第1話 看板娘な冒険者・前編 ~小人少女Cさんの話~
サブキャラ達による幕間的なお話です。
―――side:コレット―――
「お待たせしました。エールのお代わりです」
並々とエールが注がれたコップを四個纏めて運び、中身が零れないようにテーブルの上に置く。
すっかり顔を赤くしたお客さん達は、我先にとコップに手を伸ばした。
「ありがとよぉ、コレットちゃん」
「ごゆっくり」
「おーいコレットちゃん、こっちにもエール二つ追加してくれ」
「はぁい、すぐにお持ちします」
別のテーブルのお客さんから追加の注文が入った。
忙しい。
お客さんとテーブルの間を縫うように移動しながら厨房へ向かう。
こんな時だけは、自分の小さな身体を有り難いと思ってしまう。
「女将さん、エールの追加を―――」
お願いしようと思ったけど止めた。
女将さんは次から次へと注文される料理を作るのに忙殺されているし、同僚でもある女将さんの娘姉妹も忙しそうに店内を動き回っている。
他のことに手を回せるような余裕は無さそうなので、自分で用意することにした。
料理の手伝いは出来ないけど、お酒くらいは一人でも用意出来る。
「お待たせしました。追加のエールです」
追加のエールをさっさとお客さんに届けて、次の仕事に取り掛かる。
空いた皿やコップを片付け、水で濡らした雑巾でテーブルの汚れを拭き取っていく。
そうしている内に新しいお客さんが入店したり、追加の注文が入ったりする。
本当に忙しい
あたしがこの水鳥亭の給仕として働くようになり、同時に起居するようになってから、もう一月以上になる。
そこそこ仕事に慣れてきたとは思うけど、実際はどうなんだろう。
自分では分からないや。
あたしの名前はコレット。
一応、十五歳の成人なんだけど、初対面の人には中々信じてはもらえない。
それも仕方ないとは思う。
何故ならあたしは小人族だから。
小人族は身体が小さく、成人しても人間の子供のような外見をしている為に、実年齢を間違われ易い。
あたしも働き始めたばかりの頃はよく間違われた。
もう慣れちゃったので腹も立たないけど……。
「コレットちゃん、注文いいかい?」
「あ、はぁい」
テーブルの汚れを手早く拭き取り、お客さんの元へ向かう。
受けた注文を女将さんに伝えるのと入れ替わるように出来上がった料理を受け取り、別のお客さんのテーブルへと運ぶ。
動く度に給仕服のスカートがヒラヒラと揺れて落ち着かない気持ちになるけど、気にしてもいられない。
というか気にしたらもっと恥ずかしくなる。
たまに酔った勢いでお尻を触られそうになるけど、そんなものは適当に躱したり、伸びてきた手を軽く叩いてやり過ごす。
こんなちんちくりんのお尻なんか触って楽しいの?
相手にする時間も惜しいので、いちいち注意なんてしないけど。
ああ、本当に忙しい。目が回りそうだ。
―――仕事に没頭している内に店仕舞いの時間がやってきた。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
閉店間際まで店内に残っていたお客さん達がゾロゾロと連れ立って帰っていく。
そちらに向けて、しっかりと腰を折りながら挨拶をする。
この挨拶の仕方は、あたしにこの仕事を紹介してくれた男の人から教わったものだ。
いらっしゃいませとありがとうございますの挨拶は丁寧に徹底するように、と。
「言うと言わないとじゃ大違いなんだよ。それにこういうのって、言われた方は結構嬉しいもんなんだぞ?」
なんて感じで力説された。
でも実際、お客さんの受けはいいんだよね。
挨拶はシャカイジンの基本だって言ってたけど、そもそもシャカイジンってなんだろ?
あの人は時々難しいことを言う。
最後のお客さんを見送った後は、お店の正面に吊るされたランプ等の明かりを落とす。
これで本当の店仕舞い。
疲れた。でも仕事はまだ終わりじゃない。
「今日もごちそうさん」
「ふぁぁああ~、ねっむ」
「はい、おやすみなさい」
水鳥亭は宿屋も兼ねているので、ここで部屋を取っている人達は上の階へ引き上げていく。
一階に残っているのは、あたしとお店の姉妹の三人だけ。
女将さんは奥に引っ込んで、今日の売り上げの集計をしている。
「頑張ろう」
小さく声に出してから最後の仕事―――店内の清掃に取り掛かる。
これが終わればあとは寝るだけ。
少しでも早く終わらせるために三人で手分けして行う。
今日のあたしの担当は床。
まずはテーブルや椅子を店の端へ動かす。
次に箒を使って床に落ちているゴミやおつまみなんかの残骸を片付ける。
最後にモップ掛け。零れたお酒やら油やらで汚れてしまった床板を力いっぱい擦る。
よくもまあ一日でここまで汚せるものだと呆れてしまうけど、酒場なんて何処も同じようなものかもしれない。
あんまりお酒呑まないからよく知らないけど……。
「早く終わらせなきゃ」
そこからは余計なことを考えるのは止めて、せっせと無心で床掃除に取り組んだ。
これでも見た目よりは体力があると自負している。
そんなに広いお店でもないので、程無く清掃は終了した。
これで今日の仕事は全てお仕舞い。
あとは部屋に戻って寝るだけ。
酒場を開けるのは夕方になってからなので、買い出しや仕込みなんかは昼過ぎから始めても充分間に合う。
時間には余裕があるので、日中はゆっくりしようと掃除用具を片付けながら考えている途中、ふと思った。
あれ、あたしって何しにこの街に来たんだっけ?
―――翌日―――
「という訳で依頼を受けようと思います」
「……お前は俺に対して他に言うことがあるんじゃないのか?」
翌日、あたしは冒険者ギルドにやってきた。
隣には、あたしに水鳥亭の仕事を紹介してくれたマスミ=フカミさんも居る。
変わった服装をした黒髪黒目の人間族の男の人。
いつもは飄々としているフカミさんが、今日はなんだか不機嫌そう。
「一緒に頑張りましょう?」
「本気でそんな言葉を俺が求めているとでも?」
「ご機嫌斜めですね」
「気持ち良く寝てるところを叩き起こされりゃ、誰だって不機嫌になるわ」
フカミさんは数日前に盗賊討伐の合同依頼から帰ってきたばかりで、今日は一日休みの予定だったらしい。
それをあたしが外に連れ出した。
フカミさんが泊まっている部屋のドアを延々とノックし続けて……。
中々出てきてくれなかったので、途中からは根比べみたいになってた。
流石に三十分以上もノックされるのは我慢ならなかったようで、「やっかましゃぁぁああああッ!」と怒鳴り声を上げながら起きてくれた。
「お前も大概図々しくなったよな」
「エヘッ」
「褒めてねぇよ」
「真面目な話をすると、しばらくまともに依頼を受けてなかったので、このままだとペナルティが発生しちゃうんです」
お店の仕事が忙しくてすっかり忘れていた。
部屋着と給仕服以外を着るのは何日振りだろ。
ちょっとした罰金や評価が下がるくらいならともかく、最悪除名の可能性も有り得る。
あたしは未だに銅級だから特に気を付けないと。
「それは分かったが、なんで俺まで?」
「一人だと不安だったので……」
あと失敗したくないので。
久し振りだから正直自信が無いんです。
だからそんな残念な子を見るような目であたしを見ないで下さい。
これ見よがしに溜め息を吐かないで下さい。
「まあいいや。んで、依頼は決まってんの?」
「あ、これを受けようかと思ってます」
掲示板から剥がしてきた依頼票を差し出すと、フカミさんはどれどれと言いながら受け取った。
そして記入されている内容に目を通す。
「……これ?」
怪訝そうに問うてくるフカミさんに対し、あたしは頷きを返した。
あたしが受けることに決めた依頼とは……。
お読みいただきありがとうございます。




