしろ、強大な戦力を保有した軍閥の一つになりかねないわ~。魔族同士の内戦に関与したくないから~、解散したの~」


 今でこそ近衛隊と呼ばれているが、もともとは魔界が統一される前に先代魔王が保有していた強襲・制圧を主任務とする特殊部隊であった。魔界が統一するのと同時に役目を失ったが、強力な戦闘力を在野に放つわけにもいかず、また暴走させないように管理するため、手元に置いておく必要があったことから、禁衛士として身分と能力に見合った役職を与えて近衛部隊とした。近衛部隊は魔王軍の象徴であり、人界を含めた世界でも類する存在の無い最強集団であった。


 「発端は~、魔王様が暗殺されたことから始まったわ~」


 「暗殺?魔王が誰に?そもそも、最強の連中が警護をしているのに殺されるものなのか?」


 トゥーラの言葉に驚いて質問をする。先代が死んだという話は当初から聞いていたが、暗殺だとは思っておらず、自然死だと勝手に思っていたからだった。


 「わからないわ~」トゥーラは答えた。「自然死ではないし、自殺でもなかったから~、暗殺だと判断したのよ~。暗殺という証拠はどこにもないけれどね~」


 トゥーラは言った。


 先代魔王の死因が不明瞭なため最初は病死として魔王配下の幹部会が公表する予定であった。公表後に複数いる後継者候補から魔王の選定を行い、マナ調整の技能を継承させ、即位させる計画になるはずであった。


 しかし、選帝会議中に反主流派が魔王の暗殺説を主張し、最後に魔王と面会していた当時の内務卿を糾弾した。


 反主流派が要求した暗殺を行っていない証明と死因の公表要求から始まった舌戦は、次第に魔王の後継者の選定議論を巻き込んでしまったため、こじれにこじれた。業を煮やした魔族たちは私兵による小競り合いを繰り返し始める。


 さすがに戦火が拡大する可能性があると判断した内務卿が、停戦命令と戒厳令を発令し、一度は平穏を取り戻しかけたが、戒厳令は内務卿がすべての権力機構を掌握するものであったため、反主流派及び魔王の後継者候補の一人が反発し魔王軍の一部をとともに、クーデターを起こした。


 クーデターは成功し、議会場を含めた主要庁舎は反主流派が選挙することとなったが、内務卿の身柄を拘束することができなかった、退避した内務卿は自分配下及び協力貴族参加の魔王軍をまとめる。分裂した魔王軍による首都の奪い合いを目的とした戦争が始まった。


 一度始まってしまった戦争は、いろいろな思惑が交わり拡大を続け、魔王軍の幹部や貴族たちは派閥をまとめあげ、軍閥化していく。


 戦争当初は中立の勢力としてどの陣営にも肩入れせずに近衛隊は静観していたが、長期化する戦争と荒廃していく魔界を見て、一人、また一人と隊を離れ戦争に参加していった。時を経るにつれ、戦力は衰微し続け、近衛隊が解散する直前には実勢わずか15名と、最盛期に比べて1/10以下にまで目減りし、自分たちが守るべき存在である魔王城の警備すら難しい状態となった。


 その結果、魔王城内に残された資産とアーティファクト奪取が容易だと判断され、戦力の増強と錦の御旗を求める軍閥にとって格好の標的となってしまった。衰退した近衛とはいえ、10回や20回程度の侵攻であれば耐える自信はあった。しかし、援軍の見込めない籠城戦では、いつかは陥落してしまうだろう。


 「魔王さまはいざというときに備えて、魔王城に防衛機構の準備をしていたの~。」


 「防衛機構?魔王城は無事なのか?」


 確かミストが魔王城は奪還しなければならいと言っていたことを思い出す。ミストの言い方だと誰かに制圧されているような状況だと思っていたが。


 「無事なのは~、無事なのだけど~。誰も入ることできなくなったのよね~。王城すべてが迷宮化し、ゴーレムとアンデットが跋扈する万魔殿になってしまったのよね~。生命を持つものが足を踏み入れると、お城全体が襲ってくるわ~」


 「守ることが出来なくなったというよりも、する必要がなくなったのか」


 「そうよ~、だから近衛は解散したの~。魔王城の迷宮化が解除されるまで、つまり魔王さまが復活するまでは戦争にも関与しないことが方針として決定したの~。」


 結果、することがなくなったため花屋をやっているのだと、トゥーラは言った。


 話が一区切りついたところで再びお茶を口に入れる。相変わらず酸味が強いが嫌いな味ではない。


 お茶を飲みながら、トゥーラは仲間になってくれるのではないかと考えた。実力のほどは不明だが、ミストの同僚であればそれなりに実力もあるだろうし、俺たちの現状を知る身内であれば、安価に雇えるかもしれないという打算もあった。


 「関与できないと言っているが、トゥーラを含めた近衛のメンバーは俺には協力してくれるのか?」


 俺の質問にトゥーラは少し困ったような表情を浮かべ、考え込んだ。


 「う~ん。サツキ様を悪くいうわけではないのだけれど~。正式な魔王の継承者として承認されていないから、協力することは協定違反になってしまうわ~。魔王城の迷宮化解除して、魔王城を掌握できれば~、魔王様の転生体として認められると思うのだけれど~、それまでは協力できないわ~」


 「そうか。まぁ、そうだよな。いきなり魔王を自称しても認められないのは仕方ないよな」


 突然知らない場所から上司が来ても、素直に従うことに抵抗があるのは理解できる。俺が日本にいたときも、天下りなんかで別の業界の人間が上司になった時など嫌な気持ちになったものだ。気持ちはよくわかる。


 ならば仕方ないかと諦める。いろいろな事情があることはわかったし、ミストにも何か考えがあるのだろうし、魔王城の迷宮化を解除しなければ仲間になれないというなら条件を達成するしかない。


 「でも~、個人的に応援したいと思っています~。お店で育てている特殊な効能を持った魔界の草花をお渡ししますね~。実は、そのお茶も疲労回復のほかに一時的に魔力の増幅などの効果がある薬草を煎じたものなのよ~」


 ティーポットを持ち上げながらトゥーラが言った。


 「庭師の仕事の一部に、薬草の栽培と改良をしていましたから~。薬草作りも得意ですよ~。魔王城から退避する際に~、人界でも育成できるものは持ち出してきましたから~」


 「それはありがたいな。冒険者なんかやっていると生傷が絶えなくて……」


 死ぬたびにすべての傷が回復しているから、回復魔法をかけるよりも死んだほうが早いとミストに言われてしまっているため、活動に支障のない怪我は放置しているのが現状だ。痛みがないわけではないので、回復が出来る手段があるのは正直うれしい。


 「せっかくだし、菜園を見てもらいましょうか~」


 「菜園?」


 「私の趣味で個人的に作成した植物たちの管理場の総称よ~。魔王様から許可をもらって、庭園の一画をもらっていたの~。その一部をそこに転移したわ~」


 トゥーラが指で店の奥にある扉を指示した。変哲のない木扉であったが、トゥーラに連れられて中に入ってみると、建屋の大きさ以上の広い空間内が草花で埋め尽くされており、密林のような状態になっている場所であった。


 「人間に見られると~、ちょっと都合の悪い子たちがいるから~。魔法で空間をゆがめて室内で栽培しています~。土壌も日光も魔法で創ったものだけど、お外と何も変わらないから、元気に育っているわ~」


 「すごいな。魔法ってやつは何でもありなのか」


 素直に感心する。室内でこっそり栽培と言われると大麻の室内栽培かなと思ってしまうが、日本じゃないし、咎めるような法律も知らないため気にしないこととした。危険でなければ問題はないだろう。


 しかし、日本では見たことがない植物ばかりである。特に変わっていると思ったのが鮮やかな青色をした巨大な蕾であった。蕾の状態で色味がきれいなのだから咲くとどんな状態になるのだろうと興味を持つ。この花も薬効のある植物なのだろうか。重量感のある蕾に触れてみる。


 「言い忘れていましたけど~、この中には動くものに反応して~。攻撃する子がいますから~、あんまり刺激しないようにしてくださいね」


 「うん、実感している」


 どうやら先ほどの植物がそれであったらしい。触った瞬間に茎がすごい勢いで伸び、花に頭を食いつかれた。花弁が頭を包み込み獲物を逃がさないようにするためか、万力のように締め付けてくる。


 「あら~、似てないといったけど~。ドジなところは魔王様にそっくりですね~。進んで肥料になってくれるのはうれしいですけど~」


 思い出に浸るような口調でトゥーラは言った。


 酸欠と締め付けられる痛みで、ゆっくりと意識が消えていくなか、近衛という連中は皆、魔王の死に対してこういうリアクションを取るものなのだろうか考えた。


 頭蓋が割れる音が密林に響き渡りそこで俺の意識は完全に途絶えたのだった。

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