第11話 気になる話と夜の誘い
前回のお話……盗賊遭遇と人助け
「ぬーん」
「いったいどうしたのだ、マスミ」
「馬車に乗ってる時からぁ、ずっとぬんぬん言ってる~」
「……ちょっと、可愛い」
それは褒め言葉なのか?
二十八歳で可愛いと言われても、あまり嬉しくないのだが……。
あの後、ギジーロ氏とニナの行商人親子を加えた俺達一行は、またぞろ襲われても面倒なので、早々に移動することにした。
護衛も兼ねているため、親子が乗る馬車を前後で挟むようにして街道を進んだ。
多少移動速度は落ちたものの、なんとか日暮れ前に最寄りの村へ到着することが出来た。
異世界転移初日にお世話になった開拓村よりも規模の大きい村で、小さいながらも幾つかの宿や酒場、雑貨屋などもあった。
ギジーロ氏らとは、村に入ってすぐの所で別れた。
この村へ寄った際によく利用する宿があるとのことで、二人はそちらへ向かったのだ。
別れ際、頻りにお礼を言われながら、護衛の謝礼金をいただいた。
俺からすれば自分達が移動するついでに過ぎないので、ボランティアみたいな感覚なのだが、この世界ではこれが普通らしい。
チップみたいなものかね?
魔物が蔓延る危険な世界だから、分からなくもないけど。
個人の店舗を構えない行商人にとって、道中の身の安全を確保してくれる護衛はなくてはならない存在だろうからな。腕が良ければそれだけで重宝される。
人によっては商人と個別に契約を結び、そのまま専属の護衛として引き抜かれる冒険者もいるそうだ。
日本よりも遥かに警備会社の需要がありそうだな。
「新たなビジネスチャンスか?」
「何の話だ?」
こっちの話だ。
俺達も今夜泊まるための宿を確保した後は、夕食のためにと近くの酒場に入った。
物資の補充などは明日纏めて行う予定だ。
ちなみにこの場にジュナ達三人は同席していない。
宿の部屋に荷物を運び入れ、大雑把ながらも明日の予定を決めた段階になった途端、「では食事に行ってくる」と一方的に告げて宿を出てしまったのだ。
流石に皆唖然としていた。
おそらく他の酒場で夕食を取っているのだろうが、あの態度はどうかと思うぞ。
子供じゃあるまいし、いつまで引き摺っているのやら。
仕事に私情を持ち込んではいけません。
その責任の一端が俺にも有る以上、あまり偉そうなことは言えないのだが。
「悪ぃなマスミ、まさかジュナの奴があそこまで強情張るとは俺も思ってなくてよ」
「ローグさんが謝る必要ありませんよ。そもそも俺にも責任の一端ありますんで……」
実際、俺はジュナのことで悩んでいる訳ではない。
確かにあの態度は如何なものかと思うが、だからといって今すぐどうこう出来るものでもないのだ。
最悪、お互いの足さえ引っ張らなければ問題ないだろうと考えている。
無理に顔を突き合わせて更に険悪な関係になるよりは、お互いに無関心でいた方がまだしもマシではなかろうか。
『意外と冷めた考えじゃのう』
「そうか?」
そんなこともないと思うけど。
だからディーンさん、そんな心配そうな顔で見なくても大丈夫です。
おもむろに「んっ」と自分の分の腸詰肉を俺の皿に乗せなくても大丈夫です。
でもお気持ちは嬉しいので、有り難くいただきます。
「別にジュナのことはどうでもいいんですよ。そっちは時間が解決してくれると思うんで……多分」
「どうでもいいって、お前……なら何をそんなに悩んでるってんだ?」
「悩んでるというかなんというか、おーいセント」
「ふぁぐ?」
ふぁぐってなんだ。ふぁぐって。
テーブルの上に並べられた夕食の黒パンやチーズや腸詰肉やらを一心不乱に食らっているセント。
いったいどれだけの量を口の中に詰め込んだのか、ハムスターよろしく両の頬がパンパンに膨れていた。
お前は欠食児童か。
「んむっ、むぁむ、まぐぅ」
「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」
何を言っているのか、さっぱり分からん。
しばらくモグモグとやっていたセントは、やがて大きく喉を鳴らし、口の中にあったものを全部飲み下した。
「ふぅ。でっ、なんすかフカミさん」
「お前も大分態度が砕けてきたな」
喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
「まぁいいや。ちょいと質問がある。前にお前が依頼を受けた時、この辺りで盗賊って見掛けた?」
「いや、見てないっすね。俺らもこの村に立ち寄ったんすけど、盗賊と出くわしたのはもっと先の方です」
「そうか、うーむ……」
単純に盗賊団の規模が拡大されたから、活動範囲を拡げたきたのか。
それとも……。
「元々、盗賊が出没するのは街道周辺という話だったではないか。何かおかしな点でもあったのか?」
「おかしいって訳じゃ……あっ、いや、おかしいっちゃおかしいのか?」
「どっち~?」
自分で自分の発言に首を傾げてしまう俺を見て、みんなも何処か困惑気味だった。
俺自身の中で考えが充分に纏まっていない所為か、どうしても発言内容が曖昧になってしまう。
ややこしいことを言ってすみません。
「何がおかしいってんだよ?」
「強いて言うなら……順番ですかね?」
「ん?」
そう順番だ。
仮に活動範囲を拡げたのだとしても、順番がおかしい。
盗賊の拠点が何処にあるのかは不明だが、出没し始めた場所から判断するに、もっと南東の方だろう。
普通なら拠点に近い場所から順に手を付けていく筈だが、連中はこの村を襲撃していない。
他の村や集落には被害が出ているにも関わらず。
この村を襲わない、あるいは襲えない理由でもあるのか?
それとも……襲う必要がなかった?
ますますキナ臭くなってきやがった。
セント達が失敗した依頼にも、何かしら裏が有りそうに思えてならない。
「マスミが懸念するような何かがあるってこたぁ……はぁ、今回もただ片付けるだけじゃ終わりそうにねぇな」
「んっ」
気難しそうな顔で腕を組んだローグさんが疲れたように息を吐く。
今回もってなんだ、今回もって。
あとなんでディーンさんも同意した。
「あんのー、ちょっといいっすか?」
そんな中、何故か申し訳なさそうに手を挙げるトルム。
「ローグさんが言うマスミくんの懸念ってのも気になるんすけど、俺としてはそれ以上に気になることが今……あったりなかったり」
何処となく気まずそうにトルムが視線を横にずらす。
その視線を辿っていった先には……。
「うーん」
眉間に皺を寄せて唸るローリエの姿があった。
俺も人のことは言えんが、馬車に乗ってからずっとこの調子なのだ。
「ローリエまでいったいどうしたのだ? 変なのはマスミだけにしてくれ」
「おいコラ待て。変なのってどういう意味だ、この野郎」
「そのままの意味だ」
ナチュラルに失礼な発言をするミシェルにツッコミを入れるも、即座に切り返された。
おのれ小娘が、俺はまともだ……多分。
「ローリエちゃぁん、何か気になることでもあるの~?」
「うーん……えっ、はい? なんですか?」
俺とミシェルがお互いにガン飛ばし合っている傍らでエイルがローリエに声を掛けるも、当のローリエには聞こえていなかったようで、目をパチクリさせている。
ちょっと可愛い。
「何を、そんなに、悩んでるの?」
「悩むといいますか。えっと―――」
モゴモゴと口を動かして言い淀むローリエ。
「その、あの行商人の親子がちょっと気になって。今は関係ないですよね。ごめんなさい」
行商人親子のことで思い悩んでいたことを正直に告白し、謝罪の言葉と共に頭を下げるローリエに、ローグさんが気にするなと手を振る。
行商人親子か。
「関係……なくはないかもよ」
「えっ? マスミさん、それってどういうことですか?」
「さてね、まだなんとも言えんよ」
今はまだ憶測の域を出ないものの、もしもあの親子が今回の盗賊事件になんらかの関わりがあるとすれば、この村が襲撃を受けずに済んだことにも説明がつく。
無論、現時点では何の証拠もない話なのだが。
「調べてみる価値はあるんかね」
そう小さく一人ごちる俺の言葉を切っ掛けにした訳でもないだろうが、ローグさんが自身に注目を集めるため、卓に着いている全員の顔をぐるりと見回す。
「まっ、ここでアレコレ悩んだってしょうがねぇ。取り敢えずはマスミが言う通り、今回の件がキナ臭ぇってことだけは全員覚えといてくれ」
「うむ、明日は物資の買い出しと並行して情報収集も行うということでよいのだな?」
「おう、その方向で頼むわ。今日のところはこれでお開きだな。あとの行動は自由だが、程々にしとけよ」
俺は宿でジュナ達を待つとするかと言って早々に席を立つローグさん。
ディーンさんも一緒に宿に戻るようだ。
「お話、しよ?」
女性陣も宿に戻るようだが、ヴィオネからの提案というかお願いにより、部屋で一緒にお喋りをする模様。
心なしヴィオネも嬉しそう―――表情変わってないけど―――に見える。
女子会とっても気になります。
「セントは居残り」
「えっ?」
何故自分だけと疑問符を浮かべるセント。
いいから黙って従っとけ。
「トルムはどうすんの?」
「んー? 軽く呑み直したら、あとは宿に戻って寝るつもりだけど」
そうかそうか、そいつは丁度良かった。
手元のコップの中に残っていたエールを一気に呑み干し、不思議そうに首を傾げているトルムに向かって切り出した。
「ちょっと夜の街に繰り出そうぜ」
―――ここ村だけど。
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