第8話 確認・紹介・異邦人
書けば書く程長くなる…
「悪かったね。勝手に話進めちゃって」
それぞれの装備を外して寛いでいる女性陣に謝っておく。
「それは何に対する謝罪だ?」
部屋の中に一脚だけあった椅子に座っているミシェルが問い返してきた。
ローリエもこれまた部屋に一台だけ置かれていたベッドに腰掛け、不思議そうに首を傾げている。
生憎、他に腰掛けられるような家具もなかったので、俺は床の上に直接腰を下ろしている。
壁に背を預けた状態で両脚を投げ出すリラックススタイルである。
俺達は既に村長さん宅を後にしていた。
村には宿屋などの宿泊施設がないらしく、どうしたものだろうと若干途方に暮れていたのだが、村長さんから使っていない空き家があるのでそこで寝泊まりすればいいと提案された。
元々は小屋代わりに使用していたので狭くて汚いが勘弁してほしいとまで言われてしまった。
屋根のある場所で横になれるだけでも大助かりなのだから、文句などあろう筈もない。
外で野営する訳にもいかないので村長さんのご厚意に甘えることにした。
小屋代わりというだけあって、他の家屋よりも一回り以上小さかった。
扉を開けるとやはり上がり口なんてものはなく、一台のベッドと一脚の椅子があるだけの広間。
荷物を置くには丁度良いかもしれない。
小屋代わりだったという割りには、特に汚れが目立つような箇所は見受けられなかった。
広さも充分。荷物を壁際に寄せれば全員が大の字になって寝ることも可能だろう。
今はその空き家で仲良く休憩中という訳だ。
「だから勝手に話を進めたこと。元々二人が請けた依頼なのに途中から俺が仕切ってたからさ。出しゃばって悪かったかなぁって」
「構わん。私は頭に血が上ってそれどころではなかったしな。むしろあの場を収めてくれたことに感謝しているくらいだ。やり方はアレだが……」
そう言ってミシェルは自分の後頭部を擦った。
「そうですよ。わたしなんて狼狽えるだけで何も出来ませんでした。マスミさんがいなかったらきっと話は纏まらなかったと思います。やり方はアレですけど……」
そう言ってローリエは俺からそっと視線を逸らした。
「やっぱ怒ってるでしょ?」
「……ふふ、冗談だ」
俺の顔を見てプッと吹き出すミシェル。
ローリエもクスクスと笑っている。
歳の離れた女の子に揶揄われるというのはなんとも複雑な気分だ。
「そんな情けない顔をするな。感謝しているのは本当なのだから。むしろ私はお前を見直したぞ、マスミ」
ふむ、俺を見直したとな。
そしてそんなに情けない顔をしていただろうか?
「まさかあんなにも弁舌が立つとは思わなかったぞ。大したものだ。お前が居なければ話が円滑に進むこともなかっただろう」
「それにマスミさんが村長さんを励まされている姿を見て、わたしもちょっと感動しちゃいました。お優しいんですね」
「そんな大層なもんじゃないよ」
俺としては思い返すと恥ずかしいくらいなのだ。
出来ればこの話題は蒸し返さないでほしい。
「……マスミ」
先程までの穏やかな様子から一変し、真剣味の増した声で俺の名を呼ぶミシェル。
その眼差しも厳しくなっている。
どうやら真面目な話をご所望らしい。
「マスミよ、確認させてほしい。お前はこのままゴブリンの討伐に協力してくれると、その認識でよいのだな?」
「ああ、微力ながらお手伝いさせてもらうよ」
あれだけ村長さんの前で大見得を切ったのだから、今更逃げ出すつもりはない。
ぶっちゃけ怖いし、碌に戦う力もないけど、それでも俺に出来る精一杯で村を守ろうと考えている。
「そうか。まずは協力に感謝する。味方が多いに越したことはないからな。だが……」
ミシェルの青い切れ長の目が俄かにその鋭さを増し、俺の心臓が一度だけ大きく跳ねた。
「だからこそ問わねばならない。マスミよ、お前はいったい何者なのだ?」
「……」
俺は何者なのか。
まあ、気になるのも当然の話だ。
自己紹介を済ませたといっても、詳しいことは何も話していないのだから。
これから協力して一緒に戦う仲間の素性が一切分からないというのは、不安要素にしかならないだろう。
本当に今更だけど、何故こんな状況になってしまったのやら。
「何者……何者ねぇ。なんて言ったものかなぁ」
「誤解しないでほしいのだが、協力してくれるというお前の言葉を疑っている訳ではない。それにお前が何か良からぬ考えを持って私達に近付いた訳ではないというのも理解しているつもりだ」
「あー、いいよいいよ。分かってるから」
だからこそ素性を明かしてほしい。
もっと俺を信じさせてほしいってところかな。
俺の素性―――個人情報の開示。
「……」
名前は深見真澄。
年齢は二十八歳。性別は男。
職業は警備員で社畜気味。
独身。彼女は……ほっとけ。
趣味はサバゲーと簡単な工作。
久し振りの休日に通い慣れた野外フィールドのサバゲーに参加。
日中は遊び倒し、夕方からは近くの山に移動。
そのまま友人達とキャンプをして、夜通し語り合う予定だった。
ところがキャンプ直前、駐車場に停めた車から荷物を降ろしている途中、異世界に迷い込んでしまった。
原因は不明。
ゴブリンに襲われたところを二人に助けられて今に至る。
こんなところか。
「何か語りたくない事情でもあるのか?」
「いやそうじゃなくて、なんて説明すればいいのか分からなくて」
言い淀む俺を見て、ミシェルの表情が曇った。
多分、ミシェルとローリエになら俺の素性を明かしても大丈夫だと思う。
普通だったら単なる法螺吹きか頭のおかしい輩と思われて終わりだろうが、彼女達なら俺の言葉を信じてくれるような気がした。
イタズラに吹聴することもないだろう。
その程度には俺だって二人を信頼している。
だが問題なのは、この世界において俺と同じような存在―――異世界転移者がどのような扱いをされているのかが不明な点。
もしも転移者が俺しか存在しない、あるいは存在してもその情報が出回っていないというのなら特に問題はない。
俺に関する情報を漏らさないよう二人に箝口令を敷けば済む話だ。
きっと二人は守ってくれる。
それとは逆に転移者という存在が世間に認知されていた場合、どのような事態になるのかが全く想像付かない。
過去の転移者が何かとんでもないことをやらかしていたりなんかした日には最悪だ。
いきなり危険人物扱いされる可能性もある。
出来ることなら彼女達には本当のことを話したい。
でも迂闊に話していいものか。
実に悩ましい。
「あのぉ……」
俺が一人でどうしようかなぁと頭を悩ませていると、ローリエがおずおずと手を挙げた。
「どしたの?」
「もしかしたらなんですけど、マスミさんって〈異邦人〉なんじゃないかなぁと思いまして」
―――エトランジェ?
「マスミが〈異邦人〉……成程、それならこの妙な恰好や世情に疎いことにも納得出来るな」
勝手に納得していないで俺にも分かるように説明して下さい。
あとこの格好ってそんなに変かな?
「確認するぞ。マスミ、お前は〈異邦人〉―――異なる世界より招かれた者か?」
「ッッ……よく分かったね」
またもや心臓が大きく跳ねた。
「やはりか。それで素性を明かすことを渋っていたのだな」
「その前にエトランジェとかいう謎の単語について説明プリーズ」
「ああ、はい。〈異邦人〉というのはですね」
―――説明中。
「なんだよもう、心配して損した」
一先ず、いきなり身の危険について心配する必要はなさそうだ。
ローリエの説明によると、俺のような転移者―――この世界で言うところの〈異邦人〉なる存在は珍しくはあっても、決して皆無ではないらしい。
記録上、最初の〈異邦人〉が確認されたのは千年以上も昔。
その後も幾度か存在は確認されているようで、何十年と現れない時もあれば、数年の間に何人も確認されたりとその頻度は様々。
なんだか珍獣みたいだな。
何かしらの偉業を成し遂げた人物もいれば、特別なことはせずにその生涯を終えた人物もいる。
稀有な才能や大きな力を有した者もいれば、そこらの凡人と変わらない者もいた。
きっと最後までその素性を隠していた者もいたことだろう。
転移の方法も様々で、俺のように原因不明のままに迷い込む者もいれば、特殊な儀式で召喚される者―――勇者召喚的なものかね?―――もいる。
何らかの手段を用いて、自力でこちらの世界に渡って来た者もいたとのことだが、果たして事実だろうか?
「過去の勇者様の中には、神様に選ばれて召喚された方もいたようです」
「あとは異なる世界で死した者が前世の記憶を有したまま、この世界で新たな生を受けたという事例もあるらしいが、流石にこれは眉唾物だろう」
やはり居るのか勇者。
そしてこの世界には神も実在するのか。
だとしたら敵対する魔王とか邪神的な存在もいるんかね?
あと異世界転移だけじゃなくて転生もあるらしい。
実にファンタジーだ。
兎にも角にも、いつ誰が言い始めたのかは不明だが、そういった者達のことを総称して〈異邦人〉と呼ぶそうだ。
「じゃあバレたとしてもそんなに心配する必要なし?」
「いや、それでも非常に珍しいのは事実だ。おかしな輩に目を付けられるのも嫌だろう? 素性は極力明かさずにいた方が賢明だ」
「実際、〈異邦人〉と疑われただけで事件に巻き込まれたなんてことも過去にはあったようですし」
ヤダもう、やっぱり異世界怖い。
面倒だが、これも自分の身を守る為だ。
あとで偽プロフィールを考えるとしよう。
「なんか気が抜けちゃったよ」
開けっ放しにしていた窓―――木板で作られた突き上げ戸―――から外の風景を眺める。
大分日が沈んできたのか、気付けば外は薄暗くなっている。
村に着いた時点で既に日は傾き始めていたのだ。
何か明かりを用意しなければ、程なく完全な闇に包まれるだろう。
闇すなわち夜。
魔物―――ゴブリンの活動時間だ。
「暗くなってきたな」
ぽつりと呟かれた言葉に室内の緊張感が増す。
二人も気付いていたのだろう。
体調は悪くない。
休息も充分取れた。
仕事の準備に取り掛かるとしよう。
「さてさて、お嬢さん方よ。打ち合わせを始めようじゃないか。人様の財産盗んで腹を満たすような畜生共に目に物見せてやろうぜ。ついでに改めて俺の自己紹介も聞いてくれる?」
わざとおどけて告げる俺に、ミシェルとローリエの二人は笑いながら頷いてくれた。
なんとなく肩の荷が下りた気分のまま、俺は自分が生まれ育った世界について語った。
余談だが、二人に俺の年齢を告げたところ……。
「えっ!? マスミさんって二十八歳なんですか?」
「随分と歳上なのだな」
えらく驚かれた。
ちなみにミシェルもローリエも十八歳らしい。
別に二十八歳だっていいじゃない。