第7話 ガラじゃなくてもやりたい時がある
書いてるうちにどんどん長くなってしまいました。
それにしても話が進まない。
今回の一件、話が拗れてしまったそもそもの原因が何かといえば、やはり情報の行き違いと見るべきだろう。
村長さんに改めて話を聞いた上でローリエから聴取した内容とも擦り合わせたので、まず間違いはないと思う。
一応、ミシェルからも話を聞いてみたけど、途中から何を言っているのか分からなくなってきたので、部屋の隅に寄せておいた。
説明下手か。
終わるまでそこで黙っとけと言ったら、無言で膝を抱えてべそを掛け始めた。
ローリエが心配そうにしている。
「まだスライディング気にしてんのか?」
「そもそもマスミさんの所為かと……」
「なんのことやらさっぱりですな」
一先ずいじけたミシェルのことは置いておくとして、順を追って話そうか。
数日前、村はゴブリンの襲撃を受けた。
今のところ襲撃があったのはその一度切りだが、敵は一匹ではなく群れで現れたため、事態を重く見た村長さんが冒険者ギルドに討伐を依頼した。
ちなみに冒険者ギルドというのは依頼を管理したり、冒険者を監督したりする互助組織的なものらしい。
よかった。まだ俺のファンタジー知識は通用しそうだ。
実はこの依頼をする段階で既にちょっとした行き違い―――というよりは認識の違い―――が発生していた。
まず村に出た被害について、家畜である牛の一頭が奪われた以外に人的被害はなかったそうだ。
あとは精々、牧場を囲っている柵の一部が破壊された程度。
たかが一頭、されど一頭。
食料事情が充分とはいえない辺境―――これも初耳―――の開拓村にとって楽観視出来る問題ではない。
何しろゴブリンはすぐに増える。
今回は牛一頭だけの被害で済んだものの、次もこれだけとは限らない。
数を増やしたゴブリンの群れにもっと多くの家畜を奪われるかもしれない。
あるいは他の作物にまで被害が及ぶかもしれないし、村の女衆まで襲われたらもう最悪だ。
村には少なからず若い男衆も居るが、彼らのほとんどは農夫や狩人であって、戦闘を生業とする人物は一人もいない。
戦えないこともないだろうが、防衛戦力として数えられるかどうかは微妙なところ。
村長さんを筆頭に住民達で相談した結果、これ以上の被害が出ては堪らないと村中の金をかき集めてギルドに依頼。
開拓半ばにある村としては相当な出費だったらしいが、背に腹は代えられないと判断したのだ。
一応、依頼する際に細かな条件指定が出来ることは村長さんも把握していた。
ただそれをすると依頼に必要な料金が増すので断念したらしい。
そうはいっても討伐依頼なのだから、それなりの冒険者が来るだろうと思っていた。
ここまでが村側の認識。
ではギルド側の認識はどうだろう。
まずギルドとしても今回の件を別段軽く見ている訳ではないとのこと。
実際、戦える者がほとんど居ない開拓村から魔物の討伐依頼を受けることは少なくないので、そこで暮らす住民達がどれだけ不安を抱いているかも充分理解している。
理解しているが、だからといって特別扱いも出来ない。
今回のような依頼はギルドにとっても日常茶飯事。
言い方は悪いが、数ある依頼の中の一つに過ぎないのだ。
依頼内容がゴブリンの討伐で、現時点での被害が家畜一頭のみというのも実はよろしくなかったらしい。
依頼には討伐や採取といった幾つかの種類があり、当然の如く各依頼事にその難易度は異なってくる。
強力な魔物の討伐なら危険度が高く、より緊急性のあるものほど優先度が高くなる。
残念なことに今回の依頼はそのどちらも低いと判断された。
まず討伐対象がゴブリンという時点で危険度は低い。
余程大規模な群れや上位個体でも確認されない限り、この危険度が変化することはない。
基本的に奴らは弱いのだ。
そして被害が家畜一頭。
ゴブリン共は遠慮しない。
奪えるものは根こそぎ奪おうとする。
そんな奴らが牛を一頭奪っただけで略奪を止めたということは、牛一頭を奪うのがやっとの戦力しかなかったということ。
これが大規模な群れだったらこの程度の被害では済まなかった筈なので、緊急性も低いと判断された。
村にとっては一大事でも、ギルドは情に流されず合理的に判断する。
こればかりは仕方のないことだと思う。
先に述べた通り、こういった依頼は数多あるため、この村だけを特別扱いすることは出来ないのだ。
「それでもまだ運の良い方だとは思うけどねぇ」
依頼を貼り出したその日にミシェルとローリエの二人に引き受けてもらえたのだ。
ギルドは依頼こそ受け付けるものの、実際に遂行するのは冒険者。
引き受けてくれる相手がいなければ意味がない。
二人が引き受けた正確な依頼内容は、ゴブリンの討伐と調査。
何故調査なのかと訊ねたら、小規模というだけで正確な数が不明だからとのこと。
可能性は低いが、万が一にも大規模だったり上位個体が混じっていた場合には危険度が跳ね上がり、より上位の冒険者を派遣しなければならなくなる。
冒険者にもランクが存在し、ミシェルや村長さんが度々口にしていた「銅級」という言葉がそのランクを意味する。
銅級は冒険者としての最低ランク。つまりは駆け出しですとローリエは恥ずかしそうに告げていた。
「別に恥ずかしがることでもないと思うけど」
「自分で言うと割りと恥ずかしいんです」
そんなものかね?
もうお気付きだろう。
村長さんからすれば、村の一大事にやって来たのは僅か三人の銅級冒険者だけで―――くどいようだが俺は冒険者ですらない―――しかもその内二人は年若い少女。
女性を攫っていくゴブリン相手に女性を寄越すとはいったいどういうことか。
ギルドは自分達を馬鹿にしているのか。
余裕の無くなっていた村長さんは、一気に頭に血が上って堪らず爆発。
ミシェルもきちんと説明出来ればよかったのだろうが、銅級だの小娘だのと言われ放題に我慢ならず、こちらも同じく爆発。
あそこまでの口喧嘩に発展したという訳だ。
「すまんかった。ワシの早とちりが原因だというのにあんたらに不愉快な思いをさせちまって」
「まぁまぁ、それについてはお互い様ということで。あの子も散々失礼なこと言ってますし」
ハゲとかハゲとかハゲとか。
「……言い訳になってしまうがな。子鬼共に村が襲われてから皆不安じゃった。あの日から、夜中は男衆が交代で見張りもしとる。まあ、また奴らが襲ってきたらと思うと恐ろしくて満足に眠れやせんがの」
そう言って村長さんは自嘲気味に笑った。
よく見ると目の下には薄っすらと隈が出来ている。
成程。村全体の雰囲気が暗かったのは不安と肉体的な疲労の両方か。
「八つ当たりをしてしまった自分が恥ずかしい。本当にすまんかった」
「余裕が無くなってただけですよ。こんな状況じゃ仕方ありません」
別に村長さんを擁護するつもりはないけど、本当に仕方がないと思う。
地球と違って魔物という明確な脅威が目の前に迫っているのだ。
戦えるだけの力もなく、守ってくれる人も居ないのでは不安になるのも当然だ。
俺だったらとっくに逃げ出してる。
「今更虫がいいことは分かっとる。不愉快なのも分かっとる。だがワシらはもうあんたらに縋るしかないんじゃ。頼む、村を救ってくれ」
突然床に膝をつき、村長さんが頭を下げてくる。
その様子にミシェルもローリエも驚いていた。
村のため、誰かのために頭を下げられる。
きっとこれが本来の彼なのだろう。
責任感が強く、村を大切に想っているからこそ本気で怒る。
ちょっと短気かなぁとは思うけど、欠点の一つや二つは誰にだってあるものだ。
村長さんの傍に片膝を突く。
「頭を上げて下さいよ、村長さん」
どうしよう。ガラにもないことを考えている自分がいる。
でも今更止められない。
ゆっくりと頭を上げる村長さんの目を見て、俺は答えた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。俺達、そのために来てる訳ですから。村長さん的には全員銅級って時点で心配せざるを得ないかもしれませんが」
俺の冗談に対して「いや、それは……」とバツが悪そうに口ごもる村長さん。
ミシェルとローリエから非難がましい視線を向けられるが気にしない。
「でもそんな心配はご無用ですよ。実は俺達、村に来る途中でゴブリンに襲われてるんですよ」
俺の発言に驚く村長さん。
実際に襲われたのは俺一人なのだが、そこは言わんでいいだろと親指でミシェルを指し示す。
「数は三匹でしたけどね。村長さんと言い争ったあの子があっという間に片付けちゃいましたよ」
「なんだと……?」
村長さんは信じられないと言わんばかりに目を見開き、ミシェルを凝視する。
何故自分が注目されているのかよく分かっていないミシェルは、不思議そうに村長さんを見返している。
「少しは不安解消になりました?」
「あっ、ああ……」
村長さんが心配するのも当然だ。
業者に仕事を依頼したら、派遣されてきたのは一番下っ端の若造だけ。
こいつらに仕事を任せて大丈夫だろうかと誰だって不安にもなるだろう。
ランクという分かり易い基準があるのだから尚更だ。
だからこそ、より分かり易い実績―――実力を示した。
ゴブリン数匹程度など、苦も無く倒せるだけの実力があるのだと。
生憎と俺に戦う力はないが、彼女達の実力は本物だ。
「俺達に任せてもらえますか?」
手を貸してやりたいと思ってしまった。
別に正義感が強い訳ではないし、危険なことなんてしたくないのが本音だ。
異世界に来たからといって調子に乗るつもりは毛頭ない。
人助けなんてガラじゃないのは分かっている。
だけど、今の村長さんやここまで一緒に来たミシェルとローリエを見て、俺も何かして上げたいと思ったんだ。
……どうやら年甲斐もなく高揚しているらしい。
やれやれ、ヒーローものの主人公じゃあるまいし。アラサーにもなって恥ずかしい。
何やらミシェルとローリエから微笑ましげな視線を注がれている気がする。
恥ずかしいからこっちを見るな。
羞恥が顔に出ないよう注力する。
そんな俺を、これまでとは異なる静かな眼差しで見ていた村長さんはもう一度頭を下げて、ただ一言「頼む」と告げてくれた。




