第8話 休暇
この世界に来て初めて一人で行動する日は朝から雲一つない、穏やかな晴天であった。こんないい天気であれば休暇にするのではなく、討伐を行ったほうがいつもより多くの成果を上げることが出来るのではないかと一瞬だけ思った。しかし休むときは休むべきであると思い直し、気持ちのいい晴れ空のもと言ったことのない市の中央通りを中心に散策してみることにした。
冒険者組合を含んだ官庁街から二区画ほど市の東側に移動すると、南北の街道が交差する四辻で立ち止まる。この場所が往来の中心であり、市内を出入りする商人や旅人が一挙に集まる場所であったからだ。現代に日本のような車が何千、何百と交差する交差点に比べれば大した場所ではないが、往来を管理している警邏の役人が、東西南北を行きかう人の流れを制止し、馬車や荷車と言った車両を通していたからだった。
アナログな誘導方法で交差点を行きかう人々を見るのは珍しかったし、時間はたっぷりとあるのだからとしばらくその光景を眺めることにし、四辻の隅でぼんやりと立ち止まる。
しばらく眺めていると、異様な一団が目の前に現れた。華美な装飾を細こされた馬車を一般的な馬よりも二回り以上体躯が大きな八本足の馬が車体を曳いていた。それが十数台梯団を組みながら通り過ぎて行く。
「こんな辺境に王都の御用商人の正体が来るなんて珍しい」
色あせた外套を羽織った恰幅の良い若い男が俺の隣に立ちながらそう言った。大きな背負い式のカバンと自衛用の刀を腰に下げている。一見して旅人だとわかる恰好であった。
「あまり見かけませんよね」愛想笑いを浮かべつつ適当な相槌で答える。
「馬車一台程度の小規模な取引だったらよく見かけるが、あれだけ大規模なものは珍しい。連中は基本的に王都や大都市でしか商いをしない」
「そうですか。何のために来ているのでしょうかね」
「さあね、連中の考えていることはよくわからんよ。ただあれだけ派手で大規模に動いているのだからきな臭い大商いでも見つけたのだろうよ」
そう言って旅人風の男は馬車の中心に描かれた紋章を指さす。
「ロンバーグ商会の主力商品は武具だからな。戦争でも起こそうとしているのだろう」
「戦争?」
物騒な言葉に思わず驚いた声を上げる。
「そんな物騒なことが起きるのですかね?」
「可能性はあると思っている。魔界の動向が不確かなため状況を確認するために、調査を目的とした中規模の派兵が行われるという噂がある。まぁ、あくまでも噂の域を出ていない流言だが」
「噂であってほしいですね」ただでさえ魔界の統一という前途多難な目的を持っているのに、人間側との戦争などこじれた問題を起こしてほしくない。
警邏が笛を鳴らして歩行者の往来を再開する。
「つまらない話をして申し訳ない。往来を邪魔された者の独り言として受け止めてくれ」
「いえ、こちらこそ」
旅人が帽子を持ち上げて別れのあいさつをし、人ごみの中に消えていった。
旅人に別れてから、四辻を離れた俺は、一般市民が利用する商店街の一角へと向かった。この街は東西に区画わけされており、普段俺たちのような冒険者がいるのが西側の区画になる。そちらは冒険者以外にも官憲や町の守備隊と言った存在が集中しており、おらくれ物が多く集う区画だ。方や東側はこの街にもともと住む住人たちが生活する区画であり、住宅地のほかに、食料品店や雑貨屋、服飾関係の店があったりしてごく普通の街並みをしている。
普通の異世界の街並みがそこにあるのだ。せっかくこんな状況にいるのだし、店を冷かすというのも気が引けるが、一度ぐらいはどのような商売が行われているか見ておきたいと思う。
そう思いながら、商店街の一角にある雑貨屋を除く。この店では日常生活で使う小道具のようなもの、掃除用具だとか、筆記用具などを取り扱っている店らしく。細かい商品が狭い店内いっぱいに陳列されている。日本のような大型ショッピングセンターに該当する商店はないが、商店街では専門品を販売するような店舗がいくつかあるようで、利用客はいろいろな店を出入りして、買い物をすませているらしい。
しかし、俺のような懐が寒い者にとっては、興味があっても買うことのできるほどの余裕はなく、せいぜい店を冷やかすぐらいしかできないのが悲しい。
それでもなにか、安くて買いたくなるようなものは無いものかと複数の店舗を出入りする。そんな行動をしていると子供の頃をふいに思い出した。故郷の夏祭りで与えられた少ない小遣いで少しでも祭りを楽しもうと、様々な露店を端から端まで見て回った。結局子供だましの玩具や安っぽい食事にすべて消えてしまうのだが、普段ではできない体験に毎回ときめいていた。
「子供の頃は楽しみだったな。いつもよりも両親がやさしくて……」
帰れなくなった故郷のことを思うと少しだけ心が締め付けられるような気がする。家族がいないからこんな気持ちになるのだろうかと考えるが、すぐに頭を振って否定する。
「ちがうな。家族というか頼れる身内がアレだから、ストレスからくる胃痛だろう」
きっと違いない。ミストがもっと女らしくてまともだったら、世話になったお礼にとでも言って、装飾品の一つや二つぐらい買ってやろうという気持ちがわいてくるのだろうけどそんな気持ちが湧いてこない。世話になっている分よりもあいつがかけた迷惑のほうが大きいからだ。
雑貨屋に並べられた髪飾りのひとつを手に取りながらそんなことを考える。大人が10人も入ることが出来ないほどの狭い店内に、工業製品ではない手作りの服飾品がカウンターの上に隙間なく並べられている。店内にあるものすべてが手作りの商品のようで、簡単な作りのものがほとんどを占めていたが、手作り感が味を感じさせる見た目であった。
せっかく店に入ってしまったのだから何かを買ってから出ていこうと考えたが、ほしいと思えるような小物は見当たらない。ならばミストにでもお土産を買って機嫌でも取ろうかと思いつくが、自分にセンスがないことを思い出す。特に女性相手へのプレゼントは否定しかされたことがないらしく、学生の時に気になる同級生に渡した誕生日プレゼントとか笑顔で返品されたことがあった。
……なんか、過去を思い出すといろいろな意味で悲しくなる。これ以上考えることはやめよう。ミストのことだから適当な菓子でも買ってやったほうがよっぽど喜ぶだろうし




