第23話 男の一念骨をも砕く
前回のお話……真澄くん、覚悟完了
(ロ゜o゜(☆○=(真-_- )゛
「舐めんじゃねぇぞ、異世界」
一切の反応を見せない髑髏騎士を見据えながら、啖呵を切ってみせる。
とはいえこの状況、どうやって切り抜けたものか。
何か良い手はないかと考えようとしたが止めた。
今回ばかりは本当に何の用意も出来ていない。
今更、策を弄しようなどと考えるだけ無駄なことだ。
「なら小細工抜きで頑張りますか」
自分のすべきことを忘れるな。
あくまでも俺達の勝利条件は、この場から全員が生きて帰ること。
俺の仕事は髑髏騎士の足止めであって、無理に倒す必要はない。
勿論、可能であれば倒したいのが本音だが、流石にそう都合よくはいかないだろう。
真正面から戦って、俺が勝利出来る可能性は限りなく低い。
自分の実力がどの程度のものかはよく分かっているつもりだ。
なら俺は時間稼ぎに徹し、ローリエとエイルが骸骨巨人を撃破してくれるまで粘った方が確実だ。
他力本願で申し訳ないとは思うが、現状はこれがベストな筈。だから相手が動かない今の状況は好都合だと思え。
黙っていても時間稼ぎが出来るのだから。
警戒だけは解かないようにと、両手に構えた剣鉈とナイフの柄を握り直した矢先―――。
「―――ッッ!?」
―――恐るべき速度で騎槍が突き込まれた。
「っぅぅおおおおッ!」
咄嗟に地面の上に身を投げ出すことで、辛うじてその刺突を回避する。
そのまま二転三転と地面を転がって距離を取る。
顔を上げれば、髑髏騎士は突き出した騎槍をゆっくりと引き戻しているところだった。
「あっっぶね……!」
一瞬で吹き出した大量の冷や汗が背中を濡らす。
こちらの意識の間隙を縫うような踏み込みと強烈な刺突。
ほんの僅かでも反応が遅れていれば、確実に心臓を貫かれていた。
回避出来たのはほとんど偶然。
同じことをもう一度やれと言われても絶対に無理だ。
ローリエがあっさりと躱していたものだから、危うく錯覚するところだった。
目の前の敵―――髑髏騎士は、俺よりも遥かに強い。
理解しているつもりだったが、まだ認識が甘かった。
あれ程の凄まじい刺突を繰り出せる相手に距離を置いて戦うのは愚策だ。
接近して長柄武器の利点を潰すしかない。
「正直怖いけど」
緊張で乾いた唇をペロリと舌先で一舐めする。
意識して呼吸を整え、未だバクバクと早鐘を打つ心臓を少しでも鎮める。
逡巡したのは数秒だけ。
「―――フッ!」
鋭い呼気と共に地面を蹴り、一気に距離を詰める。
即座に迎撃の体勢へ移る髑髏騎士。
上体を捻り、騎槍を握った右手を後ろへ引く。
充分な速度を乗せた一撃を繰り出すための予備動作。
いざ渾身の一突きを放たんとする骸骨騎士に向けて、俺は右手の剣鉈を全力で投擲した。
然しもの不死者もこれには驚いたのか、ビクッと身体を震わせ、中途半端に騎槍を突き出した状態で硬直してしまう。
投擲された剣鉈が無防備な髑髏騎士の顔面を捉えるかに思われたが、眼前に掲げられた大盾によって防がれてしまった。
弾かれた剣鉈は、クルクルと回転しながら明後日の方向へと空しく飛んでいく。
不意打ちは失敗に終わったものの、防御をしたことによって、ほんの数秒だが骸骨騎士の迎撃が遅れた。
俺にとってはそれで充分。
大盾を脇に除けた髑髏騎士は、素早く騎槍を前に突き出すが、既に俺の姿はそこにない。
大盾に隠れるようにして側面に回り込んだ俺は、空いた右手に金槌―――骸骨人を倒す際に使用した物―――を握り、髑髏騎士の横っ面をぶっ叩いた。
しかし、髑髏騎士が首を大きく横に捻ったことで、直撃させることは叶わなかった。
「ぐぅぅッ」
頭蓋を守る兜の表面を滑るというより削るように外れた金槌。
硬質な感触が手に伝わると同時ににギャリギャリと耳障りな擦過音が響き、思わず顔を顰めてしまう。
クソがッと内心で悪態を吐き、騎槍を突き出したままの髑髏騎士に飛び掛かる。
ナイフと金槌を手放し、そのまま背後から羽交い締め―――体格差があるので半ばぶら下がるような状態―――にした。
「掴まえたぞ、骨野郎」
そのサイズ故、接近されれば途端に取り回しが悪くなる騎槍と大盾。
密着してしまえば、最早その用を成さない。
「馬鹿みたいに突きばっか繰り返しやがって、ざまあねぇな。この骨め! もっと頭……あぁ、使いたくてもリアルに空っぽだっけ」
小馬鹿にするような俺の発言が気に食わなかったのか、そもそも聞こえているのかどうかすらも不明だが、髑髏騎士は骨の身体を激しく揺らし、俺を振り落としに掛かった。
「ぐっうぅぅぅ―――ッ!?」
自らの意思とは関係なく、前後左右へ大きく身体が揺さぶられ、軽い目眩と吐き気を覚えた。
知らず食い縛った歯の隙間から呻き声が漏れた。
地面から足が離れる度、緩みそうになる腕へ力を籠め直し、密着状態を必死に維持する。
振り落とせないことに業を煮やしたのか、髑髏騎士は大盾を足元に落とすと、自由になった左腕を背中に回し、俺の着ている戦闘服を掴んできた。
そこからは引っ張る髑髏騎士としがみ付く俺との綱引き状態となった。
筋肉など1グラムも存在しないくせに、なんて腕力をしてやがるんだ。
俺は密着状態を維持したまま、自身の左腕を髑髏騎士の首に無理矢理回し、鎧の一部を掴むと共に服の袖に思いっ切り噛み付いた。
更に両脚も駆使して、骨だけの腰をガッチリとホールドする。
端から見れば、俺が髑髏騎士に背負われているような格好だが、これならそう簡単に引き剥がすことは出来まい。
俺は不格好な体勢のまま右の拳をギュッと握り、骸骨騎士の顔面を殴り付けた。
「ぬぐぅぅぅ!」
拳が捉えたのは剥き出しの頭骨ではなく、被っている頑丈な兜。
ガンッと鈍い音が響き、引っ張る力が僅かに弱まったものの、俺の拳にも相応のダメージが残った。
厚手の手袋を着用しているとはいえ、痛いものは痛い。
でもそれがどうした。
「ぬッ、ぐむぅぅッ、ぬごぉおぉぉッ!」
拳の痛みを無視し、二発三発と殴り続ける。
端から見れば、今の俺は相当格好悪いだろうな。
無様だろうし、滑稽にも見えるだろうが……それがどうした!
―――殴り続ける。
無様だろうと滑稽だろうと知ったことか。
俺は髑髏騎士を足止めすると約束したのだ。
―――拳が傷付き、グローブの縁から血が滴り落ちていくが、殴り続ける。
ローリエとエイルが頑張っているのだ。
男の俺が気張らないでどうする。
―――僅かな痺れを残し、拳からどんどん感覚が薄れていくも、構わず殴り続ける。
恰好悪いからどうした。
弱いからってそれがどうした。
俺にだって意地があるのだ。
―――殴って、殴って、幾度も殴り続けて遂にピシッと兜に小さな罅が生じた。
「―――ッッ!?」
本当に小さな罅。
同じ箇所に傷付いた拳を叩き込めば、更に罅が大きくなった。
その罅を目にし、俺は腹の底から吼えた。
「うおおぉぉぁあああッッ!!」
袖を噛み直すのも忘れて、吼えながら再び殴る。
殴る。殴る。殴る。これまで以上の勢いで猛然と殴り続けた。
所詮は小さな罅割れ一つ。しかも割れたのは兜の方だ。
髑髏騎士本体には何のダメージ―――そもそも不死者は痛みを感じない―――も無いだろう。
それでも自分の拳がこの微小な傷を付けたのだと理解した途端、活力が湧いてきた。
我ながら実に単純である。
「おぉッらぁぁあ―――ッ!?」
全力の鉄拳をブチ込んでやるべく、一際大きく振り被った時、何者かに腕を止められた。
慌てて後ろを振り向けば、すぐ傍に一体の骸骨人が立っていた。
穴を掘って出て来たばかりなのだろうそいつは、土塗れの両手で振り被った俺の腕を掴んでいた。
「んのっ、離せテメェ!」
骸骨人を振り払おうとするあまり、俺は髑髏騎士から意識を逸らしてしまった。
そしてその時を待っていたかのように、急激に引っ張る力が強まった。
完全に意識の外から加えられその力に俺は抵抗することが出来ず、あっさりと背中から引き剥がされた。
あっと呆けたように息が漏れ、俺の腕を掴んだままの骸骨人ごと高々と持ち上げられる。
遠目にローリエとエイルが協力して骸骨巨人と交戦する様子が見えた直後、背中から地面に叩き付けられていた。
「ごぁッ!?」
背骨が粉々に砕けたのではないかと錯覚する程の衝撃と激痛。
目蓋の裏で火花が散り、一瞬だけ視界が白一色に染まる。
そのダメージは、ミシェルを庇ったことで痛めていた背中から全身へと速やかに伝達され、俺の身体から自由を奪った。
「おっ、ごぉ……あが……ッッ」
言葉にならないかすれた呻き。
立たなければという意思に反して、身体は全く言うことを聞いてくれない。
指先一つすらもまともに動かすことが出来なかった。
視界の端にはバラバラとなって転がる人骨―――諸共叩き付けられた骸骨人の成れの果てが映っている。
「ぐっ、ぐぅぅ……が、ぁ……ッ」
目の前には悠然と騎槍を構えた髑髏騎士が立っている
その切っ先は俺の左胸―――心臓へ向けられていた。
「ッ……づぐッ、しょ、ぅぅ……」
無力な自分が情けなくて、約束すら守れないことが悔しくて……視界が滲んだ。
「ぐ、くそぉ……ッ」
心中で仲間達にごめんと詫びつつも、せめて目だけは逸らすものかと眼前の骸骨騎士を睨み付ける。
ゆっくりと後ろに引かれた騎槍が、その数倍の速度で突き出される。
回転を伴った強烈の刺突。
その鋭利な穂先が真っ直ぐ俺の心臓を―――。
「私の仲間に何をしている」
―――貫くことはなかった。
まるで空中に縫い付けられたかのように動かない騎槍。
その穂先は俺の胸に触れるかどうかといったギリギリのところで停止していた。
いったい何が起きたんだ?
呆然とする俺の耳に彼女の声が届いた。
「マスミに……手を出すなぁぁああああッッ!!」
―――光を纏った拳が髑髏騎士の顔面に突き刺さった。
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