第25話 掌サイズの守り神 ~アラサー警備員、神様に出会う?~
前回のお話……決着、骸骨軍団
(精 ゜Д゜)ばばーい
(真 ゜Д゜)zzz……
第三章最終話です。
赤々と燃える焚き火を眺めながら、眠気覚ましに淹れたコーヒーを一口啜る。苦い。
静かな夜だ。
時折、焚き火が小さく爆ぜてパチパチと音を立てる以外、物音らしい物音は聞こえてこない。
夜空を見上げれば、満天とまではいかなくとも、多くの星々が月と共にひっそりと瞬いている。
異世界の星座はどのようになっているのだろう。
生憎、その手の知識にはとんと疎いもので、元の世界の星座と見比べることも出来ない。
我が友ならば何かしら答えてくれたのだろうか。
まぁ、奴は星の配置を見ただけで現在地を特定してしまうような男だからな。
たとえ分からなくとも……というか自分で星座に名前でも付けて覚えそうだ。
「ゴブリン座とかあるんかね?」
自分で口にしておいてなんだが、神秘性の欠片も感じられない星座名だ。
益体もない思考をしている自分に呆れて嘆息する。
パチッとまた小さく焚き火が爆ぜ、火の粉が踊った。
退屈だが、あと一時間も経たない内に夜が明ける筈なので、それまでの辛抱だと自分に言い聞かせる。
もう一口コーヒーを啜る。やはり苦い。
「なんかあの時と似てるな」
精霊さんと出会った最初の夜。
場所も時間も状況もあの時とほぼ同じだ。
現在、俺達のパーティは件の遺跡―――再調査という名目で、骸骨の軍勢と激闘を繰り広げる羽目になった古代砦の近くで野営をしている。
女性陣は三人仲良くテントの中でご就寝。
俺は絶賛夜明け前の見張りを担当中。
何度も言うが、決してイジメではない。
「この遺跡とももうすぐおさらばか」
あの日から既に五日経過している。
命懸けの戦いの末、俺達は髑髏騎士と骸骨巨人を討伐することに成功した。
骸骨巨人にトドメを刺した後、気を失った俺はそのまま三日間も眠り続けたらしい。
原因は、極度の疲労と魔力の欠乏。
未だ不慣れな身にも関わらず、連続して無茶な魔力操作を行った結果、その負担に肉体が耐えられなかったらしい。
診断してくれたエイル曰く……。
「限界を越えた魔力の行使はぁ、寿命を縮めることにぃ、なりかねないの~」
危険が危ないの~とプンスカ怒られた。
いつもの間延びした喋り方に戻っていた所為か、全然怖くなかったけど。
「なんでミシェルはピンピンしてんの?」
治療を施されたとはいえ、元々一番の重傷者は彼女だった筈なのに。
「私は鍛えているからな」
んなアホな。
「いやまぁ、心配掛けたのは悪かったけど、結果こうして無事だった訳だし……ねぇ?」
「それはぁ、あの精霊の女の子が補助してぇ、負担を大幅に減らしてくれたから~。今のマスミくんがぁ、あれだけの魔力を行使したらぁ、一瞬で干物になっちゃうの~」
「えっ、そこまで?」
「間違いないの~。仮に助かったとしてもぉ、その時は〜」
「その時は?」
「人間辞めてるの~」
「二度としないと心から誓います」
だからまだ人間でいさせて下さいお願いしますなんてやり取りもあった。
この時、みんなにも精霊さんのことを説明した。
遺跡調査の野営中に出会い、その際に魔力操作のレクチャーを受けたことや身体の不調―――異世界への適応―――を治してもらったこと等を話したのだが……。
「本当だな? 隠れて乳繰り合ったりしていないだろうな?」
「そんな不埒な真似はしてませんよね? 正直に話して下さい。隠すとタメになりませんよ」
「お前らこれっぽっちも俺のこと信用してねぇだろ?」
そもそも話聞いてねぇだろ。
なんだよ乳繰り合うとか不埒な真似って、まるっきり性犯罪者に対する詰問じゃねぇか。
「男の下半身に人格なし~♪」
「喧しいわ」
そんな不穏な発言を楽しそうに言うんじゃありません。
おかげでミシェルとローリエから向けられる眼差しが、更に疑り深いものになった。
奥さんに浮気がバレた時の旦那ってこんな気分なのかな?
いや、俺は浮気してないし、そもそも結婚すらしてないんだけど。
そんなミシェルとローリエだが、俺が目を覚ました時なんかは―――。
「この馬鹿者! いきなり倒れるなんて……心配しただろうがッ!」
「全然起きてくれなくて、このまま死んじゃうかと思ったじゃないですかぁ!」
―――なんて感じで、涙を流しながら我が身を案じてくれていたのに。
しかもローリエに至っては「ぅ、ぅぅぅ……無事でよ゛がっだでずぅぅぅッ」と号泣しながら抱き着いてきたので、あやすのが大変だった。
傍らでは所在なさげに手をワキワキさせたミシェルが「……出遅れた」なんて呟いていたけど。
「苦楽を共にしてきた仲間からあらぬ嫌疑を掛けられるなんて……俺は悲しい」
「ならば何故あの娘のことを黙っていたのだ?」
「疚しいことがあるからじゃないんですか?」
「人格~♪」
「……」
優しさと思いやりを何処に落としてしまったのか。
俺に対してどんどん容赦が無くなっていく女性陣。
そして何故にエイルはそんな楽しそうにしているのか。
……とまぁ、目が覚めてからこんなやり取りがあったのだ。
ちなみに調査隊の派遣については、一時見送りとなった。
俺は眠りこけていたので詳しくは知らないけど、俺達から丸一日遅れでギルドの職員が何人かやって来たらしい。
当然の如く状況の説明を求められたので、有りのままの事実―――ゴロツキ共を追ってきたら、大量の骸骨共と戦う羽目になったことを話した。
幸いというかなんというか、丸ごと吹き飛んで消えてしまった倉庫の跡地やら穴だらけの地面やらと物的証拠には事欠かなかったので報告内容を疑われることはなかった。
この報告を受け、偉い学者さん達の身に万が一のことがあってはならないと判断したギルドが、派遣の中止又は延期を提案。
調査隊もこの提案を受け入れ、一時見送りが決定したのだ。
しばらくの間は職員同行の上で冒険者を派遣して様子見。
危険がないと判明したら、改めて調査が実施される運びとなった。
ちなみに骸骨大量発生の直接の原因と思われるゴロツキ共については職員が連行したそうだ。
あの騒動の中でもしぶとく生き残っていたらしい。
「せめて一発ぶん殴りたかった」
小男らを連れた職員達は一足先に帰還。
俺達は念のための警戒ということで、この場に留まって野営をしている訳だが、それも今日まで。
明るくなったら周辺の探索を実施し、それを終え次第速やかに撤収する予定となっている。
ギルドへの報告を済ませたら、その足でネーテへ帰還するつもりなのだが……。
「結局、あれから会えずじまいか」
―――さよならじゃ、マスミ。
その言葉を最後に精霊さんは姿を消してしまった。
言葉通りの意味だとすれば、精霊さんには二度と会えないということになるのだろう。
魔力操作のレクチャーを終えて姿を消した時とは、明らかに様子も異なっていた。
消滅。
その不吉な単語が脳裏に浮かび上がる度に頭を振って、嫌な想像を追い払う。
スマホを取り出し、写真が保管されているアルバムフォルダを開く。
フォルダ内には様々な写真のデータが保管されており、その中の一番上―――最新の日付の欄には、精霊さんが消えてしまう前に辛うじて撮影出来た写真が一枚だけ残っていた。
その写真を選択し、画面に表示してみるも……。
「やっぱり写ってないか」
そこに精霊さんの姿は写っていなかった。
「ちゃんと撮った筈なんだけど」
嫌な想像がはたらく度に、こうして写真を確認してしまう。
実は自分が気付いていないだけで、何処かに彼女の姿が写っているのではないかと。
最早期待というよりも、単にそうあってほしいという願望に縋っているに過ぎない。
「ありがとうくらいは言わせろよ」
写真を表示したままスマホを地面に置き、その隣に空間収納から取り出した羊羮を添える。
以前、精霊さんが夢中になって食べていたものだ。
完全にお供え物感覚だ。
言葉を交わすことが出来なくとも、せめてこれくらいはさせてほしい。
「俺も存外女々しいねぇ」
一本だけ煙草を取り出し、ライターで火を点ける。
一度深く吸い込んだ後、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
自分では割りと愛煙家のつもりだったのだが、残念なことに久し振りの喫煙を美味いと感じることはなかった。
口に咥えたまま、苦い気持ちで喫煙を続ける。
「たんとお食べなさい」
『では遠慮なく』
どうぞ召し上がれ………………って。
「ちょっと待て」
誰だ今の声は?
視線を下げればスマホの上にちょこんと座り、両手で抱えた羊羮をチマチマと食べている謎の生物の姿があった。
夜色の長い髪。水晶のような綺麗な瞳。巫女装束をアレンジしたような衣装。
見目麗しい少女のような外見をしたその生物の正体は……。
「精霊さん?」
『うむ、息災かの?』
もう会えないだろうと思っていた筈の精霊さんだった。
身長は10センチ前後。随分小ぢんまりしてしまったものの、間違いなく彼女だ。
口元についた羊羮がとってもラブリー。
「てっきりもう会えないもんだと思ってたのに……ってかぶっちゃけ死んだと思ってた」
『ぶっちゃけ我もそう思ってた』
では何故こうして無事で―――サイズ的には無事と言い難い―――いられたのか。
聞けば、俺達を助けるために残された力を使い果たしてしまった精霊さんの存在は、あの時確かに消失したらしい。
少なくとも精霊さん自身は、自らの意識が失われていくのを認識していた。
そして意識が完全に失われ……しばらくしたら唐突に覚醒した。
『目覚めた時にはスマホに居たのじゃよ』
そう言って、小さなお手々でスマホをペチペチと叩く精霊さん。
「なんでスマホに?」
『我にも分からぬ。おそらくじゃが、マスミがこのすまほとやらで我の姿を写したことで、なんらかの霊絡が繋がったのではないかと思うとる』
兎にも角にもスマホを自らの依代とすることで、存在の完全消滅を免れた精霊さん。
数日眠ったおかげで幾らか力も戻ってきたので、こうして姿を現すことが出来たとか。
「なんで縮んでんの?」
『マスミの世界の言葉を借りるならショウエネというヤツじゃな。随分と弱体化してしまった故、以前のような力を振るうことは叶わぬからの』
喋っている間も自分と同サイズになってしまった羊羮を食い続ける精霊さん。
絶対持ち難いし、食べ辛い筈なのにその表情は実に幸せそうだった。
俺の心配を返せと文句を言いたかったが、美味そうに羊羮を食う姿を見ている内にどうでもよくなってきた。
『馳走になった』
「お粗末さん」
ようやく羊羮を食い終わった精霊さん。
口元にカスが付きっぱなしだが、敢えて指摘せずにおこう。
「食い終わって早々に悪いんだけどさ、結局あの骸骨共ってなんだったの?」
『そういえば説明する約束じゃったな』
面白くもなんともない話じゃよと前置きした後、精霊さんはスマホの上に胡座をかき、今回の事件の発端について語り始めた。
俺達を襲った不死者―――骸骨共の正体は、かつてこの地で暮らしていた民。
精霊さんがこの辺り一帯を土地神として守護していた時代に生きた人間達の成れの果てだそうだ。
「戦争に巻き込まれて、皆殺しにされたんだっけ」
『うむ。何もかもが奪われ、壊され、殺された。不死者になるのも必然じゃな』
「自分達を殺した連中に復讐してやるってか」
『であろうな。じゃがの……我はそれを望まなかった。守るべき民を失ってしまったことは確かに悲しかったが、憎しみを抱えたまま不死者になったところで、結局は己が苦しむだけじゃ。それよりも早ぅ輪廻の輪に加わってほしかった』
だから精霊さんはこの土地を離れなかった。
何十年、何百年と時間を掛け、周囲一帯の土地とそこに眠る民達の魂を見守り、浄化し続けてきたらしい。
それが自らの生命を削ることになると理解しながらも、彼女は決して止めようとはしなかった。
『あと少しで全ての魂を浄化出来た筈だったのじゃ。あの愚か者共めが余計なことさえしなければ……!』
愚か者共―――盗掘目的でやって来たゴロツキ共が、精霊さんの施した封印を破ってしまった。
その結果、未だ浄化を終えていなかった骸骨軍団が地上に出て、運悪く鉢合わせた俺達は交戦する羽目に陥ったという訳である。
「あんのクズ共が」
一発どころか百発殴っても足りん。
『マスミ達には苦労を掛けたが、結果として我は助かり、この地に眠る不死者も消え去った。全ての魂が救われた訳ではないが、それも致し方なきことじゃ。感謝しておるよ』
「俺らは降り掛かる火の粉を払っただけだよ」
ついでに言うと仕事でもあったしな。
精霊さんの説明を聞き終え、また頭上の星空を見上げる。
「精霊さんはこれからどうするの?」
『マスミに付いていくよ』
「俺に?」
『このすまほを依代とした所為か、この地と我との繋がりは切れてしもうた。今ではこの薄い箱が我の家代わりじゃ』
離れるに離れられんと言って、肩を竦める精霊さん。
『もしマスミが我の同行を望まぬなら、すまほを捨ててもらう他ないのう』
「んなこと出来るかい」
数少ない地球産の品だぞ。
『迷惑は掛けぬから安心するがよい。当面はマスミの魔力を注いでくれれば、消滅せずに済むしの。戦うことは出来ぬが、伊達に長生きはしておらん。今後も冒険者を続けるつもりなら、我の知識が役立つこともあろう』
付いてくる気満々じゃねぇか。いいけどさ。
別に精霊さんが一緒で困るようなこともないだろう。
羊羮を強請られることはありそうだが……。
「つかぬことを窺いますがね。この辺りって昔はなんて呼ばれてたの?」
『んむ?』
「いやね、昔はこの辺りにも幾つか集落があった訳でしょ? 何かしら名前とかなかったのかなぁと」
『ふむ、この地の名か。確か……』
んーっと顎に手を当てながら唸る精霊さんの姿はちょっと可愛かった。
そのまま可愛らしく唸り続けること数十秒。
『思い出した、ニースじゃ。かつてはニースと呼ばれておった筈じゃ』
「ニース、ね」
ニースか。
うん、そんなに悪くもない気がする。
「んじゃ、今から精霊さんの名前もニースね」
『は?』
「いつまでも精霊さんじゃ不便でしね。誰も使ってないんだし、遠慮なく拝借させてもらおう」
『我の名前……ニース』
ニース、ニースとその響きを確かめるように精霊さんは何度も呟いた。
たとえ身体が小さくなっても、住まいが変わったとしても、この地で精霊さんが生まれた事実に代わりはない。
消滅し掛けた結果、縁が切れてしまっただなんて寂し過ぎるではないか。
「折角の生まれ故郷なんだからさ、大事にしてこうぜ?」
『マスミ……うむっ、今日から我の名はニースじゃ!』
精霊さん―――ニースは満面の笑みを浮かべるとスマホの上で立ち上がり、俺の顔に向けてビシッと指を突き付けた。
『我は今この時より、土地神ではなく、マスミの守り神となった。名を与えたのだからマスミには我を崇める義務があるぞ。具体的にはヨーカンを供物として捧げるのじゃ!』
「なんだそりゃ」
自称守り神から告げられる一方的な要求に笑い声が漏れる。
釣られたようにニースもケラケラとおかしそうに笑った。
「まぁ、羊羮はまたその内にね。コーヒー飲む?」
『うむ、砂糖たっぷりで頼むぞ』
なんとも注文の多い守り神もあったものだ。
空が僅かに白んできたので、間もなく夜明けだろう。
もうすぐ女性陣も起きてくる。
さてさて、この小さな同行者のことをどのように紹介したものか。
「みんな驚くかね?」
エイルはともかく、ミシェルとローリエは俺の期待通りに驚いてくれそうな気がする。
想像した光景に口元を緩めながら、俺は掌サイズの守り神のために甘口のコーヒーを用意するのだった。
お読みいただきありがとうございます。




