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第9話 花屋の店主 前編

 いつの間にか商店街の端まで来ていたらしい。中心の四辻から商店街を縫うようにして裏通りをいくらか入り込んだ結果、二階建ての住宅が建てならぶ場所に出てしまった。漆喰のような素材で塗られた土壁と木材で出来た安っぽい造りであるため、中流祖が住む場所なのだろう。安っぽさはあってもよい具合に古びているため、石畳の道路と合わさって雰囲気は落ち着いており住みやすそうな雰囲気である。


 「しかし、住宅街に用はない」


 古びた住宅を見上げながら呟いた。回れ右をして商店街に戻ろうと来た道をそのまま歩くが、似たような建物の連続しているということもあり、どこをどう歩いたかなど忘れてしまっていた。


 「この年齢で迷子になるのは情けない。携帯電話でもあれば道を検索してスマートの目的に着けるのに」


 失ってから便利さに気が付くということはよくあることだ。こちらに来る前に日常的に使用していた便利道具のことを思い浮かべ泣き言を呟く。


 それから30分ほどの時間をさまよい、ようやく商店街に戻ることが出来た。


 季節は秋口であるため夏の暑さは存在しないが、残り香のような陽気は存在しており、これだけ歩けばうっすらと額に汗をかく。どこかで腰を下ろして休憩でもしたいと思ったが、商店街の外れであるため、通りを歩く市民たちは少なく、それと比例して店の数も少ない。それでも何があるのだろうと左右の建物を見渡してみる。


 すると、この街に来て初めて見る店があることに気が付いた。


 それは、色とりどりの花を咲かした鉢植えが並んでおり、様々な花の色香が混じった独特の香りがただよう店であった。日本で言うところの生花店だが、商店街にはさまざまな店があったものの、この世界に来てから初めて生花店というものを見かたことに、こういう店もちゃんとあるのだなと感心する。


 しかし、需要はあまりないのかもしれない。店の中には人の気配は感じられないため、流行ってはいなさそうである。


 そんな場所に踏み入れることなど普段の俺であれば絶対にないが、つい珍しさのあまり店内に足を踏み入れてしまった。扉を押すと小さな金色のベルがカランカランと軽快な音を立てて来客があることを店主に伝えてくれた。


 「いらっしゃいませ~」


 「どうも」


 店の中は少しばかり薄暗く、日光の陽気で火照った体にひんやりとした空気が触れて心地よく感じた。店内の中にも軒先と同様に鉢植に入った植物が並んでおり、草花の香りと土の香りが鼻腔に広がる。


 「こんな時間にお客さんは珍しいわ。……あらあらあら」


 そんなに珍しいのだろうか。店主らしき人物はこちらをじっと見つめる。昼過ぎの客が珍しいのか、俺のようなむさい男が来るのが珍しいのか。おそらくそのどちらかだろうと思ったが、どんな理由にせよじっと見つめられると落ちつかない気分になった。


 「……本日は、どのようなご用件でしょうか。」


 店の奥にあるカウンターから声をかけてきたのは20代中盤ぐらいの女性だった。しかも美人である。


 金髪のウェーブのかかった髪に、宝石のような碧眼。若干たれ目がちの顔立ちは母性に溢れている。特に目を引くのは今までの生活に足りなかったもの、具体的に言うと豊満と言ってもいいほどの胸が嫌でも目に付く。こちらの世界では食糧事情のためか、現代日本よりも一回り平均身長が低いため、スタイルのいい女性を見ることがなかった。珍しいものを見ればそこに視線がいくのは仕方がないことだ。


 ちがう。見惚れてどうする。店の中で美人に見惚れたら何か買う破目になる。田舎から出てきたばかりの時は女性に町で声を駆けられて絵を買わされそうになったことがある。社会人になってからも、保険の外交員の話を聞いていたらいつの間にか契約していたこともある。基本的に自分は女性からの押しに弱いようだ。


 負けないようにしなくてはならない。何よりも手持ちが少ないのだ。何の役にも立たない花なんか買ってたまるものか。


 「あ、えと、散歩のついでに生花店を見かけたから何気なしによっただけでして、特に用というわけではないです」


 買わされないようにと予防線を張りながらそう言った。買わないとはっきり言わなかったのは大の大人がお金を持っていませんと見られたくないという見栄のためであった。


 「いいですよ~。お気になさらず~。お花に興味を持ってもらうのはうれしいですから~」


 店員、店長さんになるのだろうか。笑顔で接してくれる彼女は、見た目どおりに、しゃべり方もおおらかというかのんびりしている。


「実はですね~。この時間はお客さんがね~。あまり着てくれなくて、暇をしていたところなのです~。この街の方は~、あんまりお花が好きじゃないみたいで~」


 ああ、まぁ、俺意外にお客さんいないし。そもそも商店街の端にあるせいで、人自体が少なそうだし、暇っていうのはわからないわけじゃない。


 「その言い方からすると、お姉さんはもともとこの街に住んでいた人じゃないの?」


 「そうなの~。つい、二か月~?三か月ぐらい前に引っ越してきたばかりで、この店だって、最近開店したばかりなんですよ~。それなのに、このありさま~」


 口調のせいなのか、笑顔のせいなのかわからないが、緊張感というか悲壮感が感じられない。道楽で店をやっているのだろうか。


 「これから人は増えますよ。この商店街にはほかに生花店はなさそうですし、家庭を彩りたい人や贈り物なんかで需要はあるはずだから、これからお客さんは増えると思いますよ」


 「あら~。そう言ってくれるとありがたいわね~」


 お世辞のつもりで言ったのだが、店員さんは真に受けたらしく笑顔を浮かべた。……美人の屈託のない笑顔を向けられると、なんだか適当なことを言ったのが申し訳なく思えてくる


 「……あの、持ち運びが楽な鉢植えとかないですかね。育てやすければベストなんだけど」


 「あら~?買ってくださるのですか~」


 「うん。まぁ、せっかく花屋に来たんだから、一つぐらいね」


 いたたまれない気持ちが薄い財布の紐の固さに勝ってしまった。仕方がない。まぁ、普段から同居人に煩雑に扱われているので、少しでも穏やかな気持ちになるため植物のひとつや二つぐらい部屋に置いておいてもいいだろう。


 「でしたら~、この子はどうでしょうか~。クリートっていう種類のお花で~、一株に小さなお花がいっぱい咲くのです~。日の当たるところで、朝晩お水を上げれば、立派に大きくなりますから~」


 そう言って店員さんが棚から黄色い花が咲いた小さな鉢植を取り出す。店員さんの小さな手にちょうど納まるぐらいの大きさで、持ち帰るには便利そうではあった。特にこだわりはないし、まあ、これでいいや。


 「銅貨8枚になります~。」


 「あ、はい。……えっ!?」


 店員さんから言われた金額を懐の財布から取出し渡そうとすると、店員さんが急に銅貨を持った俺の手をぎゅっと握った。店員さんの突然な行動に心臓がどきりとした。


 「あなた~、お名前は~?」


 「え?……サツキです」


 美人の積極的な行動に、思わず緊張してしまい声が上ずった。そういえば長いこと女性と手をつなぐということなんてなかったのだから、当然こうなってしまう。


 「サツキ?サツキ、サツキ、サツキ……」


 何かを思いだそうとしているのか。俺の名前を連行する店員さん。そういえば冒険者登録して以来自分の本名を名乗っていなかったことを思い出す。ひょっとしたら自分の名前はこの世界の人間にとってとても奇妙なものなのかもしれない。


 「あの、自分の名前がどうかしました?植物みたいな名前だけど本名ですよ」


 「いえ、素敵な名前だと思いますよ~。でも、サツキという名前の植物は知らないわ~。お花屋さんなのに、無知でごめんなさい」


 申し訳なさそうに店員さんが頭を下げる。ミストとは知識の共有化を行っているため何気ない日常会話で固有名詞を出しても会話ができるが、ミスト以外の人間には伝わらないためこんな状況が発生してしまう。


 「いやいや、自分の故郷しかない植物だから知らなくて当然ですよ。店員さんは悪くないです」


 あわててフォローを行う。会話の端から自分の正体がばれるということはないだろうが、違和感を与え続けるようなことはなるべく避けたい。


 「トゥーラ」


 頭を上げた店員さんがぽつりと呟いた。


 「店員さんじゃなくて~、名前で呼んでほしいです~。これからずっと仲良くしてもらわなきゃいけないのに~、他人行儀な呼び方はちょっと嫌かな~」


 名前で呼べという唐突な提案だった。


 「ええと、じゃあ、トゥーラさん?」


 「トゥーラ」


 緑色の瞳がじっと俺を見る。呼び方については譲るつもりはないと言わんばかりの力強い瞳だった。しかし、初対面の女性を下の名前で、呼び捨てで呼ぶというのは失礼なことに感じて抵抗を覚える。


 「トゥーラ」


 店員さんはもう一度自分の名前を言った。今度は少し語気を強めに、諭すような口調であった。しかし、初対面の人間にこんなフレンドリーに接するものなのだろうか。


 「……トゥーラ、君は、もしかして俺のことを知っている?」


 手を握られたとき、なんとなくだがミストに近いものを感じた気がした。波長が合うというか、同族というか。自分と同じ人間ではない存在だろうとそしてトゥーラも俺から何かを感じとっているのかもしれない。


 「いいえ、サツキ様のことはまだ知らないわ~。でも~、その魔力の在り方は懐かしいものを感じるわ~」


 そう言って、トゥーラはにこりと笑った。

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