第26話 牙無き友と牙持つ友 ~アラサー警備員、ケモナーに目覚める?~
前回のお話……盗賊団、決着
(ミ ゜Д゜)殴らせろ!
(真 ゜Д゜)キャアアアッ!?
第四章最終話です。
広場の中央に焚かれた大きな篝火を囲むように何枚もの敷布が広げられている。
全員がその上で思い思いに寛ぎながら、用意された料理や酒に舌鼓を打っている。
当然、俺もそうなのだが……。
「悪かったな、色々と」
「あぁ、うん、まぁ……お気になさらず?」
何故かは知らんが、ルトと向かい合って酒を呑み交わしていた。
どうしてこうなった……。
どうもお先に始めております。深見真澄です。
集落に巣食っていた盗賊共を撃退し、わたくしめが一眠りした後のことについてお話しましょう。
ほんの十分程度の浅い眠りから目覚めた俺が最初にやったことは、飽きずにまだ喧嘩を続けているミシェルとローリエの仲裁というか両成敗。
他のメンバーの手も借りて、がっぷり組み合っている二人をなんとか引き剥がし、双方に全力の拳骨を叩き落としてやった。
二人とも殴られた頭を押さえながら声もなく蹲っていたが、殴った俺自身も蹲る羽目になった。
左右の拳が尋常ではない痛みに苛まれたからだ。
この石頭共め……!
俺が自力で立ち上がれる程度にまで回復した頃、応援に向かわせたエイルやトルムと一緒にニナが戻ってきた。
目に涙を浮かべている俺達を見て、三人とも怪訝そうな顔をしていたけど、理由が理由なので説明するのは差し控えた。
「みんなは集落の外に避難させた」
囚われていた獣人達も無事救出出来たようで何より。
めでたしめでたし……で終われれば楽だったのが、まだ事後処理が残っている。
まず盗賊共の処遇だが、赤毛団長も含めて生き残っている連中は、報告ついでに全員ギルドへ引き渡す。
死んだ連中に関しては、集落から離れた森の奥に放置だ。
散々悪さをしてきた連中を態々供養してやるような義理などないし、何よりそんな余裕もない。
森に生息する魔物や獣達がキレイに片付けてくれることだろう。南無。
次に獣人達のアフターケア。
依頼内容には含まれていないので、本来なら俺達がそこまで面倒を見てやる必要もないのだが、劣悪な環境に押し込められて弱り切った獣人達のことを思うと―――俺の精神安定上の為にも―――見て見ぬ振りは出来なかった。
食料や医薬品といった物資を提供し、彼らの援助をさせてほしいとみんなに申し出た次第である。
ほとんど俺の我が儘みたいなものなので、経費は自分一人で負担しようと考えていたのだが、ここで我がパーティメンバーからの待ったが入った。
「私達はパーティだ。喜びも苦労も皆で等しく分かち合うべきだ」
「皆さんをこのまま放っておけないのは、わたし達も一緒です」
「それでこそぉ、マスミくんなの~」
「あ、俺はフカミさんのやることに従います」
なんてことを言ってくれるものだから、密かに感動してしまったよ。ええ子らや。
そしてセントよ、悪いがお前の意見は最初から聞いとらん。
「すまなかった。私はマスミのことを誤解していたようだ。お前がそんなにも義に厚い男だとは思わなかったぞ!」
俺の申し出にいったい何を勘違いしたのか、一人でテンションを上げたジュナが満面の笑みを浮かべながら、バッシバシと人の肩を叩いてくる。
非常に痛いので今すぐ止めてほしい。
放っておいたら寝覚めが悪くなりそうだから援助を申し出ただけなんだけど……とは最早言えない雰囲気。
「乗り掛かった舟ってヤツだな。しゃあねぇだろ」
ローグさんからも苦笑交じりの許可をいただき、他のみんなからも反対意見は出なかったので、ならば遠慮は要るまいとありったけの物資を提供させてもらった。
空間収納様様である。
もういい加減隠すのも面倒臭かったので、口止めもせずにガンガン使ってやったぜ。
俺が空間収納を使っている光景を初めて見た者達は、全員目を丸くしていてちょっと面白かった。
そりゃ何もない空間からいきなり大量の荷物が出てきたら、誰でも驚くわな。
こんな感じで、ギルドへの報告兼盗賊を連行する班と集落に留まる班とに分かれて行動し、事後処理を終えるまで三日程の時間を要した。
そして本日、俺達は集落で開かれた宴に招待されたのだ。
折角のお誘いを断るのも野暮であろう。
「大した持て成しも出来んが、儂らからのせめてもの心尽くしじゃ」
という集落の長からの有り難いお言葉と共に始まった宴。
宴といっても場所は森の中。
それも百人足らずの小さな集落で行われるものだ。
何か派手な催しがある訳でもなし。
精々が普段より豪勢な食事や酒を楽しみ、陽気に語ったり、歌ったりといった程度だ。
それでも長さんは相当奮発してくれたのだろう。
敷布の上には様々な食事や酒が所狭しと並べられ、集落の誰もが笑顔で俺達を歓待してくれていた。
ここまでの持て成しを受けて不満などあろう筈もない。
という訳で、存分にその心尽くしを味わわせていただくことになった。
俺達は一塊にならず、出来るだけバラバラに散らばって座り、獣人達とコミュニケーションを取るようにした。
「さぁ冒険者さん、遠慮なく呑んで下さいな」
「どうもどうも」
俺の隣でお酌をしてくれるのは、兎耳が大変キュートな娘さん。
手ずから注いでもらった果実酒を味わいつつ、周囲に目を向けてみる。
解放された獣人達の顔は皆一様に明るく、広場のあちこちから笑い声が聞こえてきた。
実に幸福そうである。
自由を奪われ、望まぬ生活を強いられていたのだから、その喜びも一入といったところか。
結果的にせよ、俺達の行動が彼らの助けとなり、この光景に結び付いた。
そう思うと、なんとも誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。
身体を張った甲斐があるというものだ。
「人様に感謝されるのは気持ちがいいねぇ」
酒と肴を存分に味わいつつ、穏やかな時間をのんびり楽しんでいると、全身包帯だらけのルトがやってきた。
「邪魔するぞ」
俺の前にドカッと腰を下ろしたルトは、持参した土瓶からコップへ手酌で酒を注ぎ、一息で呑み干してしまった。
こいつは何をしに来たんだ?
意図が分からず首を捻っていると、何も言わずに空になっていた俺のコップへ酒を注いできた。
条件反射で思わず呑んでしまう。違う味の果実酒だ。
俺が呑み終わるを確認したルトは、また手酌で自分のコップに酒を注ぎ、ゴクゴクと音を立てて呑んだ。
そして呑み終わるとまた俺のコップに酒を注いでくる。
ピッチが早い。あっという間に土瓶の中が空になり、ルトは近くにあった別の土瓶を手に取った。
しばらく無言で交互に酒を呑む時間が続き、俺の隣に座っていた筈の娘さんも知らぬ間に席を外していた。
そうして三本目の土瓶が空になった頃……。
「悪かったな、色々と」
ここでようやく冒頭に戻る。
端正な顔を酒気によって赤くしたルトは、どこかボンヤリとした様子で口を開いた。
「お前の言う通りだ。家族のためだなんだって言って自分を誤魔化して、結局俺は盗賊共にビビッて逆らえなかっただけなんだ」
あれ程までに吠え猛っていた男と同一人物とは思えないくらいに弱々しい口調。
森の中で対峙した際に見せた激情が微塵も感じられず、少々面食らってしまった。
「ただの負け犬……いや、負け猫か。本当に情けねぇ」
自嘲するような薄笑いを浮かべるルト。
こんな表情でも絵になるのだからイケメンというのは本当に得だなぁと場違いな感想を抱いてしまった。
というか俺の言ったことをそこまで気にしているとは思わなかった。
「あの時はまぁ、俺もかなり感情的になっちゃったけどさ。お前さんの気持ちは分かるのよ。立場が逆なら俺だって同じことをしてたかもしれん」
俺は近くに置かれていた土瓶の中から、まだ中身の残っている物を選び、自分とルトのコップへ酒を注いだ。
「やり方はどうあれ、お前さんなりに家族や集落のみんなを助けるために考えた結果なんだろ。それ自体を否定するつもりはないよ。そして諸悪の根源は全員仲良くあの世かブタ箱行き。もうお前さんが悪事の片棒を担ぐ必要は無くなったんだ」
「でも俺は……」
「集落のみんなも晴れて自由の身、めでたしめでたし。それでいいじゃないの。あんまり思い悩んだってしょうがないだろ」
自分の分の酒を呑みつつ、ルトにも呑むよう勧める。
ルトはしばらくコップの中を睨むように見詰めた後、グイッと一気に呷った。
さっきから身体に悪い呑み方を繰り返しているが、止めろと言ったところで今は聞かないだろうから、好きにさせておこう。
「それにお前さんは、俺なんかよりも話さなきゃならん子がいるだろ?」
俺がルトの後ろに目を向ければ、つられてルトも振り返った。
「……ニナ」
そこには不安そうにルトを見詰めるニナの姿があった。
その傍らにはローリエもおり、ニナの小さな身体を支えるように優しく肩に手を置いていた。
「ほら、行ってこい」
軽く肩を叩いて促してやれば、ルトは緩慢な動作で立ち上がり、ニナの元へと向かった。
それに併せてローリエもニナの傍を離れ、俺の隣へと移動した。
俺とローリエが見守っている中、兄妹は暫し無言で向かい合っていたが、おもむろにルトが口を開いた。
「ニナ……すまなかった」
「兄さん?」
「俺は兄貴失格だ。妹の、お前のことを信じてやれなかった」
「そんな、兄さんは悪くないよ。ニナが勝手なことをしたから……」
「でも俺はお前を……家族を手に掛けようとしたんだぞ。許される筈がねぇ」
苦しそうに言葉を紡ぐルト。
一言一言を吐き出す度に、彼の表情が後悔に染まっていく。
そんな兄とは対照的に、ニナの表情からはどんどん不安の色が抜けていった。
「兄さんはお母さん達を助けようと必死だっただけだよ。ニナの方こそ、勝手なことをしてごめんなさい」
「お、お前が謝る必要なんてねぇよ。俺がもっとしっかりしてれば―――」
「じゃあ二人とも悪かったってことだね」
穏やかな表情を浮かべながらルトの台詞を遮るニナ。
そんな妹のことを兄はまじまじと見詰めている。
「俺を許してくれるのか?」
「許すも許さないもないよ。マスミも言ってたでしょ。集落のみんなが助かって、めでたしめでたし。それでいいでしょ、兄さん」
「―――ニナ!」
「兄さん!」
篝火の明かりに照らされながら抱き合う兄弟。
互いの頬を伝う涙が光を反射し、微かにキラキラと輝いている。
感動的なワンシーンだ。
「やれやれ、これで本当に一件落着かね」
「お疲れ様でした、マスミさん」
ローリエが何処となく恭しい手付きでコップに酒を注いでくれた。
ありがとうと礼を言ってからコップに口をつける。
「……何も聞かないんですか、わたしのこと」
コップの中身が半分程まで減った辺りで、ローリエがポツリとそんなことを呟いた。
「聞いてほしいなら聞くけど、ローリエは話したいの?」
「話したいとは思っています。けど……」
話したいけど話せないか。
今も晒されたままになっている獣耳と尻尾。
何故、ローリエが自らの正体を隠していたのか。
気にならないといえば嘘になるけど……。
「んじゃ聞かない。気が向いたらその内教えておくれ」
「マスミさんは、それでいいんですか?」
「いいも悪いも、話せないんじゃしょうがないだろ。どうせそれってローリエだけじゃなく、ミシェルにも関係あることなんだろうし」
気付いていたんですかと言って目を見開くローリエ。
なんとなく予想はついていた。
ローリエの性格的に、自分一人に関することならとっくに話してくれていたと思う。
では何故話せないのか。
きっと自分以外の誰か―――ミシェルに関わりのある事柄だからだろう。
当のミシェルは、ローグさんやディーンさんと一緒になって集落の男衆と呑み比べをしている。
また二日酔いになっても知らんぞ。
「誰だって秘密の一つや二つくらい持ってるもんさ。無理には聞かんよ。話したくなったら話せばいい」
それまで気長に待つとしよう。
そう決めた俺は、残っていた酒を一口で呑み切った。
「マスミさん……どうぞ」
何故か神妙な顔付きで俺の前に頭を突き出してくるローリエ。
「何してんの?」
「約束しましたよね。全部終わったらわたしの耳を触らせるって。今それを履行します」
「おお」
そういえばそうだった。
目の前でピクピク動く犬耳を見ていると、抑えていた衝動が鎌首をもたげてきた。
「……いいんだな?」
「お好きなように」
では遠慮なく。
コップを敷布の上に置き、自由になった両手を犬耳に伸ばす。
どうせなら左右両方の感触を確かめたかったのだ。
あと少しで指先が犬耳に触れようとした時―――。
「駄目」
―――ニナの頭が間に割り込んできた。
遠ざかる犬耳。近付く猫耳。
最早、止まることの出来ない俺の両手は猫耳に触れてしまった。
そして半ば自動的に動き出す指先。
猫耳を優しく揉み解す。モミモミ、モミモミ、我ながら絶妙な力加減である。
「ニャアァァァ……」
目を細め、気持ち良さそうな声を漏らすニナ。
その向こうでは、喰い殺さんばかりの恐ろしい目付きでルトが俺を睨んでいる。
だが生憎、俺の意識は今触っている猫耳にのみ向けられていた。
フサフサとした体毛。柔らかく、しっとりとした触り心地。微かに感じる温もり。
なんだこの物体は、手が離れない。止まらない。ずっと触っていたい。
「ズ、ズルいですよ! わたしが先に触ってもらう筈だったのに。割り込みなんて反則です。ニナちゃん、早く代わって下さい!」
「ニャア、やだ」
俺の前からニナを退かそうとするローリエと抵抗するニナ。
心底悔しそうに歯を食い縛り、感動とは別の涙を流すルト。
多くの獣人に囲まれながら騒ぐ仲間達。
「牙無き友よ!」
「牙持つ友よ!」
『乾杯!!』
セントと男性獣人が互いにコップを掲げれば、みんなも自分のコップを掲げ、近くに立つ者とぶつけ合った。
もう何度目になるかも分からない乾杯。
ぶつけ合う度に中身が零れて降り掛かるが、誰も濡れることなど気にしていない。
絶えることのない笑顔。
どんどん大きくなっていく笑い声が夜の森に響き渡った。
「牙無き友と牙持つ友か」
ニナの猫耳から手を離すと、ポケットの中で眠りこけているニースを起こさないようにスマホを取り出し、その光景を写真に納めた。
「うん、よく撮れてる」
撮影された写真の出来映えに満足した俺は、さっさとスマホをしまい、目の前に居る牙持つ友の猫耳の感触を再び楽しむことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。




