第2話 看板娘な冒険者・後編 ~小人少女Cさんの話~
前回のお話……冒険者であることを忘れていたコレット
(コ ゜Д゜)やべぇ
―――side:コレット―――
「なんでまた灰猟犬の討伐なんだよ」
「リベンジです」
あたしが選んだ依頼は『灰猟犬の討伐』。
依頼受注後、あたしとフカミさんはネーテの北にある森までやってきた。
「正直に言います。あたしは灰猟犬が苦手です。ぶっちゃけ怖いです」
「本当にぶっちゃけたな」
忘れもしないあの恐怖体験。
初めて請けた依頼。
ノコノコと一人で森に入ったあたしは、複数の灰猟犬に囲まれ、余りの恐怖に戦うどころか、逃げることすら出来なくなった。
それ以来、あたしの中には灰猟犬に対する苦手意識が芽生えてしまった。
そのおかげでフカミさんとも知り合えたんだけど……。
「あたしも冒険者である以上、いつまでもそれではいけないと思うんです」
最近は完全に酒場の女給と化していたけど、冒険者を辞めるつもりはない。
苦手なものは早い内に克服してしまおう。
「その心意気は立派だと思うんだがねぇ」
なんとも言えない微妙な表情で周囲を見回すフカミさん。
うん、言いたいことは分かる。
「出てきませんね、灰猟犬」
「出ないなぁ」
森の中を散策し始めて一時間は経つけど、肝心の灰猟犬と遭遇出来ない。
小銭稼ぎのつもりで少量の薬草を見付けたくらいしか成果がない。
「ちょっと前までは、頼まなくても出てきてくれたのにな」
「アレはアレで困りますけどね」
あたしが冒険者になったばかりの頃、この森で灰猟犬が大量発生するという事件が起きた。
フカミさんとそのお仲間の手によって事件は解決したんだけど、何故かあたしまで巻き込まれ、ほんちょっとだけ事件解決に貢献することとなった。
本当に死ぬかと思った。
もう二度とヘルハウンドになんか遭遇したくない。
あたしが当時の恐怖体験を思い返していると、フカミさんが地面に何かを撒いていた。
「フカミさん、何やってるんですか?」
「んー、撒き餌かな」
「撒き餌?」
いつの間に用意したのか、フカミさんの手には大きめの干し肉が握られていた。
どうもこの干し肉を食べ易い一口サイズに千切って、地面に撒いているみたい。
でも干し肉に釣られて出てくるかな?
「だってあいつら野犬だろ?」
「いえ、魔物なんですけど」
「でも犬だろ?」
「……まあ犬ですけど」
少なくとも見た目だけは。
この人は時々こんな風に突拍子もないことをする。
短い付き合いながら、彼のやることにいちいちツッコんではいけないと学んだ。
「でもこれだと他の肉食系の魔物や獣まで引き寄せることになりません?」
「……信じよう」
……ツッコんではいけない。
不安と疑念を抱きつつも、干し肉を撒きながら歩くこと約二十分。
撒き餌の効果を確認する為、来た道を戻ってみた結果―――。
「本当に出てきた」
―――ガツガツと美味しそうに干し肉を貪る一匹の灰猟犬の姿があった。
まさに畜生同然。魔物らしさなんて皆無。
食事に夢中な所為か、木立の影に身を潜めたあたし達に気付く様子もない。
なんであたしはこんな奴を怖がっていたんだろう。
これじゃ本当に……。
「まんま腹を空かせた野犬だな」
「言わないで下さい」
なんだか情けない気持ちになってくるから。
「んで、どうするよ?」
「……やります」
元々そのために来たんだ。
たとえ食事中だろうと構うものか。
今ここで、この魔物に対する恐怖を完全に克服してやる。
あたしは腰に付けたポーチから事前に用意していた道具を取り出した。
「投石紐ってヤツか?」
「はい、暇を見付けては練習してたんです」
投石紐―――その名の通りに石を遠くへ投げるための紐状の道具。
フカミさんが使っていたスリングショットと名前が似ているけど、これは別物。
石を包んでおく為の、特殊な植物の繊維で作られた受け部分とその両端から伸びる二本の紐。
この紐を持ってグルグルと振り回し、遠心力を付けて石を投げ飛ばす。
構造としては簡単だけど、これが中々馬鹿に出来ない。
小人族は戦闘向きの種族ではない。
一部の例外はあるけど、あたしも含めてその多くは他種族よりもずっと非力なのだ。
だったら非力なりの戦い方をするまで。
そう開き直った末に行き着いた手段の一つが、この投石紐。
慣れない内は全然狙い通りの箇所に当てられず、見当違いの方向に石を飛ばしていたっけ。
投げるのに適した手頃な大きさの石―――礫をポケットから取り出し、受け部分に包む。
森の中を歩いている間に予め拾っておいたものだ。
片手で二本の紐を握り、回転させながら構える。
目視で距離を測り、狙いを定め、回転の勢いを増していく投石紐を一気に振り切った。
「えいッ」
ひょうと風を切って飛んでいく礫は、狙い違わず灰猟犬の片目に命中した。
命中を確認すると同時に、あたしは木立の影から飛び出し、ギャンッと悲鳴のような鳴き声を上げて首を仰け反らせている灰猟犬へと接近した。
走りながらナイフを抜き、片目を潰された痛みと驚きで動けずにいる灰猟犬の首筋へと刃を突き立てた。
刺したままのナイフを捻れば、ブルッと一度だけ灰猟犬の身体が大きく震えたけど、まだ致命傷じゃない。
素早くナイフを引き抜き、仰け反ったまま無防備に晒されている喉元に刃を走らせる。
斬り裂かれた咽喉から赤黒い血が噴き出し、力を失った灰猟犬の身体が横に倒れた。
「……ふぅ」
完全に動かなくなったことを確認してから、詰めていた息を吐き出す。
あぁ、緊張した。
フカミさんが「おー」と感心したような声を上げる。
「なんだ。苦手だとか言ってた割りにゃ、ちゃんと動けるでないの」
「ありがとうございます。お手本もありましたから」
「お手本?」
不思議そうに首を傾げるフカミさん。
さっきのあたしの戦い方は、かつてフカミさんが見せてくれた動きを真似したものだ。
体格の関係もあり、あたしは正面切っての戦闘が苦手だ。
だから正攻法じゃないやり方で戦う。
そういった戦いを得意とする人も目の前に居るし。
正攻法じゃない手段―――色々とセコかったり、イヤらしかったり、えげつなかったり―――で戦わせたら、きっとフカミさんの右に出る者はいないと思う。
「何故か知らんが貶された気がする」
褒めてるのに。
灰猟犬の死骸から魔石を抜き取り、ある程度の汚れを拭き取ってから、持参した革袋に入れる。
今回の依頼に討伐数の指定は無いので、あとは報告さえすれば依頼達成なんだけど……。
「どうするよ?」
言外にまだ続けるのかと問いを発するフカミさん。
「……いえ、今回はここまでにしておきます」
確かに危なげなく仕留めることは出来たけど、それは灰猟犬が干し肉に夢中になっているところを不意討ちしたからだ。調子に乗ってはいけない。
これだけの時間を掛けても、まだ一匹しか発見出来ていないのだから、今日は運にも恵まれてなさそう。
あまり時間を掛けて暗くなっても困るし、こういう時に無理は禁物。
普段のあたしは単独なんだから尚更気を付けないと。
「苦手意識は克服出来たかい?」
「どうでしょう」
完全に克服出来たかは分からないけど、自分の手で仕留めたおかげか、以前のような苦手意識は感じなくなった。
少なくとも、今後は一人でも灰猟犬に関する依頼を受けられると思う。
「なら成果としては上々だろ。夜になる前にとっとと帰ろうや」
そうですねと返し、森を出るべくフカミさんと並んで歩く。
「今日の晩飯って何?」
「珍しく塩漬けの魚が手に入ったから、それを使うって言ってましたけど」
緊張感のない会話をしながら歩いていたのがよくなかったのか、木立や茂みの少ない開けた場所まで来たとき―――。
「「あっ」」
―――沢山の灰猟犬と出くわした。
一、二、三……十匹以上いる。
あたしの記憶が確かなら、ここは特に念入りに干し肉を撒いた場所だった気が……。
更にタイミングの悪いことに、今まさに食べ終えたところなのか、どの個体も口の周りを舌でペロペロと舐めていた。
そんな場所にノコノコと足を踏み入れてしまったあたしとフカミさん。
一斉にこちらを振り向く灰猟犬の群れ。
「逃げるぞ」
「はい」
行動は迅速だった。
素早く反転し、その場から逃走を図るあたしとフカミさん。
そんなあたし達を逃がすまいと全力で追ってくる灰猟犬の群れ。
真昼の逃走劇はこうして始まり、一時間以上にも渡って繰り広げられることとなった。
―――その夜―――
「なんかフカミさんと一緒にいると、追われてばっかりの気がします」
「おいコラ待て、俺の所為みたいに言うな」
水鳥亭の酒場。
珍しくフカミさんはカウンター席に座り、一人で食事を取っているけど、ミシェルさん達はどうしたんだろ?
あたしは給仕服に着替えて、いつも通り酒場の仕事に勤しんでいる。
あの後、なんとか灰猟犬の追撃を振り切ったあたし達は、這う這うの体でネーテの街まで帰還し、ギルドへの報告を済ませた。
逃走する過程で更に四匹の灰猟犬を倒し、合計討伐数は五匹となった。
流石に魔石は入手出来なかったけど、結果だけを見れば充分な成果だ。
受付さんの労いの言葉を聞き流し、報酬を受け取った後は、用事があるというフカミさんと別れて、あたしは水鳥亭に帰った。
そしてまだ日も高い内から寝た。疲れ果てていたから。
日が落ちてきた頃に目が覚めたので、少し遅いけど酒場の仕事をすることにした。
女将さんからは無理をしなくてもいいと言われたけど、相当な好条件で雇ってもらっているのだから、多少キツくても頑張らなければ。
しばらくすると眠そうな顔でフカミさんも二階から降りてきたけど、いつ帰ってきたんだろ?
「ごはんちょうだい」
「まずは座って下さい」
なんでちょっと可愛く言うんですか。
カウンター席に座ったフカミさんが食事をする傍ら、あたしは給仕に勤しんだ。
酒場の中もある程度落ち着いてきた時、フカミさんから果実酒を頼まれたので、どうせお代わりもするだろうからと瓶ごと持っていった。
案の定、気にせず呑んでいた。
「どうよ、あれだけやればもう苦手意識なんて克服―――」
「した訳ないでしょう」
むしろ悪化した。
なんでそんな信じられないみたいな顔するんですか。
森の中、灰猟犬にひたすら追い掛け回されるって、前回と状況が同じですよ。
「トラウマが刺激されましたよ」
「そうか、まぁ……頑張れ?」
そう言って果実酒の注がれたコップを押し付けてくるフカミさん。
要りません。
「あたしが灰猟犬を克服出来る日は来るのでしょうか……」
「いつかは来るんでない?」
いつかってそんな……。
フカミさんは我関せずな態度で食事を再開した。
ちょっと寂しい。
「また手伝ってくれますか?」
「あん?」
「あたしがまた灰猟犬の討伐依頼を受けたら、一緒に来てくれますか?」
むーんと微妙に悩みながら、フカミさんは果実酒をチビチビと呑み出した。
「おーいコレットちゃん、注文頼むよ」
「今忙しいので後にして下さい」
「ええッ!?」
何やらお客さんが驚愕の声を上げているけど無視する。
どうせエールのお代わりでしょ。自分で注げ。
あたしにとってはフカミさんの答えを聞く方が重要なんだ。
「お前、客を無視するなよ」
「そんなことどうでもいいから早く答えて下さい」
「どうでもよくはないと思うが……」
「フカミさんッ」
「ああもう分かったよ。お前が克服出来るまで付き合ってやるよ。但し俺が暇な時だけだぞ」
「本当ですね? 約束ですよ?」
思わず詰め寄って念押ししたら、近い近いと押し返された。
顔を押さないで下さい。
「絶対ですよ? 嘘ついたら槍千本刺して魔物の餌ですからね」
「……それ流行ってんの?」
何故かげんなりした表情を浮かべるフカミさん。
槍に何か嫌な思い出でもあるのかな?
「分かった分かった。約束はちゃんと守るから、いい加減他の客の所に行ってやれ。お前看板娘だろうが」
「正確にはあたしも含めて全員が看板娘ですけど」
「ゴチャゴチャ言わんとはよ行け。お前に無視されて泣いてる客までおるがな」
言われて、テーブル席の方に目を向ける
本当に何人かが泣いていた。
女将さんの娘姉妹がフォローしている。
これはよろしくない。
「それじゃ、あたしは仕事に戻ります。ごゆっくりどうぞ……あっ、フカミさん」
「んー?」
「今日はありがとうございました」
「そっちもお疲れさん。仕事頑張れよ、コレット」
「はいっ」
フカミさんに笑顔で返事をしてから、あたしは仕事に戻った。
またフカミさんと一緒に冒険が出来る。
そう思うだけで、心も身体も軽くなったように感じられた。
あたしが灰猟犬を克服出来るまで付き合ってくれるんだよね。
だったら……。
「別に克服出来なくてもいいかなぁ」
そうすればずっと付き合ってもらえるよね。
なんてイタズラ染みたことを考えながら、あたしは今宵も仕事に励んだ。
―――いらっしゃいませ。
お読みいただきありがとうございました。




