第21話 吼える彼女
前回のお話……アジト発見、そして強襲。
(ロ ゜Д゜)あぶなーい
「マスミさん、上ッ!」
悲鳴染みた警告を耳にした瞬間、俺は咄嗟に前方へ身を投げ出していた。
直後、すぐ後ろで発生した凄まじい破砕音と背中にぶつかる風圧に肝が冷えた。
何度か地面を転がり、ローリエが警告を発することになった原因―――頭上から俺に襲い掛かってきた何者かの正体を確かめるべく、後ろを振り返る。
襲撃者は若い男だった。
見たところ、年齢は二十歳前後。
引き締まった体躯は、簡素な衣服越しでもよく鍛えられていることが分かり、乱雑に切られた明るめの茶髪と相まって、かなりの野性味を感じさせた。
目付きは鋭く、髪と同じ色の瞳が俺達を睨んでいた。
男は先程まで俺が身を隠していた木立のすぐ傍に立っているが、その足元の地面は不自然なまでに崩れていた。
先の襲撃の際に出来たものだろうが、いったい何をどうしたらあんな芸当が可能なのか。
もしも今の攻撃を喰らっていた場合、今頃は俺の身体も同じように砕かれていたかもしれない。
「お前さんも獣人かよ」
男の頭部からはニナと同じような三角の獣の耳が、臀部からは尻尾が生えていた。
盗賊に望まぬ協力を強いられている集落の住民の一人。
「本当に嫌な予感ってのはよく当たるよな」
俺がみんなに告げようとした懸念。
もし盗賊に協力させられている獣人と対峙することになった場合はどうするか。
その懸念が現実となってしまった。
彼らだって被害者なのだから、出来れば戦わずに事を済ませたい。。
戦いたくはないのだが……。
「とてもじゃないけど、友好的に話し合える雰囲気じゃなさそうだな」
「あの目にちょっとでも好意を感じられたら、人類皆兄弟になれるよ」
力のない声で軽口を叩くトルムに答える者は誰も居なかった。
みんな緊張した面持ちで、目の前の襲撃者を注視していた。
相手の闘志に腰が引けそうになる。
ここまで戦る気満々だと、説得どころかまともな対話にすら応じてくれないかもしれない。
「ニナ、なんとかあいつに話を……って、おいどうした?」
「っあ、あぁ……ぅぁ」
俺達との対話は無理でも、同族且つ同じ集落で暮らすニナの話になら耳を傾けてくれるのではなかろうか。
そんな俺の期待はあっさりと打ち砕かれた。
見開かれ、不安定に揺れる瞳。
瘧のように震える身体。
明らかにニナの様子は尋常ではなかった。
男の鋭い双眸が、そんなニナへと向けられる。
「ニナか」
「あぅ……ル、ルト兄さん」
兄さんだと?
ルトと呼ばれたこの男がニナの兄貴だってのか?
言われて、二人の顔立ちが似ていることにようやく気付いた。瞳や髪の色も同じだ。
何より獣人の特徴である獣の耳と尻尾。
ルトの持つそれはニナと同じネコ科動物―――猫系獣人種のものであった。
「お前、なんでそんな奴らと一緒に居るんだ。ギジーロの野郎はどうした?」
「それは……」
「まさかとは思うがニナ、お前裏切ったのか? 今森ん中で暴れてる奴らもお前の手引きか?」
「ち、違うよ兄さんっ。ニナはただみんなを―――」
「テメェ何考えてやがるッ!」
震えながらも懸命に説得を試みるニナの言葉を遮り、ルトの怒声が響き渡った。
真っ正面から怒気に当てられたニナの口から「ひぅッ」と、まるで引き攣るような短い悲鳴が漏れた。
「テメェ、俺達が何のためにあんなクズ共に協力してると思ってんだ。お袋達がどうなってもいいってのか!?」
「ち、ちがっ、兄さん待ってッ。お願いだからニナの話を―――」
「うるせぇ! 裏切り者が俺を兄と呼ぶんじゃねぇ!」
聞く耳は持たぬと言わんばかりに腕を大きく横に振り、はっきりとニナを拒絶するルト。
信じていた筈の家族に裏切られたと思い込んでいる今の彼に妹の言葉は届かなかった。
ルトの瞳の奥では、ひたすらに瞋恚の炎が燃え盛っている。
時間が経つ毎に勢いを増していくその様は、自身の中で渦を巻く様々な激情を燃料とし、炎の中にくべ続けているかのように思えた。
「……兄さん」
そんな兄を呆然と見詰めるニナの目から一筋の涙が零れ、静かに頬を伝い落ちた。
その姿を見た瞬間、頭の中でブチッと何かが千切れるような音が聞こえた。
「せめてもの情けだ。今すぐ俺の前から失せやがれ。そして二度と此処に近寄るな。そうすりゃ見逃してやる。それが出来ねぇってんなら―――」
「それ以上喋るな」
自分が発したとは思えない程に低く、冷たい声が喉の奥から漏れた。
途中で台詞を遮られたルトが今までニナに向けていた目を俺の方に向け、不機嫌そうに睨み付けてくる。
俺もその目を睨み返した。
「それが出来なきゃ、なんだよ? テメェ、今なんて言おうとしやがった。実の妹をどうするつもりだったんだよッ、ああッ!?」
「なんだテメェは? 関係ねぇ奴は引っ込んでろ」
腹の底でマグマのように何かが煮え滾っており、頭どころか全身が熱くなる。
まるで身体の中で血液が沸騰しているかのようだ。
僅かに残っていた冷静な部分が落ち着けと告げるも、それすらすぐに聞こえなくなってしまう。
「テメェに分かるか? この子がどんな思いで俺達に頭を下げたか、どれだけの覚悟を持って此処まで来たのか、テメェに分かるのかよ!」
―――役人に突き出されてもいい。犯罪奴隷にされたって構わない。全部終わったらニナはどうなってもいいから……みんなを、助けて。
そう言って、ニナは俺達に助力を求めたのだ。
あの時、決して涙を見せなかった気丈な少女が、実の兄に拒絶されて泣いている。
こんな年端もいかない少女が、我が身を顧みずに家族や友人達を助けようと決断し、行動した。
理不尽な悪意に抗おうとした。
それなのに……。
「テメェはニナの思いを踏み躙った」
「……黙れよ人間」
ルトは血走った目で俺を睨みながら、ギリギリと音が鳴るくらいに強く奥歯を噛み締める。
「所詮テメェは心まで盗賊に屈した負け犬だ。いや、テメェの場合は負け猫だったな。そんなビビりのヘタレ野郎が吠えてんじゃねぇよ!」
「黙れッ! テメェに何が分かるってんだ! 家族まで人質にされて、俺達がどんな思いであんなクズ共に従ってきたか……何も知らねぇくせに好き勝手言うなッ!」
獣人特有の鋭い犬歯を剥き出しにしたルトが、怒りに顔を歪めて吠える。
だが頭に血が上った俺も止まらなかった。
「だったらこのまま盗賊共に従い続けんのか!? いつかは解放されるとでも思ってんのか!? んな訳ねぇだろ! 使い潰されるのがオチだ!」
「それは……ッ」
そう、このまま盗賊共に従い続けたところで解放される保証なんてない。
折角体のいいアジトと手駒を手に入れたのだ。
悪辣な盗賊共が見す見す手放す訳がない。
「仮に約束があったとしても、悪党がそんなもん律義に守る訳ねぇだろ。国が本腰を上げて討伐に乗り出したらどうするんだ? 軍でも派遣されたら盗賊だけじゃなく、獣人達も終わりなんだぞ」
「だったらどうしろってんだ!? 家族を見殺しにしろってのかよ!?」
「そうさせないために冒険者が来たんだろうがッ!」
俺とルトは、お互いの喉が張り裂けんばかりに声を張り上げ、言葉をぶつけ合わせた。
みんなは口を挟まず、そんな俺達の様子を見守ってくれている。
俺は頭を冷やす意味も兼ねて、意識しながら呼吸を整えた。
落ち着け。
ルトと言い争ったところで何の益にもならない。
クソッ、叫び過ぎて喉が痛ぇ。
「ゲホッ……手を貸せ」
「……なんだと?」
突然の提案にルトは訝し気に片目を細めた。
「お前が協力すれば、お前やニナの仲間を助けられる可能性が更に上がる。本当に現状を変えたいって思ってんなら、俺達に手を貸せ」
ルトは両の目を閉じると僅かに顔を伏せ、逆にニナはハッとしたように顔を上げた。
今、彼の中でどのような思考が巡らされているのか、その表情から推し量ることは出来ない。
時間にしたら十秒にも満たないだろう。
ゆっくりと目を開けたルトが、真っ直ぐ俺を見据えてくる。
果たして彼の出した答えは―――。
「……無理だ」
―――拒否。
ニナの表情が悲しげに曇るのを横目に見ながら、俺は努めて冷静に問い掛けた。
「俺達が信用出来ないか?」
「あぁ、出来ねぇな。集落を襲った盗賊は、テメェらと同じ人間族だ。それに成功する保証もねぇんだろ。テメェらがどうなろうと知ったことじゃねぇが、お袋達を巻き込む訳にはいかねぇ」
我知らず、俺は拳を握り締めていた。
「この分からず屋が」
「なんとでも言いやがれ」
その言葉を最後に交渉は決裂。
ルトは左脚を前に半身になると僅かに上体を前傾させ、さらに両腕を中途半端な高さに構えた。
何処となく肉食獣が獲物に飛び掛かる前を思わせる構えに警戒しつつ、腰に差したナイフへ手を伸ばす。
獣人の身体能力は普通の人間を大きく凌駕する。
年若いニナですら、あれ程の力を発揮してみせたのだ。
間違いなくルトの戦闘力はそれ以上だろう。
危険な相手だが、この場で奴を無力化しなければ、俺達は進むことも退くことも出来ない。
トルムやセントも既に武器を構えている。
俺も腹を括って前に出ようとした時、誰かに肩を叩かれた。
「駄目ですよ、マスミさん」
普段と変わらぬ涼やかな声で俺を引き留めたのはローリエだった。
「彼の相手はわたしがしますから、マスミさんは皆さんと一緒に集落へ向かって下さい」
事もなげにそう言うと、ローリエは武器も構えずに俺の前に立った。
その声や表情からは何の気負いも感じられず、暫し俺は呆気に取られてしまった。
俺が一人呆けている間、今度はニナがローリエの腕に取り縋り、その身を引き留めていた。
「だ、駄目。兄さんは集落で一番の戦士。か、勝てる筈がない……!?」
「大丈夫ですよ。わたしこれでも結構強いんですから」
ローリエが自分の腕からやんわりとニナを引き離そうとするが、ニナは幼子がイヤイヤをするように何度も首を横に振った。
困ったように微苦笑を浮かべたローリエが、ニナの頭を優しく撫でる。
「ねぇマスミさん、貴方は獣人をどう思いますか?」
「はっ? なんだよいきなり」
「お願いです。答えて下さい」
その質問に何の意図があるのか、ニナの頭を撫でながらローリエが俺に問い掛けてきた。
「どう思うって言われても……」
俺が知っている獣人なんてニナとルトの二人―――片方とは絶賛敵対中―――だけな上に、その二人のことだって大して知らない。
あとは街中とかで遠目に見たことがある程度。
そんな俺が獣人をどう思うかというと……。
「取り敢えず……耳触りたい。あと尻尾も」
「はい?」
俺からの答えを聞いたローリエがポカンとした表情になる。
そしてニナは自身の猫耳を咄嗟に手で隠し、尻尾も股の下に通して見えないようにしてしまった。何故だ?
ジリジリと僅かばかり後ろに下がるルト。だから何故だ?
というか野郎の耳や尻尾なんざ触りたくもないわ。
「初めてニナを見た時から、いったいどんな感触なのかと気になって仕方がなかった」
「はぁ、そうですか」
「正直な気持ちを打ち明けただけなのに、なんだその顔は」
「いや、だって……」
困惑気味に俺を見上げてくるローリエの目を見返す。
「お気に召すかは知らんけど、これが俺の答えだよ」
然して獣人に詳しくもない俺に細かいことを問われても答えようがないぞ。
そう言って肩を竦めてみせれば、ローリエは「ふ、ふふふ、あはははっ」と笑い声を上げていた。
腹に手を当て、身体を折り曲げながら心底可笑しそうに笑うローリエ。
こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。
他のメンバーも目を丸くしている。
一頻り笑った後、ローリエは目尻に浮いた涙を拭い、再びこちらを見上げてきた。
「なんか面白いとこあったか?」
「あはは……そうですよね。マスミさんはそういう人でした」
どういう人だ。
一人で勝手に納得しないで説明してほしい。
「一人で悩んでたのが馬鹿みたいです。うん、決めました。やっぱり彼の相手はわたしがします」
「あっ、おいローリエ」
ローリエは優しくニナを引き離し、そのまま俺に押し付けると、妙に晴れ晴れとした表情でルトと向かい合った。
咄嗟に手を伸ばそうとしたら「マスミさん」という穏やかながらも、真剣みを帯びた声に止められた。
ローリエはこちらに背を向けたまま、胸元から何かを取り出した。
認識票ではない。
細い鎖に繋がれたそれは、淡い色合いの宝石が嵌め込まれたペンダントのようだった。
「わたし、これから少しうるさくなると思いますけど、嫌わないで下さいね?」
「何言ってんだよ?」
俺の疑問に答えることなく、ローリエは自身の首に下げられたペンダントの鎖を、躊躇わずに引き千切った。
鎖の破片が宙を舞い、地面に落ちると同時―――。
「ワォオオオオオァァッァアアアアアアア―――ッッ!!」
―――ローリエが吼えた。
大気が震え、大地をも揺るがす咆哮。
ニナの小柄な身体を抱き締め、身を低くした直後、ローリエを中心に巻き上げられた土砂が衝撃波を伴って俺達に襲い掛かった。
「ぬあッ!?」
「ニャアッ!?」
目を閉じ、歯を食い縛って、押し寄せる風圧に飛ばされないよう必死に踏ん張る。
やがてそれも収まり、恐る恐る目を開けてみると、眼前にはちょっとした爆心地のような光景が広がっていた。
「……ローリエ?」
爆心地の中心に彼女は立っていた。
だが果たして彼女が本当にローリエであるのか、俺には確信が持てなかった。
毛先のみが白く、肩口に届く程度の長さだった黒髪は、白髪の範囲が広がると共にその長さを増しており、背中の半ばにまで届いている。
指の爪も先程より鋭くなっているが、外見の変化はそれだけではなかった。
頭部からはツンと尖った三角の耳が、臀部からはフサフサの体毛に覆われた尻尾が生えており、先っぽの部分だけが頭髪と同じように白くなっている。
ニナ達と同じような、だが確実に違う種類の動物の耳と尻尾。
「……獣人」
これまでとは大きく異なる外見となったローリエ。
人間の身を捨て、獣人の姿へとその身を変じた彼女がそこには立っていた。
お読みいただきありがとうございます。




